双葉社web文芸マガジン[カラフル]

FP(ファイナンシャル・プランナー)住職の丸もうけ人生相談(高橋 泰源)

第8回

 こんにちは。好きな正月料理は黒豆、FP住職の泰源です。
 では、例によって、ご相談をお聞きしましょう。

22.息子夫婦が孫をつれてよく遊びに来ます。それはそれで賑やかですし悪くはないのですが、今年の正月も大晦日から1週間近く居座り、手伝いもせず、食事の用意もすべてこちら任せ。次の春休みやゴールデンウィークが思いやられます。せめて食費ぐらいはもらいたいのですが、こんな私はケチでしょうか?(70代・女性)

 ほお。ちょっと意外な感じがしましたが、これはこれで悩ましい問題なのでしょうね。なにが意外かというと、拙寺にお越しになる高齢のお檀家さんの特徴として、

・「孫がいる高齢者」のほうが、「孫がいない高齢者」より、にこやか
・「孫が来た話」をする高齢者のほうが、「孫が寄り付かない話」をする高齢者より、にこやか


 という傾向が明らかに見て取れるからです。

 今回の相談者さんのご相談はこれと真逆、なように見えますが、実はそうではなくて、「子や孫が来た」ことが嫌なのでなく、「子が孫を連れてきて、働かないで1週間近く居座って帰っていった」ことが嫌なのですね。

 交通費と手間をかけて遠路はるばるやってきた息子さんの家族に対して食事をふるまったり寝室を用意してあげたりすること、これはまぎれもなく「布施ふせ」、つまりほどこし、ですね。何度も申し上げていますが、この施しは純粋に相手を思う気持ちから出てくるもので、そこにはなにがしかの好意的な反応や見返り、返礼を求めるものではないはずです。

ネガティブリスト

 仏典にはご丁寧に、「布施にならない施し」も記されています。

 #随至施ずいしせ あまりにしつこく乞われるので断り切れずにする施し
 #怖畏施ふいせ それをしないと具合が悪くなりそうなので仕方なくする施し
 #報恩施ほうおんせ 以前に受けた恩を返すためにする施し
 #求報施ぐほうせ 見返りを期待してする施し
 #習先施しゅうせんせ 習慣や慣例に基づいてする施し
 #希天施きてんせ その功徳くどくにより、来世では天界に生まれることを期待してなされる施し
 #要名施ようみょうせ 自分の名声を高めるためにする施し
 ~倶舎論くしやろん


 いかがでしょうか。脳内シミュレーションをして聖人のポジションに立てば、お子さんたちがどのような反応を示そうとも関係なく、「施すこと」に意義があるとおわかりいただけると思います。「あなたは息子さんの家族をもてなした、いいことをした、それでいいじゃないですか」ということです。

「言ってることはわかるけど、悟りを開いた人ならともかく、自分は凡人だからそんなにものわかりよく息子たちに接することはできない」
 そうでしょうね。息子さんはしっかり世帯を持ち、独立して生計を営んでいる。どこからどう見ても一人前の社会人である。嫁も同様。帰省時とはいえ、まるまる親の世話になるほうがおかしいだろう、そうお考えなのですね。

「こんな私はケチでしょうか?」
 別にケチとは思いません。それもひとつの考え方です。仏教の「布施」の考え方とは若干の齟齬そごがある、というだけで、相談者さんをはじめ、この世の人はすべからく仏道に帰依きえしなくてはいけません、などという気は毛頭もうとうありませんので。

 ただ、どうでしょう。息子さんにしてみたら、年に数回しか顔を出さない実家ですし、お仕事をはじめとする日常のしがらみや鬱陶うつとうしさから離れて、のんびり過ごしたい、くらいのことは思っているかもしれないですね。息子さんの奥さんの心中はわかりかねますが、「ここはお義母かあさんの台所だから、手を出したらかえって失礼だし、足手まといになってもいけないから(手伝わないでおこう)」くらいの感情でしょうか。このへんの、

「夫の実家で妻はどうふるまうべきか問題」

 は結構根深いですし、居住地や育った環境や国籍や年代によっても「これが普通っしょ」の「普通」がまるで異なりますので、私の感覚で「普通は手伝いますよ」とは言いませんが、よっぽどでもないかぎり、「お義母さん、お手伝いしましょうか」くらいのことは、赤ちゃんを連れているわけでもなければ、言うような気もします。

