双葉社web文芸マガジン[カラフル]

週末、死にたくなるあなたへ。(蝶々)

アルフォンス・ミュシャ 1897

最終回

 こんにちは。お元気ですか?
 さてさて、いわゆる人並みの生活はなんとかかんとか送れているし、PCも家も仕事も着るものも、現代生活に必要なものは何でもあるのに、なぜだろう。自分には本当に幸せを感じられるものが、何もない。。?
 そんな、週末が来るたび、思わず死にたい気分になっちゃうような、多くの現代女性の皆様に語りかけてきたこの連載も、今回で最終回。春っていつも、出会いと別れの季節なんですね。
 って、さようならのご挨拶&一般論はさておいて。

 先週私は、所用で地方都市へ出かけ、駅前のホテルに1泊したんですわ。
 で、子供が寝静まってから、部屋の片隅でちょっと原稿でも書こうかな~?と思い、お部屋のドリンクコーナーをチェックしてみると、粉末のインスタント・コーヒーしかない! うーん、イヤかも。
 でも、ルームサービスを頼むのも大げさだしな、と少し迷ってから、夜23時近くに、わざわざホテルを出て、ドリップ式のコーヒーを買いに、そそくさとコンビニに出向いたの。リフレッシュがてら春の夜風に当たるのもいいかもね、と。

 でも、その時、ホテルからコンビニまでの短い往復時間で、私が予期せず<ひゃっ>と感じとってしまったのは、春の夜のなまめかしいような生命のときめきではなく、どうしようもないたくさんの寂しさの群れと、本当の生の喜びや希望が見えないむなしさ。そこを漂っているうちに、知らず知らずのうちに、元気が奪われ、冷たい無機質な金属で心臓が圧迫されつぶされていくような、まさに<週末、死にたくなる孤独たち>だったんです。
(………ああ、これ。この空気感やにおいのようなもの、そういえばよく知ってるよ、私だって!)今更ながら、急にありありといろんな夜を思い出して。
 それは、主に、東京都心での夜。
 コピーライターとして勤めていたころ、残業後、もうろうとしながらも、タクシーが拾える場所までテクテク歩いた夜の銀座(1~4丁目くらいまでは、昼間は華やかな百貨店やショップも閑散としていて、落差がとても寂しい)。
 3.11震災後に、ラジオの仕事で出かけた麹町こうじまちで立ち寄ったコンビニ店内の、思わず(このまま廃墟はいきよ?)と泣き出したくなるようながらんどうぶり。銀座ホステス時代、アフターのあと、今思えばストレスを解消したくて、六本木あたりの24時間営業している高級マーケットで急に高い食材なんかを買い込んでみたけど(芸能人にもよく遭遇した)、その後、家に帰ると毎回やたら虚しかったり。
 そうだった。夜中も煌々こうこうと電気のついた、常に明るいコンビニや24時間営業の店内には、それこそ、何でもあるのに何にもない。便利でありがたい場所のはずなのに、なぜか通うほど寂しくなる。もちろん、恋人や仲間たちと、つまみや飲み物を買いに立ち寄った楽しい思い出も多々だけど、それは大好きな人たちと一緒だったから、たとえ渋谷のドン・キホーテだったりしても、面白おかしかったわけで。
 少なくとも私にとっては、“心底ほしいもの”や“心ときめき、満たされるようなもの”は、どれだけ通おうが何もなかったよね………としみじみ再実感。当たり前だけど、コンビニやら夜通し営業してくれている店たちに罪はない。24時間営業のおかげで、実質的に救われてる人々もたくさんいるでしょう。だけど私は、そこになぜだか、恐ろしいほど累積るいせきした、多くの人々の寂しさと孤独の気配を感じてしまう。

 夢や欲望、好奇心などに突き動かされている若いころには気にも留めなかったことが、身にしみたり見えてくる。それが年を重ねることなのかもしれない。でもその時、自分の内側だったり手元に、確かなものが何もないような気がしたら?
 私は寒々しい気持ちで、コンビニの袋を抱えて、慌ててホテルの部屋に戻った。

