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FP(ファイナンシャル・プランナー)住職の丸もうけ人生相談(高橋 泰源)

第7回

 あけましておめでとうございます。好きな年始の挨拶は「一陽来復」、FP住職の泰源です。
 昨年は本コラムをご覧いただきありがとうございました。今年もまた、ゆるく、されど深く、FP的見地、および仏教的見地から、皆様のお悩みの解決策を考えていきたいと思います。よろしくお願いいたします。
 では、例によって、ご相談をお聞きしましょう。

19.今年で結婚10年。子供が生まれたのを機に、妻とはもう5年もセックスレスです。いまさらどうやって夜の営みに持ち込んでいいのかわからず、悶々としています。姫始めってなんでしょう? ボクはもう、妻とは一生できないのでしょうか?(30代・男性)

 新年一発目のご相談が「セックスレス」ですか。困りま、いや、はい、趣旨はわかりました。考えてみましょう。「どうやって奥様との性交渉を取り戻すか」ですね。

 このご相談はまず仏教モードで考えますね。
 仏教において性行為はいかにとらえられているか。あまり知られていませんし、あまり知られたくもないのですが、ある経典には性行為の尊さ、崇高すうこうさがこんこんと説かれております。

妙適清浄句是菩薩位びょうてきせいせいくしほさい
 男女の性という生命を生みはぐくむ交わりは、清らかなものであり、菩薩ぼさつの心のような神聖なものである。

 実はこのお経、この後も延々と「性のよろこび」について説かれるのですが、省略します。で、要するに、性行為自体、仏教的にはアンタッチャブルでもなんでもない。

そもそも守っている戒律が違う

「あれ、昔の坊さんって一生女性と交わらないんじゃなかったっけか」と思われた人もいると思います。ちょっと長くなりますが解説します。
 仏教の修行は、もともと、煩悩ぼんのうや執着を断つためのものでした。お釈迦しやかさま(ブッダ)も出家前は妻子持ちだったのですが、「自らの何不自由ない生活」と「民の苦しい暮らし」を見て人生に疑問を感じ、妻子を捨て出家しました。
 お釈迦さまはその後苦行くぎようを経て悟りを開いたため、僧侶の修行の妨げとなる異性という存在は不浄であるとされ、ゆえに交わってはならないと考える解釈も広く行われていました。このため、現代においても、タイやミャンマーの僧侶(いわゆる上座部じようざぶ仏教のお坊さん)が守っている戒律(「具足戒ぐそくかい」)においては、僧侶に対して異性との接触や性的関係を持つことを禁じています。
 一方、日本においては大乗仏教の戒律である「大乗菩薩戒」といういましめの中の「不邪淫ふじやいん(よこしまな性的関係を持つべからず)」のように多少ゆるい決まりを守るのが僧侶のデフォルトとなり、一休さんや親鸞しんらんさんのように同棲や結婚をする高僧も現れました。
 ばばっと端折はしよりますが、その後明治維新を経て、寺院の運営を行う上でも必要であるとして、僧侶の妻帯が認められることとなりました。

 ということで、戻ります。僧侶でも宗教者でもない、男の子を一人育てた一人のおっさんとしてのコメントです。奥様は今、子育てに夢中で、もしくは疲れ果てて、ご主人のことをケアするゆとりがないんでしょうかね。これは、半分は仕方ないことではありますが、残りの半分は、ご主人(相談者さん)の工夫、心がけ、気づかい次第で改善される部分もあるのではと思います。
 平日はお仕事で帰りが遅くても、せめて土日のどちらかくらいは家で休めますよね。そんな時に、奥様とお子さんと三人でお出かけへ、ではなく、奥様を解放してあげて、お子さんと二人で公園へ行ってみては。奥様もまだまだ老け込む年齢でもないでしょうし、買い物やら美容院やらエステやら、どんどん行かせてあげてください。
 ちなみに私は息子の乳幼児期、毎週土曜日の午前中に家内をフリーにして、単独で子を連れ公園に行っていたのですが、当時「連続幼女誘拐殺人事件」が世間を騒がせていたため、不審者扱いされたことがあります。もともと人相が悪く表情もまったく変えないタイプのため、そのような仕打ちを受けたと思われますので相談者さん、お出かけになる時はぜひ満面の笑みで、口が裂けているピエロみたいにならない程度に口角あげて、公園へ。

