双葉社web文芸マガジン[カラフル]

FP(ファイナンシャル・プランナー)住職の丸もうけ人生相談(高橋 泰源)

第21回

 こんにちは。好きな作詞家は岡本おさみ、FP住職の泰源です。
 では、例によって、ご相談をお聞きしましょう。っとその前に、またも大事なお知らせが。

 さる7月19日、私、このWebマガジン「カラフル」を運営されている双葉社さんから、

『早死にしても、長生きしても後悔しない 必勝!!終活塾』

 という書籍を出版させていただきました。
「早死にしても」などと、少し俗世にすり寄っている感のある書名ではありますが、内容は至ってまじめに、すまい、お墓、葬儀、相続などさまざまな角度から終活を見つめ、Q&A形式でご相談にお答えしています。この連載でお答えした終活関連のご相談も、大幅に加筆して載せました。お買い求めいただけますとありがたいです。

 では、ご相談。

63.夏休みに彼氏と初めて旅行することになりました。海外です。互いの家には何度も行っているのですが旅行は初めてで、いろいろ緊張します。高学歴・高収入でもあり、逃したくない相手なので、なんとかミスなく過ごしたいのですが、何か気をつけることはありますでしょうか。(20代・女性)

 そうですか。なるほど。
 本来ならば楽しみで楽しみでしかたがないはずの彼氏さんとの海外旅行なのに、心配のほうが先に来ている。繊細なお人柄が窺えます。

 今や20代の男女の3割が異性との交際経験がなく、また結婚願望も強くない。
 そんな時代ですから、相談者さんも「相手は結婚までは考えてないんとちゃうか」「粗相そそうして愛想つかされたらどうしよう」「がさつでだらしない部分がばれたらどうしよう」「ドすっぴんを見て引かれたらどうしよう」的な心配をたぶんされているのですよね。わからなくはないです。

 私は50代後半の男性ですが、男女を問わずこの手の「心配性キャラ」の方は昭和のころから一定の割合で存在していました。私もそれに近い、今の自分からは想像もできない「遠慮深い人間」だった時代もありました。

 今回、相談者さんはそのカテゴリーから脱却したい、性格を変えたいなどとはおっしゃってませんので、旅行の前に、いかにすれば少しでも気持ちを切り替えられるか、を考えてみます。

 そもそも、結婚したら、トイレの後始末とか洗濯ものの干し方、たたみ方とか、どのくらいの頻度ひんどで掃除機をかけるのかとか、バスタオルは毎日取り換えるのかとか、あれやこれやとダークな面も含めてすべてをさらけ出すわけです。
 ですから、「さらけ出す」のが結婚前か結婚後か、というだけの違いですよね。
 実際には、結婚・入籍した後に「どうしても耐えられない相手の行状」がわかっても、その時点で別れるのはエネルギーが要るし、半ばあきらめの気持ちで歳を重ねていきます。また、子供ができると、育児や教育を通してさらに互いの新たな面が見つかります。時には見直すこともありますが、たいていは呆れたり、失望したり、挙句の果てに見放したり、という段階を踏んでいくことが多いです。

「今のうちにお互いのことを知っておいたほうが、決定的な考え方、生き方の差異を早めに発見でき、結婚後に悶々もんもんと苦しまないで済む」と思えば、彼氏さんとの旅行も、多少は気が楽になるのではないでしょうか。

 賓主互換ひんじゆごかん 『臨済録りんざいろく

 禅語です。お客さんと主人。もてなされる側と、もてなす側。心の中のこだわりを捨てれば、どちらの立場にも自在に立つことができる。そんな意味です。
 恋人との旅行は、どちらかが1から10までエスコートし、エスコートされるものではありません。また、どちらかが、どちらかを一方的に評価するものでもありません。
「だめだねえ」とか「不器用だねえ」とか「あーあ、今までなにやってきたの」とか、上からしかものを言えないような男だったら、さっさと見切りをつけたほうがよろしいのではないか、と老婆心ながら申し上げます。

