双葉社web文芸マガジン[カラフル]

週末、死にたくなるあなたへ。(蝶々)

アルフォンス・ミュシャ 1897

第2回

 連載スタート後、おかげさまで、知人友人や仕事関係者、そして、私の会員制サイト<女神クラブ>の会員さんたちからも大反響をいただいている。
「完全に私のことです。涙が出ました………」「誰も言葉にしないことを、よくハッキリ言ってくれましたね」「確かに、そこまできてるよね」「こんな私もまだ励ましてもらえるんですね」「そうか、私だけじゃないんだよね………」など、全国各地の様々な立場の女性たちからのたくさんの共感メールが続々と届き、私も共に泣けてきたり、また静かにやる気になっています。
 一方で、「え、その話は現実ですか? それはどこの世界の話ですか?」「東京や都心の女性たちは、そんなことになっている人が増えているんですね……」と素で驚かれてらっしゃる方のメールもちらほらあり。それはそれで素直なご感想なんだろうな、と思う。

 でも、私はビンビンに、<どこにも突破口のないような、息してるだけ気分>に苦しむ現代女性たちの存在を感じ続けているので、その人たちにぜひ直接語りかけたく、この連載をさせてもらいたいのです。
「そうなんですかあ~?」という人たちも、決して鈍感なのではなく、別の取り組むべき人生の課題だったり、それぞれの痛みや大変さがあるのもわかるしね。だって、あなたも私もお母さんたちだって、女たちはいつも、柔らかで傷つきやすい心と体を抱えながら一生懸命生きている、けなげで愛すべき生き物なんだもの。

 しかし、この一件をとってみても、慌ただしさの中でどんどん多様化する現代社会がよくわかると思いません?
 つまり、<みんな同じ!>が、もはやどこにもない、ということ。
 みんなが知ってる流行歌もなきゃ、みんなが見てる番組も、みんなが好きなスターも存在しない。そして、日々めまぐるしく更新されていくネット・ニュースやSNSが発達するほど、なぜか孤独感やうつっぽい人が増えているように………今の世の中は、便利で快適なようでいて、私たち大人の女たちそれぞれの繊細な気分だったり、本能的なリズムや希求などにじつはそぐわない。よって表立って可視化もされづらく、結果、ないことにされがちなのかもしれない。

 なのに、いまだ社会や多くの人が何の気なしに口にする<これが普通だから>が、弱ってる女たちをさらに苦しめる。
 だって大人だから。だって社会人だから。だって母だから妻だから。みんなそれぞれ事情はあるけど頑張っているんだし。食べるのにも困ってる人々やDVや大病に苦しんでいる人に比べたらマシだよね? そんな風に、大人の女だからこそ、社会やコミュニティから、なんとなくいい子やいい女、聞き分けの良さを押し付けられる。
「いやでも、私は本当につらく、むなしく、鬱々とするんだよね………」と表立って言いづらい・アピールしづらい空気は、確実にある。もしかしたら、同性同士の間でも。
 初回リリース後私の元に届けられた、真っ二つに分かれるような反響を読ませていただきつつ、改めて実感したんです。

 もしうっかり、「なんだかわからないけれど、滅入めいる、具合が悪い、やる気が出ない、食べて寝てるだけ、希望がない。。。」だなんて本音をふと漏らしたら、オフィスや人間関係の中で、イタイ人にされそう。自分だけダメな人に思われそう。
 何より、それでも何とか均衡を保っている自分自身がガクッと崩れて本当に<負け組>になってしまいそう………(ちなみに私は流行したころから、この言葉が嫌いなんですが。なんて浅薄せんぱくなモノサシと価値観なんだろう! って)。
 時代や社会全体の現実的な息苦しさや閉塞感はもちろんあるけれど、もしかしたら日本人に過度にありがちかもしれない、<みんなと違うことを恐れる>遠慮や習性が、余計女たちを苦しめているところもあるのかもしれないよね。
 独身OLでも奥さんたちでも、感じやすい女性たちの、表に出しづらい本音に触れる活動を続けてきているからこそ、私は年々そう感じる。

 いっそ、気の置けない誰かに、「いやもう、しんどい」って、ちょっと本音を言えたらいいのにね。言われるほうも、「わかる。あるよね!」って素直に受ける度量や余裕があればいいのにね。それだけでも、ちょっとすっきりできるのにね?

