双葉社web文芸マガジン[カラフル]

おとな酒 第二部 / 山科けいすけ・著

第17回 酒器を楽しむ②

徳利や銚子の他にも似たような用途の酒器がある。片口(かたくち)だ。鉢状の器で、ふちの部分の片側に注ぎ口がついたもの。古くからある形で、元々は醤油や油や酒などの液体を小さな容器に移し入れる道具だった。それが、いつしか料理の盛り鉢として重宝される食器になり、卓上の酒器にもなってしまったという変わり種だ。
 そして、酒を温めるための酒器、「チロリ」。たいていは金属製のコップに持ち手をつけたような形をしている。昔ながらの居酒屋などでは、これで燗をつけた酒を徳利に移して出していた。一時、あまり見かけなくなったが、今は徳利のかわりとして酒の入ったチロリをそのまま出す店もあり、目にすることが多くなった。ただ、これも呼び名がちょっとややこしい。チロリではなく「タンポ」と呼ぶ場合もあるからだ。
 一般的には「東はタンポ、西はチロリ」というのが定説らしい。東日本と西日本で呼び方が違うということだ。確かに昔の東京の居酒屋では「タンポ」と呼んでいた記憶がある。ボクもタンポだと思っていた。しかし、いつの間にか、どこでも「チロリ」と呼ぶようになり、そのうちタンポという言葉自体聞かなくなってしまった。なんか釈然としないまま過ごしていたが、自分で錫製の酒器を使うようになってわかったことがある。日本の錫製品で圧倒的シェアを占める大阪や京都の製造元では、コップ型のものをタンポ、口が小さく胴体部分がふくらんだ徳利型のものをチロリ、と明確に分けているのだ。
 燗つけ用の金属製の器は、実はコップ型以外の形もある。この徳利型や、土瓶をタテにのばしたような銚子型だ。徳利型はその形状からわかるように、徳利がわりにそのまま客に出しても違和感がない所が魅力だけれど、使われることは少ない。燗つけ器としては、酒を瓶から直接入れやすいコップ型の方がずーっと便利だからだ。銚子型はもう立派な工芸品で、あらたまった席で使うような酒器だ。居酒屋などで普段使いされるものではない。
 というわけで、世間で多用され誰もが知っているコップ型の呼び名は、やはり「タンポ」が正しいんじゃないかとボクは思うわけである。ちろりと素早く燗がつく、てなことからその名がついたという説もある「チロリ」は粋な感じがするかもしれないが、湯たんぽと同じ語源の「タンポ」は語感もほんわり暖かい。タンポという言葉を使ってほしいと思うのだが……そんなことはどーでもいいか。とにかく、今みんなが「チロリ」と呼んでいるものは「タンポ」でもあるのだ。つまんないことかもしれないが、知っておいて損もないだろう。ちなみに銚子型のヤツは製造元によってチロリと呼んだり、銚子と呼んだり、あまり規定がないようだ。
 チロリについてはもう一つ、ややこしいことがある。一部ではガラス製の銚子をそう呼んだりするのだ。最も有名なのが「長崎チロリ」。ガラスーービードロがたいへん貴重だった江戸時代の長崎で造られていた、注ぎ口がとても長く優美なフォルムの芸術的酒器だ。それが先例になったのか、今でもガラス製の銚子はチロリと称されることが多い。
 金属製でコップ型及び徳利型の燗をつけるためのものがチロリ。なのにガラス製で銚子型で冷や酒(常温)、冷酒専用のものもチロリ。わけわかんなくなるので、ボクは後者をチロリとは呼びません。「長崎チロリ」は伝統工芸品なので別格。他のものは全て「ガラス製銚子」と呼ぶことにしています。
 なんか名称の説明が長くなってしまったが、本題に入りましょう。まずは猪口、盃、ぐい呑み。猪口は先に書いたように「小さな器」(そば猪口のような例外もある)。やはり日本酒は小さな器が似合う。ちびり、ちびりと、ゆっくり、ゆったり飲む酒だからだ。燗酒は大きい器だとすぐに冷えてしまうので少しずつ飲む方がいいのは当然。指二、三本でつまめるくらいの大きさがベストだ。盃型、ぐい呑み型、それぞれ良さがある。


※次回の配信は12月25日の予定です。

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山科けいすけKeisuke Yamashina

漫画家。1957年東京都生まれ。
1983年、「週刊ヤングジャンプ」にてデビュー。
1994年、『C級さらりーまん講座』で第40回文藝春秋漫画賞受賞。
2011年、『C級さらりーまん講座』『パパはなんだかわからない』などサラリーマンを描いた一連の作品で第15回手塚治虫文化賞短編賞を受賞。

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