双葉社web文芸マガジン[カラフル]

FP(ファイナンシャル・プランナー)住職の丸もうけ人生相談(高橋 泰源)

第22回

 こんにちは。好きなヴォーカルユニットはフィロソフィーのダンス、FP住職の泰源です。
 では、例によって、ご相談をお聞きしましょう。っとその前に、宣伝。

『早死にしても、長生きしても後悔しない必勝!! 終活塾』

 という書籍が双葉社さんから好評発売中です。
「早死にしても」などと、いささか物騒な書名ではありますが、内容は至って真面目に、すまい、お墓、葬儀、相続などさまざまな角度から終活を見つめ、Q&A形式でご相談にお答えしています。この連載でお答えした終活関連のご相談も、大幅に加筆して載せました。お買い求めいただけますとありがたいです。

 では、ご相談。

66.そもそも信心とか宗教とかって、生きていくために必要なのでしょうか? 法事やお墓参りを欠かさなくても事故や天災に遭うことはありますし、いっそ何にも信じないほうがよっぽど楽に生きられるんじゃないでしょうか?(30代・女性)

 私の寺の檀家さんでも、「ご先祖供養を欠かさない方が、お子さんを立て続けにうしなった」という事例があり、まさに実感を持ってご指摘を受け止めています。

 ただ、屁理屈へりくつのようになってしまいますが、仏教は基本的に、即物的な現世利益げんぜりやく(合格する、だとか、病気が治る、とかの直接的な結果が出ること)を約束している性質の宗教ではありません。
 加えて、この土地に住んでいる以上、天災などの自然現象を制御できない、それらにはあらがえない部分もあり、そこはある程度の折り合いをつけていかざるを得ない、という面もご理解いただきたいです。

 そして、宗教の有用性(役立つか役立たないか)を判断するのは、個人個人の心です。
 こんな例があります。
 東日本大震災で被災した高齢の女性で、「亡くなったお父さん(ご主人)が、いつまでも天井から自分を見つめていて眠れない」という悩みを持っていた方がおられました。僧侶が話を聴いて「それは、お母さんのことを心配しているお父さんが、見守っていてくれてるんですよ」と説明したところ、その女性は納得されて、心の安寧を取り戻した、というのです。

「そんな非科学的な話はナンセンスだ」とお思いになってもかまいませんが、我々日本人は代々、お墓参りや法事などの非科学的、非合理的ともとれる行為により、ご先祖やご家族の供養を行ってきて、その結果、多くの人々の心をいやしてきた、という側面を忘れてはなりません。
 仏教学者の釈徹宗しやくてつしゆう氏は「不合理なものに堪えられないのは、現代人のさかしらではないのか。数値化できないものは要らないとするのは、現代人の傲慢ごうまんとは言えないでしょうか」と語っています。

#諸法無我しよほうむが

 上座部じようざぶ仏教(南伝なんでん仏教)の基本的な理念を示す言葉のひとつです。
 すべてのもの、ことは、互いに影響し合い、何ひとつとして単体で存在するものはない。
 この世の形あるもの、つまり「諸法」はこの世に単独で存在する「我」ではなく、あらゆる「因縁いんねん」によって生まれている、ということを示しています。

 人や動物には、その存在を世に送り出し、時間をかけて育てた父親と母親がいます。植物が育つには、種、そして水や養分が必要だったわけです。
 仕事で何かをなしとげた時には、側面や背面からサポートするメンバーがいたはずですし、入試や資格試験に合格するには、ご家族や学校・塾の先生の指導、頼りになる参考書の存在などが不可欠なはずです。

 言い換えると、あらゆる事象は「何かのおかげ」でそこに存在しているのですから、それらに思いをはせる行為はむしろ自然なこと、と言えないでしょうか。

 もちろん、相談者さんが一般的な「宗教」なるものについて否定的な感情を持たれるのは自由です。ただ、一僧侶としては、相談者さんの人格を形成してきたあらゆる人、もの、ことに感謝する、という気持ちを持って生活をされることを、多少なりとも意識していただければ幸いです。

