双葉社web文芸マガジン[カラフル]

よい人生、ぼくをくるむ(少年アヤ)

©少年アヤ

第4回

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 近所のお弁当屋さんがすごくおいしいということに、住みはじめて5年目にしてようやく気がついた。遠足でもないのに、お弁当に600円とか800円なんて、とても出せる感じではなかったのだ。
 勇気をだして一番高いお弁当を買ってみたらおいしくて、びっくりして次の日も行ってしまった。お弁当だけじゃなくて、おおきなショーケースにならべられたお惣菜すべてがおいしそう。あれもこれもと選んでいたら、なんかしらないけど2000円ぐらいになってしまった。
 包むのを待つあいだ、お店を切り盛りしている粋なおばあさんが「待たせてごめんなさいね。テレビ見ててもいいわよ」と言って、ぽんとリモコンを渡してくれた。そのリモコンで、壁に備え付けられているテレビのチャンネルを変えていいわよ、ということらしいんだけど、ふだんお客さんの手には触れないであろうリモコンは、ボタンの数字が薄くなっていたり、ホコリが詰まっていたりして、家っぽいくたびれ感がある。なんだか急にひとんちにきたみたいで緊張してしまう。なるべくリラックスした感じでボタンをいじってみたけれど、おばあさんの息遣いまで気になってくる。こっち見てる気がする。
「おまけに酢の物つけとくわね」
「わ、ありがとうございます」
 明日はガスが止まる。

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 ガスが止まっているけど、おいしい惣菜が豊富にあるので、お昼はハムカツをたべた。夜はカレーのはいったコロッケをたべた。たべながら気がついたんだけれど、うちの米はまずい。
 真夜中お腹が空いてしまい、近所をうろうろしていたら、杖をついたおばあさんとその娘らしき人が目の前を横切っていった。ずいぶん腰のまがったおばあさんで、娘さんは四六時中付き添っているのか、ちょっと疲れた顔をしていた。
 ぱっと目があったと思ったら、お弁当屋のおばあさんと、いつもお店にいるお姉さんだった。お店にいるときは、いつも元気でキビキビしている、おしゃれで粋なおばあさんって感じだから、びっくりしてしまう。
 そういえば、と思う。カウンターのなかにいるときも、いつもさりげなく手をついていたり、ショーケースによりかかるような仕草をしているかもしれない。ドキドキして、「こんばんは」という声が上ずってしまう。
 まず、おばあさんだったんだ、ということにショックを受けている自分がいた。もちろんおばあさんだとは思っていたし、おばあさんとも呼んでいたけど、想像以上におばあさんだった。もしかしたら、お店に立っているの、すごくきついんじゃないか。けど、それでも立ちたいんだろうということ。座っていいのに、座ったほうがぜったいいいのに、それでも立ち続けることが、おばあさんのすべてかもしれないってこと。
 ぶあついハムカツや、サクサクのコロッケ。すみっこのパスタまで、しっかりおいしいお弁当を思い出しながら、どんどん不安になってくる。
 おばあさんがいなくなっちゃったらどうしよう。

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 ひなこの赤ちゃんを見るために地元へ。せっかくなので二泊ほどすることにする。
 いつからか実家に泊まっても、帰ってきたという感じがしなくなった。そこかしこに自分がいたころの痕跡が残っているのに、部屋だった場所が犬のトイレを置くだけの空間になっていたり(ひどすぎ)、人んちに行くとなるアレルギーで鼻や目がぐしゅぐしゅになったりして、もう自分のいていい場所ではない、ということを突きつけられるから。
 以前は家族だからと気にならなかった水回りの汚れや、冷蔵庫のにおいも妙に気になってしまう。不気味だとすら思う。反対に、家族がぼくの部屋へ来たときも「うわっっっ!!汚い!!!!」と毎回言うので、おたがいもう全然ちがう巣穴にいるんだな、という感じがしてさみしい。あんまさみしくないことがさみしい。
 夕飯をたべおえたあとは、近所のでかいショッピングモールへ買い物に行った。週末の夜はいつも、こうやってちょっといいワインやらチーズやらを買いにくる決まりなのだ。
 このショッピングモールができてから、しぼんでいくばかりだった街の空気が、だいぶ華やかになった気がする。安いものか、安すぎるものしかなかった街に、ちょっといいものや、無意味だけどすてきな雑貨がたくさん現れたのだ。
 はじめのうちは、みんな自分でも気づかないうちにそういうものを渇望していたとばかりに、こわいくらいの賑わいを見せていたけれど、いまは熱気も落ち着いて、当たり前におしゃれをし、ちょっと気取ったふうにスタバを飲んだり、北欧ふうの雑貨を買ったりするのをたのしんでいる。
 空港みたいにでかいモールのなかをだらだら歩きながら、うるおってんなあと思う。

