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おとな酒 第二部 / 山科けいすけ・著

第24回 酒器を楽しむ⑨

日本酒といったら、やはりメインは燗酒。その燗をつけるために必要なものは、徳利やタンポ(チロリ)だけではない。それらを入れて湯煎する道具もいる。
 そんなもん小鍋でいーじゃん、と思われるかもしれない。いや、普通はそれでいいのだ。全然悪くないんだけど、そこらへんにもちょっと気をつかえば家呑みがもっと楽しくなる。
 昔は家呑みで燗となれば、アルミのヤカンに徳利を入れるのがなかなか雰囲気があってよろしかったのだけれど、今日びのホーローやステンレスの「ケトル」だとなんか気分が出ない。だいたい飲んでいる場所とガス台の前とを、行ったり来たりするのもめんどくさい。家呑みはチョコマカせず、ゆったりと構えて飲みたい。
 そんな時のために、近頃では卓上酒燗器というものが出回っている。種類はいろいろだが、徳利やタンポが一つ、ちょうどすっぽり収まるくらいの持ち運びが簡単にできるサイズ。電気などの熱源を使わないものが人気のようだ。沸かした湯を小さな湯煎器に注ぎ、そこに専用の徳利やタンポをすぽんと入れるだけ。保温性が高いので少量の湯でも冷めにくく、数分で燗がつくという優れたものたちだ。ボクも居酒屋で何度も使っているが、飲んでる最中も燗が冷めなくてグッド。まあ、燗は冷めてゆく途中もうまいのだけど。
 さらに凝ろうと思えば、そこは酒文化大国日本、いくらでも凝れる。趣があり、なおかつ酒がうまくなる燗つけ。それに必要なのは「炭」だ。
 炭火はものを焼く時の熱源としてすばらしいが湯煎にも向いている。湯を沸騰させることなく一定の高温を維持するにはガスより適している。そして何よりも雰囲気が違う。ほんのり漂う炭の香。時々パチッとはぜる音。赤く熾こった炭火は見ても美しい。ガスや電気では真似のできない風情を醸し出す。日本人の心をやすらげる火だ。
 そうはいっても、現代の一般家庭では炭など使ったこともないのが普通だろう。でも、ホームセンターに行けば、アウトドアのバーベキュー用の安い炭が簡単に手に入る。そして、その炭を生かす道具が「火鉢」。えーーって思われるだろうが、一度使ってみなさいコレを。すっごくいいんだから。この火鉢も骨董古道具店に行けば、一つや二つすぐに見つかる。あまり大きくないものを選ぶ。陶磁器の火鉢なら大して高くはない。真鍮製も安くて軽くて丈夫でオススメ。
 それから手に入れたいのは「鉄瓶」。そう、炭火にかけた鉄瓶で燗をするのだ。鉄瓶はピンキリだが、酒を温めるだけと割り切れば、やはり古道具屋のサビが出たようなヤツで十分。新品の鉄瓶はインテリアになるほど美しいが、ちょっとお高い。あまり安いヤツは中国製などが多いので気をつけねばならない。
 忘れてはいけないのが、火鉢に入れる灰と五徳(鉄瓶などを火にかける時に乗せる、鉄製三本脚の輪っか型の器具)。火鉢を買う時に店の人に聞いておこう。さらに火箸を灰ならしがあれば完璧だ。
 炭火を熾すには、専用の火おこしがあればベストだが、モチ焼きアミでも大丈夫。ガス台に魚焼きグリルがついていたらもっと簡単。炭を入れて点火するだけ。火の粉が飛び散る心配もないので安全だ。そして火鉢に移した炭の上に、水を入れた鉄瓶をかける。すぐに燗を始めたい時は、あらかじめ沸かしておいた湯を入れておけばいい。火力の調節は炭に灰をかぶせて行なう。
 火鉢は床に置くものだから、もちろん自分も床に座って飲む。なので猪口と徳利と肴を乗せる小さな膳か台があると便利。酒瓶も横に置いておけば、もう動く必要はない。徳利に酒を入れ、鉄瓶の中にチャポンと沈める。後は肴をチビチビ食べながら時々徳利を出して味見。あーまだまだとか、んーもうちょいとか、ひとりごちては鉄瓶に戻す。そして炭火を覗いて火箸でつついたり、ふうと吹いたり。この時間が楽しい。いつもは退屈かつ面倒なだけの燗つけという行為、それ自体が酒の肴となるのが炭火の力だ。
 と、ここまで炭を使った燗の代表例として鉄瓶のことを書いてきたが、当然ながら鉄瓶は酒器ではない。炭を使って燗をつける酒器、酒道具は他にちゃんと存在する。それは「銅壺(どうこ)」というものだ。
 銅壺とは、江戸の昔からある、熱伝導のよい銅でできた湯わかしBOX。火鉢や囲炉裏の灰に埋めて中に水を入れ、炭火の熱で湯をわかす。炭火の上は空いているので、焼いたり煮たりは普通にできる。最初は湯をわかすだけだったのが、酒の燗をつけるのに向いていると誰かが気づいたのだろう。水を出し入れする口の他に、徳利を入れる専用口をつけた。そしていつしか徳利用の口しかないものまで現れ、銅壺は酒道具として定着したのだ。
 銅壺の発展型は一部の居酒屋で見ることができる。昔ながらの古い居酒屋では、一度に大量に燗するための大型の銅壺(熱源はガス)を何十年も使っていたりする。新しい店でもステンレス製の現代風銅壺を時々見かける。


※次回の配信は8月10日の予定です。

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山科けいすけKeisuke Yamashina

漫画家。1957年東京都生まれ。
1983年、「週刊ヤングジャンプ」にてデビュー。
1994年、『C級さらりーまん講座』で第40回文藝春秋漫画賞受賞。
2011年、『C級さらりーまん講座』『パパはなんだかわからない』などサラリーマンを描いた一連の作品で第15回手塚治虫文化賞短編賞を受賞。

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