双葉社web文芸マガジン[カラフル]

おとな酒 第二部 / 山科けいすけ・著

第11回 おすすめ酒 洋酒編④

夕食を適当にすませたボクたちはホテルに戻った。
 「さてさて、酒宴とまいりますかあ」
 Yさんが部屋にあるタンブラーグラスを三つトレイに乗せて、床のカーペットの上に置いた。ツマミはスーパーで買ったビーフジャーキーやナントカチップだ。トレイを囲むように三人は床に座った。
 「じゃ~ん」
 Yさんが箱から特別なスコッチを出す。
 「おお、シブいボトルだねえ。なんて名前だ?」
 ラベルを読み上げたが、聞いたことのない名だ。
 「まあ、スコッチもいろいろあって奥が深いってことよな」
 Yさんはそう言うとキャップを開け、三つのグラスにそれぞれ半分ほどウイスキーを注ぐ。そして濃い顔をニンマリさせた。
 「それじゃ、旅がつつがなく終わりを迎えたことを祝して乾杯して、今宵はゆっくり語り合っちゃったりしましょ」
 三人は「カンパーイ」と言ってグラスを合わせ、それを口元に運んだ。
 「ん?」
 グラスの中のウイスキーの香りを嗅いだボクは、ちょっと手が止まった。なにかヘンな匂いがする。とても変わった匂いだ。でも、特別なスコッチなのだから香りも特別なのだろう。まずはひと口、ゴクリと飲んだ。
 口の中を衝撃が走った。期待したものと全く違う、わかのわからない強烈な薬品臭に満ちた摩訶不思議な味。猛烈にマズい!!
 「うわっなにコレえ!」
 Oさんが声に出した。口をゆがめて舌を突き出し、顔を思いきりしかめている。
 「ウ~ン……コイツは……」
 Yさんはそうつぶやくと眉間にしわを寄せ、今飲んだグラスの中の液体をジッと凝視して無言になった。
 「なんなんでしょうね、この味……?」
 ボクが首をかしげながら言うと、Oさんも
 「ねえ、コレおかしいよねえ。こんなの飲めないよねえ!」
 Yさんは答えず無言のまま、ボクとOさんもしかたなく黙った。ついさっきまで笑顔だった三人の表情は強張り、しばらく沈黙が続いた。
 ボクは少し間をおいて、またチョビッと飲んでみる。ウエエッやっぱりマズい!!そうだ、これは小さい頃、扁桃腺をはらした時に医者が脱脂綿につけてノドの奥に突っこみ、塗りたくったアレ、「ルゴール」の味だ!うがい薬のイソジンも同じようなものだが、しょっちゅう扁桃腺をはらしていたボクには、ルゴールが真っ先に連想された。さらに正露丸の臭み、クレオソートみたいな臭みもする。やっぱりこれは薬品だ。アルコールも含めて、複合消毒薬を飲んでるようなものではないか!!こんなものがなぜ、超高級ウイスキーとして堂々と売られているのか!?
 Yさんも、それから間をおいてふた口ほどチョビッとずつ飲んだが何も言わない。ボクは、どうやったらコレを飲めるかを考えていた。しかし、こんなヘンな味のマズいウイスキーは、氷を入れても水で割ってもムリだろう。あまり酒の強くないOさんは、もうグラスに口をつけず、時々匂いを嗅いでは小さい声で「ダメだよ……コレはおかしいよ……」と、ブツブツひとりごちている。
 暗い雰囲気のまま、十分ほど過ぎただろうか。
 「よし!」
 突然、Yさんが沈黙を破った。おお、ついに打開策を考えついたのか。普段はそのヒスパニック系の外見に合わせてお調子者の軽い男を装っているYさんだが、青年向け総合誌の編集者を長くやっていただけあって、実は博識で人生経験豊富な頼れる大人の男なのだ。もちろん酒についても、一般人よりずっと詳しいはずだ。この「特別なスコッチ」がどういうモノなのか、どうしたらおいしく楽しく飲めるのか、わかったのに違いない。ボクは期待してYさんを見た。彼はグラスから目を上げ、太くよく通る声で言った。
 「明日の出発は早いから、もう寝ようか」
 これで旅の打ち上げの酒宴は終わった。その後、「特別なスコッチ」がどうなったのか、ボクは知らない。聞いたことはないが、たぶんホテルにそのまま置いてかれたのだろう。
 この時の「特別なスコッチ」が何という銘柄だったのか、全く覚えていない。もう二度と飲まない、飲まなくていいと思っていたからだ。しかし、これがボクが初めて飲んだ「シングルモルト・ウイスキー」なのでありました。


※次回の配信は8月10日の予定です。

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山科けいすけKeisuke Yamashina

漫画家。1957年東京都生まれ。
1983年、「週刊ヤングジャンプ」にてデビュー。
1994年、『C級さらりーまん講座』で第40回文藝春秋漫画賞受賞。
2011年、『C級さらりーまん講座』『パパはなんだかわからない』などサラリーマンを描いた一連の作品で第15回手塚治虫文化賞短編賞を受賞。

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