双葉社web文芸マガジン[カラフル]

おとな酒 第二部 / 山科けいすけ・著

第16回 酒器を楽しむ

人はなぜ酒を飲むのか。気持ち良くなるためだ。でも、アルコールで脳がマヒしたら気持ち良くなるのは他の動物でもいっしょだ。ウチで以前飼っていた犬はビールを与えると、ずーっとペチャペチャなめ続けてウットリしていた。猫や猿が酒を飲んで千鳥足になっている映像を観たこともある。
 一方、高度な知能と感性を持った人間は、アルコールの効力だけでは満足しない。酒の味や肴にもこだわる。こだわれば、より「いい気分」になれるからだ。そして、それだけに止まらずにさらに「いい気分」になれるものを造り出した。酒器である。
 酒器といわれても、あまりピンとこない人も多いだろう。文字通り「酒を飲む時に使う器具」のことだが、「あー、トックリやおちょこのことね、それがどーした」くらいの反応がいいところ。メインの酒や肴に比べればどうでもいいと思われがちな存在だ。
 しかし、酒器の種類によって味も変わるし、何より「気分」が盛り上がる。洋の東西を問わず、酒を愛する者はそれを飲むための道具をも愛でるものだ。近頃は日本の酒にしろ洋酒にしろ、銘柄ばかりガタガタいう風潮があるけれど、酒の本質はその味だけでなくトータルの気分を楽しむこと。お気に入りの酒器があれば、家飲みでたいしたツマミがなくても、それを補って余りある楽しさがある。買ってきた酒がイマイチでもウマい酒になる。酒があまり強くない人、年と共に弱くなったという人も、少量の酒で気持ちよく酔える。酒器はただの道具ではないのだ。
 酒器の豊富なことにかけては日本酒が世界一だ。なにしろ西洋の酒と違い、熱燗の文化があって器具の種類が多い。そして、その材質も陶磁器、木、竹、錫、銅、鉄、ガラスと何でもある。さらに元々世界一の焼き物王国であるから、陶磁器の種類もべらぼうだ。ワインやウイスキーだとグラスとデキャンタくらいで、材質もほとんどガラス。他のものはわずかだ。中国の酒状況はわかんないけど、黄酒でも白酒でも日本酒ほどの酒器はもたないだろう(たぶん)。それに日本人が日本の酒器を知らないでどーすんだってことで、日本酒の酒器の話をします。
 一番身近な酒器といえば、誰でも聞いたことのある猪口(ちょこ又はちょく)、盃(さかずき)、ぐい呑み、徳利(とくり又はとっくり)、銚子。ここでアレ?と思った人もいるかもしれない。猪口と盃とぐい呑みはどう違うのか、徳利と銚子はいっしょじゃねえのかと。これは基本中の基本なので説明しときます。
 盃は口が大きく開き下がすぼんだ形の、平べったいヤツ。これは誰でもわかる。婚礼の時の三三九度で使うヤツ。木に漆塗りしたものだけでなく、陶磁器や金属のものもある。大きさもさまざま。
 ぐい呑みは平らではなく背が高くて、盃より口が狭い。ある程度大ぶりで、口と底が同じ大きさの筒状のものもある。これは本来、懐石の向付に使っていた器を、酒を飲むのにちょうどいいと用いたのが始まりといわれている。材質は今では木も竹も金属もある。
 猪口は盃型でもぐい呑み型でも、とにかく小ぶりのものをいう、と辞書ではなっているが、どのへんの小ささから猪口になるのかは定かではない。まあ、そこんところはテキトーでいいのだろう。
 徳利と銚子だが、いつも手に持って猪口に酒を注いでいるアレ、口が小さく首がすぼまって下がふくらんでいるアレは徳利であって、銚子ではない。「もう一本、お銚子つけて」などという人もいるけど、厳密にはまちがいだ。目くじら立てるほどのことではないけれど。材質はもちろん陶磁器が圧倒的に多いのだが、錫や銀製品もある。竹筒に冷酒を入れて出す店もあるが、あれは首がないから徳利とは呼べません。
 銚子は徳利とは全く違い、持ち手と細い注ぎ口がついた酒器だ。先ほど出た三三九度の盃に酒を注ぐ時に使う、横に持ち手の棒がついたものが原型に近い。今では持ち手がツルになった土瓶型のものをいうことが多い。茶道で酒をふるまう時に使われていた鉄製の銚子(鉄瓶を小さく平たくしたようなもので、燗鍋ともいう)が主流だったが、陶磁器や錫やガラス製のものもある。
※次回の配信は12月10日の予定です。

バックナンバー

山科けいすけKeisuke Yamashina

漫画家。1957年東京都生まれ。
1983年、「週刊ヤングジャンプ」にてデビュー。
1994年、『C級さらりーまん講座』で第40回文藝春秋漫画賞受賞。
2011年、『C級さらりーまん講座』『パパはなんだかわからない』などサラリーマンを描いた一連の作品で第15回手塚治虫文化賞短編賞を受賞。

  • 双葉社
  • 小説推理
pagetop