双葉社web文芸マガジン[カラフル]

おとな酒 第二部 / 山科けいすけ・著

第10回 おすすめ酒 洋酒編③

大学生で「スコッチがわかった」ボクだが、バイト先以外では相変わらずホワイトか角。ウイスキーもまた「酔うための酒」だったので、安価なものを常飲するのは当然だ。
 ゼミやサークルやバイト仲間と飲み呆けた大学生活が終わると、とたんに酒を飲むことが激減した。ボクは「マンガ家になる」と周囲に宣言して就職しなかった。そのくせ卒業後二年間、マンガを全く描かないのでバイトだけしているという、大学浪人の時と同じ愚をくり返していたのだ。バイトは飲食業ではない昼間の仕事で飲む機会は少ないし、無職の身で社会人になった友人たちと飲む気分にもなれなかった。
 三年目に、このままでは人生どうにもならんとやっとマンガを描き出して、なんとか漫画誌に載ることができ、運よく翌年に連載を持てるようになった。それでようやく心置きなく酒を楽しめる身となったのだった。
 この頃に好んだ洋酒はバーボンとウォッカ。軽く飲む時はバーボンのソーダ割り(これが「ハイボール」の語源という説もある)で、しっかりアルコールが欲しい時はウォッカのロックにライムをちょっと搾る。同じ輸入洋酒(ヘンな言い方だけど)でも、スコッチを飲むより若々しく粋な感じがしたものだ。
 週刊漫画誌で連載を始めて三年がたった1987年、ボクは費用出版社持ちで海外旅行に行けることになった。その漫画誌では、連載が二年続いた漫画家はごほうびに海外旅行、というならわしがあった。他のマンガと違い四コマでページ数の少ないボクは、三年目にしてやっと認可されたのだ。この頃は世間的にはバブル期前だが、出版業界、特にマンガ業界では既にバブルに突入していて、とても景気がよかったということもあった。
 行先はアメリカ。同行者は担当のYさん。元々、漫画誌ではなく青年向け総合誌の編集者だった人で、生まれも育ちも関西のくせにヒスパニック系の濃い顔立ちで髭を生やし、「~~だぜ」とか「~~じゃん」とか口走る、いかにも「業界的」なオジサンだ。現地では出版社と契約しているコーディネーター兼通訳のアメリカ在住日本人、Oさんと合流しての三人旅だ。
 ニューヨーク、ニューオリンズ、ラスベガスなどを巡り、旅を十分愉しんだボクたちの最終滞在地はロサンゼルス。帰国前日になってYさんが言った。
 「なあ、いいかげん疲れたし、今夜は街をうろつかないで、こっちでしか手に入らないようなスゲエ酒でも買って、ホテルの部屋で三人でゆっくり飲まないか?」
 確かにこの十日ほどの旅行中、夜はミュージカルやショーを観に行くとかジャズを聴きに行くとかであちこち動き回っていて、ゆったりと過ごしたことはない。酒をじっくり飲んだこともない。
 「いいね、そうしようよ」
 小柄で最年長のOさんが即座に答える。アレが観たい、アソコへ行きたい、というYさんとボクの注文に応えるため、下調べや手配や予約をずっと一人でやってきたOさんは、一番疲れていた。
 「よっしゃ、それじゃあ晩メシの前に酒を買いに行こーぜ!」
 ボクたちは、この街で最も大きいというリカーストアに入った。間口はそれほどでもないが、奥が深くて天井が高い。そして壁は全て棚で、酒でびっしり埋まっていた。これだけの数を置いてある酒屋は日本では見たことがない。
 「おーっすばらしい、ここならスゲエもんがありそうじゃないの」
 Yさんはまわりを見渡してうれしそうだ。入口付近にはバーボンが並んでいるが、その種類の多さにも驚いた。ボクらがキョロキョロしていると、奥から白人にしてはずいぶん小柄なお爺さんが出てきた。店主らしい。「何かお探しか?」てなことを言った。
 「ここでしか手に入らないような、何か珍しくてオススメの酒はないか、聞いてくれ」
 Yさんの言葉をOさんが通訳すると、店主は指をアゴに当ててちょっと考えた後、口を開いた。
 「値段が高くてもいいのかって」
 Yさんがニンマリして鷹揚にうなづく。
 「もちろん、いいでございますよ」
 Oさんがそれを伝えると、これまで無表情だった爺さん店主の顔がほころんだ。顔の前に人差し指を立てて微笑みながら何かを言うと、奥に入っていった。
 「とてもいいモノがあるから持って来るってさ」
 「おー、いいモノかあ、どんないいモノなのだろうか、ムフフフ」
 しばらくして、細長い箱を両手で大事そうに抱えた店主が戻って来た。ニコニコしている。ボクたちの前に立つと、その箱を掲げて一気にしゃべり出した。Oさんは何度もうなづきながらそれを聞きとると、Yさんに言った。
 「これはスコッチウイスキーなんだけど、とても特別なもので、ロスでもこの店にしかないんだって。すごくいいウイスキーなのに、アメリカ人はこういうのがわからなくて誰も飲まないんだってさ」
 「ほお、ほお、特別なスコッチねえ、よろしいんじゃないのお」
 「あとなんかいろいろ説明してたけど、ボクはウイスキーのこと知らないんで、よくわかんない。それで……値段が○○○ドルもするそうだけど……」
 「OK、OK、どーせ経費、会社が出すんだからノープロブレムよ」
 ボクは横でボーッと突っ立って、「編集者って気楽で金いっぱい使えて、いい商売だなあ」と思っていた。それにしても、こんなに高い特別なスコッチって、どんなウイスキーなんだろうか。

※次回の配信は7月25日の予定です。

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山科けいすけKeisuke Yamashina

漫画家。1957年東京都生まれ。
1983年、「週刊ヤングジャンプ」にてデビュー。
1994年、『C級さらりーまん講座』で第40回文藝春秋漫画賞受賞。
2011年、『C級さらりーまん講座』『パパはなんだかわからない』などサラリーマンを描いた一連の作品で第15回手塚治虫文化賞短編賞を受賞。

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