双葉社web文芸マガジン[カラフル]

おとな酒 第二部 / 山科けいすけ・著

第20回 酒器を楽しむ⑤

現代の作家物(大量生産でなく、陶芸家が個人で製作しているもの)の酒器もバラエティに富んでいてなかなか良いのだが、酒の道具として器を追求していくと、もっとおもしろいものがある。古道具だ。
 古道具と骨董はどう違うか、完全な線引きは難しいけれど大体そのものの古さかげんと希少価値性、そして格で分けられる。たいして古くもなくて美術工芸品としての価値もない、日常使いの雑器が古道具。そういうものに興味をもたぬ人から見れば、ただの薄汚れたガラクタだ。
 しかし、感性の豊かな酒呑みは、そのガラクタの中に現代の酒器にはないおもむきを感じとる。たとえば徳利。昭和三十年代頃の、磁器に青の染付けで松竹梅や山水などが描かれた素朴な徳利。当時、どこの家にも、どこの呑み屋にでもあったようなこの手のものは、昭和も後期になると古臭いといわれ、どんどん捨てられていった。そんな徳利が今見ると、味わいがあっていい感じなのだ。今の焼物の手描きの絵付けは、上手な人がキッチリと描くが、この当時は職人も玉石混交。軽やかで見事な筆さばきもあれば、なんかバランスの悪いヘタな絵もある。でも、それもまた一興というものだ。
 そして戦前の昭和初期、大正、明治と遡ると、絵付けの磁器はさらにおもしろい。「印判」という初期のプリント技術が明治以降一般化して、それまで高価だった絵付け磁器が大衆化。昭和初期まで印判物は花盛りとなり、さまざまな図柄の器が生産されたのだ。それはもちろん酒器にも及び、この時期の印判の徳利や盃はたくさんの種類がある。
 印判はプリントといっても手作業だし、ほとんどが大衆向けの安物なので、作りが雑。図柄がゆがんでいたり、ズレていたり、ボケていたりするものもある。しかし、それも少々ならば、かえって味わいが増すというのが古道具。完璧でない所が古さや時代性を表している。古道具の酒器で酒を飲む楽しみは、そのデザインのおもしろさだけでなく、それが作られた時代の雰囲気をも味わえるということにある。
 時代の雰囲気は、一部の人間しか使わなかったような高価なものより、庶民が日常的に使用していたものの方がよくわかる。ああ、明治の居酒屋ではこんな徳利を使ってたんだろうな、大正の父ちゃんたちはこの盃で晩酌を楽しんでたのか、などと遠き昔に思いを巡らせながら飲む酒はしみじみとうまい。
 こういう明治から昭和あたりの徳利は、骨董店にいけばたいてい五、六本ほこりをかぶっている。「古美術」とか「古伊万里」とかを掲げてなければ、そこらへんの街の骨董店の中身はほとんど古道具だ。徳利は二、三千円といったところか。出来が良くて珍しい図柄の印判だとコレクターもいるので万単位になることもあるけど、総じて安い。
 盃だともっと安い。箱などにごっちゃりまとめて入っていることが多く、三百円から五百円くらい。でも、おもしろいものは少ない。盃は元々小さくて安価なので、宣伝用や記念品として配られたものがほとんどなのだ。一番多いのは軍盃と呼ばれる、日本軍関連の記念盃。戦勝記念から個人の除隊記念まで、どこにいってもあるが、こんなモンで酒飲みたくはない。会社や商品の宣伝用には、たまに気の利いたデザインで形の良いものがある。昔の磁器の盃は今より薄手で口当たりが良い。
 骨董店に行ったら、もう一つ見てみたい酒器がある。それはガラス徳利。ガラスの徳利というと、冷酒用の最近のものと思われがちだが、実は江戸時代からある。もちろん、その時代には高価な酒器だったろうが、明治に入ってからはガラス徳利は珍しいものではなくなった。明治期には白酒や甘酒用のものも作られている。

※次回の配信は2月10日の予定です。

バックナンバー

山科けいすけKeisuke Yamashina

漫画家。1957年東京都生まれ。
1983年、「週刊ヤングジャンプ」にてデビュー。
1994年、『C級さらりーまん講座』で第40回文藝春秋漫画賞受賞。
2011年、『C級さらりーまん講座』『パパはなんだかわからない』などサラリーマンを描いた一連の作品で第15回手塚治虫文化賞短編賞を受賞。

  • 双葉社
  • 小説推理
pagetop