双葉社web文芸マガジン[カラフル]

FP(ファイナンシャル・プランナー)住職の丸もうけ人生相談(高橋 泰源)

第5回

 こんにちは。好きな人生応援歌は吉田拓郎の「人生を語らず」、FP住職の泰源と申します。

 ではさっそく、今回も衆生の皆さまからいただいたご相談にお答えしていきます。

12.1年前に結婚相談所に登録しましたが、紹介される人がことごとくイメージと違い、ビビビどころかピクリともびくともしません。どうすればまともな結婚ができるでしょうか。(30代・女性)

 うーん。どうしても結婚なさりたいわけですね。そうですか。そこを掘っていては回答にたどりつけませんので、とりあえず否定せずにはじめましょう。
 私の友人(30代半ばの超絶歌ウマ女子)は見た目も性格も仕事ぶりも、まったくもって非の打ち所がない素晴らしい女性なのですが、まさに相談者さんのような状態です。彼女いわく、「紹介される相手はみなそこそこいい人なのですが、どの人も同じに見える。言うことも同じ。趣味は国内旅行で、休みの日にはジムに通っているそうです。そう言えって指示されてるんですかね」と。
 AIスピーカーじゃあるまいし、そう言えとプログラミングされているわけではないと思いますが。「趣味はアイドルの追っかけです」とか、「推しがSKEとSTUにばらけてるのでAKBグループの全国握手会のほうが好きです」とか、「来月の生誕祭に入れるよう今月は公演に投げる(申し込む)のを控えてるんです」とか、「総選挙の時期はお金がなくなるので一日二食なんです」とか、「推しメンへのプレゼントは一回1万円以内と定められているのでその中でいかに喜ばれるものを贈るかが腕の見せ所です」とか、その手のことは言わないほうがいいですよ、くらいのことは相談員からアドバイスされているかもですね。そりゃそうだ。

 話がそれましたが、戻しましょう。

#諸縁を放捨し、万事を休息す(普勧坐禅儀ふかんざぜんぎ

 曹洞宗の開祖、道元禅師が著した書物「普勧坐禅儀」の一節です。曹洞宗は禅宗ですから、坐禅に臨むうえでの心構えを説いた言葉ですが、意味はだいたい、分かりますよね。「あらゆることを捨てて、いったん休んでみる」。
 ちょっと鏡、見てみてください。目が血走っていませんか? アイラインきつめに引いてませんか? チークや口紅、濃くないですか? もしかしたら、今のあなたは結果を求めるあまり、「異性から見て魅力的であろう」としすぎていませんか?

 いったん立ち止まってみましょうか。結婚しなければ逮捕されるわけでもあるまいし、結婚せずとも生き生きと人生を過ごされている方も大勢います。立ち止まることによって見えてくるものもあるでしょうし、結婚相談所以外の場所で出会う人のほうが意外と空気感がフィットするかもしれません。

 特定の異性とひとつ屋根の下に暮らすことは想像以上に心に負荷がかかります。いつでもその荷物を下ろせる同棲と異なり、苗字もそろえ、互いの親や親戚に挨拶をし、冠婚葬祭の参加や盆暮れの儀礼も欠かさず、一大事とあれば貴重な休みを犠牲にしてかけつける。もちろん、誰も介入させないふたりだけの甘い生活や育児・子育てなど、負荷を上回るだけの幸せがあるから、プラス「世間へのエクスキューズ」みたいなものがあるから結婚する人のほうが(今のところは)多いのでしょうね。ちなみに我が国の離婚率はおよそ2%。これを高いとみるか低いとみるかは主観の問題ですが、まあ、ほとんどの夫婦は満足しているか、妥協しているか、あきらめているか、別れる気力がないか、遺産を狙っているか、相手から言い出すのを待っているか、いずれかの理由により婚姻を継続していると考えてよさそうです。

 ~人間は判断力の欠如によって結婚し、忍耐力の欠如によって離婚し、記憶力の欠如によって再婚する。(フランスの劇作家 アルマン・サラクルー)~

タイブレーク導入!