言い方が肝心

 それはともかく、今、相談者さんが「来るな」「来るなら手伝え」と思っていることは確かなわけですよね。
 であれば、話は簡単。「来るな」「来るなら手伝え」という趣旨しゆしのことを言えばいいのです。
 もちろん、言い方はいろいろあります。「ほら、お客さんじゃないんだから、少しは動きなさいよ」とお子さんに明るく言える間柄であればいいのですが、だったらそもそも私に相談なんかしてこないですよね。

・「母さんも毎年大変そうだから、来年のお正月は○○温泉に行こうと思う、お前たちも来ていいよ(ただし金は出さん)」――と、ご主人から言わせる
・「あんたたちも大変だろうから、今年は来ないでいいよ、あたしらも楽したいし」
・「毎年来てもらってばかりでアレだから、今年はうちらがそっち行くわ。二晩泊めて。スカイツリーもパンダの赤ちゃんもまだ見てないし」

 使えそうでしょうか。

 ちなみにFP的な話をすると、現代日本においては、

 “高齢者はお金は持っているが使い道がなく、30代40代は資金需要は旺盛だがお金が足りない”

 という通説があります。
 したがって、
「どちらがお金を出すべきか微妙な行事・イベントのコストは、高齢者が出す」
 ことにするほうが、消費が高まりますので、日本経済にとっては好都合です。国としても、「金持ち高齢者の保有資産を放出してもらい、なんとかして景気回復に役立てたい」ともくろんでおり、

・結婚、子育て資金の一括贈与に係る贈与税の非課税措置
・教育資金の一括贈与に係る贈与税の非課税措置


 といった税制優遇政策を打ち出して、「高齢者の皆さん、可愛いお子さんお孫さんのためにお金を贈与してあげてねえ、特別に贈与税をかからなくするよー」と呼びかけているわけです。
 万一の際に相続税がかかりそうな規模の資産を保有している方は、せっかくの国の呼びかけですから乗っかって、早めに息子さんたちに贈与して資産総額を減らし、節税することを考えてください。

 ちなみに相続税の基礎控除額

3000万円+法定相続人の数×600万円

 です。
 例えば私の母が亡くなった時の基礎控除額は、3000万円プラス相続人の私と姉、つまり600万円×2人分の4200万円となり、現預金、有価証券、土地、建物などの課税遺産総額からその分(4200万円)を差し引いた財産に相続税がかかりました。

 もちろん、「児孫じそんのために美田びでんを買わず、贈与などしてやらん」「どうしてもと言うなら贈与してやらんこともないが、贈与税なんてもらった人間にかかるものだから、息子が勝手に払えばいい」というお考えの方は、変節してまで国の施策を利用する必要はまったくありません。

「いや、うちは相続税とかそういう次元じゃない。年金生活者で暮らしに余裕なんかなくて、ぎりぎりのところでやりくりしてるんだよ」

 そうですか。そういうことでしたらもう少し、お子さんのご家族にデリカシーと配慮を求めたいですね。これはもう、じか窮状きゆうじようを訴える。もしくは昭和テイストを前面に押し出して、あからさまにチープな食事(例:コロッケ夕食)、チープな娯楽(例:福笑い)、チープなお年玉(例:孫ひとりにつき2000円)などを連発して気づかせる、ということでいかがでしょうか。障子しようじとか破れたままにして、綿わたの出たドテラかなんか着ちゃって。 
 ちょっと極端に走りすぎましたが、見栄を張っている場合じゃないなら、これに近い対応は許されると思います。

 まとめます。

 ・息子さん夫婦がどうあろうと、あなたは施しをした。それが大事。何かを期待して行う施しは布施ではない
 ・それはそれとして、毎年続く現状が嫌なのなら、率直に言うか、別の正月の過ごし方を提案してみる
 ・息子さん世帯の家計まで踏まえたトータルな相続税・贈与税の節税を考えるなら、親世帯がお金を出してあげることは悪くない
 ・日々の生活に汲々としているなら、率直に話すか、それを行動で示す


 といったところで。

*「息子がさメシ風呂寝るしか言わないんだ」「中学生すか」「いや32」


23.家に居場所がありません。土曜日曜に家にいると「どこか行くところないの?」と妻と娘に言われます。あと4、5年で定年退職ですが、毎日家にいるとどれだけ責められるのか、今から胃が痛いです。(50代・男性)

