双葉社web文芸マガジン[カラフル]

死に方がわからない(門賀美央子)

デザイン:大路浩実

第十二回

 前回紹介した「わたしの終活登録」の登録項目を埋めていくことで、遺漏の無い完璧な「死に方対策」を作る。
 方針が決まった。
 後は実行あるのみだ。
 まずは緊急連絡先などの個人情報。ここは問題ない。
 ところが、次でいきなりつまずいた。
「所属しているコミュニティ、グループ、支援事業所など」という項目を前に立ち往生したのだ。
 所属しているコミュニティ、グループ、支援事業所?
 ない。
 思い当たるものが、一つもない。
 支援事業所はまだまだお若い私なので書けないのは当たり前だが、それ以外のコミュニティやグループだって、ひとつも思いつかない。
 なぜなら、私は何にも所属していないのである。
 フリーランスであるため、いわゆる「勤め先」はない。
 地域コミュニティにも積極的には関わっていない。
 継続したボランティア活動などにも参加していない。
 趣味や習い事のグループにも入っていない。
 つまり、書けるものがない。
 ……あかんやん。
 どんなけインディペンデントな人生送っているのよ、私。
 究極の社会的生物である人類の一員として、さすがにこれはどうなの。
 もうちょっと人の輪に入ることを覚えよ?
 自分にツッコミをいれながら書面を再度確認すると、小さい文字で「所属終活グループ等」と付記されているのを見つけた。
 終活グループ?
 あ、そうか。これがあったか!
 地獄に仏だ。
 終活グループとは、読んで字のごとく、終活をする(したい)人々が集まるグループである。こう書くと怪しい自殺サークルと勘違いされるかもしれないが、そうではない。
 今現在、「終活」を支援すると謳う企業や団体は結構な数がある。最大の人口ボリュームゾーンである団塊の世代が終活世代になってきているためだ。
 しかし、そのほとんどはあくまでサポート事業であり、お金を払うことで諸手続きを代行してくれる、もしくは法律相談などに乗ってくれる程度だ。
 これらのサービスはもちろん必要ではある。だが、枝葉末節を解決するサービスに過ぎないという見方もできる。なぜなら、これらのほとんどは「死後の後始末をしてくれる誰か」がいる前提でサービスが構築されているからだ。
 つまり、私のように「死後の後始末をしてくれる誰か」がいない人間には、帯に短したすきに長し。簡単にいうと「使えない」のである。
 一方、終活グループはというと、大抵が非営利の任意団体、もしくはNPO法人として存在する。活動内容も様々で、基本顔見知りだけがメンバーになれる老人サークルに毛が生えたようなものもあれば、きちんと組織化しているグループもある。後者の場合は死後事務を請け負うこともあり、「死後の後始末をしてくれる誰か」がいない人間の互助会として機能している。
 つまり、後者なら選択肢としては有りである。
 しかし、いざそうしたグループを探そうとすると、なかなか見つからない。
 その性格ゆえに、小規模かつ半クローズドサークルであることが多いからだ。勢い、ホームページなども持っていない。必要ないのだろう。
 死後処理を託すとなると、当然ながらかなりの信頼関係が必要だ。自分の望み通りに事が運んだかどうか、本人はチェックのしようがないからである。
 実際、中には委託者の遺志を無視して最低限のことしかせず、浮かせた預託金をポッポナイナイするような悪質団体もあったらしい。任意団体やNPOの場合、特に資格などないメンバーが運営に関わることになるので、そこにけしからぬ人間が入り込んでしまうと、チェックされづらいという弱点がある。法人格を持っていれば一応決算や活動の報告義務があるが、だからといってそれが百パーセント信用できるかどうかはわからない。なにせ、大企業が粉飾決算をし、お国が公文書改竄かいざんを平気でやるご時世である。
 終活グループをやるにしても、信用できる内輪だけでごく小規模にやりましょう、という流れになるのも致し方なしなのだろう。しかし、完全にクローズドにしてしまうと、当然グループは先細りし、期待するサービスを受けるためには先に死ぬしかないチキンレースになってしまいかねない。
 独り者が多くなっているわりには、終活グループがさほど目立たないのは、そういう事情があるようだ。
 しかし、確実に増えつつあるのは間違いない。
 実は、この連載を初めてすぐの頃、知人の女性から、ご自身が加入していらっしゃる終活グループの会合に来てみないかと声をかけていただいた。
 その団体はまさに「死後の後始末をしてくれる誰か」がいない人間の互助会を目指すものだった。今後、活動の幅を広げていく予定ということだが、発足メンバーは全員が以前から付き合いのあるメンバーだという。
 やっぱり、そういうことなのだ。
 安心して死後事務を任せられる終活グループに入りたければ、そんな年齢になる前からそれなりの人間関係を構築しておかなければならないのだ。
 そして、今の私には、それが、ない。
 ……あかんやん。
