双葉社web文芸マガジン[カラフル]

よい人生、ぼくをくるむ(少年アヤ)

©少年アヤ

第20回

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 まゆちんが、会社の飲み会で、ユニバーサルスタジオジャパンの横にある、なんかすごそうなホテルの宿泊券を当てたらしい。だけど、わざわざ大阪まで行く予定もないから、よければあんたたちにあげるよ、と言ってくれた。ちょうどぼくたちは、来月大阪に遊びにいくつもりだったのだ。アルコールアレルギーのまゆちんが、かったるい飲み会を耐え忍んで得たものだと思うと、もらうのも悪い気がしたけど、甘えることにした。
「そのかわり、もみくんに会わせてよ」
 まゆちんが言った。一応もみくんにどう? と聞いてみると、「あれ、会ったことないっけ」と、ひどい返事が返ってきた。もみくんはこういう勘違いが多い。
「あ、やっぱないかも。いつもゆから聞いてるから、会ったと思ってたのかも。なら、おれもまゆちんに会いたいな。お礼もちゃんとしたいし」
 そういうわけで、とうとう週末にまゆちんと、もみくんを会わせることになった。
 
 前日まではたのしみで仕方がなかった。しかし、朝になったら猛烈に「だめだ」という感覚が襲ってきた。同時に「おしまいだ」という絶望感が内側から全身を浸してゆき、深呼吸をしようとあわてて部屋の窓を開けたら、「だめだ、おしまいだ」という、より強固な絶望感に育ってしまった。新鮮な空気がよくなかったんだろうか、と思いかけて、よくないのは自分だ、とわけもなく泣きたくなる。
 もうぜったいに、わるいことが起きる。ぜったいに、最悪の1日になる。
 なぜかと考えてもわからず、すこしでも落ち着こうと白湯をたくさん飲んでから、ぼくは渋谷へ向かった。もみくんの仕事がおわるまで、まゆちんとふたりでプーさん展でも見よう、という話になったのだ。
 待ち合わせ場所にまゆちんの姿を見つけると、不安感がちょっとましになった。
「おめー平気かよその足、いたそうだなぁー」
 よたよたと歩くぼくを見て、まゆちんが笑いながら言った。ここのところ油断していたせいか、足の指の血豆が悪化してしまったのだ。なのでまずは、血豆ようのサンダルを見にいかなければならない。
 平日にもかかわらず渋谷は混み合っていて、ぼくは時折まゆちんの肩に支えてもらいながら、すれちがう人たちを威嚇しまくっていた。もしうっかり踏まれでもしたら、しぬか、ころすかしかなくなる。そのときはもう、不安がどうたらとか言っている場合ではなかった。
 サンダルを見たあと(売ってなかった)、小腹を満たそうとハンバーガーの店に入ったら、店内にはぼくたち以外に客がおらず、タバコとカビの臭いが充満していた。思わずむせそうになったけれど、むせたらなんとなく怒られそうで、あとライブハウスふうの内装がださいとつぶやくことはおろか、思うことも許されない気がした。ここは、あらゆる真実が徹底してゆるされない場所なのだ。白っぽい照明のせいか、まゆちんの顔が死人っぽく見える。
 案の定、ろくにおいしくないハンバーガーを黙々とたべていたら、しばらくなりを潜めていた不安感がじりじりと湧き上がってきた。やっぱりだめだ、ぜったいなにかよくないことが起こるし、現に起きはじめている。それでも、ぼくはスカスカしたポテトをすべてきれいにたべきった。
 ハンバーガー屋を出ると、まっすぐプーさん展の会場である文化村ミュージアムに向かった。チケットの列に並びながら、まゆちんが異様に黙りこくっているので、なにかと思ったら、なんとすぐ目の前に、まゆちんの元カレが並んでいた。ぼくも知っている、史上最悪の元カレだ。控えめに言ってくそだ。
 まゆちんは「あたしっていつもこういうところで運を使っちゃうんだよ」と嘆きながら、なるべく気配を消そうと努めていた。ほんとは、いつもみたくまゆちんの悪運を笑いたいのに、なにかが決定的になった気がして笑えなかった。
 ほ、ほら、やっぱりだめじゃん、もうおしまいじゃん。
 そう思った途端下痢になり、足を引きずってトイレの個室に入ると、前のひとのものがながれていなかった。ぼくはあまり、他人のゲロとかうんことかにひるまないタイプなので、淡々とながそうと思ったけれど、どうやら詰まっているらしく、汚水がいまにも溢れ出しそうにぐぐぐ、と水位をあげたあとで、微妙にさがり、またぐぐぐ、とあがる、という動きを繰り返すばかりだった。ひやひやする。