*「俺なんて自力でここまで来たんだぜ」なんてつぶやいて「いいね!」を待ってる


67.このところ3年から5年くらいで仕事を辞めて、転職を繰り返しています。自分に向いている仕事なんて、この世にない気がしてきました。今の仕事も面白くないので辞めたいのですが、生活のためには続けるしかないとも思っています。毎日が退屈です。どうすればいいのでしょうか?(40代・男性)

 なるほど。
 自分に向いている仕事なんて、この世にない気がする。
 はい、そうかもしれません。なんて答えだと、元も子もないのですが、正直私も、60年近く生きてきて、40年近く働いてきて、いまだに「自分に向いている仕事」が何なのか、そもそもあるのか、わかっておりません。
 私は寺の住職の長男として生まれ育ちましたが、寺の規模がきわめて小さいため、「寺の住職と兼業で何がしかの職業に就くのだろうな」と小学生のころから思っておりました。
 そして仏教系でない一般の大学に入り、在学中に夏休みや冬休みを使って僧侶になる勉強や修行をし、卒業後は一般企業(株式・金融関係の情報提供サービス業です)に入り、一度の転職もせず、昨年までずっとそこで働いておりました。といっても、なにしろ36年くらい在籍しておりましたので、社内でさまざまな職種を経験しました。結果、「これは自分に向いてるかもな」と思う仕事に巡り合ったのは、50歳を超えてからのことでした。

 そこまで何度か、「会社勤め、やめよっかなあ」と思ったことはありました。私は人が作ったデータをチェックして誤りを指摘することは大好きですし得意なのですが、自分でデータを作ることは決して得意ではありませんでした。それゆえ、入社して早々、「この仕事は自分がやるより他の人がやるほうが会社のため、ひいては社会のためになるのではないか」と思い始めました。
 そのころ、学生時代の友人と飲んでいて「会社は面白いが仕事はつまらない」と愚痴ぐちを言ったら、「お前は『勉強はつまらないが、学校は面白い』とか言ってるヤンキーの高校生みたいだな」と笑われました。

 その後も何度も転職を考えましたが、その都度、以下のチェックを脳内で行ってきました。

・今の仕事は面白いか
・今の仕事は自分の適性に合っているか
・もらっている給料は満足できる水準か
・職場や社内の人間関係は、よいか
・休みは取りやすいか

 このチェックリストで3項目以上に「NO」がついたら辞めようと、真剣に思っていたのですが、結局一度もそうなることはありませんでした。「仕事は面白くなく、自分には向いていないが、そのほかには不満はない」という「NNYYY」という状況が続いていた感じです。「仕事は向いていなくても丁寧にやればいい」と思い、そこそこにやっつけて、観劇だったり、ライブだったり、子が生まれてからは育児であったり、といったところで人生を楽しんでおりました。
 そのうちに、ファイナンシャル・プランナー(FP)の資格を持っているほうが便利な業務の担当になったため、なんとなく試験を受けて資格を取り、さらにそれから20年ほど経って、「FPの資格を持つ僧侶」というなんとも奇妙な立ち位置が、次第に一部メディアや金融機関の皆様から評価され、話したり書いたりする仕事もいただくようになって現在に至っています。

 自分語りが長くなってしまいすみません。要するに、こういうことです。
「そもそも自分に向いている仕事と、すぐに巡り合えるほうが不思議。向いていないと思う仕事でも、職場の居心地いごこちがよければ、いればいい。そのうち追い風が吹いてくる(こともある)」

 何か月先か、何年先かわかりませんが、向いている仕事に出会ったり、能力が開眼したりするかもしれません。そこまで待っていられないというなら、自分のキャリアや資格を棚卸たなおろしして転職アドバイザーのコンサルティングを受けるなど、積極的に動いてみてください。