出会った頃のように

 で、どちらかのジジババに頼めるようなら一晩、もしくは一日子守をお願いして、フレンチかイタリアンでも振る舞い、日ごろの労をねぎらって。プレゼントも忘れずに。そう、恋人時代を思い出して、新たに口説くような気持ちで。ムード盛り上げて。月刊誌「東京カレンダー」をパラパラとめくればそれっぽい店がいくらでも載ってます。

 それでも効かないようなら、「二人目欲しいね作戦」ですかね。案外こっちのほうが実用的かもですね。二人、三人のお子さんを育てている同僚や先輩の家に押しかける。で、兄弟で楽しく遊んでいるところを奥さんに見せる。これが一番ですね、たぶん。
(しかしながらFPとして言わせてもらうならば、二人目、三人目が生まれたら、あなたの世帯の教育費も基本的に2倍、3倍近くになることは覚悟しておいてください。それと、子供一人育てて大学まで出すのに約2000万円かかると言われていることも)

 あと、相談者さん自身も男性としての魅力を失わないように。腹囲が前年比10センチ増とか、鼻毛ノーチェックとか、帰宅したら洋服脱ぎっぱなしとか、口を開けば職場や上司の悪口ばかりとか、キャバクラ通いが止まらないとか、パジャマのズボンの中にすそを入れちゃうとか、その手のふるまいは、この機会に控えましょう。

 最後に、誰にでもできる布施(ほどこし)として、無財の七施の中から、特に配偶者さんに向けての言葉を三語ほど。

和顔悦色施わがんえっしきせ  いつも笑顔で接する
身施しんせ    自分の身体を使い奉仕する
心施しんせ    思いやりの心を持ち、相手の立場になってみる


 家内の足音が聞こえてきましたので、このへんで。相談者さんの性交を、いや成功を祈念いたします。

*「ご無沙汰ぶさたです」「毎日会社で会ってるだろう突然どうした」「いや妻とです」


20.よいお坊さんの見つけ方は前回聞きましたが、お墓はどうやって選べばいいでしょうか。霊園とか寺墓地とかあると思うのですが、どう違って、どちらがいいのでしょうか。(50代・男性)

 ごもっともですね。大事なことです。いいところに気が付かれました。さっそく片付けましょう。と、その前に、永代供養墓と一般のお墓の違いは以前にご説明しましたので、記憶があやふやな方はまず、そちらをご覧になってから戻ってきてください。

 で、今回は、運営主体の異なる他の墓所と比べた場合の、寺墓地のメリットとデメリットを考えていきます。

一長一短

 そもそも墓地には、寺墓地のほかに「民営墓地」「公営墓地」などがあります。民営墓地は民間の業者、公営墓地は市町村などの自治体が運営主体となっています。
 民営墓地は「メモリアルパーク〇〇」とかの名前がついている比較的大規模な霊園が多く、価格も安価、石材店も複数の業者から選べるところもあります。新聞の折り込みチラシを目にしたことがある方も多いかと思いますが、首都圏など都市部であればそれなりの数が存在しており、車でのアクセスがよく、駐車場を完備しています。
 要するに結構自由度が高いのですが、反面、事業主体が一般の会社ですので、その会社が今後数十年存続し、墓地経営をきちんとやっていくか、という事業の永続性には疑問がなくもありません(結構控えめに言っています)。