 さて、お約束通り結婚への夢をぶち壊したところで、相談者さんのお悩みへのソリューションとしては、

 1)条件面を見直す(ハードルを下げる)
 2)(相談所に限らず)会う異性の人数を増やす

 のどちらか、できれば合わせ技だと思います。あまり前のめりにならずに、員数合わせで呼ばれていた若い日の合コンのごとくに、お気楽な気持ちで。ホラー映画とかBL系アニメとか、ガンプラとか、ゲーム実況とか、DDTプロレスとか、30代女子にしては多少珍しい趣味をお持ちの方はSNSでそっち系のオフ会へ顔を出してみてください。平素、周囲からまともに相手にされない話題で盛り上がれるオフ会ほど楽しいものはないですよね。

 で、ある程度候補が出てきたら、次に感覚で選ぶか、採点方式で客観的に選ぶか。
 個人的には一時の感情に流されて悪手を打つことのないよう、自分の定めた配点と採点基準、合格ライン(ビジュアル20点とか、学歴10点とか、将来性20点とか)に従って客観的な視点、俯瞰的ふかんてきな視野で結婚対象かどうかを決めていくほうがいいかなと思いますが、まあそこはご自身の判断で。ちなみに私が独身時代に唯一決めていた、ここだけは譲れないという相手の条件は「巨人ファンでないこと」だったのですが、配偶者はガチガチの巨人ファンです。現在、婚姻継続27年目です。そんなもんです。

 さて、私が女性からこの手の相談を受けたときに「まずこれを読め」と言って紹介するのが、コラムニストのジェーン・スー氏(40代女性・未婚・日本人)による『私たちがプロポーズされないのには、101の理由があってだな』というエッセイ本です。以前にもご紹介しましたが、社会現象や現代人のパーソナルな問題を咀嚼そしやくし、分析し、傾向と原因と対策を言語化する能力に長けた彼女のコラムやラジオでの語りは、特に30~40代の女性から圧倒的な支持を集めています。

・将来に一抹いちまつの不安も抱かせない完璧な男と結婚しようと思っている
(→完璧な男がなんで不完全な女の人生を背負わなくてはいけないのか?)
・ちょっといい感じになった人とご飯に行ってご馳走されるとキョドる
(→過剰に控えめな女はコミュニケーション下手)
・家事全般が苦手なことをまったく悪いと思っていない
(→そうであれば、男に対しても固定観念を押し付けてはならない)

 など、「プロポーズされない理由」というラベルの貼られた「現代独身女子あるある」が101個。読んでいて楽しいのですが、楽しかったで終わらせずに、自らの行状ぎようじようと照らし合わせてみてください。

 前回も申し上げましたが、結婚は互いへの執着を断ち切る儀式だと、私は思っています。互いに「互いの望む異性の理想像」に近づこうなどと、あるいは相手を近づけようと無理をすることなく、ありのままの自分をさらけ出して折り合いをつけ、その日その日の中で幸せを見つけて笑い合う。そんなお相手が生まれることを祈るものです。

 なんちゃって。

*一生を決める返事を一秒でそれは冥土の旅への号砲


13.祖父母の墓が故郷にあり、遠方なので墓参もままならず、荒れ放題です。親は自分の家の近くに呼び寄せており、高齢です。今後のために先祖の墓ごと引っ越してもいいものでしょうか。(50代・男性)

 頻繁にご相談いただく案件ですね。
 まず墓地管理者でもある当該寺院の住職として申し上げるならば、「できれば残っていただきたい」というのが正直なところです。寺院の運営管理という点からは「一軒でも多くの檀信徒さんにいていただき、ご縁を結び続けていただくことにより、経済的にも気持ち的にも前向きな寺院経営が行える」のが疑いようもない事実です。加えて、菩提寺と檀信徒さんの間には数世代にわたるつながりがあり、家族ぐるみでのお付き合いいただいている方も多数おられ、自分の代でそのご縁が切れてしまうのは実に寂しくつらい気持ちがします。
 また現代においては永代供養墓や海洋散骨など埋葬方式の多様化により、旧来型の個人墓を選ぶ方の比率は相対的に低下してきており、「一度空いた個人墓はなかなか埋まらない」のが実態です。
 特に地方寺院においては「檀信徒の減少傾向」に歯止めがかからず、ある住職は法事の際に最寄り駅と寺との往復をマイクロバスで送迎するサービスを導入しているとか(これがほんとの大乗仏教)。このような社会情勢もあり、今の寺にとどまっていただければと思わずにはいられません。

