双葉社web文芸マガジン[カラフル]

おとな酒 第二部 / 山科けいすけ・著

第30回 思い出酒⑤

 板橋から十条駅までの道筋は、それほど遠回りではないが、途中に川があるので下って上らなければならない。線路上を行けば小さな鉄橋を渡るだけで、ずっと平坦で楽だった。ああ工事さえなければと国鉄を恨んだけれど、もちろんあちらは何も悪くない。
 深夜の裏道を歩くこと二十分ほど、全く人と会うこともなく十条の駅に着いた。駅前も誰もいない。よしよしこれなら大丈夫。十条駅北側の商店街より続く踏切に入り、左右を確認。そして赤羽に向かって右側の線路上を歩き始めた。電車は複線の場合、左側通行だ。万が一、何かの車両が走行してきても、右側の線路ならば正面から来ることになり、すぐに気がつくというわけだ。安全対策は万全だ。
 踏切から少し歩くと、どんどん下ってゆくのがわかる。赤羽は武蔵野台地が終わる所で、駅は台地の下にある。台地上の十条駅とは、ずいぶんな高低差があるのだ。鉄路は真っすぐだし、下りだし、とても楽ちん。これが道路だったら大回りして三倍くらいの時間がかかるだろう。
 しばらく行くと、線路の上空を陸橋が横切っている。環状七号線の道路が交差しているのだ。今までずっと静かだったが、さすがに環七はこの深夜でも車の往来が激しい。近づくと、ガーッガーッと絶え間なく車の走行音が聞こえる。真っ暗でうるさい陸橋の下をくぐると、切り通しのように両側が切り立った中を鉄路がさらに急勾配で下ってゆく。その先に赤羽の街が見えた。
 陸橋から先へ三十メートルほど歩いた時、いきなり後方でパパアーッ!と車のクラクションが鳴りひびいた。深夜だから普段よりずっと大きな音に聞こえる。周囲は住宅街だ、住人はさぞ迷惑だろう。そう思ったらまた、パパアーッ!! パアーッ!! パパアーッ!! 続けざまに鳴らした。うるせえな、なんかトラブルでも起きたのかと、思わず振り返って陸橋を見上げる。だが、ここからでは橋上の車は見えない。やかましいクラクションの音は止み、行き交う車の走行音しか聞こえない。しつこく鳴らした車はもういないようだった。なんだ今のは、夜中に非常識なヤツだ。ボクは心の中でブツブツ言って、前に向き直ろうと視線を一度下げた。
 その時だった。陸橋の下の暗闇から、何か黒くて大きなモノが音もなくヌッと出てきた。ボクが今、歩いてきた線路上だ。(ヤバイ!)。その瞬間、ボクは反射的に横に飛んだ。そして飛びながら頭の中でいろんなことを考えた。
 (ああっ厄介なことになった。アレは工事用トロッコだ。乗っている人間はすでにこちらの姿を発見してるだろう。当然、近くにトロッコを止めて、「こんな所で何やってんだオマエ!?」とか言い出すに決まってる。やだやだ、めんどくさい。逃げちまうか?)
 着地したのは線路脇の側溝のフタの上。眼前に立ちはだかるのは、土手というより崖に近い草の生えた急斜面。
(こんなの一気に駆け登るのはキツい。登れても、その先の柵に有刺鉄線でもあったら出られない。それに逃げたらよけい不審者扱いされるだろう。やめた。素直に「酔っぱらってつい入りこんじゃいましたあ、ゴメンなさい」でいこう。平身低頭で早く済まそう)
 トロッコを発見してから、この結論まで三秒もかからなかった。こういう時の頭の回転は速い。よーし、と線路の方へ振り向いた。
 ゴオッ!! 音を立て、大きな黒い塊が目の前をすごいスピードで横切った。レールを積んだ大きな台車だけのトロッコだった。
 