#阿留辺畿夜宇和~あるべきようは

 明恵みようえという僧侶の残した言葉です。
 僧侶は僧侶のあるべきよう、俗人は俗人のあるべきようなり。帝王は帝王の、臣下は臣下のあるべきようなり。
 それぞれの役割に求められている理想の姿を目指しなさい、というほどの意味です。つまり、人が求める理想の姿は、その人に与えられている役割によって異なるのです。
 向いているか、いないかを自問することも大事ですが、それと同時に、今置かれている立場で、理想の姿に近づく努力をしてみる。「自分を今の仕事に向いているように少しずつ改革してみる」、そんなことも考えてみてください。

*風向きが変わるのを待つより追い風をもらう場所に動いて帆を張れ


68.地方都市に住んでいるのですが、バスに乗っても見渡すかぎりお年寄りばかり。若い人はどんどん東京に出て行き、去年唯一のデパートも潰れました。地震や水害も不安です。心配事だらけのこの国で、生きていく価値はあるのでしょうか?(30代・女性)

 そうですか。はい、確かに、この国の現状や将来について、「お先真っ暗」的な言い回しがそこここで聞かれるようになりましたね。人心じんしんも荒廃しているように見えますね。

 では、まず、経済的に、この国はどうなっていくのだろうか。ふたつの側面から考える必要があります。FPっぽく考えてみます。

・この国で生み出される消費は増える? ものやサービスは今よりもっと売れる?
 これは、どんどん減っていくでしょう。ただでさえ、1円でも安くものを手に入れたい人々にとって利用価値の高い「価格比較サイト」や「ネットオークション」が大流行です。それに加え、生きている人の数が減るのだから、消費される食べ物や衣服、利用される娯楽の絶対量が減っていくのは当然のことです。政府が本格的な移民政策でもとれば話は違ってきますが。

・この国の企業が稼ぐ売り上げや利益は増える?
 こちらに関しては、やり方次第で増えます。日本企業にもまだ勝機はあります。
 ご存じの通り、この国の企業が物を売る相手は、この国に住む人だけではありません。
 現在、日経平均やTOPIX(東証株価指数)などのこの国の株価指数は「円高であると下がり、円安になると上がる」というトレンドを維持しています。
 あれはなぜかと言うと、この国の企業が作る物の売り先が、すでに国内から海外にシフトしており、「海外においては円安であるほど、現地通貨ベースでは高く売れる」、そして業績が上がることへの期待感から、株価も上昇するのです。
 開発途上国がまだまだ世界に存在している以上、海外である程度、物は売れます。輸出型企業は今後もさらに増えていくでしょうから、総合的に見て日本企業の業績見通しがお先真っ暗かと言ったら、決してそんなことはありません。途上国の人にどれだけ物を買ってもらえるかは、これからの工夫次第です。

 インターネットの普及により、奇抜なアイディアや思いつきは評価されればまたたく間に世間に広まり、商品化・サービス化される時代になっています。この国の人や企業が、商品やサービスを通して、どれだけ世界中の人々に「便利さ」や「快適さ」や「楽しさ」を提供できるか、それにかかってきます。

一隅いちぐうを照らす

 天台宗てんだいしゆうの開祖、最澄さいちようさんの言葉です。正しくは「一隅を照らす、これすなわち国宝なり」という文章です。
 社会の片隅をひっそりと、でも明るく照らす人。目立たないけれど、人々が安心して暮らせる、あるいは便利で楽しい暮らしを送れるお手伝いをしている人。そんな人たちこそ国の宝であり、そのような人が集まって、輝かしい国家というものができる。最澄さんはそんなことを訴えたかったのだと思います。

 しかしながら、もはや国とか人種とかにこだわっている時代ではありません。街を歩けば中国語や韓国語が飛び交い、さまざまな肌の色をした人がバスや電車に乗っています。
 つまり、もはや「日本」とか「日本人」とかいう区分は次第に意味を持たなくなっていくだろう、と思うのです。