本物の愛なんかない。でも便利だから、楽だから……。

 そして考えていた。
 今、この時も、深夜、一人コンビニに立ち寄りつつ、なんとも言えないあの無機質で白々しらじらしいほど明るい店内で、何も<コレ!>とすぐには選べないんだけど、でも、もしかしたら、体によいもの、満たされるもの、心ときめくもの、何かあるんじゃないか………? とウロウロしている女の人たちがいるのかなあ。
 つい、私はそう想像してしまう。
 <私は、必要なものを買いに来ただけ。だけど、なんだか虚しいから、かごの中も私のことも、あまりじろじろ見ないでほしい>。<この、ちょっと贅沢ぜいたくチョコレートや、体がフレッシュになるスムージーをとったとしても、心は決して満たされないことは、自分が一番わかってる。でも、時間がないから、仕方ないから、楽だから、便利だから………>。

 人間は、愛がないと本当には満たされないのは、女ならみんなわかってる。だけど、信じられるような本当の愛はどこにあるのか。多くの人がわからないから、とりあえずは、便利で都合のいい代用品に手を伸ばし、お茶をにごし続けているのかもしれないね。

妊娠と自然出産でシンプルな野生の女に還れた!!

 飛躍するようだけど、「なんとなく、という態度は危ない。本当に納得できることを選ばなくては」というのは、私も出産をめぐるあれこれで、非常に考えさせられたことで。
 昨今は、知人友人をはじめ、周りはやたらと帝王切開をしたり陣痛促進剤じんつうそくしんざいを使ったりして、医療介入、医療進行主導の大変なお産をされている。実際、近年では、出産する5人に1人、つまり20%以上が帝王切開しているのだそう(しかも年々その率が上がっている!)。
 理由はおそらく複合的なもの。近年のお母さんたちの健康状態や体力がすぐれないこと、ストレスフルな環境であること、そして病院側の事情(主役である赤ちゃんの意見は聞かれない)。

 私は、妊娠がわかるやいなや、様々な妊娠・出産に関する書籍を読みまくって。
 そして、あるおじいさん産婦人科医の<それでも、自然なお産がベストである>という主張に、<そう、これ! 考え同じ!>とビビッときたのです。調べてみると、その病院は、できるだけ医療介入を控える、自然な出産を目指す病院として有名だという、現代医療の世界からすれば、変わった(?)産院で。当時の自宅からはとても遠かったけれど、幸い、実家からは通えない距離ではなかったので、迷わずそこへ電話をかけて直行し、様々な問診や話し合いの後、お世話になることに。
「自然出産には、心身体を鍛える覚悟と努力がいります。蝶々さんは高齢出産ですし、若い妊婦さんたちより、真剣に取り組んでいただかないと。こちらに預けっぱなしではいいお産は約束できません。それでもいいですか?」
「はい(喜んで!)」。そして、私はそこで出産した。
 出産は想像を超えた痛みで、私は3時間ほど絶叫し通しだったけれど、事実・現実としては、何の薬も道具も使わない自然出産ができ、出血量もごく少ない超安産。
 その産院は、病院の奥に古い大きな家屋と樹々があふれる広いお庭も併設されており、妊婦たちは検診の後、そこの母屋のような場所に行って、めいめいに歓談したり、寮母りようぼさんのようなお母さんが炊いてくれる窯炊かまだきで艶々つやつやのごはんを食べたり、おのを使った(!)巻き割りエクササイズや雑巾ぞうきんがけなどをしたりして、豊かな自然の中で、仲間たちと一緒に体を鍛えることができる。
 今、当時の写真を見てみても…………ワイルドな自然の中で、おなかがまんまるにつきだした妊婦(私)が、満面の笑みを浮かべつつ斧を振り下ろしていたり、開脚して座り込み、糸ノコで板を割ったりしているという最高シュールな光景なのだが、ハッキリ言って、それは超幸せな時間だった。知的なのに肩の力の抜けたやわらかな女医さんや頼もしい助産師さんたち、そして、幸せな気分に妊婦たちがリラックスしてつどっている、あまりに素敵な空間で。そこに滞在するだけでいやされ、世知辛せちがらくせせこましい世俗から、ふわりとタイムスリップできるような産院だった。私は、子の父親はもちろんのこと、友人知人や編集さんたちまでご紹介がてらやたらと案内し、みんなでのんびりおしゃべりなどしつつ、「おいしいよね~?」と窯炊きごはんを毎回がっつり食べていた。
 病院なんて大っキライなはずだったのに。そんな風に、すばらしき産院のおかげもあって、私は妊娠・出産を通して、これまでのすべてを自然に脱ぎ去り、野生のシンプルな一人の女にかえれたようで(しかも高齢出産ながら、可愛い子供も無事産めて)、腹の底から幸せだった。
 そればかりか、その産院では他にも、印象的だったり深く考えさせられる出来事が、いくつもあったんです。

