双葉社web文芸マガジン[カラフル]

よい人生、ぼくをくるむ(少年アヤ)

©少年アヤ

第22回

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 夜、妹から「すごいことがあった」と連絡があり、なにかと思ったら、父がクーの散歩がてらあそびにいった横浜の骨董市で、乱雑に置かれていたぼろい卒業アルバムを手にとったら、そこに戦死した祖父の兄が載っていたらしい。
「そんなことってある」とおどろくぼくに、妹は一言「うけるよね」
 その人のことを、ちらっと話に聞くことはあったけれど、知っているのは戦死した、という事実だけで、くわしいことはわからないし、祖父も多くを語ろうとはしない。
 本家にも、もう遺影ぐらいしか残っておらず、卒業アルバムもおそらく残っていないらしい。80年以上もまえに、長野の奥のほうに存在した中学の卒業アルバムなんて、そもそもほとんど作られていないだろうし、現存しているのも多くて半数以下だろう。そんなに貴重で、ほとんどの人にとっては無価値なものが、たまたま市場に出回り、ぐうぜん立ち寄った骨董市で親族と出くわすって、気の遠くなるような確率じゃないか。
 すぐに画像を送ってもらうと、遺影として使われている写真で見るよりずっと幼い少年がいた。写真というものに慣れていないせいか、はたまた照れているのか、写真のなかの大叔父(と呼ぶのもしっくりこない、だって子どもなんだもん)はむすっとしていた。7人兄弟の末っ子で、当時まだ幼かった祖父は、ほとんど彼のことを覚えていないらしく、どういう性格の人が、どういう判断でこういう顔をしたのかということを、紐解いてみることができない。
 この人、というよりこの子が、それからたった数年後に、国による国のためのころしあいに、命をつぶされるのだ。急にリアルなものとして戦争が迫ってきて、吐きそうになる。
 それにしても、卒業アルバムって、いつの時代もつめたいんだ、と、ぼくは思った。あまりにも距離があって、カタログみたいで、その人たちの関係性もなにも浮かんでこない。もし自撮りだったら、もうちょっと読み取れることがあったかもしれない。
 クラスの集合写真なんかも見せてもらったけれど、やはり大叔父だけむすっとしていた。もしかしたらそういう顔つきなのかもと思えてくる。
 いままで大叔父のことを聞かされるたびに、家の歴史みたいなものがずしんと肩に重たかった。自分は、その流れにはけして含まれない、という気持ちでいっぱいになっていた。
 しかし、いまはなんだか、彼とちかいところにいる気がする。むすっとしたその目が、ぼくとおなじものを、睨みつけているように思えてくる。

 父に電話を変わってもらい、「パパ、すごいもん見つけたね」と言うと、父はとくに興奮した様子もなく、「おうーそうなんだよー、びっくりしちゃったなあ」とデレデレ言った。そのうしろで妹が、「パパ、ゆうちゃんと話してうれしそう」と言っているのが聞こえる。ぼくだってうれしい。
「おう、そっちは元気か、ちゃんと食ってるかあ」
「くってるよ、へいき、元気だよ。それより、アルバムのこと聞かせてよ」
「いやあ。たまたま見たらあっただけ。それでおしまい。こっちは元気だぞ、ママもクーも元気だー。たまにはあそびにこいよ」
 明るい父の声を聞いていたら、ああ、また考えすぎていたかもしれない、とぼくは思った。あまりに考えすぎて、父を、頭のなかの像に押し込めすぎていたのだ。現実の父は、こんなにもおだやかな人なのに。
 しかし、やっぱりもみくんの話になると、父の反応は微妙だった。いや、これも考えすぎだ、ただぼくが、自信のなさを父に投影しているだけだ、と思おうとしたけれど、その部分だけ、明らかに反応が濁っている。
 ねえパパ、それってなんなの、と問い詰めたかったけれど、なんかかわいそう、と思ってやめてしまった。きっとつよい感情をぶつけてしまっただろうし、父はそういうとき、いつも混乱して、ぴたっと心を閉じてしまうのだ。
 それにそうやって、自分の言葉や態度で、この人を傷つけるのはいやだ。かつて何度も何度もぶつけては、後悔したから。叱られているときの犬みたいな、父のじっとした顔。痛みと混乱に耐えている顔。
 でも、ぼくだっていま、すごく痛いんだけど。