 そうです。ヘマをして愛想をつかされることを心配するより、「私にふさわしい男か、判定してやる」くらいの気構えでいていいのではないでしょうか。もちろん、入試や資格試験ではないので、「この人と末永く一緒にいられるだろうか」「しゃべらなくても気まずい空気にならないだろうか」「少々の行き違いがあっても、お互いカリカリせずにやりすごせるだろうか」、といったざっくりした観点から、考えてみましょうか。

 それよりなにより、せっかくの彼氏さんとの旅行です。楽しみましょうよ。今そこにある愛する人とのひとときを、最大限に。イェイイェイイェイ。もちろん、それだけでなく、現地の街並み、人々との交流、自然、空気、レジャー、アクティビティ、その他すべてを。

*AIじゃないから私は感性と感覚と勘で相手を選ぶ


64.妻に先立たれて1年。再来年には80歳の大台に乗ります。足腰も内臓もまったく丈夫で、医師によればまだまだ健康でいられるそうです。しかし、この先5年も10年も生きたとして、何か楽しいことがありそうかと言うと、正直、何も思い浮かばないのです。息子はひとりいますが遠くに住んでいて、孫を連れて遊びに来るのはせいぜい年2回。そこそこの財産もあり、経済的には困っていませんが、ひとりの時間が長すぎてつらいです。私はあと何年生きなくてはならないのでしょうか。(70代・男性)

 相談者さんの余命についてはなんとも申し上げられませんが、まずもって評価したいこと。それは、相談者さんが「生に執着しゆうちやくしない」という、仏教の基本理念のひとつを自然と身につけ、実践されていることです。仏教では「執着の先に苦が生まれる」と説きますので、相談者さんの「そうそう長生きはしたくない」と言わんばかりの姿勢は、実に、すがすがしいほど仏教的なのです。素晴らしい。生きながらにして仏様の境地に達しつつある、と言えます。

 ちなみに、平成29年の簡易生命表によれば、78歳の男性の平均余命は約10.18年。つまり、相談者さんは88歳くらいまで、十分に生きられる。しかもこれはあくまで平均ですから、お体が健康であれば90代、さらには100歳の大台も夢じゃない。

 相談者さんは、おそらく長年奥様と仲良く暮らしてこられたのでしょう。奥様に先立たれたことでお寂しい気持ちは当然あろうかと思います。皆さんそれは同じです。

 加えて、ほとんどの老夫婦は「奥様がご主人の世話を焼く」という昔ながらの形で生活が回ります。
 食事や掃除、洗濯など家事全般も奥様が主にされていたのだとしたら、それらを自分でこなす負担も感じられて、「楽しくもない日々」が来る日も来る日もやってくる、ああ、いつまで続くのか。そんな感情に襲われているのかもしれません。

 #行到水窮処 坐看雲起時
 行きて水のきわまる処に到り 坐して雲の起こる時を
 王維おうい終南別業しゆうなんのべつぎよう


 水の流れの源、つまり山の奥のほうまで行って、そこに座ってのんびりと雲を見る。

 そんな一日の過ごし方はどうでしょうか。
 世の中のしがらみやわずらわしいことを忘れて、水や緑の中に我が身を置いてみる。年齢的な問題もありますのでご無理は禁物ですが、最初は近場の公園、慣れてきたら少し遠出をする。健康、そして時間。何よりも貴重な財産を手にされているわけですから、それを存分に活かして、ただひたすら、自然を楽しむ。写真に撮ってみる。文章にしてみる。短歌や俳句を作ってみる。いえ、何もしなくてもかまいません。

 とかく現役世代は、休みの日であっても、家族で遊びに行っているときでも、なんやかやと仕事の段取りや必要な作業を思い出してしまうものですが、相談者さんは年齢的におそらくお仕事はしておられないと思います。「『しなくてはいけないこと』のない日常」の幸福を、体で感じてください。

 さて、そういった生活をしばらく続けていると、哲学者や宗教者のようになんらかの発想を得たり、啓示を受けたりすることもあります。しかし、それはさすがにレアケースで、たいていの方は、

