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FP(ファイナンシャル・プランナー)住職の丸もうけ人生相談(高橋 泰源)

第2回

 またお会いしましたね。こんにちは。好きな仏像は東寺の立体曼荼羅、FP住職の泰源と申します。

 ではさっそく、皆様が経済的にも精神的にも「儲かった、幸せになった」と思っていただけるよう、今回もさまざまなご相談にお答えしていきます。

3.好きになる人は全員既婚者の私。やめたくてもやめられません。マトモな恋愛をしている人に比べて、どれぐらい損しているのか、目をさましたいので具体的にご教示ください。(30代・女性)

 ほー。そのお相手が経済的・精神的にどの程度あなたに尽くしてくれたのか(例:六本木に部屋を借りてくれたとか、NY出張に連れてってくれたとか)わかりませんので損失を算定することはできませんが、既婚者と恋に落ちるのはなぜか、それは本当によろしくないことなのか、について考えてみましょう。

ホテルで会って火照ると別れて

 まず、あなたはなぜ、既婚者に惹かれるのか。勝手に推理します。
 私がその表現能力をリスペクトしてやまないコラムニストのジェーン・スー氏(40代・女性・独身・日本人)の分析によれば、「既婚者の素晴らしい点は、欲の手離れがよいところである」そうです。配偶者や子供とのコミュニケーションの中で、彼らは毎日思い通りにことが進まないことに慣れる訓練を積んでいる、それゆえ突発的な事態に適応する能力が高い、のだとか。これ、個人的にかなり首肯します。気に入らないものを自在に切り離せる独身者は、好きな時間に好きなことをできる自由と引き換えに最終的には孤独を噛み締めることになる。ちょっと話がそれましたが、多くの既婚者が持ち合わせている懐の深さ、危機管理能力、愉快ならざる存在に対する耐性、みたいなものが総合的に「頼もしい人格」を形成しているのだという説はなかなかに説得力を持っていると、私は思います(もちろん、すべての既婚者が頼もしい人格を有しているとは言っておりませんし、思ってもおりません)。

 ですからあなたは「惚れてみたら既婚者だった」という事例を積み重ねて今に至っている、それだけの話でしょう。「既婚者が相手でないと燃えない」とか「実は自分も既婚者である」とか、そういうボケはなしでお願いします。

 では、それはいけないことなのか。前回もご説明しましたが、仏教には、

不邪淫ふじゃいん(よこしまな関係を持ってはならない)

 という戒律があります。ですので仏教を学んだ者としては「ならぬ。おやめなさい」と言って済ませたいところです。ここで、頭に「寂聴」という単語や人物が浮かんだ方が居るかも、ですね。ご存知の通りあの方はきちんと修行を積んでおられる尼僧さんです。にもかかわらず、「不倫ってしようと思ってするものじゃなく、雷のように落ちてくる。だから当たったら仕方ない」という、葛藤や躊躇感ゼロのすさまじいコメントを出しておられます。「僧侶は必ずしも聖人君子にあらず」という言説の動かぬ物証、犯行時間に絶対犯行現場に居たという逆アリバイ、みたいな方ですね。

 相談者さんも、あまりご自身を責めて自暴自棄になったら、「仕方ないよねー、人を好きになるのは理屈やロジックじゃないもんねー、本能だもんねー」と、誰かに頼み込んで慰めてもらうのもいいかもしれません。私は正直、気が進まないですが。

ゆでガエルなりの幸福

 さて、「ふあー、極楽、極楽」とか言いながら、ほどよい熱さの独身温泉につかり、時折湯船から出て体を洗ったりサウナに入ったりして、出ようか、と一瞬思うもののまた思い直して浴槽につかり「ふあー、極楽、極楽」とつぶやく、みたいな生活をしてきた方が、先に湯船を出て全身をちゃちゃっと洗って脱衣所に戻り、さっと着替えて髪を乾かして部屋に戻った方に比べて、どれほど損をしているのか。あるいは得をしているのか。これはもう、ご本人の考え方次第ですね。ひとつ言えることは、「自分をほめたいなら得点を数えろ。反省したかったら失点を数えろ」ですかね。