「これがあったか!」と喜び勇んだのに、完璧にぬか喜びだった。
 高齢者支援事業は六十五歳にならないと相手にしてもらえない。まだかなり先の話だ。その時になって、はじめて「所属しているコミュニティ、グループ、支援事業所」の欄を埋めるのか、それともその前に何らかのコミュニティやグループに入る、もしくは作れるように模索して、早期の項目の記入完了を目指すべきか。
 考え始めた途端、私の中にいる二人の人間が、激しく議論を始めた。
 一人は理性的かつ事務的に考える私。
 もう一人は人見知りかつ怠惰な私。
 理性的かつ事務的に考える私、仮に理央子としておこう。
 理央子の言い分はこうだ。
「死後事務の委託だけなら死後事務委任契約を請け負っている法律事務所や司法書士事務所などに任せればいいが、かなりの金額がかかる。しかも、委託先がちゃんとやってくれるかどうかも不安だ。悪質な業者もいるらしい。不慮の出来事がない限り、死ぬまでにはまだ時間の余裕があるのだから、自分で信頼できる終活グループを探すなり、作るなりして、より安心できる(そして安価な)体制構築を模索すべきである」
 なるほど、ごもっともである。ごもっともなのだが、人見知りかつ怠惰な私、怠央子(仮名)がたちまちこう反論する。
「自分で信頼できる終活グループを探すなり、作るなりっていうけど、そんな簡単な話じゃないでしょ。だいたい今までまともな人間関係を作れなかったくせに、目的ができたからってたちまち動けるとは思わないし、それになんだか不純っぽくない? お金で解決するなら、それがいっちゃん楽でいいじゃん。人間関係の構築に使う労力を仕事に費やした方が、理性的ってものじゃないの?」
 ああ、あなたはそういう人ですよね。人付き合い、苦手だもんね。新しい人間関係の構築なんていうめんどくさいこと、絶対嫌よね。
 しかし、ここで突然、勘定場の金央子がバンッと机を叩いて立ち上がった。
「死後事務委任契約を結ぶには一体どれだけのお金がかかると思っているんですか! 預託金を含めると最低でも二百万は必要ですよ! 軽く考えないでください!」
 ほれ見ろ、と言わんばかりの視線を怠央子に送る理央子。だが、怠央子も負けてはいない。
「そんなこと言ったって、じゃあどうやってグループを作れるぐらいの人数をこれから開拓するっていうのよ。何をどうやってどこから始めればいいの? 答えられる? 答えられないでしょう?」
 グッと詰まる理央子と金央子。だからといって、怠央子から出てくる金策は「宝くじでも当たらないかなあ」が関の山だ。なにせ、怠惰だから。
 結局、脳内会議は解決策が出ないまま解散となり、項目欄は空白のままになった。
 ここまで私としては比較的トントン拍子に死に方探しの旅を続けてこられたのだが、やはり越えがたい関所はあったようだ。
 しかし、その越えがたさもまた、前々から述べているように私の人間的な弱さに起因している。
 仕事上、あるいはプライベートでも表面的な付き合いなら、ある程度の気力を消費するものの、なんとかこなすことはできる。しかし、それ以上となると、難しい。
 唯一の例外は若い頃にできた友人だが、でも彼らとて今ではほとんどが家族持ちであり、それぞれがそれぞれの場所で独自の人間関係を構築している。私は、そこに「古い友人」であるという資格だけで入り込んでいけるほど、度胸はない。
 自分の死について色々と考えていくにつれ、単身者の死は公私にわたる人的ネットワークがなければ成り立たないのが、厳然たる事実であるとわかってきた。
 しかし、解決法は依然としてわからない。結局のところ、自分は人間関係を構築できていないという事実に目を瞑ったまま、日々流されている。なんのことはない、私内勢力分布では、怠央子ちゃんの勢力圏が一番大きいから、フットワークが異様に重いのだ。特に「一人ではできないこと」が相手になると。
 打倒、怠央子! の声がないわけでもないのだが、今はまだ地下勢力の粋を出ない。怠央子レジスタンスをマジョリティに育てていくのも、また「死に方」探しの一環ではあるのだが、どうにもこうにも……。
 怠央子王の権勢は強い。形勢はなかなかひっくり返りそうにない。
 仕方がないので、とりあえずこの項目は空白のまま放置することにして、次に進むことにした。最悪、六十五歳になれば片付く問題である。今はできることを先にしてしまおう。
 願わくは、読者の皆さんが「所属しているコミュニティ、グループ、支援事業所など」をすぐに見つけられますことを。
(第十三回へつづく)

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門賀美央子Mioko Monga

1971年、大阪府生まれ。文筆家。主に文学、宗教、美術、民俗関係の分野を手がける。著書に『自分でつける戒名』『ときめく妖怪図鑑』『ときめく御仏図鑑』、共著に『史上最強 図解仏教入門』など多数。

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