 (ええっ!?)
 ボクのイメージでは、トロッコはまだ十五メートルくらい後ろを走っているはずだった。予想よりはるかに速かった。音がしたのは一瞬で、後はすべるように静かに遠ざかってゆく。びっくりしたが、何よりも驚嘆したのはトロッコの上に人間が一人もいなかったこと。
(国鉄ってスゲえ!!)
 なんと、国鉄はトロッコを無線で操縦する技術を持っていたのだ。さすがは新幹線を造った日本国有鉄道、労組はどーしようもないが、技術は世界に冠たるものがある。
 トロッコはみるみる小さくなり、赤羽駅手前のゆるやかな左カーブを進むと周辺の建物の陰に入り、見えなくなった。
(いやあ、たいしたもんだ)
 ボクは感心しながらずっと見ていたが、ふと我に返った。トロッコが一台やってきたということは、他にも来るかもしれない。そっちには人が乗っているかもしれない。まずい、早く鉄道敷地内から出よう。といっても、次の踏切は五百メートルぐらい先だ。そこまでは出られそうな所が全くない。しかたなく、後方を振り返り振り返り、早足で進んだ。トロッコは右側の線路を走ってきたので、もう鉄道左側通行説はあてにならない。工事の時は別なのだろう。
 途中、側壁も手すりもない高架の上を歩いたりしながら、やっと目標の小さな踏切に到着。赤羽駅はもう近いが、カーブの先なのでよく見えない。よしよし、結局後ろからはもう何も来なかった。その踏切から左側に出て、住宅の間の路地を抜けると二車線道路。これは住宅街を挟んで線路と平行に走る道だ。しばらく歩くと駅の西口前を通る。ちらりと駅の方を見たが暗くて静かだ。トロッコはレールを運んだだけで、ここは工事はしてないようだ。
 道路をそのまま北方向に歩いてゆくと我が家だ。真夜中に帰る時はいつもそうするように、裏口からそおーっと入って二階の自室に。今日はずいぶん飲んだし、ずいぶん歩いた。ヘロヘロでクタクタだ。ボクは着替えるとすぐにベッドに倒れこんで、あっという間に眠りに落ちた。
 次の日はバイトが休みだったので昼近くまで寝ていた。起きて階下に下りた時には、家の者はみな出かけてるようで誰もいなかった。まだ少し昨夜の酒が残っているみたいで、体がダルいし、頭がスッキリしない。ダイニングでカラカラののどにコップ一杯の水を流しこむと、テーブルの上に置いてある朝刊に目をやった。立ったまま寝呆けまなこで一面を眺めたが、気になる記事はない。ひっくり返してテレビ欄を上にし、アクビをしながら番組表をボヤッと見た。そしてめくった。裏は社会面だ。そこには記事のタイトルがでかでかと印刷されていた。ボクの寝呆けた眼は大きく開かれ、頭はカッと熱くなった。
『赤羽線、深夜のトロッコ暴走』
 思い出した。昨夜のことは今の今まで忘れていた。両手をテーブルに置き、食いつくように読む。その内容はこうだ。
 昨夜の終電後、赤羽線の池袋・板橋間で保線工事を行なっていた。その工事現場横に停車していたレール運び用トロッコが、誰も気づかぬうちに動き出した。なぜ動力源のないトロッコが動き出したかというと、線路がちょっと見ただけではわからないくらい、わずかに傾斜していたのだ。作業員は平坦だと思い、車輪止めをかけていなかった。池袋側が高く板橋側が低い。初めはゆっくりでも、下り坂が続けばどんどん加速してゆく。作業員が異変に気づいた時はもう遅かった。大人が必死に走っても追いつかぬスピードになっていた。
 池袋から板橋は傾斜はとてもゆるやかだが、板橋から十条はもう少し「坂感」がある。さらに速度を増して勢いよく走る。十条手前の踏切では、その時ちょうどそこを渡ろうとしていたタクシーの後部に接触、車体の一部を破壊した後、さらに急激に傾斜がキツくなる十条・赤羽間に突入。スピードをいや増したトロッコは高速で赤羽駅に突っこみ、赤羽駅終点の盛り土の車止めに激突したという。
(う~~む…………)
 眼が完全に覚めた。残ってた酔いもふっとんだ。
(な……何が国鉄の技術はスゴいだ……!)
 世界に冠たるどころか、すごくささいなミスでボクは殺されるところだったのだ。まあ、勝手にスゴいと感動したのは酔っぱらった自分で、そもそもいてはいけない場所にいた自分が悪かったのだけど。
 しかし、ハッキリした頭で昨夜の出来事を反芻するとあらためてゾッとする。ボクは鉄道は左側通行だと重い、わざわざ右側の線路を選び、、安心して歩いていた。もし、あの時環七で、陸橋の上でクラクションが何回も鳴らされなかったら……。ボクは背後を振り返ることはなかったはずだ。また、あのタイミングがほんの少しでもズレていたら……。クラクションが鳴るのとボクが振り返るのが数秒早かったら、ボクはトロッコに気づかずに前に向き直っていた。逆に数秒遅ければ、振り返った時にはもうトロッコは目の前、逃れる術はなかっただろう。いや、正確には数秒でなく、一、二秒のズレで取り返しのつかないことになっていたはずだ。
 ボクはそれから線路を歩くようなマネは全くしてない。当たり前だ。本当に危険なことなので、みなさん絶対やめて下さい。やらないか。
 ボクはあの時のあの偶然が何だったのか、今でも時々考える。何かヘンな神様がイタズラ心で救ってくれたのかとか、パラレルワールドの別世界のボクは、ほとんどの場合死んでるんじゃないかとか。まあとにかくあのクラクションのおかげで、ボクは今も何とか生きていけてるわけなのであった。
 ちなみに板橋でボクと別れた後輩のIは、本当にそこらへんの自転車をかっさらって乗って帰ろうとして、百メートル走った所で警官に捕まり、交番に連れていかれて朝まで説教を受けたという。


※次回の配信は8月25日の予定です。

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山科けいすけKeisuke Yamashina

漫画家。1957年東京都生まれ。
1983年、「週刊ヤングジャンプ」にてデビュー。
1994年、『C級さらりーまん講座』で第40回文藝春秋漫画賞受賞。
2011年、『C級さらりーまん講座』『パパはなんだかわからない』などサラリーマンを描いた一連の作品で第15回手塚治虫文化賞短編賞を受賞。

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