#色即是空(般若心経はんにゃしんぎょう

 しきそくぜくう。この世の万物は形をもつが、その形は仮のもので、本質はくうである。したがって、すべては受け取り方ひとつ。「コップに水が半分残っている」と考えるか(得点)、「コップに半分しか水が残っていない」(失点)と考えるかっていう、例のあれです。

 例えば、専業主婦、旦那が一流企業に勤めていて4歳と2歳の子供がいる大学時代の友人(35歳)を想像します。完全な妄想でもいいですし、ポジション的にこれに近い友人がいたらその人を仮想敵に見立ててもいいです。その人と対戦したつもりで、あっち側とこっち側から、自分のほうが勝っていると思うポイント(得点)と、負けていると思うポイント(失点)を列挙する脳内プレイをしてみましょう。例えばこんな感じで。

 【得点】
・仕事に穴さえ開けなければ、好きな時に起きて好きな時に寝られる
・好きなものだけ好きな時に好きなだけ食べられる
・休みもカネも全部自分のために使い放題
・趣味を途中で放り出したって誰からも非難されない
・特定の相手に縛られない人生って最高。別れたら次の人
・旦那の実家に帰省とか、義父母との家族づきあいとか、想像しただけで蕁麻疹

 【失点】
・なんだかんだ言って、最愛の相手と同じ姓を名乗っている相手には勝てない
・子供はカワイイ。自分の子供ならなおさらカワイくて仕方ないだろうと思う
・旦那の収入があれば、ワークライフバランスを考えて無理なく仕事ができる
・実家の両親に孫を見せる。何よりの親孝行だと思う
・ゴキブリとか、電球の交換とか、固いジャムのふた開けとか、全部旦那が対応してくれる
・単身赴任大いに結構。亭主元気で留守がいい
・最終的に自分の骨を拾ってくれる人がいる安心感

(改めて申すまでもないですが、上記はあくまでひとつの見解で、それぞれのポジションに所属しておられる万人に共通する特徴ではありません。旦那さんの収入に関係なくガンガン働いておられる方ももちろんいらっしゃいます)

 ということで、やっとまとめです。既婚者が魅力的に見えるのはそれなりに理由があるでしょうし、そちらに惹かれる癖を損ととるか得ととるか、はあなた次第です。自己責任でご自由に。ですが、自分の生き方を肯定している人のほうが、傍からは魅力的に見える、これは間違いないのかな、と思います。

*ナチュラルに家族の話をする彼の隣にわたしがいる理由とは


4.可愛がっていた愛猫のトラが死んでしまいました。悲しくてなにも手につきません。お坊さんにお経をあげてもらって、ご先祖様と同じお墓に入れてあげたいのですが。(30代・女性)

 愛するトラちゃんを亡くされたお気持ち、お悲しみはいかばかりかと拝察いたします。お悔やみ申し上げます。ご一緒に過ごされた日々を思い出し、心ゆくまで涙を流し、遺影に語りかけてあげてください。しっかりと弔うことがなによりのご供養になるかもしれません。

#一切衆生悉有仏性(大般涅槃経だいはつねはんぎょう

 いっさいしゅじょうしつうぶっしょう。大般涅槃経という、お釈迦様の入滅時の様子を叙述したお経に書かれている言葉です。生きとし生けるものは言うに及ばず、この世に存在するものすべてに仏性(修行を積むことによって仏となる可能性)がある。

火葬・納骨は要相談

 気持ちに整理をつけるためには、ご葬儀をしてみてもいいでしょう。私の寺ではまだ動物のご葬儀をしたことはないのですが、多摩地区にある犬猫霊園のように、100年近くの歴史を持ち、ある宗派の法式にのっとって読経をし、引導を渡すところもあります。

 ペットの火葬は一般的に通常の火葬場では受け付けていませんので、「ペット 火葬」でググるなどしてお近くのペット火葬場に問い合わせてください。かつては「ペット火葬場」といえばどう見ても焼却炉にしか見えないものもあり、ご家族の悲しみを助長させたものですが、最近ではファンシーな外観のペット火葬場も増えているようです。