 一方公営墓地は、なにしろ自治体が運営していますので、永続性はある程度担保されており、平米当たりの墓地単価は確かに安いです。しかしながら、一区画あたりの面積が比較的大きいので、結局、購入時にはそれなりの金額が必要になります。また、申し込みの時点でほとけ様がいないと(ご遺骨がないと)受け付けてもらえないことが多く、都市部では競争率もそれなりに高いのが難点です。ある公営の霊園では、何度も応募を繰り返し、やっと当たったと思ったら、その後の書類手続きの最中に亡くなられて、当選が無効扱いにされた、という、なんともやるせない話も報じられています。
 また公営・民営墓地に共通のメリットとしては、「特定の寺院・僧侶に縛られない」という点があります。葬儀の時に来てもらった僧侶の態度がよろしくなかったり、読経や法話がやさしすぎたり難しすぎたり、声が小さくて何を言っているのかわからなかったり、で、心に響かなかったのであれば、四十九日以降の法要に際し、違う僧侶にお願いすることは問題ありません。これ、結構なメリットだと思います。かく言う私も一度呼ばれたきり、という経験は何度もしています。

 こういった他の墓地の特徴を裏返すと、寺墓地のメリット、デメリットが浮かび上がります。つまり、墓地の価格としては安くないのですが、その分永続性の面では一定の安心感がある。よほどでない限り、現住職の息子や娘婿が次期住職となるためです。そこそこの大きさの宗派であれば、跡取りがいなくてもどこからか後継住職がやってきます。反面、寺墓地にお墓を取って檀家となると、自動的にその寺院の住職に法事を依頼する以外の方法はなくなってしまいます。年会法要のたびに顔を合わせ、お布施ふせを包むことになりますので、人相の、もとい相性の悪い坊さんとの付き合いは、それこそ苦行です。一応留意しておきましょう。

 あと、アクセス面からは、以下の点にもご留意を。

・自家用車でしか行けない場所は避ける(運転をしなくなる年齢は必ずやってきます)
・入り口から5分以上歩く場所や、階段墓地の上段は避ける(歩けなくなったり階段を上れなくなったりする年齢は必ずやってきます)

 いずれにせよ、墓じまい・改葬という手段はあるにせよ、基本的にはとてつもなく長い付き合いになるお墓ですので、慎重なうえにも慎重に検討することをお勧めします。

*霊園の管理者はずっと霊園の管理者でいる保証はないです


21.流行に乗り遅れるまいと、ビットコインとかの仮想通貨を手に入れようと思っているのですが、あれって現金よりも当てになるものなんですか?(30代・女性)

「当てになるのか」という疑問が斬新ですね。普通そこは「もうかるのか」ですからね。投機色の薄い疑問になっている分、もしかしたら相談者さんは意外にわかっている人かもしれません。

 では「ビットコインとかの仮想通貨」とはなにか、を簡単におさらいします。仮想通貨は言うなれば「インターネット上で発行、取引される通貨」です。日本では2016年に資金決済法という法律が改正され、仮想通貨が「貨幣の機能」を持つと認められ、オンライン決済などにも利用可能な公的な決済手段として位置づけられました。代表的なものが皆様ご存知のビットコインです。なにしろ通貨ですから、

・売買する(その結果もうけを得る、もしくは損をする)
・購買代金を支払うのに使う
・ネット上で送金するのに使う

 といったところが主な役割になります。

 この仮想通貨がなぜ有名になったかといったら、2017年の価格の乱高下ですね。関西のお笑い芸人さんたちがこぞって投資し、もうかった人も損した人もそれなりにメディアに露出していました。芸人さんですから、どっちみち美味しかったのかもしれません。ちなみに国税庁の発表によれば2017年に仮想通貨取引を含めた収入が1億円以上あったと申告した人は331人だったそうです。

 2017年におけるビットコインの価格は年初の1ビットコイン=約10万円から12月には同210万円を超え、最大瞬間風速で20倍にもなりました。で、その後も乱高下を繰り返し、現在はいくらかというと、約75万円です。つまり、2017年初からは7倍以上になっているが、最高値からは1/3程度に下落しているわけです

