双葉社web文芸マガジン[カラフル]

死に方がわからない(門賀美央子)

デザイン:大路浩実

第二十四回

 一年以上にわたり、死に方を模索してきた。
 おかげで、ある程度「自分はどんな死に方がしたいのか」、そして「自分の死を理想に近づけるために何が必要なのか」がわかってきた。
 同時に、現代日本に生きる限り、生物学的には一人で死ねても、社会的には必ず誰かの手を借りないと満足に死ねないことも見えてきた。とんでもなく面倒な話だが、納得のいく死を迎えるためには、事前に「借りる手」の算段しておくしかない。
 どうやら「死ぬために繋がっておくべき他者」とは誰なのか、そこを明確にするのが旅のラストテーマになるようだ。
 そういうわけなので、まずはここまでの旅路の整理も兼ねて、調査中に出会えた「死ぬために頼りにできそうな他者」を紹介していこうと思う……のだが、ちょっとその前に。
 愚痴というか、私自身の情けない話をしておきたい。
 正直に告白すると、「死ぬために繋がっておくべき他者」の必要性は連載のかなり早い段階から浮かび上がってきていた。だが、その点について書こうとしても、どうにも筆が進まなかった。有り体に言えば、気が乗らなかったのである。
 これまでも何度か触れているが、私は決して友達が多い方ではない。その数少ない友達でさえ付き合いはごくあっさりしたものである。親類縁者もいるにはいるが、冠婚葬祭ぐらいしか会う機会がない。人間関係の希薄さという意味では、現代人の最右翼にいると言っていいのかも知れない。
 この先、心身ともに丈夫で自活できる状態が続く保証さえあれば、私はこれでいい。彗星のように広い宇宙を独り泳ぎゆき、時折他の惑星や彗星と出会ってはエールを送り合って、また静かに離れていく。そんな在り方が理想だからだ。
 しかし、前提条件が崩れれば、私の生活はたちまち崩壊する。
 世間……というか、我が国の諸制度がいちいち家族ありきで出来ているのは完全に誤算であった。入院や手術をするにも「御家族様の同意」や「御血縁の保証人」が求められる。死の費用は死亡保険金で賄いたいが、受取人は基本的に「二親等以内の血族」に限られ、それ以外を指定するには煩雑な手続きが必要。
 一事が万事、この調子だ。
 独りではスムーズに死ねない。これを見過ごしていたのは、ひとえに私が迂闊だったからだが、幸いにもまだ体も頭も動くうちに気づくことができた。だから、今のうちに手を打てばいい、はずである。
 なのに、まだ新たな人間関係を築くことに躊躇しているのだ。
 孤立を避けるためには、ある程度固定したメンバーと定期的に会う場所を持つのが一番だろう。よって、学校や職場など、何らかの社会的集団に所属している人は特に慌てる必要もない。
 だが、私はそうはいかない。仕事を通じて社会とは繋がっているので孤立とは言えないが、死亡後発見が大幅に遅れる可能性がある以上、孤立に近い状態にあるといえる。
 つまり、その気になって動かない限り、「腐って見つかる」未来と背中合わせなのだ。そして、それだけは絶対いやだというのは、これまで縷々書いてきた通りである。
 それなのに。
 それなのに、動けないのである。
 もちろん、まったく模索しなかったわけではない。
 近所付き合いできる“お友達”なら地元のスナックや飲み屋で開拓するのもいいかもしれないと考え、まだコロナ騒ぎが始まる前、何度か近所の人たちが集まっていそうな店に行ってみた。もともと酒好きではあるし、そんな場での大騒ぎが嫌いなわけではない。見知らぬ人と話をするのだってまあまあ得意だ。そうじゃなきゃ、ライターなんて仕事はできない。
 だが、二度三度試してみて悟った。この方法は私には向いていない、と。