 火葬が終わったら埋葬です。お骨はご自宅の庭に埋めてもいいのですが、お寺や霊園の墓地にきちんと納骨されることを検討されても結構です。ただペットのお墓、これはいろいろ大変です。なにが大変かというと、世の中にはまだまだ、「動物と人が同じ墓に入るなんてもってのほかだ」「うちのご先祖様が眠るお墓と同じ敷地内にペットの遺骨が納められる、なんて冗談じゃない」という意見の方が少なくないのです。

 仏教の世界でも、宗派や宗教者によっては「(確かに仏性はあるけれど)動物のままでは自ら念仏を唱えられないので成仏できない」という見解を出しています。

 その結果、現在はペットの遺骨の受け入れを断っている墓所のほうが多数派です。受け入れている墓所でも、区画を区切って、「ここから奥はペットとの合葬OKの区画です」などとしているところがほとんど。すでにご自身が入るお墓が決まっている方は、墓所の管理者に「ペットのお骨も同じ区画に納骨できますか?」と聞いてみてください。できるようなら問題なし。できないようなら同じお墓に入ることはあきらめて、ペットだけは違う墓所を見つけてあげてください。
 まだお墓が決まってない方は、「ペットとの合葬OKのお墓」を探してください。昨今のペットブームを反映し、徐々にではありますが、そういう墓所も増えてきています。あるいは「ペット 霊園」でググるか。Webサイトの写真を見るとおおよその雰囲気はつかめますが、その場の日照、湿気、管理者の人柄など、行ってみないとわからないことも多いので、自分の墓所を探すのと同じような感覚で、必ず実際に足を運んでください。ちなみに墓所には寺墓地・(自治体が運営する)公営墓地・(霊園業者が運営する)民営墓地がありますが、ペットの合葬OKの公営墓地はまず見当たりません。寺墓地か民営墓地か、の選択になると思います。それぞれに一長一短がありますが、それはまた別の機会にご説明します。

ペットロス

 家族の一員としてペットと生活していた方にしてみれば、ご家族を喪ったのと同じ状況。直ちに立ち直れるわけもありません。何も手につかなくて当然です。家族同然の存在を喪うことの悲嘆は想像するに余りあります。泣いて泣いて泣いて、トラちゃんのご冥福を祈ってください。
 しかしながら、悲しいかな現代社会はあなたの気持ちの回復を待ってはくれません。冷静に考えてみてください。カメやインコなど比較的寿命の長い、あるいはムカシトカゲやムラサキウニなど人間より長生きするペットを飼っている方でなければ、愛するペットの死に直面する可能性はきわめて大です。いや、ほぼ100%です。

#諸行無常(大般涅槃経)

 しょぎょうむじょう。万物は流転します。あなたの周りのすべて、人であれ物であれ、いつかは消えてなくなります。これを「永遠になくならないでほしい」と願うこと、これが執着です。ペットもあなたも、私も、一日一日、変化し、死に向かって歩を進めています。生き物がその命を終えるのも、世の摂理。あなたが社会復帰をせずに、ずっと喪中みたいな顔をしていつまでも泣いていても、ペット君は喜びませんよね(わからんけど)。どこかで悲しみに折り合いをつけて、立ち上がりましょうか。
 ちなみにスリランカ上座仏教長老のアルボムッレ・スマナサーラ師は「これは私の管轄外だ(自分は打つべき対策はすべて打った。生きるものが亡くなるのは自然の道理だ)」と自らに言い聞かせることにより、親しい者の死別による悲しみから脱却することを推奨しています。