 でも、現実、大人の女たるもの(?)、そうシンプルにいけない事情やメンツもあるのだろうし、都心の生活ほど、皆日々やノルマに追われて忙しかったりもするから。真剣にへこんだり絶望している人ほど、なかなかそうはいかないのかもしれない。
 だから私は、まずはスポットライトの当たりづらい、でも確実に現代社会で増えている、言うに言えないつらさを抱える女性たちの声を集め、ハッキリ言葉にしたいと思ったのです。
「あなただけじゃないよ。だいたい、今の世の中、女性にとって、なかなか厳しいもんだよね!」と。


本気で求めれば、女は再生できる。

 ところで、この秋、アジアのあるリトリート施設で、一人の大人女性・Rさんと知り合った。
 彼女は、アラフォー世代の明るくフレンドリーな独身女性(外国人彼氏あり)。
 そこは滞在型の施設だったので、毎日ダイニングで顔を合わせるたび、なんとなく挨拶あいさつを交わすようになり、次第に「なんで、世界各国の人々がいるのに、ここにいる日本女子たちだけどーんと重い空気というか、暗いんだろうね…………?」「自分の世界にこもってて、スマホやって誰とも目を合わさないようにして、挨拶もしないよね」などと話し合うようになり、仲良くなっていった。
 詳細ははぶくけれど、Rさんはもともと複雑なご家庭の事情で借金などを背負っており、物心つく頃から毎日は地獄のよう。19歳から性風俗の世界に飛び込み、ありとあらゆる性的な芸を身につけつつ、最後は飛田新地とびたしんちという有名な風俗エリアで、数年間でなんと1万人以上の男性経験をこなす。そして、命からがら借金をすべて返し、経験を活かして(?)ボディ・ワーカーの資格も取り、なんとか普通の世界へ生還。
 そして今度は、悩んだり鬱屈うつくつしている女性を助けたり還元する世界へ転身したのだ、という。
 私は、白昼、色鮮やかな花が咲き乱れ鳥のさえずりが響き渡るホテルや移動の電車内で、3歳の娘を抱っこしたりあやしつつ、そんな彼女の経てきたディープな人生トークを聞いていた(彼女の明るさ、強い生命力、かもし出す深い魅力に感応かんのうしたのか、子供もすぐになついていたので)。
「そっか。大変だったのね。でもよかったね。私も今はこんなすっぴんで簡単な服着て高齢母さんしてるけど、20代は銀座クラブ勤務もしてたし、私生活もめちゃくちゃだった。その後も、ともかくいろんなことがあった。ずっと私なりの修羅場を生きてきた。それでも、本気で求めていけば、女は再生できるよね。おかえり!」と言った。
 って、えらい話をカンタンにまとめたようだけど、当然、女体によたいを酷使し続けた経験・換金修行はダテじゃない。よく正気でかえってこられたな、よほど心も体もタフな人なんだろう、とも思った。
 きれいごとではなく、女が身を売り続けることでもらう傷やオリは大量だった、と察せられるし………もうすんだこと、と今は明るく言いつつも、彼女の内や肉体には、まだまだ傷も、その残存記憶たちも残っているように私には見えた。
 当然、感度のいい彼女自身はそれに気づいていて、そのリトリート施設滞在もそうだけど、ちつの中の奥の奥まで触るようなセッションをするという外国人マスターの講習を受けていたり、いろんな方法でみずからをいやし、その経験をなんとか昇華しようかしようとされていた。
 そして、通りすがりに、何を言っても平気そうなオカン(私)を見つけ、折に触れ、あっけらかんと自分のストーリーを話していくことで………彼女はきっと無意識に、その痛みや過去を、自分の中でもいまだ整理し乗り越え続けているのかな? と感じた。別れ際、彼女は連絡先をくれて、「蝶々さん、私のサロンにいつでも遊びにきてくださいね♡」と言ってくれた。

