双葉社web文芸マガジン[カラフル]

おとな酒 第二部 / 山科けいすけ・著

第22回 酒器を楽しむ⑦

酒器の古道具には金属のものもある。
 チロリや銚子、これらは錫がいい。使いこんだ錫製品は薄黒くなって深味がでる。細かい傷がついていても、柔らかい金属だからこその味わいで、ステンレスのそれとは違う。
 錫のチロリで燗をつけると酒がまろやかになるといわれているが、長い年月使われた古道具だとさらにそれが増すように感じる。
 銚子はツルを持って細長い口から酒を注ぐという、徳利とは違った繊細な動作を行なう酒器で、陶磁器やガラス製品だとちょっと気をつかう。でも古い錫製なら扱いやすい上に見た目は重厚。ゆったりとした気分になれる。
 錫は歴史的にも日本で最も古い酒器であり、冷酒にも使えて落としても割れない。陶磁器とガラスと金属、三種類あるといろんなことができてまた楽しい。

 さて、ここまでは一般的に認識されている酒器だ。しかし、古道具にはもっと特殊な酒器が存在する。これらはひじょうに趣味的で、古道具の範囲を越えて骨董の類に入ってしまうようなものまであるけれど、ついでなので紹介しておきましょう。
 まずは盃台はいだい。これはその名の通り、さかずきを置く台のことだ。多くは陶磁器で、皿状の上部に大きな高台がついたようなキノコ型や箱型をはじめ、さまざまな形状のものがある。上面の真ん中には穴が空いており、そこに盃の高台を入れて置くようになっている。茶道で漆塗りの引盃を乗せる同質の台が本来の盃台だが、江戸時代の中頃から陶磁器のものが作られ、料亭などで使われていた。
 当時は座卓などなく、各々が小さくて低い脚付き膳で料理を食べた。その食器がゴチャッと乗った膳の上に盃専用の台があると、盃を取りやすくてとても便利だったのだろう。明治の頃までたくさん作られた。しかし、座卓やテーブルが一般的になったからか、その後はあまり使われなくなり、戦後になると陶磁器の盃台は知る人のほとんどいない酒器になってしまった。漆器の盃台は現代でも茶懐石のようなあらたまった席で普通に使われているようだが、そっちはつまらないのでどうでもいい。おもしろいのはあくまで陶磁器の方だ。
 陶磁器といってもほとんどは磁器なのだが、何がおもしろいかって、とにかく形状がめちゃくちゃユニーク。徳利や盃などは、中に酒を入れたり手で持ったりするものだから、いくら凝った造形しようとしても限度がある。でも、盃を置くだけが目的である盃台はどんな形でもよい。上に盃の高台が入る丸い穴さえあれば、他になんの縛りもない。あらゆる酒器、酒道具の中で、最も造形が自由なものが盃台なのだ。
 オーソドックスなキノコ型や箱型でも、上から見れば、丸、三角、四角、五角、六角、八角、さらに花びらやひょうたんの形など多種多様。そこに細かな文様を透かし彫りにしたり、絵柄を浮き彫り風に盛り上げてあったり。上部の盃置きを独立させ、それに脚を付けたものもある。脚の本数は三本でも五本でも何でもあり。
 全体を何か他のものを模して作られた盃台もある。扇子、袋、小槌、大鼓、車輪、井戸、花、松、などなど。人が盃置きを持って支えていたり、荷車の上が盃置きだったり。わざわざ小さな丼茶碗を作り、そのフタのツマミの中を穴にして盃台にしたものも。まるで磁器の造形の見本市だ。
 なぜ、こんなバカバカしいほどの種類があるかというと、酒器だからだ。食器ではここまでゴチャゴチャしたものは許されない。使いづらいし、うっとうしい。茶道具では香炉や蓋置ふたおきなどがとても凝った形状をしているが、決まりはあるし洗練された遊び心というヤツがイヤミだ。
 美術工芸品ではない盃台は、酔っぱらい相手に、「どうだい、俺って置いてあるだけでおもしれえだろ?」と常に問いかけている酒器だ。楽しい酒の場をより楽しくしようと、他にはないデザインを見せて喜んでもらおうと、職人たち(たぶん酒呑みの)が自分もおもしろがりながら作った、とてもヘンな酒道具だ。

※次回の配信は3月25日の予定です。

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山科けいすけKeisuke Yamashina

漫画家。1957年東京都生まれ。
1983年、「週刊ヤングジャンプ」にてデビュー。
1994年、『C級さらりーまん講座』で第40回文藝春秋漫画賞受賞。
2011年、『C級さらりーまん講座』『パパはなんだかわからない』などサラリーマンを描いた一連の作品で第15回手塚治虫文化賞短編賞を受賞。

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