医療費をカバーするペット保険。早めに加入を

 最後にFPっぽい話を。悲しみも癒え、新たなペットをお迎えする気になったあなた。大切なペットが動物病院で受ける診療に対して払う治療費は、当然のことながら我々が加入している健康保険の対象外です。ペットのけがや病気によっては数十万円の治療費がかかってしまうことも。その治療費の一定割合をカバーするのがペット保険です。愛するペットが苦しそうにしている時、十分な治療を受けさせてあげられるよう、加入を検討してみては。
 ペット保険の主流はおおむね月額1000~2000円程度の保険料で、ペットのけがや病気の際に治療費の50~90%が保障される、という内容です。1日あたりの支払い限度額や利用できる日数に限度がある商品(日額日数限度制)と1年あたりの支払い限度額だけが設けられている商品(年間限度額制)などがあります。ただしいうまでもなく、これらの保険は基本的に掛け捨て(ペットが医者にかからなくても保険料は戻ってこない)ので、「万一のケースに備える保障」という意味での、まさに「保険」です。
 最近では対象となるペットの種類も増えており、インコ、オウム、九官鳥、ウサギ、ハムスター、フェレット、亀、カメレオン、ヘビ、トカゲなどまでカバーしている保険もあります。
 ちなみに現在のペット保険加入率は5~10%程度です。まあ、それなりのペットを飼っている方はそれなりの生活をしておられる方なので、ペットの治療費がどれだけかかろうとも預貯金から捻出できる、ということなのかもしれません。

 しかし、余計なお世話ながらそんな方には「甘い」とつぶやかずにはいられません。例えば猫の腎不全。腎不全とは、腎臓機能が衰え、血液中の老廃物などをろ過する役割を担っている部位が徐々に破壊されていき、尿のろ過機能が十分に働かずに体内に毒素などが溜まっていってしまう病気で、猫の死因ランキングではがんと首位を争っています。

 もちろん病院によって治療費は異なりますが、完治することはまずない、と言われる病気だけに、トータルで100万円を超えることもあるようです。最近では腎不全の進行そのものを止める薬も開発されたようですが、病気の進行度合い(ステージ)によっては使えないうえ、使えたとしても1日2回の服用で月額1万円ほどかかるなど、飼い主にとっても痛い状況には変わりありません。
 ここまでペット保険の必要性をご説明してきましたが、10歳を超えていたり、治療中の病気があったりすると加入できない場合もあります。一切衆生悉有仏性。猫にも、犬にも、ヘビにも、ヘビ革の財布にも優しい日々を送りたい。そう思うなら、早めに加入しておくにこしたことはないのでは。FPとしても宗教者としても、そのように考えます。

*撤去した墓石の下から見つかった平らなトカゲの冥福祈る

5.40歳を超え、長男がこの春小学校入学。さすがにそろそろ持ち家を購入しないとまずいのでは、と思えてきました。しかし、よく考えると何がまずいのか、よくわかりません。その家や場所に縛られるのも気が進みませんし、世間体のために数千万円も出したくはありません。ひょっとして、一生賃貸暮らしのほうが、実はお得だったりするのではないでしょうか。(40代・男性)

 そうですね、親の家にそのまま住み続ける方などを除き、結婚している・していないにかかわらず、家族が増えたり、子供が学校に行き始めたり、友人の新居に呼ばれたり、いろいろな瞬間に「家、買おっかなあ」って思いが急に浮かんできて、分譲マンションの広告が気になり始める、そんな時期がありますよね。人生で最も高い買い物と言われている「家」ですが、昨今では結婚年齢、就労年齢とも後ろ倒しになる傾向があるのに伴い、住宅購入年齢も緩やかに上がり、結果、退職時点でも住宅ローンが残る、というケースが多くなってきているようです(実際には繰り上げ返済により当初設定より早く完済される方が多いのですが)。

 多くの方にとってはおさらいになるでしょうが、住宅購入のメリット・デメリットを確認します。

 <住宅購入のメリット>
・マイホームという資産を手に入れたという満足感と社会的信用が得られる
・間取りや内装など自分好みにリフォームできる
・大規模修繕を繰り返しながらも孫の代まで住まいを引き継げる
・現金で持っているよりも資産評価額が低くなるので相続税対策になる

 <住宅購入のデメリット>
・多額の住宅購入費用が必要になる
・収入や職種によってはローンを組めない場合もある
・マンションの場合、管理費や修繕積立金など維持費が発生する。管理組合の役員の順番になるといろいろ面倒
・地域の風紀問題、隣人トラブルや家族構成の変化があっても簡単に住み替えできない
・売却時に思っている金額で売れない可能性がある