 一つは、私は出産後、産院で養生ようじようしている時、<赤ちゃんが予定日を3週間も過ぎても生まれてこない!>ため、とりあえず入院している、という出産間近のお母さんに会ったんです。
 予定日を3週間も過ぎているってことは………初産ういざん×素人しろうとママの私でも(それって、やばいのでは? 巨大化しすぎて、無事、下から出てこられるの?)と思うような案件。普通の産院ならば、リスクもとれないし母子ともに心配だ、ということで、ほぼ確実に帝王切開か陣痛促進剤を投与されるケース。
 でも、その産院、しないのです、何も(笑)。いやもちろん、母子の状態チェックなどはマメにしているのでしょうが、どんな変わった状況の妊婦さんや赤ちゃんにも「それにはそれの事情とベストがあるのでしょう」ととらえて、待つ。気をもむご家族ともども、共に待つ。そうして、限界まで、なるべく子供が自然に出てこようとするペースに添い、サポートに徹する、という態度なのですね。
「この子がそんな気分なのですね、と先生もおっしゃってくださってて」なんつって、美人バレーボール選手みたいなルックスのお母さんも、つついたら爆発しそうなおなかを抱え、ノン気なことを言っておる。
「………そ、そうなんだ~?」私も産後でアタマが回らないし、自分も2時間おきの授乳や赤子の世話でヘロヘロなのでハイになっていて、「のんびりやさんなんだね☆」最後はお互いキャッキャと笑っちゃってる、今思えば理屈もへったくれもない世界。

 でもそのように、まこと、その産院じたいに、そういう太古たいこの女の世界というか、ゆる~くて、かつ、それぞれの自然とすべての不条理に添いつつ内包してくれているような、おおらかな空気が確実にあったんです。
 今思えば、それこそが、女が子を産み育てていくときの、そして、もしかしたら女が女らしく生きるための、本来の世界観やリズムなのかも。だから私は、妊婦期間も出産も産後も、あれほど幸せだったし、そこの創始者が提唱されてるように、その経験で何かの回路がひらいたせいなのか、その後の育児も爆裂な幸せしかない(そして、そう大っぴらに言うと、傷ついた! ヒドイ! みんながみんなそうじゃない! となぜか怒られてしまう世の中の母親スタンダードも、その後知る)。