 世間やあなたがRさんのことをどう思うかわからないけれど。実際会ってる私としては、<ああ、健全な女の人だ♡将来が楽しみだ♡>と思った。
 Rさんは、顔のかんじもからだのかんじも、一見して<普通ではない>とわかる何かは確かにあった。昔私が、すっぴん、すげ笠姿で、一人四国を歩き遍路へんろをしている時も、ともに歩く堅気かたぎ老若ろうにやく男子たちに、「銀座のチーママか三宮さんのみやのママキター! と一目でわかった!」と看破かんぱされていたように(笑)。
 けれど、目や心のきれいな人で、何より話してても鬱屈や心のオリのようなものがこっちに伝染してこない。体当たりで経てきたことを、やはり体ごと真正面から受け止め、対峙たいじし、正直に生きているんだと思う。だから人のエネルギーに敏感な私も疲れることなく毎日話し続けられたし、子供もなついていた。

 そんな女の人、特殊すぎる! 私は、毎日都心でギュウギュウ詰めの通勤電車に乗ってお勤めしているからこそ、エネルギーがどんどん吸いとられていくようでつらいんだけど! とか、日々真面目に主婦や育児をしているから、そんな元風俗嬢の話は関係ない! と思われる人もいるかもしれない。
 でも、私にはそうは思えない。
 職業柄もあって、これまでもいろんな女の人に会ってきたけれど………何の仕事をしていようが、どんな経歴やどんな外見やオプションを持っていようが、女たちの生理や本音に、そんなに大差があるだろうか?(私にはわからない)
 どんなどん底のフチまでいったとしても、女は本気でその気になれば、必ず再生できる、ということ。
 そして、私を含めて、女ってわかってくれる誰かに話すことで楽になる、話せることで救われる生物なのは、どんな属性の、どんな経験を経てきた女性も、皆同じだと思うんだよね? 幼女を育てていてしみじみ実感するけれど、たいていの女子たちって、小さなころから男の子よりおしゃべりが上手だしね。


「もうだめだ」という時の、女の命綱。

 有名な<いのちの電話>、名前くらいは、あなたも聞いたことがあると思う。
 誰も頼れる人がいない、夢も希望もお金もない、「もうだめだ」という時に、ここに電話して、生身の温かい誰かの声に触れることで、自殺をとどまった人たちは、それこそ数知れずいるだろう。ツイッターには、座間の犯人のようなとんでもない悪魔も潜んでいる。いのちの電話は一見アナログだけれど、SNS全盛の現代だからこそ、現実的に人の命や心を救う、良いシステムなんじゃないかしら、と思う。
 そしてこのいのちの電話、じつは、かけてくる人の7割は女性なのだそうで。
 逆に、男の人は誰にも話せないまま、いきなり自殺してしまうケースが、女性に比べて多いという。
 私たち女は、男に比べて、力は弱いかもしれないけれど………その代わり、しゃべることで自分を救える。
 男は、どんなにヘタレで冴えなく見えたって、女よりメンツとプライドが高い。しかも生まれた時から、サル山ならぬ社会のシステムにまるっと組み込まれがちな生理と人生を抱える人が多い。だからこそ「俺だけ弱音を吐くわけにはいかない、負けるわけにはいかない」と頑張ったあげく、黙って一人抱え込む。だからこそ、男は突如とつじよ、ポキッと折れてしまいやすい。
 私たち女は、それにならってはいけない。
 ベッドからスマホで思いを打ち込むのもいいけれど、できれば、どこかに出かけて誰かに会って、しゃべろう、しゃべろう、話そうよ~! 親友や恋人やなんちゃらカウンセラーとかじゃなくても、そのへんの………たまたま寄った立ち飲み屋で隣り合った人とか、行きつけのカフェの店員さんとかでも、全然いいと思う。ちょっとした会話や人とのふれあいが、心を救うことって本当にあるから。このご時世、相手だってそういう心境なのかもしれないのだから。