人生ははかない。

 しかし、ひとりの宗教者として答えるなら「どちらでもいいですよ」となります。
 閉眼へいげん魂抜たまぬき)や開眼かいげん(魂入れ)の儀式を正しく行うのであれば、お墓は引っ越したり、立て替えたりしてかまいません。新しいお墓をご先祖様の眠る場所としてとらえ、お子さんお孫さんにもきちんと説明をして、ご先祖供養の大切さを伝承していってください。

 続きまして、FPとしてなら答えは「Yes(引っ越しOK)」です。
 遠方にお墓があると里帰りのときくらいしかお墓参りはできませんが、家族そろっての帰省は結構な費用がかかりますし、遠方であればなおさらです(あくまでFPとしての見解です。帰省や墓参には、費用対効果では計測できない精神安定効果もあることは存じ上げております)。
 ですから、一時金がリーズナブルであれば、今後数十年にわたる墓参やご法事にかかるコストを考え、お墓を近場に持ってくることは賢明な選択といえましょう。
 で、今回のご相談のポイントですが、おそらく相談者さんが気にされているのはその一時金、つまり「今のお墓を片付けるにあたってどの程度のお金が必要になるのか」だと思います。気にしていなくても、気にしたほうがいいです。

「今のお墓を片付けること」を通常「墓じまい」といいます。言葉のイメージから「お骨も処分して、以降どこにも墓を持たないようにする所作」という意味に取られがちですが、そうではないです。墓じまいしたうえで、別のお墓を購入してそこに改めてお骨を収める(改葬)ということもありです。

 さて、墓じまいの際の費用ですが、魂抜きをしたあと、ご遺骨を取り出し、墓石を処分する作業を石材店にやってもらう「作業料」と、寺や霊園など墓地の管理者に支払う「離檀料(手切れ金のようなもの)」に大別されます。
 まず前者。墓石は新しい墓所に持っていくことも可能ですが、新しい墓所の利用条件による制約もありますので、基本的には処分することが多いです。この代金は石材店マターですのでなんとも申し上げられないのですが、うちの寺の場合は30~40万円程度です。カロート(遺骨を収納する地下のスペース)や外柵部分は通常撤去せず、クリーニングして再利用します。
 ちなみに「うちは佐藤なので、佐藤さんという方に後に入ってもらえるなら『佐藤家之墓』という墓石はそのままでいいですよね(文中仮名)」と言ってきた方がおられましたが、ダメです。墓石には家紋も彫られていますし、側面もしくは裏には建てた方の名前が入っていますから。

私のお墓のことで泣かないでください

 問題は後者です。これが今、世の中をざわつかせ、「坊主丸儲け批判」にもつながりつつある「法外な離檀料」の話になるのですが、まず現状をお話しします。
 墓地の利用にあたっては、墓地管理者と使用者の間で「墓地管理規約」を締結します。この規約の中で、離檀料について明確な規定が定められていれば原則それに従うことになりますが、そのような墓地管理規約を私は見たことがありません。
 私の寺の墓地管理規約には、「3年間管理料未納であれば墓地の使用許諾を取り消す」という主旨の記載はありますが、その場合の、および檀家さん都合による離檀の場合の金額に関する記載はありません。このような場合、管理者は離檀料の金額を明示して請求してくることは通常ないと思います。「お気持ち程度で」とかは言うかもしれません。

 では「お気持ち」はいくらで、「法外な金額」とはいくらなのでしょうか。

「お気持ちとは○○円です」と私がここで言っては、それこそ「お気持ち」になりませんね。
 では異なる角度から考えます。離檀料ですが、一般的には10万円から30万円程度が相場でしょうか。法外はそうですねえ、100万円オーバー、あたりでしょうか。現在、一部の住職が数百万円もの高額な離檀料を要求しているとメディアで伝えられ、社会問題化しつつあります。しかし、問題視されているのはほんの一部の住職の行状であることをご認識ください。
 とにかく、まずは離檀したい旨を率直に、今の墓地の管理者(寺であれば住職)に話してみてください。そして離檀に際して発生する費用を尋ねてみてください。先方も人間ですので、威丈高いたけだかに聞かれるよりは申し訳なさそうに言われたほうが心証もよくなると思いますので、内心はともかく、表面上は低姿勢でお尋ねください。