 そもそもしょっちゅう飲み屋に行けるほどの財力がないという身も蓋もない問題があったのだが、もし十分な財力があっても続かなかっただろう。なんのことはない、その場でぱっと盛り上がって解散、ならば楽しいが、長い付き合いを続けると考えた途端、めんどくさくなったのである。
 各店でご一緒した皆さんは、気持ちのいい人ばかりだった。常連が多い店でも、すんなりとその輪に入れてくれた。とてもありがたく思っている。
 だったら、その人たちの輪に入っていけばいいというのに。
 いい思い出ができたら、それがいい思い出であるうちに退場してしまおう、と考えてしまうのが私のだらしなさなのだ。そうこうしているうちに緊急事態宣言が発令され、飲み屋に行く気自体が起こらなくなってしまった。
 ならば一対一ではどうだろう、とマッチングアプリを使ってみた。しかし、三日で撤退した。「男女問わず“友達”を求める」と登録したのに、マッチング対象はほぼ男性だったし、たまに当たる女性は宗教やネットワークビジネス系への勧誘が目的っぽい感じのプロフィールだったので、目的は果たせそうにないと断念したのである。
 しかし、転んでもただでは起きないのがライター魂。せっかくなので、わずかながら得た知見をひとつ皆様にご紹介したい。
 それは、マッチングアプリに下心丸出しで出没する既婚男性の多さである。聞きしに勝る数だった。私のような四十代卒業ギリギリ前の女でも言い寄ってくる既婚男性がウヨウヨいたのだ。登録年齢は一切ごまかさず、顔写真も出していたので、若い女と勘違いしたはずはない。それでも「お食事に行きませんか? 既婚ですけど」「ドライブに行きませんか? 既婚ですけど」「お酒を楽しみませんか? 既婚ですけど」「お付き合いしませんか? 既婚ですけど」が山ほど来たのである。
 当然ながら、こうした人たちは即座にブロックした。倫理観が怪しい人間と、たとえ友人としてでも付き合えるはずがない。未婚と嘘をつくよりはマシなんだろうけど、本当に一体何を考えているのだろう? 嫁と行けや嫁と、である。
 世の既婚女性のみなさん、「うちの人だけは大丈夫」だなんてうっかり信じたら駄目、駄目、駄目駄目よ、ですよ。まっじで「駄目だコリャ、次行ってみよう!」で終わったプランだった。
 次の手段として考えたのは、なんらかの社会活動の団体にボランティアとして参加することだった。これなら変な目的の人はいないだろう。いたとしたって稀なはずだ。というか、動機が不純な私が一番変な人だ。
 だが、これも長引くコロナ自粛で機会が失われてしまい、そのままになっている。
 それに、こうした団体では常にオープン・マインドでいることを求められることだろう。それは私にとっては少々苦痛だ。自慢じゃないが、差し障りのない会話はできても、胸襟を開いた人付き合いは大の苦手なのである。黙って作業をしていればいいボランティアならともかく、「みんなで一緒にやりましょう!」みたいなノリを求められたら、絶対に「ごめんなさい! おととい来ます!」と走り去りたくなるのは目に見えている。
 そもそも、みんなで心を一つにして! の体育会系が、私には大層つらい。声を揃えてスローガンや標語を唱えたりするのは虫唾が走るレベルで嫌いである。ダンスも、パラパラみたいにみんなで同じ振りをするのはうんざりだ。これでも人類なのかと疑いたくなるほど、集団行動が苦手なのである。
 そんなわけで、新しい人間関係の構築方法だけはまだまだ見いだせそうにない。不徳の致すところここに極まれり、である。読者の皆様には不甲斐なさをお詫び申し上げるしかないが、私に「暖かな人の輪」を模索するのは無理でした。ごめんなさい。
 そういうわけなので、これより先紹介する「死ぬために繋がっておくべき他者」は、主に機能面重視ということになる。その点はご了承願いたい。

