双葉社web文芸マガジン[カラフル]

おとな酒 第二部 / 山科けいすけ・著

第2回 飲むべき酒②

日本酒が飲めない、という人は多い。
 甘くてベタベタしている、嫌な匂いがする、というヤツだ。
 それは、そういう日本酒しか飲んだことがないからではないか。確かに昔はそんな酒がほとんどだった。三倍増醸酒、いわゆる三増酒である。この酒は第二次大戦後の米不足の時に認められた、元の米だけの酒に醸造アルコールや糖類や酸味料、調味料などを添加して、三倍に増量した日本酒モドキだ。
 これが米不足が解消されてからも、ずっと「日本酒」の主流であり続けた。安く造れて企業は儲かり、国は税金いっぱいとれるから。ボクの若い頃に飲んでいたのもこれだった。安いチェーン店の居酒屋で、ビールに飽きたから日本酒を頼む。いちいち味など気にすることはない。確かに飲み始めてすぐに口の中はベタッとした甘味でいっぱいになり、四合くらいで胸がムカムカし、さらに続けて飲めば吐いた。吐いても酔っぱらえればそれで良し、という年頃だったため、それでもかまわなかった。日本酒なんて、しょせんそんなモノだと思っていたのだ。
 しかし、三十年ほど前に池袋に移り住んでから、日本酒に対するイメージがガラッと変わった。とある呑み屋で「地酒」に出会ったのだ。地酒といっても単にその土地の酒、というのではなく、自分の蔵だけで、きちんとした造り方(少量の醸造アルコール以外の添加物を使用しない、もしくはアルコールも添加しない)をした酒のこと。それまでそんなものは飲んだことはなかった。あまりの違いに衝撃を受けた。香りが良く、のどごしが良く、口中がベタつかずに旨味だけを残してサラリと切れる。まさしく目からウロコ。今まで日本酒と思っていたモノは、いったい何だったのか?酒の造り方も三増酒のことも知らなかったボクは、ただただうなるだけだった。
 他にもこういった地酒を扱っている呑み屋があるのか?今のようにインターネットなどない時代だ。ボクは自分の足で近辺の居酒屋を探り歩いた。そして四軒ほど見つけることができた。中には九州から青森までの地酒を揃えている店もあり、ボクは本醸造と純米と吟醸の違い、香りや味を左右する酵母にいろいろな種類があることなどを知った。こうして、どんどん日本酒のファンになっていったのである。
 実はボクは、とてもラッキーだったのだ。後から知ったことだけれど、「地酒」というものが世間一般にまだ知られていなかったこの頃に、池袋は東京一、いや日本一、地酒居酒屋(今でいう銘酒居酒屋)が集まっている街だったのである。ボクはたまたまそこに四年間住んでいたおかげで、日本酒に開眼できたのだ。
 そして、バブル景気の最中に地酒ブームが起こった。ワインは既にブームになっており、「和食でワイン」などというのが流行りだしたのもこの頃だ。しかし、さすがに居酒屋でワインを置いているところは少ないし、あってもろくなモノではなかった。だいたいこの当時の日本に、安くてウマいワインなんて存在しない。ある程度美味なワインは異常に高く、バブル成金や会社経費を湯水の如く使って飲み食いできるような人々(編集者とか)のもので、一般人は時代に浮かれてしょーもないワインをありがたがっていただけだ。言い過ぎですか?一応あやまっておこう、ゴメンなさい。
 まあ、とにかくそのような状況のところに、「日本酒なのにウマいものがある」、「日本酒のくせにイヤなニオイがせずベタつかない」、「日本酒の分際で白ワインのようだ」、という評判と共に地酒が知られるようになったのだ。
 手間と労力をかけて造られる地酒はそれまでの日本酒よりも根は張るけれど、それでもワインよりは安い。そしてもちろん和食とは抜群の相性。バブル景気の中でその需要は高まり、地酒を置く居酒屋がみるみる増えていった。きちんと造られた日本酒が、日の目を見るようになったのだ。
 でも、やはりバブル時代のブーム。底は浅かった。


※次回の配信は3月10日の予定です。

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山科けいすけKeisuke Yamashina

漫画家。1957年東京都生まれ。
1983年、「週刊ヤングジャンプ」にてデビュー。
1994年、『C級さらりーまん講座』で第40回文藝春秋漫画賞受賞。
2011年、『C級さらりーまん講座』『パパはなんだかわからない』などサラリーマンを描いた一連の作品で第15回手塚治虫文化賞短編賞を受賞。

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