 さて、繰り返しますが、「お気持ちの金額」も「法外な金額」も、檀家さんと墓地管理者の平素からの親密度、寺墓地であれば寺への貢献度等によってなんとなく形成されるものと思います。例えば菩提寺の住職に特段お世話になった、何かの便宜を図ってもらった、離檀は心苦しいながらも苦渋の選択であり申し訳ない、とかの感情をお持ちであれば多めに包んでいただきたいと思います。逆に、どうにも情が通わず、過去にも理不尽に思える寄付を要求された、あるいは明示された金額が「法外な金額」であると感じたなら、まずは管理者、つまり寺であれば住職に率直にかけあってください。それでも埒があかないようなら消費者センターなり国民生活センターなりに相談してみてください。

別れても好きな寺

 さて、では新しいお墓選びです。お墓を移すにも選択肢があります。

・現在の墓所と同じ敷地内にある永代供養墓に移す
・自宅近くの寺・霊園の一般墓に移す
・自宅近くの寺・霊園の永代供養墓に移す
・海洋散骨などで撒いてしまい(一部は手元供養が望ましい)、一切お墓を持たないようにする


「永代供養墓」ですが、以前の相談にもお答えした通り、「(盆、彼岸、年会法要など)定期的・継続的に供養を行う義務が施主に発生しない集合型の墓地」を指します。要するに「納骨の際に一時金を支払っていただけば、あとはお墓参りに来なくても墓地の管理者がご供養しますよ」というタイプの寺です。注意点、選択のポイント等詳しくは当連載3回目をご参照ください。

 永代供養墓でない「一般のお墓」を選ぶときに大事なこと、それは先にも申し上げた通り、頻繁に通え、せめて月一回くらいはお線香やお花を供えられる場所であることです。次に、寺墓地の場合は管理者である住職の人柄が信頼できるかどうか、も大きなポイントです。これに関してはまた次回以降、別のご相談にお答えするかたちで詳しくご説明します。

 長くなりましたが、要するに「お墓の引っ越しはOK」。ただ「墓じまい」にあたっての離檀料については墓地管理者への事前確認をお忘れなく。また、墓じまいを終えてから次のお墓を探すまでの期間、寺院にある「納骨堂」と呼ばれる一時預かりの場所にご遺骨を預けておくことも可能です。覚えておいて損はありません。

*先立った者の家ごとお引越し先立つものは先に確認


14.夫が子供をお金で釣るのが気になります。「テストで100点取ったら100円あげる」などなど。私は教育上よくないと思うのですが。(30代・女性)

 おう。自分の子供が中学受験していたときのことをいろいろ思い出しました。
 まず、FPとして、行動経済学的に「100点取ったら100円あげる」というニンジン作戦が効果を持っているかどうかを考えます。米国の経済学者がこんな実験をしたそうです。

・学力診断テストが始まる直前、あるグループの生徒たちに、前回よりも成績が上がっていたら、テストの後20ドルの報酬がご褒美として与えられることを発表しました
・別のグループには、テストの点数が前回より上がっていたら10ドルのご褒美が与えられることが、さらに別のグループには、前回よりテストの点数が上がっていたらトロフィーが与えられることが、いずれもテストの直前に発表されました
・実験の結果、20ドルの報酬とトロフィーは、テストの点数を上げるのに効果的だったものの、10ドルの報酬はあまり効果がないことが分かりました。そして、高校生では20ドルの報酬がより効果的で、小学生にはトロフィーのほうが効果的であることが分かりました。お金を使うことに慣れている高校生には現金のインセンティブが大きいが、まだお金を使うことに慣れていない小学生はトロフィーをもらう栄誉のほうが、ありがたみがあったようです