 冒頭の相談者さんの質問に戻りますが、この方のすごいところは他通貨や株式と比べずに、現金(たぶん円ですよね)と仮想通貨を比べて「当てになるか」と悩んでいるところです。「当てになるか」は、普通に解釈すれば、「通貨として一定の価値を持ちうるか」、具体的には「決済や送金の手段として今後普及していくか」くらいの疑問でないかと思います。これが「トルコリラよりもうかるか」とか「メルカリの株より上がるか」とか聞かれたらぞっとしたところですが。とはいえ、読者さんは少なからずそっちの情報を欲しておられる気もしますので、あとでちょこっとだけ考えます。

そもそも使えるのか

 ということで、前置きが長くなりすぎましたが、決済・送金手段としての仮想通貨の将来について考えます。プラス材料として、クレジットカードや銀行送金等に比べ、

・手数料が安価である(ブロックチェーンという新しい技術が用いられていることにより中央系の大型システムが不要になるためです。詳しく知りたい方はご自身でいろいろ調べてみてください。なにしろ旬のテクノロジーなので情報は氾濫しています)
・瞬時に相手のもとに届く

 というメリットがあります。特に海外の家族や友人に送金する場合など、現状は安くない手数料に頭を悩ませている方もおられると思いますが、仮想通貨の送金はそれに比べればきわめて簡単かつ安価で行えます。
 ちなみにある銀行で50万円をドルに換え米国に送金すると、送金手数料・為替スプレッド(銀行が外貨を買う時のレートと売る時のレートの差)・受取手数料で15,000円ほどのコストが発生します。これに対し、代表的な仮想通貨、ビットコインの海外送金手数料は数百円。比較になりません。

 ただし、上で述べた通り、現時点では仮想通貨の値動きが激しすぎて投資目的の参入者が増え、決済手段としての役割がさしおかれ、誰が見てもいびつな状態になっているように思います。現状、仮想通貨の保有者のなんと9割が投資目的(値上がりを期待しての保有)であるという統計もあり、資産の一定割合を仮想通貨で持っておこうと思っても、その資産価値がジェットコースターみたいに上がったり下がったりしては夜もおちおち寝ていられません。2018年も結局大きく相場は下げ、通貨としての信頼性、安定性には疑問符がついたままです。

 もうひとつ、「流出」という問題があることも皆様ご存知と思います。仮想通貨取引所のシステムへの不正アクセス、あるいは仮想通貨を保有している個人のPCへの不正アクセス、という行為に伴い仮想通貨が盗まれる(流出する)事件が発生しています。後者はID、パスワードの使いまわしを避けるなど個人レベルでの防御策が求められるのですが、問題は前者で、数十億円規模の被害が何度も報告されており、これが今後も続くと仮想通貨全体の信頼が根本から揺らぐことにもなりかねません。仮想通貨取引所の運営主体は新興企業が多く、監督官庁である金融庁も管理・指導に頭を悩ませており、信頼できる取引所、取引システムの構築には時間がかかりそうです。

 まだあります。仮想通貨を持って人が亡くなった場合、相続税算定のベースとなる個人の遺産総額にどのように計上するのか。あるいは取引の匿名性が高い仮想通貨の送金・財産の移転が贈与税・相続税などの脱税の温床になる可能性はないのか。要するに、普及のスピードに法・税制がついていけていない、それが現状です。
 逆に言うと、これらの課題が解決されることにより通貨としての信頼性も高まれば普及に弾みがつくかもしれません。