 夜はねむれないまま、大叔父のことを考えていた。
 実家のリビングには、大叔父が乗っていたという戦闘機の模型がある。模型好きの父がわりと最近、リサイクルショップで見つけて買ったものだ。
 父がにこにこしながらそれを組み立てていたとき、無性にこわかった。おだやかな父と戦闘機という組み合わせが、どう考えてもミスマッチで、子どもが屈託なく武器に触れているようなグロテスクさがあった。
 ぼくは実家に帰るたび、飾られた戦闘機を見るのがいやだった。そんなものが売られているのも気持ち悪いし、買おうという気持ちも、リビングに飾ろうという気持ちもわからない。たとえば戦死が父に起きたことだとしたら、ぼくはそんな戦闘機なんて、ぜったい視界に入れたくないし、冷静ではいられないと思う。この世のだれひとりとして、その流線のフォルムを、うつくしいだなんて言ってほしくない。
 父はそのあたり、どうなのだろう。単にかっこいいものと思っているのか、純粋に祖父のために、大叔父の痕跡に触れようとしているのかは、わからない。
 このわからなさこそが、父とぼくのあいだにずっと横たわっている溝かもしれない。あの戦闘機は、すべての象徴なのかもしれない。
 大叔父はなにを思うだろう。
 頭がふつふつしてくる。

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 もみくんと親を会わせる計画が、ゆるゆると進んでいる。少なくとも母と妹は乗り気だ。もみくんも「たのしみ」と言ってくれている。たぶん本心だろうと思う。
 でもぼくは、いまいち気分が乗らない。お調子者の母をいきなり会わせて、もみくんが圧倒されてしまったら、とか、いきなりめちゃくちゃなことを言いはじめて、もみくんが引いてしまったら、とか、母をめぐる不安も大いにあるけれど、やっぱり父のことが気になる。
 あれからも何度かテレビ電話越しに話したけれど、父ははっきりとした拒絶や、嫌悪感を示したりはしてこない。けれど、いつもニコニコとおだやかな父の、あれは困惑の顔だ。うっすらと、でも明らかな苦笑を浮かべるのだ。妹の恋の話のときは、ぜったいにしない顔。
 あれを、もみくんの前でされたらと想像すると、こわい。ぜったいにしないとは思うけど、もしちょっとでもされたら、これまでのもみくんの歩みが、一瞬で粉々になる。もちろんぼくも粉々になる。
 じゃあ父に、還暦前のおじさんに、どういう反応を求めているんだろう。
 むかしみたく、なにもかもを受け止めてほしいとは思わない。その手の渇望感は、ここ数年の関わり合いで、ずいぶんと満たされたからだ。

 2年前、いまよりもっとびんぼうだったころ、父は時々ひとりでぼくのアパートまで来て、近所のスーパーで買った食料やら日用品やらを、コストコの袋いっぱいに詰めてくれた。
 べつにいらないよ、と言っても、父ははにかむばかりで、しばらくするとまたちいさなリュックに、コストコの袋をひとつだけ入れて電車に乗って、たまの休日をぼくのために使ってくれたのだ。
 小柄でずんぐりしている父は、電車のシートにおさまると、まるで子どもみたくなる。そうやって1時間以上の道のりを、だれかに子どもみたいなおじさんだな、とか思われながら、ゆっくりぼくをめがけてやってくるのだ。
「だってヒマだもん」と父は言っていたけれど、でも、これは父なりの儀式なんだろうとぼくは思った。ふたりして向き合うことから逃げ合い、反発しあっていた長い時間を埋めるための、かわいい儀式。ほんとは、だったらもっとしてほしいこととか、かけてほしい言葉があったけれど、こういうへんなやり方のほうが、マイペースな父には合っている。
 だからぼくは、使ったら余計に出費のかさむ、そのままではたべられないミートソースのパックや、どうやって使ったらいいかわからない玄米のパックを、しずかに受け取りつづけた。はじめて持ってきてくれたサバ缶は、いまもたべずに取ってある。サバがきらいなせいもあるけど。