 これもまた、「家族内コミュニケーション」に関わる悩みですね。意外に多そうですね、こういうお父さん。幸いにして私は日曜日に「ご法事」という重大な仕事が入りますので追い出されることはないのですが、平日夜の予定があまりに入らないと呆れられることはあります。
 私のことは置いておいて、おそらく相談者さんは、「この家の生活費を稼いできてるのも、住宅ローンを払っているのも俺なのに、どうしてうちの家族は俺に対してリスペクトの念を持たないのだ!」
 と思っておられるのでしょうね。
 一方奥様は、
「毎日栄養バランス考えて食事作って、洗濯してアイロンかけて掃除してお風呂もトイレもピカピカにして、こんなに家をきれいに保ってて家族が健康でいられるのはいったい誰のおかげだと思ってるのよ! もう何十年、結婚記念日を忘れてるのよ? 日曜日なんて家でゴロゴロしているだけでゴミ出しも犬の散歩もしてくれないし」

 あくまで想像ですが、こんな感じでしょうか。では仏教トーク。

 #同事というは、不違なり(正法眼蔵しようぼうげんぞう

 同じということは、違わないということである。いやあ、まさに禅の世界ですね。
 まず、「同じ」を「同じ立場で考える」と解釈してみます。

「相手の立場に立って考えましょう」
 うわ。これは小学校低学年から習いますよね。相談者さんも今まで何度となく教えられてきたと思いますので、いまさら響かないでしょう。「わかってるわい」でしょうね。そうではなく、一歩進んで、(ご家族などの他者と)同じことをしてみる。
 それによって、他者に近づき、その気持ちを本当に理解することに近づける。
 ということを実践してみましょうか。

低いハードルならおっさんにも跳べる

 手っ取り早いところで、料理。クックパッド等のサイトのおかげで、料理を作ることの障壁は恐ろしく低くなりました。私事で恐縮ですが、私も40過ぎまでまったく厨房ちゆうぼうに立ったことのなかった男でした。それが、諸事情により自分で料理を作らざるを得ない状況になったため、数年前から否応いやおうなしに料理にトライすることとなりました。
 と言っても、不器用・横着・短気と三拍子揃った私のことですから「手を動かしている時間は5分以内」と勝手にかせをこしらえ、その中でできるものを試しました。で、作ったものはパウンドケーキ。ホットケーキミックス、無調整豆乳、卵、無糖ヨーグルトをボウルに入れ、ぶわーっと力任せにかき混ぜて炊飯器に入れ、炊飯ボタンを押す。やったことはこれだけでした。ヘルシーに加えて、なかなかに美味なものができました。調子に乗ってバナナを入れたりリンゴを入れたりクリームチーズを入れたり。そのうちにフライパンや包丁ほうちようへの恐怖感も消え、フレンチトースト、パンプディング、りんごのコンポートと、(女子中学生のレベルではありますが)次第にレパートリーも増えていきました。
 料理に限りません。掃除でも日曜大工でも、家族がおおっと思うようなアクションをしてみる。「見て見てーっ」とか言わずに、だけど、多少は目に入るように時間配分を工夫し、黙々と作業に打ち込む。
 横道にそれましたが、奥さん娘さんとの間にあるように思える「心理的なみぞ」は主に、「家で何もせず寝てばかりいるお父さん」に対する「役立たず感」に起因しているのではないか、と思うのです。
「俺は平日、会社で働いてるんだよ!」
 とキレたくなる気持ちもわかりますが、
「アタシは平日も土日も主婦業やってんだよ!」
 というナイスリターンが返ってくる可能性が大きいこと、なにより、数年後に退職したらその脅し文句は使えなくなることに注意してください。
 
 あとは発想を変えて、どんどん外に出てみる。考え方によっては、「外に出ていき放題」は、世のお父さんたちからうらやましがられる環境とも言えます。以前にも申し上げたことがありますが、これだけネットが発達している時代。読書会、カラオケ会、座禅会、ワイン会など、面白そうな集まりが毎日山のように企画され、SNSで告知されています。カルチャーセンターや企業が主催するものに比べ参加料も比較的安価。相談者さんにとって本当に面白い集まりになるかは別ですが、人脈を広げて損になることなどなにもありません。なんなら泊まりがけの旅行でも許してもらえそうな雰囲気ですよね。ふう、うらやましい。
 他人と交流する趣味がないのであれば、退職後に備えて今から見つけておきましょう。最近の50代はまだまだ動ける世代。芸術でもスポーツでも、何かができると奥さん、娘さんの視線も変わってくるはず。