・一日中、自由であることに飽きる
・誰とも接点を持っていないことが気になる、つらくなる

 という状況に至ると思います。
 このような考え方に落ち着くこと自体、「ただ生きていくだけではあり余る、力が残っている」わけですから、何かしたいという意欲がわいてきたなら、ボランティアなり、老人会の活動なり、人とコミュニケーションを取る場に顔を出してみるのもいいでしょう。

 あるいは、来し方(過去)を振り返り、自叙伝を書いてみるのもいい。疲れたら? 休めばいいんです。時間はあるのですから。少し休んで、また動いてみる。気がついたら大台越え、「元気な100歳」なんて、地元のテレビ局から取材が来るかもしれません。

 さらに考えてみると、奥様がおられるからこそできなかったこと、行けなかった場所、トライできなかった趣味、等々もあったかもしれません。お体が丈夫ということですから、ゴルフやグラウンド・ゴルフなどのスポーツも楽しめるかもしれません。バードウォッチングやハイキングなども、比較的高齢の方でも楽しめるレジャーとして人気です。

 奥様のご供養をこれからもしていただくのはもちろんですが、今後はご自身のためにゆっくり時間とお金をかけて、生活を楽しまれては、と思います。相談者さんが生き生きと日々を過ごされることを、奥様は何よりも望んでおられるのではないでしょうか。「あらあら、元気ねえ。アタシが死んでから、若返ったんじゃないの? ずいぶんお盛んなこと」なんつって。

 お子さんお孫さんに関しては、おそらく大なり小なり物入り、つまり資金需要の旺盛おうせいな時期でしょうから、相談者さんご自身の生活費を確保したうえで経済的なサポートをしてあげる。カネは出すが口は出さない。そうして、つかず離れずの関係を保っておく。ただし健康不安になったときに備えて、加入している生命保険と保有している財産(預貯金、株式、投資信託、不動産、貴金属・骨董品など)の一覧を作り、あわせて通帳、証書、印鑑などの置き場所をきちんと伝えておく。そんなところから始めてみてはいかがでしょうか。


 最後に、まじめにひとこと。現代のように十分に医学が発達し、健康に関する情報が十分すぎるほど行き渡っているこの国においても、事件、事故、天災などにより、志半こころざしなかばでその命が尽き、浄土に旅立ってしまう若い人は大勢います。
 もちろん仏教においては、「死」は「終わり」を意味するわけでは、必ずしもありません。
 しかしながら、あなたが天から与えられた、期間の長い命――それは、そういう方の分まで精一杯生きなさい、というメッセージなのかもしれません。
 生きていればこそできること、生きていないとできないこと。山ほどあります。ご高齢とはいえ、頭も体もまだまだ活発に動かせる相談者さんですから、社会から求められている技術や知識や役割のひとつやふたつ、必ずあると思います。あなたが後世に伝えていけるものは何か、いま一度考えてみてください。

*生きていくということはどこかの誰かから受けた恩を誰かに返すこと


65.高校時代の友人にSNSで名前を見つけられたらしく、先日突然メッセージがきました。久しぶりに会わないか、と。親友とまでは言えないにせよ、運動部でともに汗を流した仲間のひとりなので、会いたくもあるのですが、SNSで彼の友人を見ると自己啓発サークルのメンバーが多く、なにやら開運のつぼやらペンダントやらを販売しているようです。彼に会ってもいいものでしょうか。(30代・男性)

 SNSで久しぶりの再会。ありがちなドラマのオープニングのようですね。それだけなら「一杯やって旧交を温める」という展開で、どうぞお好きに、と言うだけですが、そういうわけにもいかないのが昨今の社会情勢です。

 先々月大阪で、男が警官を刺して拳銃を奪うという事件がありました。
 男は犯行前に高校時代の野球部の同級生に連絡を取り、現住所を把握。その情報を利用して「空き巣に入られた」と交番にニセ電話をかけて複数の警官を現場に呼び出し、交番内の警官をひとりにしたうえで襲いかかったとのことです。

