双葉社web文芸マガジン[カラフル]

おとな酒 第二部 / 山科けいすけ・著

第26回 思い出酒①

長いこと酒を嗜んでいれば、いろいろな出来事がある。
 ボクの場合、公にできないコトや恥ずかしくてその記憶を封印したいモノが多くて困るのだけれど、中にはそれなりに懐かしい思い出もある。
 高校2年の時に修学旅行に行った。ボクの通っていた学校はちょっと変わっていて、東北とか関西とか数種類の行先を学校側が提示して、そこからクラスごとに好きなコースを選ぶ。ボクのクラスは多数決で四国コースに決まった。四国といっても香川県だけで、他は本州の岡山泊。都立高だから金銭的にも日程的にも余裕がないのだ。そのコースに行くのは学年8クラス中、3クラスだったと思う。
 昼間どこを巡ったか忘れたが、1、2泊めは岡山市内の旅館。夕食を終えた7時頃からは自由外出時間だ。9時までに帰れという以外、何の縛りもない。生徒たちは三々五々、夜の街に散らばってゆく。元々制服がないし、現在の高校生よりずっとフケてーーいや、落ち着いているので、みな一見大学生か社会人だ。初めての街の夜、さあ繁華街はどこらへんだとグループ7、8人でウロウロしてたら、驚愕の事実が明らかになった。
 岡山は夜8時までにほとんどの店が閉まる!通りは閉じたシャッターだらけで、開いているのはウサン臭い呑み屋ばかり(後から考えればそんなことないんだけど、高校生にはそう見えた)。若者が楽しめる施設(ボウリング場、ビリヤード場etc)がない。だいたい若者が歩いてない。吉幾三か。
 「ゴーストタウン………」
 ネオンの少ない暗い街を歩きながら誰かがつぶやいた。池袋を遊び場にしている者たちには確かにさびし過ぎる街だ。夜だけ比べたら、赤羽の方がずっとにぎやかだ。
 後から聞いたのだが、他のグループも苦労したらしい。パチンコ屋や喫茶店を見つけて入れたのはいい方で、グルッと回ってあきらめて宿に帰ってしまった者が多かった。
 ボクらはラッキーにも良い店を発見した。ラウンジバーだ。カウンターの他にソファー席がいくつもある、でっかいバーだ。静かなBGMが流れている、岡山らしからぬ(岡山のこと全然知らないんだけど)上品な店だ。ボクは当然ながらこんな大人な店は東京でもまだ経験したことはなく、内心少々ビビっていたのだが、連れには女の子もいる。「ああ、なかなかイイトコじゃん」とか何とかいって、平然たる態度を装って入っていった。
 黒服のボーイにソファー席に案内される高校生たち。出されたドリンクメニューを開くと、「ジン」の文字が。飲んだことないが名前は知ってる。その下には「ジン・トニック」。うん、コレも聞いたことがある。ボクはそれを頼んだ。
 「おーっ、カッコイイ、通だねー」
 級友の一人がくわえタバコで茶化した。コイツは同じクラスの人間とバンドを組んでいろいろやっていて、ウイスキーくらいは普段飲んでるらしい。コイツら4人のバンドが高校の講堂を借りて練習中、タバコの火で舞台の袖幕を燃やして消防車が来るような騒動を起こし、全員無期停学をくらったのはもう少し後のことだったか。
 とにかくボクは、ここで初めてジンを、そしてカクテルというものを飲んだ。ジンは変わった香りと苦みがあったが、トニックといっしょだと甘くさわやかで飲みやすかった。日本酒や焼酎やウイスキーはオッサン臭い大人の味だが、ジン・トニックは若々しい青年の味がした。まあ、修学旅行中の酒なので、ほとんど気分的なもんです。
 で、思い出の酒というのはこれではない。これは「若い僕らの修学旅行酒」の序章に過ぎない。若さゆえの過ちはこれからだ。


※次回の配信は6月10日の予定です。

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山科けいすけKeisuke Yamashina

漫画家。1957年東京都生まれ。
1983年、「週刊ヤングジャンプ」にてデビュー。
1994年、『C級さらりーまん講座』で第40回文藝春秋漫画賞受賞。
2011年、『C級さらりーまん講座』『パパはなんだかわからない』などサラリーマンを描いた一連の作品で第15回手塚治虫文化賞短編賞を受賞。

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