 たいてい袋を受け取ったら、「ママが待ってるから」と、お茶ものまずに去っていく父だったけれど、1度だけふたりで近所のラーメン屋さんに入ったことがあった。おたがいたまらず空腹だったのだ。
 ちょっとまえなら、ぼくは父とふたりになんてなれなかった。照れくささと、むずがゆさと、自分が真っ当ではないという罪悪感がいっぺんに襲ってきて、気持ちがめちゃくちゃになるから。
 しかしその日、ベトベトする赤いテーブルに向き合って座り、おなじジャージャー麺をすする時間が、すごく自然だった。そして、お店のおばさんがサービスでくれたお茶碗一杯分のチャーハンを半分こしながら、自分はこの人の息子なんだ、としみじみ感じたりもした。なにも残せないとか、血をつなげないとか、男らしくないとか、お金もないとか、そういうのぜんぶ超えた瞬間だった。こんなにびんぼうでも、セーラームーンが大好きでも、ゲイでも、へんな顔でも、服がくさくても、ぼくはこの人の息子として、ここにいてよいのだ。いや、よいもわるいもないか。
 ただ、いるのだ。ここにいたいと思うかぎり、いくらでも、いつづけることができるのだ。
 改札に消えていく、自分そっくりな父のずんぐりした体が、愛おしくてたまらなかった。どうか、気をつけて帰ってね。だれにもいやなことを言われないでね。明日も元気ですごしてね。そうなんどもなんども願った。
 
 せっかくふたりで築いてきた時間や関係性が、あっという間に霞んで消えてしまいそうで、ぼくはそのことがすごくこわい。
 父には、ただ笑っていてほしかった。世間だか猿山だかで拾ってきたきもい概念なんて、笑顔で叩き壊してほしかった。そこらへんの男たちみたいなつまらない反応なんて、するべきじゃなかった。
 だって、あなたは最高なのに。
 そうなのだ。この期に及んで、父はそっちを選択しつつあるのだ。せっかく絆を得たのに、それってとくべつなものだったのに、いとも簡単に放棄して、男たちの群れに埋没していく。あのすばらしい人がだ。こんなにくやしいことってあるか。
 だいたい、ゲイをまえにした、ヘテロの男たちの反応はなんだろう。なにをそんなにおそれているんだろう。
 いや、ほんとはわかってるけど。ぼくたちゲイに、ぜったいにあってはならない己の姿を見るんだろ。
 くそが。

 理解する時間をあげる、という考え方もあるのかもしれないけれど、自分のセクシャリティについて、理解する時間をあげよう、なんて思うだけで、ぼくはあらゆる負い目にボコボコにされるし、卑屈な気分を味わう。そもそも、ぼくともみくんはただ愛し合っているだけで、わるいことなんてしていないのだ。理解できるか、できないかの判定を待つ時間なんて、わざわざ提供してやる筋合いはない。これ以上、そんなふうに人生を削ってたまるか。こちとら化け物じゃないんだぞ。
 そう思う一方で、やっぱり求めすぎかも、とくじけそうな自分もいる。
 そして、がらんとした電車のシートに行儀よくおさまって、カタンカタンと揺られている父の姿が、どうしても浮かんできてしまう。おそらく、ぼくのことを考えながら。