 いのちの電話に限らずとも、本当に死にそうにつらい時、誰かの生身の声やぬくもりを感じるふれあいにハッとして、気が抜けたり、癒されたり、「でも、また、頑張ってみようかな」ということは誰にだって思い当たるはず。
 私自身も、毎日のように、なんだかんだ会員制クラブのみんなとやりとりしているし(互いにいろいろあるけれど、なんとか一緒に生きてる感! イベントでも定期的に集まって、なんだかんだ女子トークしつつ、ともに時間を過ごしてる)。現実でも、行きつけの公園や子供の習い事ついでに、いろんなお母さんたちと会って、ともかく話す。
「きょう、寒いよね」「最近よく見かけるお尻の白い小さな虫、雪虫っていうんだって!」とか他愛もないことを話すことで、自分の中でずいぶんと風が抜ける。
 育児は育児で、オフィス勤務以上に、日々家庭という狭い世界で、それなりの緊張感をともなって行われていることなので………ほかの誰かに会って、できれば自然を感じながら、似たような立場の誰かと顔を合わせておしゃべりすることで、妙にスッキリする感覚はある。
 それに、直接、顔を合わせてお話しすることで、みんなそれぞれの事情を抱えながら、日々なんとか頑張っているんだな、という当たり前のことが、実感を伴ってわかる。理屈を超えて感じられる。だから、今日もまた、自分も頑張ろう、と思える。
 それが、自分の家族じゃなきゃ、恋人じゃなきゃ、友達じゃなきゃ、会社の外の人じゃなきゃ、と自ら枠をつくらなくてもいいんじゃないかな。
 都会でも通りすがりでも、色あせて見えるようないつもの世界でも、もしかしたら、私のように、「ふんふん、そうなんだ~いろいろあるよね」と子連れで聞き入っちゃうような奇特な母さんもいるかもしれないし、スマホではなく生身の人に向き合えば、じつはいろんな出会いはいくらでもあると思う。

 私はいつもいろんな場所に出かけているので、それぞれの場所で出会った人との会話を、いろんなシーンで、時々ふと思い出す。奄美大島あまみおおしまに何か月も滞在していたとき、海辺で出会った移住者のおじさんとの波辺での人生のお話。サンフランシスコに3か月滞在していたとき、いつも坂道で出会って挨拶していた浮浪者のおばあさんとの人間の幸せについての会話。何の意味があるのか? と言われたらよくわからないけれど、確実にそれらの人との時間や会話やエネルギーの交換みたいなものは、その時の私に生きる元気や刺激をくれたし、私にとっては、それは家族や恋人との時間や会話と、価値においては並列だ。
 私は、これからもそうして生きていくのだと思う。大人の女だって、いろんな人の力を借りたりつながりながら、でいいじゃない。どうか、それを恐れたり恥ずかしがらないで。
 今月も、なんとかいっしょに生きようね。
(第3回へつづく)

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蝶々Chocho

作家・エッセイスト。コピーライター兼銀座ホステス時代に綴っていたブログが人気を呼び、2002年『銀座小悪魔日記』(宙出版)でデビュー。『小悪魔な女になる方法』(大和出版)がベストセラーとなり、幅広い世代の女性から絶大な支持を得る。単なるモテ指南とは一線を画した、真に幸福で自由な人生を送るためのテクニックを、聖俗両面から愛をもって発信中。著書多数。
公式ブログ;chochoママしぼり
http://blog.goo.ne.jp/chochochan
会員サイト;chocho女神クラブ
https://chocho-u.com/megamiclub2018

 

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