 この国の行く末が心配なら、どこかの国に渡って、自分の腕一本で勝負できるようなプロフェッショナルを目指してチャレンジしてみるのもいいと思います。

 まとめます。
「日本」という「くくり」は、あまり気にしないほうがよろしいかと思います。もう、いっそのこと「日本人」じゃなくて「地球人」なんだと思いましょう。ひとつ前のご相談とも重複しますが、それなりに大きいこの星で、社会に貢献し、人々の役に立ち、感謝されるために、ご自身に何ができるかを考えていただければと思います。

*この国じゃなくてこの星に生まれて生きて長くて100年で往く

 では今回はこのへんで。また15日後にお会い、あ、もう次回はないんでした。
 11か月間、つたない説法にお付き合いいただき、感謝申し上げます。70件近いご相談にお答えしました。皆様が抱えておられるお悩みの解決に、多少なりとも役立つお話を数件でもできたのであれば、望外の喜びです。連載中は多くの方から感想やご意見をいただきました。感謝しております。

 最後にもう少しだけお付き合いください。

 この連載では、さまざまなご相談に、ゆるくお答えしてきました。単純に時間つぶしにお読みいただいていた方も多かったでしょうが、ご自身の中に何がしかの悩みや迷いを抱え、解決するヒントを求めていた方もおられたと思います。

「なんで俺の周りには、厄介やつかいな問題ばかりもちあがるんだろう?」
「どうして私は、次から次へと変な揉め事に巻き込まれるの?」

 そんな思いを抱えて、毎日ため息をついておられる方もいらっしゃるでしょう。

#煩悩即菩提
 ぼんのう そく ぼだい。大乗仏教の概念のひとつです。
「迷い(煩悩ぼんのう)」と「悟り(菩提ぼだい)」は、ともに人間の根源的な心のありようであり、煩悩がやがてはさとりの縁となる、そんな意味です。

 すべての生きている者は、何かしらの欲求を持って生活する。したがって「煩悩」を完全に滅することは不可能で、また「煩悩」があるからこそ「悟り」を求めようとする心も生まれる。

 おわかりでしょう。
 家族、友人、恋人、職場の同僚、お客さん、ご近所さん等々。
 一般的に悩みは、さまざまな他者と触れ合う中で心の内に生まれ、場合によっては、時を経るにつれて勝手に大きくなっていきます。

 ですが、それを過度に気に病む必要はありません。なにしろ仏教では、
「悩みや迷いがあって当たり前、悩むからこそ悟りに近づけるのだよ」
 と説いているのですから。

「なんだよ、また難題かよ、このステージは無理目のクエストだらけだな、参ったな、ま、どっちに転んだところで死にゃせんからな、適当にいこう」
 くらいに笑い飛ばして、周囲の知恵を借りながら、しなやかに乗り越えていくことを心がけてみてください。むしろ、ふりかかってくる難題が多ければ多いほど、人生のレベルが上がる、くらいに楽天的に考えてもいいかもしれません。
 なにしろ仏教は、
万物ばんぶつくう、すべては心のもちようで決まる」
 とまで言い放っちゃっているのですから。

 私もこの連載を通して、できるだけ真剣に、されど重くならないように、私なりのお答えをしてきたつもりです。

 煩悩上等。

 あ、これは仏教語ではなく、今私が作った言葉です。

 なお、健康問題や税金の問題、違法行為につながる可能性がある問題などは、ただちに信頼できる専門家に相談して、指示を仰いでください。
 特に、この連載での私の回答、また拙著、
『早死にしても、長生きしても後悔しない必勝!! 終活塾』
 の中でも、税制や法律に絡んでいる部分に関しては、前提条件や当局の判断により、異なる解釈がなされることもありますので、ご注意ください。

 ということで、長らくのご愛読、本当にありがとうございました。
 またいつか、どこかでお会いできることを楽しみにしております。  
(了)

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高橋 泰源Taigen Takahashi

密教系寺院の住職、1級ファイナンシャル・プランニング技能士、CFP ®認定者。大学在学中に僧侶資格を取得。専門分野は宗教法人の税務・資産運用。宗教法人経営者としては「寺院の真摯な運営」、宗教者としては「人々の心身の安寧」を志向し、埋葬と瞑想と妄想の日々を送っている。

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