 さて、「死後、腐らないうちに見つかること」を目指して調査を重ねた結果、最も簡便にして有効な手段として浮き上がってきたのが、NPO法人エンリッチが提供するLINEでの見守りサービスであったことは以前触れた通りだ。
 しかし、その際は「こういうサービスがありますよ」と軽く触れる程度だったので、ここでもう少し詳しく紹介したいと思う。
 まず、このサービスの最大の目的は「孤立死」――死後長期間発見されない事態を防ぐことにある。孤独死防止を謳っているわけではないのがミソだ。
 孤独死は、独りで死んでも比較的短期間で発見してもらえる、つまり社会との繋がりが保たれている状況であるのに対し、孤立死は何日も見つからない、下手をすれば発見時は骨だった、というようなケースを指すことが多い。つまり、私が避けたい死は孤独死ではなく孤立死であり、エンリッチの安否確認システムが防ごうとしているのも後者なのだ。
 たとえひっそり孤独に死んでいったとしても、孤立死にはさせない。
 サービスの開発者であり、現在法人の代表理事を務める紺野功さんが、このごくシンプルな理念を掲げるに至ったのは、二〇一五年二月に御令弟を孤立死で亡くされた経験があるからだ。
 当時、御令弟は五十歳をひとつふたつ過ぎたばかり。今の私といくらも違わない。独身独居で、職種はITエンジニアだったそうだが、自宅作業の自営業者という点も似ている。
 ご遺体が発見されたのは、死後一週間ほど経ってからだった。発見したのは取引先の担当者で、電話が繋がらないことを心配して自宅まで訪ねてくれたのだという。
 紺野さんには、警察から連絡があった。
「死因は低体温症でした。その頃の弟はアルコールに深く依存し、セルフ・ネグレクト状態にあったので、家の中にもかかわらず低体温症になってしまったのだと思います。ただ、警察官の話では、意識不明のまま数日は生きていたのではないか、とのことでした。もし、私が弟の異変に気づき、部屋を見に行くことができていれば助かったかもしれない。そう思うとやり切れませんでした」
 普段はほとんど付き合いがない兄弟だったが、その年の正月には実家で顔を合わせていた。その時、やけに痩せた姿が気になってはいた。だが、切迫感はなかった。
 しかし……。
「初めて訪れた家の様子に驚きました。掃除した形跡のない乱雑な部屋には、数十台ものパソコンやモニターがほこりを被ったまま放置されていました。床には何千冊ものパソコン雑誌が山積みです。寝るスペース以外、足の踏み場もありませんでした。冷蔵庫の中を見ると、まともなものはなく、数ヶ月前の食べ物さえそのまま入っていました。アルコールばかり飲んでいたのでしょう。突然死も不思議ではない、そんな生活を送っていたようです」
 お話を聴きながら、私はどんどん居たたまれなくなっていた。
 弟さんは私だ、と思ったのである。
 今の私はセルフ・ネグレクトとは程遠い生活だ。しかし、なにかの拍子に気力を失えば、たちまち生活が荒れるのは目に見えている。前科があるのだ。
 かれこれ四半世紀ほど前のこと、小売店の店長をやっていた二十代半ば、日々のストレスに耐えかねて帰宅後はウイスキーとチョコレートしか口にせず、朝は当然抜き、まともに食べるのは昼だけなんていう無茶を数ヶ月続けたことがある。一人暮らしだったので、誰も注意してくれない。体重は急激に落ちたのだが、自覚は全くなかった。痩せて嬉しいとも思わなかった。体型を気にする余裕さえなかったのだ。
 思えば、完全に精神が参っていたのだろう。体が持ったのはひとえに若さゆえである。もし、今あんな生活をやったらたちまち体を壊すに違いない。アルコール依存症にもなるだろう。当然、その先には孤立死に直結する孤独死が待ち構えている。
 御令弟の最期は、リアルな「私の将来」だった。
「見守りサービスのようなものに登録しておけば、孤立死はかなり防げることでしょう。しかし、現行のサービスのほとんどは高齢者が対象です。けれども、現役世代にも弟のような状況に陥る人は少なくないはずです」
 うんうん、と大きく頷く私。
