双葉社web文芸マガジン[カラフル]

おとな酒 第二部 / 山科けいすけ・著

第27回 思い出酒②

一泊めで岡山の街の状況を把握した我々は、二泊めの過ごし方を変えた。外がダメなら内で楽しむ。すなわち宿で酒宴を開くことにしたのだ。
 誰が言い出したのかわからないが、それは必然だった。修学旅行といったら、一度はそういうことをやるものだという、暗黙の了解があった。その機会が早々に訪れただけだ。
 宿の部屋は二十畳ほどの畳敷きだが、鍵のかかるドアのついたホテルタイプ。昔よくあった、団体専用旅館だ。そこに一クラスにつき男子二部屋、女子一部屋があてがわれている(元々男子校なので、この時でも女子の人数は男子の半分以下)。三クラス分なので男子は六部屋。それぞれの部屋ごとに酒屋でウイスキーや日本酒を買って、教師に見つからないように密かに持ちこむ。ウイスキーの瓶や日本酒のワンカップは簡単だけど、一升瓶はたいへんだ。デカいバッグに入れて、さらに数人で周りを囲みガードする。ヒモをつけて二階の窓に吊り上げた部屋もあった。さすがに女子はこんなバカなことはしない。
 それで八時くらいから飲み始めるのだが、粋がっていてもやはり高校生、みな飲み方がぎこちない。その点ボクは中学で鍛えられ、慣れている。余裕をかましてクイクイといく。それを見て他の者もつられて飲む。子供だから、負けるもんかと張り合うのだ。そして三十分もたたないうちにみな酔っぱらい出した。
 「んはああ、ウメえなァ酒エェ」
 ふだんおとなしいWが、紙コップで日本酒をぐびぐびやりながらオッサンのようにうめく。
 「もっと早く飲んでりゃよかったなァァ」
 本当かよおい、と思っていたら、黙って静かに飲んでいたサッカー部のHがすっくと立ち上がった。そして脇に出るといきなりすごい勢いで腕立て伏せを始めた。
 「何やってんだオマエ!?」
 「なんかさあ、力がわいてきちゃってさあ、じっとしていられないんだよね!」
 いつも生真面目なHが、腕立てしながらさわやかにいう。でも顔は真っ赤。
 「しょーがねえな、運動バカはぁ」
 みんなが笑うと、小柄な彼は跳ね起きて今度は鴨居に飛びつき、懸垂をぶんぶんやり出した。
 「ああ体が軽い、何回でもできるう!」
 さすがに鴨居が折れるとまずいので引きずり下ろした。
 その時、部屋のドアを叩く音がした。みなハッとして目配せをする。酒をバッグに入れ、コップを座布団で隠す。そしておそるおそるドアを開けると、そこには隣の部屋の同級生が数人、情けない顔をして立っていた。
 「こっちに入れてくれ、もうむこうの部屋はイヤだ……」
 聞くと隣の部屋では「暗闇バトル」なるものをやっているそうな。電灯を消してカーテンを閉めた真っ暗な部屋の中、丸めた座布団で誰彼かまわずひっぱたき合うという、知性のカケラもない酔っぱらい高校生の考え出した遊びだ。三分間一セットで、初めのうちはみんなキャッキャいって楽しくやっていたのだが、途中からムキになるヤツが続出し、パンチや蹴りが飛び交う殺伐とした戦場と化したらしい。隣の部屋にはヤクザな野球部の連中やデキの悪い不良が多いので、そりゃ怖かったろう。こころよく亡命者を入れてやり、ボクたちはその後もなごやかに楽しく飲んだ。
 異変に気づいたのはしばらくしてからだった。
 「W、そんなに飲んで大丈夫かよ?」
 誰かの声でWの方を見やると、あいかわらずぐびぐびと日本酒を飲んでいる。え?ずっとあのペースで?
 「へへへへ、だいじょ~ぶだおバアロー」
 ニタニタしてロレツが回ってない。ちょっとマズい。
 「おい、もうやめとけ」
 ボクは立ってWの紙コップを取り上げた。
 「なんだおー、なんでとるんだおー」
 Wはコップを追って中腰になろうとしたが、すぐにペタンと尻が落ちた。
 「アレ?」
 畳に手をつき、もう一度立とうとするが、足が動かず腰も上がらない。
 「アレェ立てねェ、なんだコレェ?」
 ニタニタしたまま首をひねっている。本格的にマズい。


※次回の配信は6月25日の予定です。

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山科けいすけKeisuke Yamashina

漫画家。1957年東京都生まれ。
1983年、「週刊ヤングジャンプ」にてデビュー。
1994年、『C級さらりーまん講座』で第40回文藝春秋漫画賞受賞。
2011年、『C級さらりーまん講座』『パパはなんだかわからない』などサラリーマンを描いた一連の作品で第15回手塚治虫文化賞短編賞を受賞。

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