おっさん歓迎

 これは内緒ですが、アイドルの握手会も狙いどころです。客層は10代~20代の若者男子が多いのだろうな、場違いだよな、とお思いの方、大間違いです。(見た目)50代の男性、むちゃくちゃ多いです。土日にひとりで幕張まくはりメッセやパシフィコ横浜に急ぐおっさんは、アイドルの握手会参加者と思って、まず間違いありません。テレビでお目当ての子をチェックしたら、握手券、もとい握手券付きのCDを買い込んで、土日になったら「ちょっと」とだけ言って出かけてみましょう。
 今日のアイドルはもはや接客のプロです。二、三度通えば、絶対に名前をおぼえてくれます。「わー〇〇さーん、会いたかったよー」なんて、満面の笑みを浮かべてぐいぐい握ってきます。手を。48グループの場合、年に一度の選抜総選挙というイベントでいかに自分の推しメンを上にランクインさせるか、という成果発表みたいな場もあります。どれだけ生産性があるのか私にはわかりませんが、アイドルの応援を生きがいにしているおっさん、結構いますよ。現場に行くと驚きます。
 先日入った公演では、明らかに仕立てのいい背広を着こなした上場企業の経理部長っぽいロマンスグレーの紳士が、公演が始まるや否やサイリウムを振り回して私の隣で「超絶可愛い、ナッキー!」なんて絶叫してました。ちなみに「シニア限定公演」をもよおしてみたら普段の公演と客層が変わらなかった、という変な逸話いつわもあります。
 おっさんに優しいおすすめのメンバーも、一見いちげんさんにもきちんと対応してくれるメンバーも、名古屋拠点の例のグループに関しては、私は完璧かんぺきに存じあげてますし。ここで言いたいのですが、相性もあると思いますので、それはご自身でいろいろ探してみてください。それぞれのグループの「まとめサイト」を丹念に見ていくと、おのずからわかってきますので。

 ということで、まとめます。ピンチはチャンス。家で役立つ人間になるか、家をできるだけ空けて課外活動に励むか。退職後の資金繰りも計算しながら、残り40年くらいはありそうな人生をエンジョイするための道具を見つけてください。

 *邪魔だって言われることは素晴らしいあなたの生きてるあかしなんだから

24.勉強って、なんのためにするのでしょうかね。プログラミングとか英語とかはまだ社会に出て使いそうな気もするのですが、コタンジェントとかナ行変格活用とかドップラー効果とかウェストファリア条約とか、学者でもなければ社会に出たら絶対使いませんよね。そんなことを人より余計に覚えた人間が入学試験に合格して、いい大学からいい会社にいけるって、おかしな世の中だと思うのですが。毎日面白くもない教科書をにらんでいても気分が滅入めいるだけです。自分はミュージシャンになりたいので、音楽以外のことにからむ時間はできるだけ減らしたいのです。(10代・男性)

 はい、若い方からの質問は珍しいですね。ありがとうございます。ではさっそく。
 まずは仏教トークから。

 #千手観音せんじゆかんのんとて、手が千御入おはいそうらはば、弓を取る手に心が止まらば、九百九十九の手は皆用に立ち申す間敷まじき一所ひとところに心を止めぬにより、手が皆用に立つなり
不動智神妙録ふどうちしんみようろく

 千手観音、ご存知の手が千本ある観音様、あのほとけ様でさえも、弓を持っている千本の手の中の一本の手にのみ心がとらわれてしまうと、九百九十九本の手はまったく用をなさない。せっかくの千本の手が無駄になってしまう。心をどこにも止めず、絶えず四方八方に気を配ることで、持っている才能を存分に発揮することができる、という意味です。