 母が洋服を見にいくというので、ぼくは父とふたりであてもなくモールのなかをさまよった。
 父とは、家を出るまで13年間ろくに話していなかった。それどころか「パパ」と呼びかけるのすらいやで、ずっと「ハゲ」と呼んでいた。反抗期のていでいたけれど、呼ぶたびに胸が痛くて、それを克服しようとしてもっと連呼し、このおおらかな父を何度も傷つけていた。そのくせ、人前で「ハゲ」と呼んで笑いが起きたりすると、本当にみんな、ぶっころしてやろうかと思うくらい悔しかった。父はにやにやして、ただその場をやり過ごしていている。
 父とぼくの関係がこじれた理由はいろいろあるし、父もなかなか酷かったなあと思うこともあるけれど、結局は自分の問題だったと結論づけることが、いまはできる。
 またかよって自分でも思うけど、ゲイだからだ。父とおなじ、男の身体と機能を受け継ぎながら、父のようになれない、なりたいとも望んでいない自分を、なんとか認めてあげようとする過程で、父を敵視するしかなかったのだ。
 謝ろうとするたびに、父は「おぼえてねえなあ」と首をかしげる。おぼえてないわけないだろ。パパ、あのときつらかったとか、むかついたとか、言ったほうがいいよ、言ってくれていいんだよ、ぼくなんかボコボコに殴りたおしてもいいんだから、と思うけど、そんなこと、法が許したってしない父がせつない。愛されることはせつない。

 父とふたり、ちょっとぎこちない空気をあいだに挟みながら、広いショッピングモールをぶらぶら歩く。本屋に寄って、エッセイの棚に置かれたぼくの本を見つけて、「売れてるなあ、こりゃ」とうれしそうに言う。妹によると、うちの家族はいつもこの棚の前にきて、いつまで経っても売れ残っているぼくの本を、わざとちょっと前につまみ出したり、ひどいときは他所様の本のうえに平置きしたりしているらしい。「あたしなんかねえ、やってやったんだよ」と、母に得意げに言われたとき、血の気が引いた。ぜったいにやめて、と伝えたけれど、「しらないね。またやってやるよ」と悪魔のように笑う。父にいたっては、ファンのふりをして書店員さんに話しかけたりしているらしい。
 絶対にダメなんだけど、超やめてほしいんだけど、でもこんなちいさなおばさんとおじさんが、息子のためにせっせとそんなことをしているかと思うと、かわいいなあと思ってしまう。親って結局かわいいから困る。
 そんなことを考えていたら、さっきまでうしろにいた父がいなくなっていた。
 昔から父は、家族で出かけるたびに行方不明になる。数分前までは一緒に歩いていたのに、気がつくとどこにもいなくなっていて、いつもみんなから怒られるのだ。デパートくらいならまだしも、旅先の、はぐれたら二度と会えなくなりそうな市場や路地でも決まって父はいなくなる。
 いなくなっているあいだ、いったい父はなにをしているんだろうというのが、我が家の最大の謎だった。なにしていたの、と聞いても、べつにふつうに歩いてただけだぞ、としか言わないのだ。
 しかし、ここのところ父とふたりで、父のペースに合わせて歩くようにしてみたら、だんだんとわかってきた。
 父は機能が好きなのだ。たとえば、変わった形のドアがあったら、どういう設計なのかをじっと見て考えたい。変わった什器があったら、どういう構造なのかを、触れたり、いろんな角度からながめて考えたい。最新のマラソンシューズが売っていたら、納得するまでポップを読んで、店員さんに説明を受けたりもする。それをなにかに生かそうなんて考えていない。「ほほーう」とつぶやいておわり。なんなのそれ、と思うけれど、そういうものが目に入るたびに父は足を止めるし、なにひとつ見逃さないよう、注意ぶかくゆっくりと歩きたいのだ。
 反対に、母は目的に向かって魚体のように直進するタイプだ。店に入って5秒後には視界から消えている。ふたりを見ていると、どちらの性質も自分のなかにあるなあとしみじみ思う。母の激しさと父のマイペースさ、あまりに極端なふたつが、ぼくを生かす電池なのだ。あるいは、ころす電池かも。