 さておき、その数日後。結局予定日より20日くらい遅れて出てきた彼女の男児ちゃん。無事生まれたのですが、見せてもらってもうびっくり! 4200gで顔立ちなんかも仕上がりすぎの、巨大な新生児で。「これ、よく、下から出せたよね~………どうやって………」2700gの娘を出すのにも無理! と叫びまくっていた私は、彼を見ただけで卒倒しそう。
「でも、出たの。先生も出してくれたの」。そのママも、寝込みもせず、翌日から普通にスタスタ歩いているし。お産直後もスッキリ美人な顔をしておられた。
 ああ、自然の世界はすごいなぁ、そして女は自然に添うことができたなら、じつに限界ないもんだなぁ。。。というのが、率直な感想で。
 それにしても、<待つ>ことができる産院や先生がすごい、と思った。どんなリスクや責任を引き受けても、妊婦と赤子の自然に寄り添おうとしてくれて。
 自分の十月十日とつきとおかでも、彼らのその姿勢や気概は、痛いほど感じ続けていたので、その感謝や思い出もあいまって、私は再び、涙が出るほど感動したのです。
 そう、現代の医療がどうこう言われて久しいけれど、世界には、そういう医療や産院も現実としてあるということ。私は本能的にそれに惹かれ、たどりつき、本当に幸せな出産をさせてもらえた。
 これ、何も出産や医療に限らないと思うんです。
 この世界やニュースがどれだけ殺伐さつばつとした感じになっていったとしても、人や世界の自然にできるだけ沿おうとしていたり、心でつながれるような幸せなコミュニティや人間関係、仕事場だって、やはり必ず存在する、ということ。
 現に、今も私は、そういう世界で生き続けている。
 今は美しい自然にあふれた住環境にいるので、季節のうつろいをでたりその美しさに感動しながら生活できるし、子供も私も息がしやすく、のびのび暮らしてる。ネットの中などではなく、同じく子育てや日々を楽しんでいる素敵なご近所さんたちやママ友たちとの現実のネットワークにも恵まれ、日々学びが多く、何より楽しい(そういえばふだんの生活では、コンビニに立ち寄ることもめったにないしね)。

 年齢もあるのかもしれない、母親になったせいもあるかもしれない。でも、本当はそんなことが理由じゃないんすよ、ということは、自分が一番よく知ってる。
 銀座、NY、世界中のあちこちやメディアの世界に身を置いてみて、いろんな聖俗の出来事も恋愛も出会いや別れも、空騒からさわぎもむなしさも、三ツ星レストランもコンビニのおにぎりもいろんなことを経験したり探検しながら、自分は何を大切に思い、何で満たされるのかをずっと考え続けていた。そして、<そういう日々に生きられるように>と、目先の損得では一切なく、徹底的に取捨選択を重ねてきたから、今こうして心底満たされる日々の中、幸せに暮らしてる。とにかくもうあの空騒ぎの日々や、華やかなのかもしれないけれど、忙しいばかりで心や体がどんどん疲弊ひへいしていくような世界には戻れないし、戻るつもりもない。たとえ10億あげるからと言われても、まっぴらごめんだわ。

理由もわからず苦しく虚しい、その根本原因。

 生活するためのものなら一応は何でもあるのに、でも本当のものは何もない。心を殺して、ただ生きるために、したくもないことをやり続ける………というような日々からは、一人でも多くの女性が、その人生のあるうちに、どうか脱出してほしい。
 たとえば、若いうちに、劣悪れつあくな環境だったり過酷な生活を送ってでも、目的や夢のために、修行としてこれをやらなくては! それは避けては通れない!という期間があるとする。抱えてしまった借金のために、家族を養うために、当面は自分を殺してでも働きマシンにならなくてはいけない、という時も人間あるのかもしれない。
 それはそれで仕方ない。女も大人になれば、誰だっていろんな形で責任を抱えて生きているものだから。
 なるべく心身を壊さないようにだけ注意して、それ、早くすませよう? そして、めどがついたり気がすんだら、あなたが本当に心地よくリラックスして生きられる世界のほうへ移行していきましょうよ。
 そして、まじめにやってきたつもりなのに、何がなんだかわからないけれど、年を重ねるごとに、やたら苦しいし虚しい………という人は、厳しいことを言うようだけど、もしかしたら、少し受け身で生きてきすぎたのかもしれない。