 ちなみに沢庵和尚たくあんおしようは、

 #一本の木に何心もなく打ち向ひ候へば、数多あまたの葉残らず目に見え候

 と説いています。「一枚の葉だけに目を凝らすのではなく、木に向かいなされば、数多の葉は残らず目に見えるでしょう、葉ひとつに心をとらわれると、残りの葉は見えません」という意味です。
 要するに、ひとつのことにがーっと前のめりにならずに、幅広く眺めて(勉強ならかじって)おくことで、ご自身の総合的なパフォーマンスを高めることができる、というわけです。まあ、いかにも仏教っぽい格言ですね。
 確かに、世界史の知識がなければSEKAI NO OWARIの「Dragon Night」のコンセプトが実話に着想を得ているとは思わないでしょうし、英語をまじめに学ばなかった人はONE OK ROCKの「さんさんだま」はえらく難しいことを歌ってんなと首をかしげるかもしれません。現代文をきちんと読んでこなければUNISON SQUARE GARDENの「シュガーソングとビターステップ」の歌詞に隠された強烈に深いメッセージも理解できないでしょう。ましてや受け手側でなく、曲を作って人に聴かせる側に立とうとしているなら、なおのこと幅広く各分野の勉強を(浅くでもいいので)しておくにこしたことはない、それが「葉を見ずに木を見ること」であると、私は考えます。

 学歴社会は昔の話

 次に、「いい大学→いい会社→いい人生」理論について。
 確かに、私立医大の入試において浪人や女性が不平等な扱いを受ける、さまざまな企業の会社説明会のWebエントリーが入力する大学名によって「満席」になったり「空席あり」になったりする、といった「受験や就活における理不尽な扱い」は現在でも一部に存在しています。前者は「調整」という言葉に名を借りた不正行為であり論外ですが、後者に関しては企業の採用担当者の手抜きで、「似たような思考回路の学生が入社してくることの弊害へいがい」に気づいていない、悪しき習慣だと考えます。
 今時、いい大学(=偏差値の高い大学のことと仮置きしましょう)に行ったからいい会社(=世間の評価が高い会社、あるいは待遇の良い会社と仮置きしましょう)に行ける、なんて、嘘ですよ。学校名「だけで」採用するようなおめでたい企業など、私の知っている限りではありません。仮にあったとしても、そんな会社の業績が伸び続けるわけはありませんから安心してください。
 むしろ、有名私大の付属高校から系列の大学に推薦で入った「内部進学組」は大学受験の洗礼を受けていないためリテラシー(読み書き能力)がイマイチな人間が多く、人事部の採用担当者からの評価が高くない、という話も聞きます。今日、時代の寵児ちようじとしてメディアでもてはやされるIT企業等の経営者は、「いい大学」の出身であることもありますが、それを売りにしたり鼻にかけたりは皆、していません。東大卒があがめられるのは「東大王」と「ネプリーグ」と「Qさま」の現場くらいなものでしょう。
 
「では余計にコタンジェントをおぼえる必要ないじゃないか」
 いや、そうじゃないです。
「いい大学に行くために積極的に覚える」
 のではなく、
「今の学校を卒業するために仕方なく覚える」
 のですよ。ただ、ここに選択肢があります。

 1)「学校を中退しても社会で生きていけるスキルと能力と自信がある」なら、コタンジェントやウェストファリア条約を覚える必要はありません。さっさと中退して、自分の信じる道を進んでください。もちろん、親に頼らなくて済む資金を確保するか、確保する気概を持ったうえで
 2)「学校を中退しても社会で生きていけるスキルと能力と自信がない」なら、今は学校を卒業するため、単位を取るために目をつぶって、「あー、だりい」とか言いながら丸呑みして覚える

 個人的には、高校、できれば大学まで出ておくことは、読み書きのスキル、人脈の形成、対人コミュニケーション能力の醸成、などの意味で、それなりに大事なのではと思ってます。 
 何より、どんな職業を選ぼうと、現代社会で生きていくうえで損をしないためには、面白くもない文章や数式を読んでそこそこ理解できるスキルが必要なのです。
 税金とか年金とか、世の中トラップだらけです。知らなくても死にはしないのでなかなか気づかないのですが、知っていると間違いなく得をする、つまりこの社会は、知らない人が損をするしくみになっているのです。そのトラップにはまらないためにも、ある程度の勉強はしておくべきだと思います。それが結論です。

 *アイラブユーアイウォンチューで一曲だサンキュグッバイでもう一曲だ

 では今回はこのへんで。また15日後にお会いしましょう。
(第9回へつづく)

バックナンバー

高橋 泰源Taigen Takahashi

密教系寺院の住職、1級ファイナンシャル・プランニング技能士、CFP ®認定者。大学在学中に僧侶資格を取得。専門分野は宗教法人の税務・資産運用。宗教法人経営者としては「寺院の真摯な運営」、宗教者としては「人々の心身の安寧」を志向し、埋葬と瞑想と妄想の日々を送っている。

  • 双葉社
  • 小説推理
pagetop