 さて、問題の話、これから仮想通貨の価格はどうなるか。今買っておいてもうかるのか。
 その前に仏典から。

一切皆苦いっさいかいく

 この場合の「苦」は、「思い通りにならないこと」。一切の存在は自分の思いの影響を受けない。つまり、

世の中のすべてのことは望んだ通りには動かない

 という意味です。あらゆるもの、ことへの執着から自らを解き放つための戒めの言葉です。

 はい、これを踏まえて、仮想通貨の値動きについて。

 一応基礎の基礎。ドルやユーロなどの海外通貨と同様、仮想通貨も「円高の時に仕込んでおけ」という鉄則が、当たり前ですがあります。1ビットコイン=70万円の時と、1ビットコイン=90万円の時。今あなたが円を持っていて、ビットコインを欲しいなあ、と思っているなら、当然前者。「70万円あれば1ビットコインを手に入れられる時」に購入すべきです。

 逆に、今1ビットコインを持っているなら、70万円もらえる時期より90万円もらえる時期を選んで円に換えますよね。

 で、問題はそのタイミングがいつか、という話なのですが、通貨の価格、つまり二つの通貨(円とドルとか、円とビットコインとか)の間の交換レートは,需給、つまり「市場で求められる量と市場に供給される量のバランス」によって決まります。求められる量が多い通貨は高くなり、供給される量が多ければ安くなります。この需給が動く要因ですが、リアルな通貨であれば、発行国の、

・政治要因(政情が安定しているか不安定か、近くで政情が不安定な国があるか、貿易政策で他国と摩擦を起こしていないか、等)
・経済要因(金融政策、経済成長率の伸び、消費動向、雇用の伸び、物価等)

 などが主な要因となります(これらばかりではないですが)。

 さて、そもそも発行国が存在しない仮想通貨の価格は、どのようにして決まるのか。
 ひたすら需給。市場参加者が、価格が上がると思うか下がると思うか、それにより、欲しい人と手放したい人の比率がどうなるか。それのみです。
 で、市場参加者は何をもとに上がるとか下がるとか考えるのか。主な要因は以下の通りです。

・市場参加者の増減
・取引所・通貨関連のニュース
・関係者の発言

 ですから、予言者でもない限り、この先に起こりうるこれらの情報を予測することはできないのです。せいぜい、いち早く情報をキャッチして人に先んじる。このくらいでしょうかね。私個人も一応仮想通貨の口座は開設したのですが、実際の取引はまだしておりません。仮想通貨ファンがチェックしているサイトやブログ、有料メルマガもあるとは思うのですが、私は正直、存じません。すみません。興味のある方はご自分で調べてみてください。
 個人的には何度考えても、リスクを取ってハイリターンを狙うなら、東証マザーズやジャスダック、いわゆる新興市場の株を買うほうが効率的だとしか思えないのです。いや、もちろん一切皆苦。一切皆苦ですよ。
 
#好事不如無(碧巌録)

好事こうずも無きにはしかず。人はよいことが起きるとそのことにこだわり、またさらによりよいことを求めてしまう。それこそが執着です。仮想通貨には限りませんが、自分の努力によってもたらされたものではない、予期しないいい結果が生まれた場合、もっとその先を求めてしまう。
 ギャンブルでも投資でも、ビギナーズラックはつきものです。そこで味をしめて興味を持つこと自体は悪くはないのですが、仕事や健康に差し支えるほどのめりこんで、生活のバランスを崩しては本末転倒。そんな事象を招く「よいこと」なら、むしろ無いに越したことはない、そんな意味の禅語です。

*ビットコインが上がって売ったらなお上がり呆然とした初夢を見た

 では今回はこのへんで。また15日後にお会いしましょう。
(第8回へつづく)

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高橋 泰源Taigen Takahashi

密教系寺院の住職、1級ファイナンシャル・プランニング技能士、CFP ®認定者。大学在学中に僧侶資格を取得。専門分野は宗教法人の税務・資産運用。宗教法人経営者としては「寺院の真摯な運営」、宗教者としては「人々の心身の安寧」を志向し、埋葬と瞑想と妄想の日々を送っている。

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