健康も幸せも<自ら選び、取りにいく>真の大人になる。

 そういえば、命の現場で日々格闘されている助産師さんたちの話にも、心に残るものがあった。中でも、(ああ、そうよね)とひどく納得したのは、「いくらここの産院に来たとしても、出産ばかりは天の采配さいはいに左右されることもある。何より、自分の体作りや意識の準備が整っていなかったり、“ネガティブな思い込み”や“私が私が、の自意識”が捨てられない妊婦さんだと、先生や助産師さんたちがどれだけ心を尽くして働きかけても、自然なお産に到達できないことがある」というお話。それは自分たちの力不足でもあり悔しいことなのですが、と助産師さんたちは謙虚けんきよにおっしゃられていたんですが、いや、そうだよね、すべてがそう………妊婦の私は思わず腹を打ちたいような、(でも、そうしたくてもできないこともある。それが人間なんだよね)と泣きたくなるような、切ない気持ちになるような、複雑な気分でもあった。

 ―――でもそれは、ホルモンの影響でセンチメンタルになりがちな妊婦の時だったり、出産直後だったからかもしれない。
 今の私は、やっぱりすっかりオカンになっているので………「いや、何言ってんの。甘い。できるし! 気持ちよく生きていくなら、やるんだし!」へこんでるあなたの肩なりお尻なりをパシパシとぶって、腹の底から応援したい気持ちでいっぱいだ。

 自分自身の生き方、あり方、幸せを求める態度などについても、インターネットで更新される星占いを毎週一生懸命見てたって、現実は何も楽にならない。世間一般がどうであろうが、毒親どくしんにどれだけかまされていようが、あなたが今いくつでどんな状況であろうが、あなたももう大人の女性。受け身だったり受け売りのままではなく、自分の本心をよく知って、生活も生き方も、自分で取捨選択していくことが大事なんだよ。
 つまり、健康も幸せも<自ら選び、取りにいける>ように、心の姿勢から、真の大人になっていくこと。
 世の中がよくならないかな~? ではなく、まず、今日からでも、あなたが少しずつでも美しく元気になれば、あなたの周りの世界から、ちょっと生き生きしだすんです。
 って、そういう当然のことを言ったら、<そんな元気ない>、<キレイゴト。それでは生きていけないのよ>と即座に言われそうなイライラ・殺伐とした空気もまた、今の世の中では醸成じようせいされてるのかもしれない。
 だけどね、女のあなたには、<低きや汚さには流れない>という気概を持ってほしいです。私は持ってる。言いたくないけど、煮ても焼いても食えないくらいの何かは持ってる(笑)。
 だってまだ生きていくつもりだし、子供にも自分にも、胸を張っていられる自分でいたいしね。世間一般や不都合だったり不機嫌な何かに、呑まれてたり言いなりだったら、どこまでも流されたり汚れていってしまうような社会の中で、毅然きぜんと立ち、でもしなやかにやわらかに、女として、すこやかに生きる。

 ………難易度、高いこといってますよね。
 でも、あなたのつらさや虚しさを、その人生において、本当に払拭ふつしよくしていくことを考えたら…………私はやっぱりあなた自身に、まず自分の足でしっかり立ってほしいな、と思うんです。女が本気出したら、変われる可能性も、真に強く幸せになる力も、うちらは可能性底なし内蔵モデルなのです。
 そう、週末死にたくなっちゃってるあなたは………この現代社会にはびこるタチの悪い冗談みたいな仕組みや何かに、要は、うっかり呑まれたり足元すくわれてしまっているだけかもしれないよ。
 続きはまた、書籍にて。
 それまで、お互いに頑張って生きていましょうね。
 あなたの人生も私の人生も、悪くないどころか、どんな時代においても、どこまでも心地よく素敵にしていけるものだ、と私は確信しているよ。あなたの底力、たとえ誰がなんと言おうが、私は信じているからね。
(了)

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蝶々Chocho

作家・エッセイスト。コピーライター兼銀座ホステス時代に綴っていたブログが人気を呼び、2002年『銀座小悪魔日記』(宙出版)でデビュー。『小悪魔な女になる方法』(大和出版)がベストセラーとなり、幅広い世代の女性から絶大な支持を得る。単なるモテ指南とは一線を画した、真に幸福で自由な人生を送るためのテクニックを、聖俗両面から愛をもって発信中。著書多数。
公式ブログ;chochoママしぼり
http://blog.goo.ne.jp/chochochan
会員サイト;chocho女神クラブ
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