 しかし、空いている個室がここだけだったのと、もう1秒たりとも我慢できない肛門付近の状況があったので、やむをえずその便器で済ませることにした。ひとまずすっきりしてから、「詰まっていて使えませんでした」と、警備員さんかだれかに知らせればいい。あるいは、自分が詰まらせたと申告してもいい。
 そう思っていたのに、ぼくがふんばっているあいだに、個室の外にはちょっとした列ができていた。気配から察して、ざっと3人くらいは並んでいる気がする。いつの間に世界はそんなことになっちゃったの、とうろたえながら、となりにあるもうひとつ個室が空くよう祈ったけれど、なにか動画でも見ながら押し殺したように笑う音が聞こえるばかりで、いっこうに出て行ってくれない。だめおしでレバーを押してみても、やっぱりぐぐぐ、と水位が上下するだけで、ならんでいる人たちの怒りをさらに煽るだけだった。流したんなら出てこいよ、とばかりに舌打ちをしながら、小声で「まだかよ」とつぶやいている。
 どうしよう。ころされるかも。
 パニックになってまゆちんに連絡をすると、とにかく出るしかないじゃん、と返事がきた。たしかに、永遠にここにいるわけにはいかないし、こういうときにこそ、人間が試されるのかもしれない。
 ぼくは個室を出て、正直に謝ることにした。すみません、詰まらせてしまったので、ほかのトイレを使ってください、と。
 しかしいざ外に出たら、トップバッターがいかにも屈強そうなおじさんで、鬼の形相でぼくを見下ろしながら、「おせえんだよ」と凄んだのだった。ぼくはすっかりぶるってしまい、「すみま」しか音声にならず、個室のドアがバタン、と閉まる音を背中で聞きながら、脱兎のごとく駆け出したのだった。もう血豆が痛いとか言っていられない。
 そのまま巣穴に逃げ込むようにプーさん展に入ったものの、心臓が異常に脈打っていて落ち着かない。おじさんがぼくを追いかけてくるかもしれない、という恐怖だけでなく、おじさんがいま直面しているであろう事態と、その責任が自分にあるという事実がおそろしくてたまらなかった。いったいなんてことをしてしまったんだろう。自分はなんて不誠実なんだろう。もはや架空の森に住む架空の動物たちなんてどうでもいいとしか言いようのない気分だった。展示に集中しようにも、うんこと血豆とおじさんの残像が、暖色を多用したやわらかい空間から滲み出てくる。トイレから溢れだした汚水が、ここまでながれてきたらどうしよう。ぼくはすべてを引き裂いてさけびたくなった。うんこがくるぞ!
 一方まゆちんは、原画を見ようとならぶ人たちの背後から、フンフン、と適当に絵を見ただけで、どんどん先に進んでいた。目が合うと照れたようにニヤついて、「おい、なんだよ」とか言ってくる。せっかちなまゆちんは、とっとと物販コーナーに行って買い物をしたいのだ。
 いつもなら、そうはさせるか、とわざとゆっくり歩いたりするんだけれど、今日は事情がちがっていた。うしろのほうからあのおじさんが、ものすごい勢いでこちらへ向かってきていたのだ。
 ぼくは思わずまゆちんのシャツの袖をひっぱり、「どうしよう、おじさんがきた」と告げると、まゆちんも「えっ」と顔面蒼白になった。そしてふたりで流星のように順路を駆け巡り、ほぼすべての展示をすっとばしてしまった。

 ようやく出口にある物販コーナーに着くと、ぼくたちはおじさんが来ないかどうか警戒しながら、限定のプーさんグッズを物色した。まゆちんは、「おいおい、買っちまうよ」とか言いながら、こまごましたものをどんどん手に取っている。ぼくも悩みながら、もみくんとお揃いのキーホルダーやしおり、ティガーの缶バッジをえらんだ。
 レジに並んでいると、おじさんが妻と娘と思しき人たちといるのが見えた。どうやら先に会場に入っていた家族を探そうとして、ものすごい勢いで歩いていたらしい。さっきぼくに凄んだときとはまったくちがう穏やかな表情に、あらためてショックを受ける。あのおそろしい形相を作らせたのはぼくだったのだ。
 同時に、両手いっぱいに抱えたプーさんグッズが、自分のみっともなさの象徴のように思えてくる。だって展示なんて、ほとんどなにも見てないのに。

