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おとな酒 第二部 / 山科けいすけ・著

第28回 思い出酒③

Wは下半身がいうことをきかないので、うつぶせになり、ヒジを使ってくねくねと匍匐前進し、ボクの方へ来る。
 「酒返せよおお、酒ええ」
 みんながそれを見てギャハギャハ笑う。
 「なんだコイツ、キモチわりい~~!」
 「こええーー、ヘビだよヘビ男~~!!」
 その声に、なんかウケたと思ったらしくWは向きを変えた。
 「なんだとおおお!」
 ヘビというより下半身がつぶれたコモド大トカゲみたいになったWが、ニタニタ笑いながら這いずり回り、みなを追いかけ回す。
 「うわあ、こっちくんなあ!」
 「いやだもうっあっちいってえェ!!」
 金切り声を上げたのは、オカマキャラのFだ。酒を飲んでいるヤツも飲んでいないヤツも、気分がハイになって楽しそうだ。楽しい修学旅行の夜だ。でも、この人たちは知らない。腰が抜けるほど酒を飲むということはどういうことかを。
 なにしろボクは、すでに二度も腰抜けを経験している。二度目はこの年の正月だ。その時は胃液しか出なくなるまで吐き、三日ほど脳が死んでいた。最悪なのは、そこが中学校の教師の家で、腰が抜ける前に大暴れした上にそのほとんどを記憶してないってことだけど。
 とにかく、そうやって己の身体を使って学習したので、ボクも少しは賢くなった。今回だって実は勢いよく飲んだのは最初だけで、後は酔っぱらわないように自制してチビチビとやっていた。俺も進歩したものだと自賛したのだが、他人の飲み方までは気が回らなかった。やはり修行が足りない。
 Wはさんざん這いずりまわった後、部屋の真ん中に転がったまま静かになった。
 「おう、おとなしくなったぞ」
 「寝たんじゃねえの」
 「あーおもしろかった」
 みんなは元の座に戻り、またにこやかに飲み始める。ボクは嫌な予感しかしない。しばらくしてWがむっくり半身を起こした。
 「キモチわりい……」
 そう言ったとたん、畳の上にゲロゲロと吐いた。あああ、やっぱり……。
 「ギャアアア!!」
 「ひいいっ!!」
 部屋は阿鼻叫喚の世界と化し、みんなは恐怖の表情で壁際に逃げる。
 「いやァァ!なんでこんなことになるのオォ!!」
 オカマキャラのFは半泣きだ。かわいそーに、酒なんか一滴も飲んでないのにこんなの見せられて。
 Wはひととおり吐くと、「ヴ~~」と発してパチャリと倒れた。自分が広げた小間物の上に。また悲鳴が上がる。
 「うわあああ……!!」
 「カンベンしてくれよお!!」
 そしてしばしザワめいた後、みな無言になった。聞こえるのは、ヴ~ヴ~というWのうめき声のみ。見渡すと、みな呆然として突っ立っているだけ。どうしていいかわからないと表情に出ている。やはり高校生は高校生だ。
 「しょーがない、このままじゃ寝らんねえから片づけよう」
 ボクが声をかえると、みなハッとして現実に戻ったようだ。ボクの酒に関する経験は、飲む時よりもこんな時のために役立つものだったのである。トイレットペーパー、新聞紙、ビニール袋、タオル、ある物全てを使ってボクのテキパキとした指示の元、緊急掃除が行なわれた。
 「問題はコイツだな」
 ぐったりしてうめいているWの体をゆする。
 「まだ気分悪いか?まだ吐きそうか?」
 「……キモチわりい……はく……」
 「ダメだこりゃ」
 服はもちろん、パーマをかけたオバさんみたいな髪の毛にもゲロがついているこんなヤツ、触りたくないけどしょうがない。近くの者に声をかけ、部屋に一つだけついているトイレまで両腕を持って引きずる。中に押し込んで洋式便器にもたれかかるように床に座らせた。
 「気分悪くなったらここにいくらでも吐けるから、わかったな!?」
 眼を閉じたままダルそうにうなずくWを残してトイレを出ようとしたが、ふと見上げた天井に点検口があることに気づいた。三十センチくらいの正方形のフタみたいなのを手で押すと開く。いいモン見つけた。
 「おーい、酒ビンみんな持ってきてくれ」
 日本酒やウイスキーのビンを全部天井裏に入れてフタを閉じる。中身が残ってるものもあるが、もう誰も飲む気がないので惜しくない。
 「これで飲酒の証拠は消したぞ」
 ボクがいうと期待通りのツッコミが入る。
 「一番の証拠が下に転がってるじゃん」
 頭にゲロをつけたソレを見てボクらは苦笑した。そのWがまたヴ~とうなると、少し身をよじった。便器の端に乗せていた右腕が内側にすべり、中にたまっている水の中に手が落ちてボッチャンといい音を立てた。ボクらはギャハハハと笑った。
 掃除が終わり、汚された場所を避けて布団も敷きつめた。Wは身から出たサビなのでトイレで朝を迎えてもらう。まだ酸っぱい臭いが漂っているけどそれは我慢しよう。みんなが力を合わせ、あの絶望的な状況から平和な日常に返ることができたのだ。疲れながらも一様にホッとした表情。笑みを浮かべている者も多い。長い夜は終わった。
 「さあ寝よ寝よ!」
 灯りを消し、やっと訪れた静寂の中で眠りに落ちようとしたその時。コポコポコポ。ヘンな音がした。ん? 聞き耳を立てるとまたコポコポコポと音が。何だろう? まるで地から温泉がわき出るような……。
 「うわあっSが上を向いたまま吐いているうっ!!」
 大声がして、次いで電気がついた。灯りの下には白目をむいたSが仰向けに寝ている。そしてその口からはコポコポと音を立てておぞましいモノがわき出ていた。また悲鳴。
 「おいっ顔を横向きにしろっ!気管が詰まって息できなくなるぞっ!」
 そう怒鳴った後、ボクは大きくため息をついた。ああ、高校生ってめんどくさい……。



※次回の配信は7月25日の予定です。

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山科けいすけKeisuke Yamashina

漫画家。1957年東京都生まれ。
1983年、「週刊ヤングジャンプ」にてデビュー。
1994年、『C級さらりーまん講座』で第40回文藝春秋漫画賞受賞。
2011年、『C級さらりーまん講座』『パパはなんだかわからない』などサラリーマンを描いた一連の作品で第15回手塚治虫文化賞短編賞を受賞。

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