「早めに発見されれば助かる命もあるだろうし、もし残念ながら亡くなったとしても長期間放置されるようなことは防げるはずです。弟のような末路をたどる人が一人でも減るよう、なにかしたかったんですよ」
 そうして立ち上げられたのが、NPO法人エンリッチの安否確認サービスなのだ。
 サービスの概要は次の通りである。
 エンリッチの「見守りサービス」に友だち登録すると、任意のタイミング(24時間ごとから)で安否確認メッセージが送られてくる。メッセージ中の「OK」ボタンをポチッとな、とすると、安否確認は終了。実に手軽かつ気軽なスキームだ。
 もし、メッセージが送られてから二十四時間経っても返信がなければ、再度メッセージが送信される。そこから三時間以内に反応がない場合は、事前登録してある本人に安否確認のメールが送られ、電話がかかってくる。
 それらに反応がないと、初めて登録済みの緊急連絡先に連絡がいく。
 この緊急連絡先なのだが、エンリッチの場合は相手に許可さえ取っていれば、友人や恋人、あるいは介護サービス提供者や不動産業者などでもOKだ。
 この手のサービスの場合、相手を近親者に限るケースも少なくない。そのせいで登録に二の足を踏む人だっているだろう。私のように肉親が少ないケースもあるし、何らかの事情で親類縁者には連絡を取りたくない人だっている。私の場合、今は母親と住んでいる家の大家さんを連絡先として登録している。どちらも家の鍵を持っているので、なにかあったら開けて中に入れる。それが選んだ理由だ。
 シンプルで合理的。余計な情報の提出も求められない。必要以上に立ち入ってくることもない。安否確認サービスとしては理想形だろう。
 お恥ずかしい話なのだが、サービスを知った当初は“無料”というのに引っかかり、なにか裏があるのではないかと疑っていた。こんなご時世である。タダほど高いものはない。けれども、サービスが生まれた背景を知り、紺野さんに実際にお会いした結果、間違いなく公益を志した活動だと納得した。実際、紺野さんの活動はほぼ手弁当である。サービスは個人の登録は無料、複数人がひとつの団体を作って個別にサービスを利用する場合(「つながりサービス」という)は有料だが、それもごくわずかな金額だ。
 この仕組みがうまく働くのか疑う向きもいるかもしれないが、その点に関しては、つい先日、有効性が証明されてしまった。残念ながらサービス利用者に初の死者が出て、規定通りの対応が取られた結果、ご遺体は早期発見されたのだ。亡くなられた方は六十歳の独居者だった。もしサービスを利用していなければ気づいてもらえない可能性があったそうだ。見知らぬ方ながら、ご冥福をお祈りするとともに、同じような境遇にいる者として「早く見つけてもらえてよかったですね」と声をかけたい気持ちでいっぱいである。
 2021年1月1日現在でエンリッチの登録者数は2,445人。内訳は男性39%女性61%。
 登録者の年齢は、下は19歳から上は93歳。年代別で見ると、40代が25%、50代が30%、60代が17%、70代が8%、80代が2%を占める。
 また、サービス開始以降、安否確認の再送への反応がなく、生存確認の電話を直接したのは309人のべ681回だという。
 幸いなことに私は今の所309人の中には入っていない。起きたらすぐに枕元のスマホを手に取る典型的な現代人なので忘れないのだ。そして、ネット上とはいえ「必ず見つけてもらえる」という安心感は、私の精神状態に大変よい影響を与えている。なにせ、腐らずにすむ確率がドカンと上がったのだから。
 この上は、サービスが安定的に長く続くよう、微力ながら何かお手伝いできればと考えている今日このごろである。
(第25回へつづく)

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門賀美央子Mioko Monga

1971年、大阪府生まれ。文筆家。主に文学、宗教、美術、民俗関係の分野を手がける。著書に『自分でつける戒名』『ときめく妖怪図鑑』『ときめく御仏図鑑』、共著に『史上最強 図解仏教入門』など多数。

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