 さらに、
・女子生徒は男子に比べご褒美にあまり反応しない
・先に褒美を与えておいて、「成績が下がったら没収」とやったほうがより効果的

 との実験結果も出ています。
 ということで、「人は(特に男の子は)褒美をぶら下げられると(もしくは与えられると)結構頑張る」傾向があるらしいです。
 もちろん個人差はあるでしょうが、行動経済学的にはご褒美は一応「あり」です(諸説あります)。

人参にんじんより精進しょうじん

 次に、仏教ではどう考えるか。
 実は、というか、何度も申し上げている通り、仏教は「頑張ること」や「こだわること」を、基本的に否定している色彩の強い宗教です。したがって、褒美がどうこう以前に、「お子さんの成績に執着している相談者さん」が「ブブーッ」なのですよね。

 しかしながら、六波羅蜜ろくはらみつ(この世に生かされたまま、仏様の境涯に到るための六つの修行)の中に

#精進

 という言葉があります。これは不断の努力のことをいい、現代における「精進する」という意味と近いものがあります。
 スリランカ上座じようざ仏教長老のアルボムッレ・スマナサーラ師は、精進する、つまり勉強に打ち込むことを否定してはいませんが、勉強が「成績を上げるための勉強」であったり、「試験に合格するための勉強」であったりするから、それは身につかないし、役に立たないのだと指摘しています。してみると、今回の相談者さん、いや相談者さんのご主人は、思いっきり「勉強はいい成績を取るためにするものだ」という固定観念に凝り固まってしまっていますね。確かに、今の相談者さんのお子さんは、長い目で見たらいいかたちのモチベーションで勉強しているとはいいがたいですね。

 と言いつつも、受験や学校に関連する情報がこれだけ氾濫はんらんしている昨今ですから、勉強してテストでいい点を取らないと社会から落ちこぼれるんじゃないかという懸念が生じて、追い立てられてしまう気になるのは、ある程度やむを得ないところではあります。予備校なんてそもそも受験テクニックしか教えませんしね。私も遠い昔の大学受験生時代は夏期、冬期に代々木地区の予備校の「早慶上智文系」なんていう、そのものずばりのネーミングのクラスに通っておりました。まさに「勉強は行きたい大学に受かるためにするものだ」という固定観念のお化けみたいなものに乗っかられていたわけです。
 ちなみに、結果的に通うことになった大学の名前が、その後の30年を超える私の人生において何か良いほうとか悪いほうとかに作用したかというと、まったくどちらにも作用しておりません。Facebook上の知り合いに先輩や後輩を見つけて「へえ」とつぶやく程度です。

 なので、前段の行動経済学の話もからめて、落としどころとして、せめて「現金」という「執着の最終形」みたいな露骨なご褒美はやめておいて、「カープの試合見に行こう」とか「A3ランクの肉を食わせてやる」とか、もうちょっとだけギラギラ感の薄い褒美を提示してみる、とかでいかがでしょうかね。そのうちお子さんは、「勉強することのモチベーション」を自分なりに見つける(勉強できたほうがモテるとか、芸能人になったときにクイズ番組でつぶしがきくとか)でしょう。あるいはスポーツとか音楽とか絵とか動画配信とかプログラミングとか、自分が光ることができる鉱脈を探し当てると思います。そうしたらあとは放っておいて、必要な資金援助をして、きついなあと思ったら相続税が発生しそうなジジババにヘルプをお願いして、結果はどうあれ、悔いのない青春を送れるようにしてあげてください。
 
*「SKEの公演行こう」の褒美にも坂に転がった息子は起きず

 では今回はこのへんで。また15日後にお会いしましょう。
(第6回へつづく)

バックナンバー

高橋 泰源Taigen Takahashi

密教系寺院の住職、1級ファイナンシャル・プランニング技能士、CFP ®認定者。大学在学中に僧侶資格を取得。専門分野は宗教法人の税務・資産運用。宗教法人経営者としては「寺院の真摯な運営」、宗教者としては「人々の心身の安寧」を志向し、埋葬と瞑想と妄想の日々を送っている。

  • 双葉社
  • 小説推理
pagetop