 プーさん展を出たら、いよいよまゆちんともみくんと会わせる時間がやってきた。緊張しながら副都心線に乗り、新宿三丁目の中華屋に向かう。
 直前になっていずよにSOSを出したら、急遽来てくれることになり、ちょっと気持ちが楽になった。もしかしたら、面識のないふたりのあいだに自分がいる、という状況がプレッシャーだったのかもしれない。いずよともみくんは一応面識があって、なんどか会話もしているのだ。 
 しかし中華屋の入っているビルに着くと、ふたたび緊張感がたかまってきた。エレベーターが永遠みたいに長く感じられる。まるで死刑台にあがるみたいだ。
 いったいなにが起きるんだろう。なにが起きてしまうんだろう。

 結論からいって、すごくしあわせな時間だった。
 ジョッキいっぱいに注がれたビールのせいか、天国にいるみたいに視界がふわふわしていて、ぼくは終始脳がゆるみっぱなしだった。もみくんも、いつもよりうんとリラックスしていて、ぼくが異様にでれでれしていても、べつに気にしないでいてくれた。まゆちんも、仕事終わりで駆けつけてくれたいずよも、やさしくそれを見守ってくれている。なにもわるいことがない、なにもお腹を刺激するものがない、そういう時間だった。
 よく考えたら、そんなのあたりまえだった。大好きな恋人と、親友ふたりが一堂に介したら、そんなのひたすらしあわせで、たのしいだけに決まってる。
 しかし、だからこそ、ぼくはあんなにこわかったのかもしれない。大好きな人たちに囲まれて、自分というものがぷちんと音を立てて消えて、この世からはじき出されるような気がしてならなかったのだ。
 それは、恋人や友人たち向けているだけの愛情を、自分に向けていないから。こころのどこかでまだ、こんなにすばらしい恋人や友人を、自分なんかが持っていていいはずがない、と思っているから。そのうち審判がくだって、奪われてしまうにちがいない。
 今日はおそらくその日だろうって。

 そろそろ会計をしようか、という時間になって、ぼくが「あーしあわせ」とつぶやくと、まゆちんがとつぜん「あーあ」と言って泣きはじめた。その途端、よくわからないけどぼくも泣いた。もみくんもちょろっと泣いた。いずよはやさしく微笑んでいた。
「まゆちん泣いてんじゃん」「いや、あんただよ」「あんだだよ」と言い合いながら、笑っちゃうし、涙とまらないし、そのままエレベーターに乗り込んで外に出て、また泣いた。地面に足が着くと、余計にほっとして、ますます涙が出てくる。
 そのときぼくは、この手足の短いずんぐりした身体で、どんなに足掻こうと、さけぼうと、けっして離れてはいかないもの、絶えずぼくをくるみつづけるものに、あらためて触れた気がした。

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 よく泣く日々がやってきた。もみくんといて、しあわせだ、と思うたびに、どんどん涙が出てくる。今日は、せまいユニットバスでいっしょに歯みがきをしていたら、とつぜん涙が止まらなくなった。なにかうろこみたいなものが、自分からぼろぼろはがれていくのがわかる。もみくんは、最初はしずかに見ていてくれたけど、いまではびっくりしながら「え?? また!?!」とさけんでいる。「こわいよ」とも。でも涙は止まらない。
 そしてこないだまゆちんといずよと会ってから、自分のなかでばらばらだった時間が、やっとひとつに接続された感じがしている。まゆちんと過ごした高校時代と、いずよと過ごしたここ10年と、いま。まゆちんと再会したぐらいからこの感覚はあったけど、よりたしかなものになった。
 ぜんぜんちがう場所じゃなくて、ずっと一本の線を歩いてきたという感覚が、これからの自分の背筋になったらいいなと思う。
 わかんないけど、とにかく爽快な気分だ。