 閉店時間が近いので焦って父を探していたら、吹き抜けになっているフロアの反対側にマッサージチェアが何台か置かれていて、そのうちのひとつに父がすっぽりおさまっているのを見つけた。キャベツにくるまれた赤ちゃんみたいだった。
「パパどうしたの、肩でも凝ってんの」
 半分呆れながらたずねると、父は閉じていたまぶたをゆっくり開けて、「おう、この椅子、なんかすごいらしいぞ」と、効能について熱弁しようとするのだけれど、もごもご口を動かしただけで、またまぶたを閉じてしまった。相当気持ちいいらしい。
 ぼくは流れだした蛍のひかりにせっつかれながら、父のねむりを尊重していた。
 向こうから、母が激怒しながら走ってくるのが見える。

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 ちょうど暇をしていたまゆちんとふたりで、ひなこの赤ちゃんを見に行った。友だちの赤ちゃんを見るのは、卒業式のあと一緒にパトカーで連行された友人が、その一ヶ月度にとつぜん産んだ子ども以来10年ぶりだ。そして、ひなこと会うのも10年ぶりだ。そっちのほうが緊張する。
 ひなこの住む団地はこぢんまりしていて、生活だけがここにあるという濃厚な気配があった。ここにゲイはいるんだろうか、と密かに思って、景色が遠のくような感覚を覚える。こういう場所で赤ちゃんを見るって、結構くるしいかもしれない。
 ひなこは10年ぶりの再会に特に感激することもなく、「うける」とだけ言って、さっさとぼくを部屋に招き入れた。赤ちゃんはその腕ですやすや眠っている。
 引っ越ししたばかりだという部屋には、高校時代から使っている浜崎あゆみのツアーグッズの手鏡が置いてあった。たしかにこんなのを食堂のテーブルに置いて、みんなでたのしそうにメイクをしていた気がする。まだぎこちないマスカラとか、でろでろに伸びたカーディガンの裾とか、いろんな映像が蘇ってくる。 
 部屋には旦那さんの洋服やマグカップ、ふたりで使っているくたびれたソファもあった。部屋自体にも、窓から見える団地の風景にも、ちょっとした歴史や物語を持っている。ぼくたちの身体もそう。それなりに老けてしまったし、ガタも来ているけれど、すべてが生きてきた時間の証明だ。
 そのなかで、赤ちゃんだけがまっさらだった。あまりにもまっさらだった。なにもしらないし、なにとも関係がなかった。
 ぼくがこうして、10年ごしにここにいることも、ゲイであることも、政治のことも、税金のことも、セーラームーンのことも、プリキュアのことさえしらない。ピンク・レディーなんてぜったいしらない。
 ものすごいことだ。想像もつかないような状態だ。
 ふにゃふにゃとねむる赤ちゃんを抱っこさせてもらいながら、自分の存在ごと、その純粋さに巻き込まれて、しずかに波打っている感じがした。身体じゅうの泥が洗われて、すべてがむき出しにされていくような、しずかになっていくような、不思議な感覚だった。となりでまゆちんも感極まっている。
「でも不思議だねー、ちょうどこの子が生まれた日に、アヤが帰ってきたんだもんね」
 ひなこが、ポカリをコップに注ぎながら言った。
 たしかにそういう意味でも、ぼくはこの子にたいして、とくべつな感情を抱いているかもしれない。けれど、それはこっちが勝手に感じているだけだから、この子のまっさらさを汚したくない。赤ちゃんは神さまでもパワーストーンでもない。
 ただ、いつかおしゃべりができるようになったら伝えたいと思う。
 ありがとう。
 それしか言えないということに、また圧倒される自分がいる。