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 みずみが、そろそろ赤ちゃんを連れて出かけられるようになったから、訓練がてら東京に出かけてみたい、と言うので、まゆちんも誘って美術館に行った。
 待ち合わせ場所のレストランに着くと、ふたりはすでに席に着いていた。赤ちゃんはまゆちんの膝のうえでニコニコしている。ぼくはその瞬間にすべて吹っ飛び、「きゃーーー」とさけんでメロメロになった。まゆちんは「はやくなんか頼めよ」とうるさい。
 みずみは、なんだかとてもきれいだった。いつも以上に髪をきちんとセットして、素敵な黒い洋服を着て、さりげなくアクセサリーもつけている。そうか、今日は赤ちゃんとの、はじめての長いおでかけなんだもんな。なのにぼくは、いつも通りのボロい格好で、靴底がめくれているし、サコッシュにはケチャップのシミがついている。最悪だ。なにも考えていなかった。
 まゆちんも、今日はばっちりおしゃれをしていた。みずみが、どんな気持ちでここにくるかを、きっとわかっていたのだ。
 しかし当のみずみは、せっかくきれいに着飾っていても、どこか落ち着かない様子だった。ぼくたちの前で、必死に平静を装っていはいるけれど、顔がひきつっている。
 当たり前だった。赤ちゃんが静かでいてくれるよう祈りながら、電車を乗り継いでここまできたのだ。そして、いまも静かでいてくれと念じながら肉をたべているだろうし、これから美術館にも行くし、そのあとは夕飯の支度のために、急いで帰らなくてはいけない。
 レストランの人たちも、美術館の人たちも、とても親切だった。美術館では、専用のベビーカーも貸してくれた。まゆちんとぼくは、すこしでもみずみがリラックスして展示を観れるように、ベビーカーを代わりばんこに押してみたけれど、でかいし重いし、狭い通路を通るのがすごくむずかしい。絵を見るどころじゃない。
 そのうえで、絶えず自分たちは無害ですと、表情や仕草で訴えつづけなくてはいけないような空気があった。こわいのは、やがてそのことのほうが、赤ちゃんを守るよりずっとだいじに思えてくることだった。まるで洗脳みたいな。
 まわりのお客さんのだれも舌打ちなんてしてはこなかったけれど、たまたま居合わせた人たちが温厚だったか、あるいはぼくが男だったからというだけな気がする。じっさいみずみは、行きのロマンスカーで隣り合わせたおじさんに、ずっといやな顔をされていたらしい。

 美術館を出ると、あっという間に帰りの時間になってしまい、みずみはバタバタと授乳室へ急いだ。ぼくとまゆちんはハラハラしながらベビーカーを返却し、出口のところでみずみを待った。
 時間ギリギリでようやく出口に現れたみずみと赤ちゃんは、逆光のせいか、あるいは無機的なビルの造りのせいか、すごくちいさく見えた。ぷちっと押したらつぶれちゃいそうなくらい。
 そのことに動揺したぼくは、みんなで駅へと早歩きしながら、延々となんでもない話をしつづけてしまった。みずみも、いちいちそれに応えつづけてくれた。たぶんそうやって、焦って歩いているという事実を、薄めないではいられなかったのだと思う。
 駅への改札へと、あくまで笑顔のまま消えていくみずみを見送りながら、まゆちんがぽろっとつぶやいた。
「みずみ、たのしめたかな」
 そうであってほしいと思う。けど一方で、こんなんで満足できるか、と言ってほしい気もする。そしたら一緒に怒るから。まゆちんと一緒に怒るから。

 そのあと、まゆちんと無言のまま無印を見に行こうとしたら、なぜか変な地下通路に迷い込んでしまい、そこだけまったく空調が効いておらず、すぐに汗でだらだらになった。「ふざけんな、なんだよここ」と怒るまゆちんも汗ばんでいる。
 ぐちゃぐちゃになってたどり着いた無印で、ぼくはもみくんと使うタオルとお菓子、そして化粧水を買った。べつにここで買わなくてもよかったんだけど、でも買いたかった。今日のことを覚えておくために。
 ほんとはカラオケに行きたかったけど、まゆちんはこのところ、例のパンプスによる足の痛みが悪化しているらしい。
「たけー金払って整体行ってさ、その日はまあよくなるんだけど、しばらくしたら元どおり。いてーよほんと、いまピンク・レディーなんて踊ったらしぬわ」
 いまいち消化不良のまま、「またね」とわかれて家路に着いた。

(第23回につづく)

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少年アヤShonen Aya

1989年生まれ。エッセイスト。ブログ「尼のような子」が絶大な人気を得て、エッセイ集『尼のような子』(祥伝社)を刊行し話題に。著書に『少年アヤちゃん焦心日記』(河出書房新社)、『果てしのない世界め』(平凡社)、『なまものを生きる』(双葉社)。

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