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 夕方、いずよとごはんをするために新宿へ向かった。あらためてこないだのお礼をするためだ。
 半年ほどまえから学校に通いはじめたいずよは、仕事おわりでバタバタと授業を受け、夜おそくに帰宅し、さっとごはんをたべて寝る、という生活をしている。なので、いまはたまにしか会えなくなってしまったけれど、がんばっているいずよの頬の、すっと通ったひかえめなシワを見るたびに、ぼくは時間を信用したくなる。立ち止まってはいられないと思えてくる。
 いずよと出会った9年まえ、ぼくは二十歳の学生だった。いずよはそのころ、まだ九州の実家から上京したばかりで、身体のいたるところに九州が、しつこいサビのようにくっついていた。会話のながれで笑っていると、いつもびっくりした顔をして「どうして笑うの、もしかしてバカにされてるのかしら、ううう」と、本気で泣きそうになっていた。すごいめんどくさい。めんどくさいけど、彼女をそうさせるのが、いずよにとっての九州であり、生まれ育った場所だったのだ。
 ぼくはぼくで、余計なものをたくさん身体にくっつけて、とげとげしたことばかり言っていた。自分も社会もすべてが恨めしくて、なにがどうこわれようと知ったことではないし、むしろすべてこわれてしまうべきだと思っていた。

 そんなふたりだったから、当時はあまりなかよくなれる気がしなかったけど、振り返ると9年のあいだ、ぼくにとっては激動だった20代のほとんどを、ほぼいっしょに過ごしてきた。
 すごく絆の芽生えたきっかけがあるわけではない。でも、月に3回はぜったい新宿あたりにあつまって、安い中華をたべたり、コーヒーを飲んだりしてきた。そうして、おたがい日記を読ませ合うみたいなおしゃべりをする。
 一度、いずよの家に泊まりに行ったことがある。その日、いずよは腕によりをかけて、たくさんの料理でもてなしてくれた。なかでも、とくに感激したのが巨大グラタンった。以前ぼくが、「レストランのグラタンは量がすくないし、スプーンがあっというまに器の底についていやだ」とぼやいていたのを覚えてくれていて、夢に見たようなでっかくて深い皿いっぱいのグラタンをつくってくれたのだ。
 ぼくはスプーンを自在に泳がせるみたいにグラタンをすくって、夢中になってたべまくった。そうして一息ついたころ、今度は大量のパスタと、さらにぶあつい鶏肉のソテーが2枚出てきた。グラタンは単なる前菜だったのだ。
 卒倒しそうになりながら、なんとかたべおえ(もちろんぜんぶうまかった)、気絶するように寝て、猛烈な便意と共に目を覚ますと、いずよがキッチンで、ふたたび巨大グラタンを作っているのが見えた。
 愕然としながらふと視線を落とすと、貸してくれていた枕には、まっかなタオルが巻かれていて、黒いぶっとい字で「入魂」と書かれていた。
 いずよに会うたびに、ぼくはあの枕のことを思い出す。
 いずよはほんとに、どこまでも入魂のひとなのだ。

 コーヒーをおかわりして、巨大なパフェを底の底までたべきったあと、ぼくたちは「そろそろ行こうか」と言い合いながら席を立った。そのとき、伝票を床に落としてしまったいずよが、かがみながらくしゃみをしようといて、慌てて手でおさえようと身体をまるめた瞬間、顔が机にガーーンと当たってしまった。すごい音だった。
 いずよは「くっっ」とうめいてその場にしゃがみこんだ。ぼくはなにが起きたかわからず、ひたすらうろたえていた。大丈夫、と声をかけても答えられないくらい、当たった場所が痛いらしい。もしかしたら目玉が破裂したんじゃないか、とかいろいろ想像をして、パニックを起こしそうになる。
 そのうち隣のテーブルの人たちが心配しはじめ、その輪がまわりの席にどんどん広がり、とうとう店員さんたちが寄ってきた。いずよは大勢のひとに囲まれながら、ひたすら押し黙っている。
 やがてすっと立ち上がったかと思うと、「平気よ……ちょっと目をぶつけただけだから……」と言って、真っ赤に腫れ上がった右目を見せてくれた。生まれたての人間みたいに真っ赤だった。
 ねえ、ほんとなの、ほんとに平気なの、としつこくたずねるぼくを置き去りにして、いずよはぴんと背筋を伸ばしたまま、すたすたレジへと歩いていった。店員さんが、いずよの目をみて驚愕の表情を浮かべている。
 いずよはいつも入魂だ。ぼくはぜったいこんなふうになれない。
 つーか目玉、ぜったいやばいよ。どうしたらいいの。

(第21回につづく)

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少年アヤShonen Aya

1989年生まれ。エッセイスト。ブログ「尼のような子」が絶大な人気を得て、エッセイ集『尼のような子』(祥伝社)を刊行し話題に。著書に『少年アヤちゃん焦心日記』(河出書房新社)、『果てしのない世界め』(平凡社)、『なまものを生きる』(双葉社)。

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