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 昼過ぎに目が覚めて、おばあちゃんの特製チャーハンをたべたあと、高校までサイクリングをした。
 高校へは、雨の日も自転車で通っていた。片道1時間のサイクリングだった。
 電車なら半分以下の時間で行けたけれど、毎朝かならずお腹が痛くなるので、小回りの効く自転車でなければおそろしかったし、人の目線が気になって仕方がなかったのだ。
 暑い日は特に大変だったけれど、お気に入りの路地や、迷路みたいな森を通るコースを何パターンか組んで、退屈しないよう工夫していた。途中でちいさな古本屋を見つけたり、駄菓子屋を見つけたり。つらいことがあると遠回りして、しらない街で売られているひとつ20円のコロッケを、自転車にまたがったまま、歩道の柵に片足を乗っけて頬張ったりする。
 しらない街の夕焼けはこわい。
 10年経つと、さすがになくなってしまっている路地や家もあったけれど、駄菓子屋はきちんと残っていた。あの頃何度も買うか迷ったドッジ弾平のお面がまだ売られていて、今度こそ買おうかと一瞬思ったけれどやめた。いったいこの先、だれがあれを買うんだろう。
 お店のおばちゃんは、当然ぼくのことなんて覚えていなかったけれど、こうやって久々に通って、わざわざ車を止めて見にくる人もいるんですよ、とうれしそうに教えてくれた。ぼくはなんだか胸がいっぱいになって、恥ずかしげもなくグシュグシュ泣いてしまい、つられておばちゃんも泣いていた。グミを買いにきた子どもたちが不思議そうにぼくを見ていた。
 駄菓子屋を出ると、一目散にトイレのあるスーパーに向かった。おばちゃんが泣きはじめたあたりから、猛烈にうんこがしたくてたまらなかったのだ。トイレ貸してください、と言いそうになるのを何度もこらえながら泣いていたのがさっきまでの自分だったというわけだ。
 スーパーのトイレに飛び込んで、電撃のような腹痛に耐えながら、想像以上に緊張しているのかも、とふと思った。

 当時新設だった校舎は、10年のあいだにすっかり薄汚くなっていた。ふつうの学校みたく味が出たりとか、いい感じにくたびれたりすることのなさそうな、いけすかない造りの校舎なのだ。受付でカードをもらい、気の向くままに校舎を歩いてみる。ピンク・レディー同好会で使っていた廊下のくぼみ、図書室、食堂、ひとりでお弁当をたべていたトイレ、好みの先生のいた職員室。好みの先生のいた教室。
 腹痛を催すほど気負ってきたのに、えーしょぼい、というのが感想のすべてだった。こんなところのために、10年もうじうじしたり、下痢したりしていたのか。
 とくにひとりでお弁当をたべていたトイレは、もっと薄暗い場所として記憶していたのだけれど、さっぱりしたきれいなトイレだった。床は薄汚れているけれど、掃除も行き届いている。あれから何千人もの生徒が、皮膚のように代謝を繰り返して、もうぼくがうじうじしていたころの雰囲気なんて消えてしまったのだろうか。あるいは、ぜんぶ思い込みだったのだろうか。そうかもしれない。
 中庭を見渡せる渡り廊下の窓を開けて、風に吹かれながら、いろんなことがひと巡りしたんだなあという実感を噛み締めていた。この10年は、またここに帰ってくるために、必死になって描いてきたおおきな輪っかって感じがする。あのころ、消えたくて消えたくて震えていた身体が、いまはこんなに軽い。
 ここから先に、いったいなにがあるのだろう。どんなはじまりがあるんだろう。
 想像もつかないけれど、もうここでぜんぶが終わりでも、べつにいいかもしれない。

(第5回につづく)

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少年アヤShonen Aya

1989年生まれ。エッセイスト。ブログ「尼のような子」が絶大な人気を得て、エッセイ集『尼のような子』(祥伝社)を刊行し話題に。著書に『少年アヤちゃん焦心日記』(河出書房新社)、『果てしのない世界め』(平凡社)、『なまものを生きる』(双葉社)。

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