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おとな酒 第二部 / 山科けいすけ・著

第3回 飲むべき酒③

「白ワインのような」という、地酒に対するホメ言葉が全てを表していた。
 地酒を飲み出した人の多くは、そこに「日本酒」を求めてはいなかったのだ。物珍しくて飲みやすい新しい酒、として受け入れられただけだった。
 だから本来の日本酒である、米だけで造られたうま味やコクの深い純米酒よりも、醸造アルコールを加えて味がスッキリとした上に良い香り(吟醸香)のする吟醸酒が好まれた。地酒ブームは吟醸酒ブームになっていった。
 もちろん優れた吟醸酒はあった。しかし、それを造るには高い技術と経験が必要であるため、質の高いものは限られていた。でも造れば儲かる。そこで安易な手段を使う大手メーカーや酒蔵が出た。原酒を濾過する時に使う活性炭を大量に増やして雑味を全て消し去り、そこにエッセンス状の吟醸香を後から付け加える。これで味はスッキリで香りは高い「吟醸酒」ができあがる。そんなものでもみんな喜んで飲んだ。
 さらに、ブームにつけあがる蔵元も出てきた。ものすごく手間をかけたからといって、一升瓶一本二万とか三万円の値段をつけて売りに出したりした。中間業者や居酒屋もつけあがった。人気のある酒をブランド品にして、これまたべらぼうな値を付けた。それでもみんな喜んで受け入れた。バブルはみんなを阿呆にする。ボクも少々阿呆になって、いろいろ飲んだ。それでわかったのは、高い酒でその値段に価する酒など一つもない、ということだけであった。
 一方で、飲ませる側の無知もひどかった。店の人間が、「地酒は燗ができない」と堂々と言うのだ。最初はわけがわからなかった。日本酒をあたためて飲むのは、江戸時代以前から続く日本の文化だ。それを否定するのなら、それは日本酒ではない。百歩譲って吟醸酒だけならまだ許せる。今のような吟醸酒が造られるようになったのは戦後のことで、新しい酒だからだ。しかし、純米酒でも「できない」の一点張り。どこに行っても同じ。何種類も純米酒があるのに「燗できるのはコレだけ」と出されるのは本醸造酒(醸造アルコールが加えられた酒)一種類のみ、というところばかりだ。
 ボクの方としては欲求不満状態だ。純米酒だからこそ燗して飲みたい。せっかくいろいろあるのだから飲み比べしてみたい。ある居酒屋で、大学生のバイトのような若造に「この酒は燗できません」とにべもなく返された時は、さすがにちょいとキレた。
 「なぜ、できないんだ?」
 「そういう酒だからです」
 「そういう酒って、どういう酒だ?」
 「燗するともったいない酒です」
 燗するともったいない。これもよく聞いた言葉だ。もったいないかどうかは飲み手が判断するもんだ。嗜好品なのだから当然、人それぞれ好みがある。好みの酒があるように、好みの飲み方だってある。それをなぜ赤の他人に指図されなければならないのか。別にヘンな飲み方、他人を不快にする非常識な飲み方をするわけではない。逆に、文化に則った常識的な飲み方だ。ボクは聞いた。
 「あんたはその酒を燗して飲んだことあるのか?」
 しばし間があいて、そいつは言った。
 「ないです………」
 別にこの男が悪いのではない。当時、地酒を扱っていながら、それを燗にして飲んでみたことのある居酒屋の人間などほとんどいなかった。そして経験をしてないのに専門家のように振る舞う者がいかに多かったことか。
 いい日本酒は冷やで飲まねばならない。このおかしな固定観念はどうして広まったのか?元々「冷や」というのは、日本酒では「常温」のことだった。冷蔵庫で冷たくしたものは「冷酒」(れいしゅ)だった。それがこの頃から冷たい酒のことを「冷や」と呼ぶようになったのだ。ボクの父親など、「冷やで飲むのは体に悪い」とよく言っていたが、それは常温の酒のことだ。実際にはそんなことはないんだけど。あまり酒を飲まない父は、冷や酒は下品な飲み方だと思っていた。確かに昔は冷や酒といえば、コップ酒に茶碗酒、呑んだくれの悪いイメージがつきまとっていた。その冷や酒をさらに冷やせば今度はお上品な飲み方になる。その「常識」は、この時の地酒ブームで確定されたのだが、そこにはやはりワインの影響が多大にあった。


※次回の配信は3月25日の予定です。

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山科けいすけKeisuke Yamashina

漫画家。1957年東京都生まれ。
1983年、「週刊ヤングジャンプ」にてデビュー。
1994年、『C級さらりーまん講座』で第40回文藝春秋漫画賞受賞。
2011年、『C級さらりーまん講座』『パパはなんだかわからない』などサラリーマンを描いた一連の作品で第15回手塚治虫文化賞短編賞を受賞。

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