 もちろん、このような不届き者はごく一部でしょうし、学生時代の友人は一生モノともいいますから、基本的には再会を前向きに考えて問題ないとは思います。ただ、「すでにメールアドレスや電話番号を知られている、長らく疎遠だった友人に、それ以上の個人情報を教える」ということについては、残念ながら多少の警戒心を持って判断することが求められる。そんな時代になりました。

 それを踏まえて、今回のご相談者さんの案件ですが、まず、会ったら、たぶん楽しいですよね。青春をともに過ごした友人との、仕事や家庭のしがらみとは関係ない語らいが楽しくないはずはありません、普通は。

 ところが今回は、「壺を売りつけてくるかもしれない」という、なんともまあいやらしい懸念がくっついている。そういえば私も、かつて同じ会社にいた女性が転職後しばらくして、健康食品をしきりにセールスしてきたときは閉口しました。

 しかし、これはもう、「壺が要らなけりゃ、買わなきゃいいじゃん」という話ですよね。よほど昔世話になったとか、ひどい迷惑をかけたとか、向こうが地主でこっちが店子たなこだとか、よんどころない事情がなければ、あるいは家で壺を必要としているのでなければ、「要らない」もしくは「買わない」という返事をすればよろしいかと。

 ですから今回、壺を買うも買わぬも相談者さん次第です。「壺を買わなかったことで何かよからぬことが起きたらどうしよう」などと思いをめぐらす必要はないでしょう。
 意識して精神年齢を10歳くらい下げて、シンプルに「おう、久しぶりだな、会うか。もしかしたら何か買ってくれ、とか、言われるかな。でも、要らないものは買わない。以上!」くらいのスタンスで臨みましょうか。

 もうひとつ、違う話を。

 最近話題になっている「人によって違う色に見える画像」
 https://www.huffingtonpost.jp/2015/02/28/shirokin-aokuro-thats-why_n_6777126.html

「見方によって時計回りにも反時計回りにも見える動画」
 https://www.youtube.com/watch?v=UpWX9g32INg

 メディアで見聞きした方も多いと思うのですが、これ、脳による補正能力の違い、あるいは「シルエット錯視さくし」と呼ばれる目の錯覚によって起こる現象なのだそうです。

 これは実に仏教的な示唆しさに富む現象です。
 仏教では、「万物ばんぶつくうである。すべてのものには実体がない。ここに赤いポストがあったとしても、それはあなたの目に赤く見えているだけである」という考え方をします。私も長いこと「そんなんあるかい!」と思っておりました。ですが今回、これらの動画や画像が「人によって、あるいは意識の仕方によって見え方が異なる」ということが科学的にも説明されたようなので、「すべての物質は、見る人の思い込みからできている」という仏教思想の深さを改めて感じております。

 何が言いたいかと言うと、今回会う相手を「旧交を温めたくて連絡を取ってきた同級生」ととらえるのも、「壺を売りたくて手当たり次第に声をかけている男」ととらえるのも、相談者さんの心持ち次第、ということです。
 繰り返しになりますが、邪念や先入観を持つことなく、フラットな気持ちでシンプルに再会を楽しむ、ということでいかがでしょうか。


 #物一目見て、その心を止めぬを不動と申しそうろう 沢庵たくあん

 自分というものをしっかり持っていれば、周囲からどんな風が吹いてきても動じることなく、惑わされずに行動することができる。

 確固たるポリシーを持って自分の生活、行動を積み重ねていけば、要らぬ誘惑にも打ち勝つメンタルが醸成じようせいできる。さらに進化すれば、最初から、「会話は交わしても、余計なものは買わない人間」だという雰囲気をまとえるはずです。


 *開運の商品を売っている人は大して幸せそうな顔じゃない

 では今回はこのへんで。また15日後にお会いしましょう。突然ですが次号、緊迫の最終回。
(第22回へつづく)

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高橋 泰源Taigen Takahashi

密教系寺院の住職、1級ファイナンシャル・プランニング技能士、CFP ®認定者。大学在学中に僧侶資格を取得。専門分野は宗教法人の税務・資産運用。宗教法人経営者としては「寺院の真摯な運営」、宗教者としては「人々の心身の安寧」を志向し、埋葬と瞑想と妄想の日々を送っている。

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