 これを裏返すと賃貸住宅に住み続けるメリット・デメリットが出来上がります。

 もうひとつ、純粋に経済的価値のみに着目して優劣を考える考察もしばしばなされますが、ローン金利、仲介手数料、管理費、礼金、敷金等あまりに変数が多すぎて、どちらが得かは結論づけられません。言うたら一長一短。そもそも結論が出ていたら皆がそっちに雪崩を打って行っているはずですよね。
 パートナーやご家族とよく相談のうえ、気持ちよい選択をしてください。

さっさと返せばいいというものではない

 ご注意が一点。退職金で住宅ローンの残債を一括返済し、さあ悠々自適、と思ったとたんに事故で亡くなった、という事例があります。その方は団信(団体信用生命保険)に加入されていたので、退職金を使って繰り上げ返済しなくても、死亡保険金でローンの返済はでき、退職金はまるまるご遺族に遺せたわけです。事故は予測できませんので不可抗力ではありますが、こんなお気の毒なケースもある、ということは気に留めておいてください。

 私事で恐縮ですが、私も諸事情により、寺院とは別に、第一子が生まれる直前にマンションを購入しました。今から20年ちょい前のことです。その時の経験から申し上げると、「住みたい街があるならまず賃貸で住んでみて、通勤事情や道路事情、商業施設、教育や医療環境、夜の治安などを確認したうえで、購入を検討する」というアプローチを取ることをお勧めします。20時まで開いている行政機関や公共図書館が、マンションからも徒歩5分の最寄り駅の駅前の一等地にデデンと鎮座している今の環境は、個人としてはこの上なく快適であります。ありがたや。

 さて、これで終わっては巷に溢れるFPコラムと同じですので、仏教的には「住まい」についてどう考えるのか、見てみましょう。

#「雨季にはここに住もう。冬と夏にはここに住もう」と愚者はくよくよと慮って、死が迫って来るのに気がつかない。(法句経ほっくきょう
#ひとり坐し、ひとり臥し、ひとり遊行ゆぎょうしてうむことなし
ひとり自己をととのえ、林間にありて心たのしむ(法句経)


 いずれもお釈迦様の言葉です。これは遠い昔の、修行に励もうとしている弟子たちに向けてのお言葉ですので、まったくもって現代には通用しないよなあ、と正直、思います。
 しかしながら、言わんとすることはわかりますよね。一言で言うなら、

 住まいなんかどうだっていいじゃない。

 ですかね。前項でも申し上げましたが、仏教的には「すべては気の持ちよう次第」。森の中だってOK、修行はできるよねー、という言葉です。とは言いましても、現代において家は休息と家族団らんの場。どうだってよくはないですよね。ご自身とご家族の心の安寧を保つため、極端に賑やかな場所、あるいは人里離れた山中などに住まいを構えることは回避するほうが無難でしょう。

 もうひとつ、今回のご質問からはずれますが、住まいの話をもう少し。
 これは前回ちょこっとお話ししたのですが、老後になったらできるだけシンプルに、(友人や趣味、衣服も含め)持ち物をできるだけ減らしてみよう、というライフスタイルをお勧めします。ご自身でガンガン稼げる現役時代、いわゆる老前ろうぜん(ろうぜん)の間は小さくまとまらず、できるだけ長い期間、大きく腕を振ってよく働きよく遊ぶことがいいですよ、というお話をいたしました。その生活の中で、やっぱり持ち家があったほうがよい、ということでしたら、購入をためらう必要はない、と思うのですが、老後を迎えるステージに入りましたら、ほかの持ち物と同様、住まいもできるだけシンプルに、切り詰められるものなら切り詰め、処分できるものは処分していきましょう。

 仏教由来ではないのがなんとも惜しいのですが、バラモン教の法典においては、生涯のうちに経るべき段階として、以下の4期が設定されています。

・学生期(学ぶ時期)
・家住期(家庭にあって子を持ち、一家の祭式を主宰する時期)
・林住期(森林に隠棲して修行する時期)
・遊行期(一定の住まいを持たず遊行する時期)

 つまり、晩年は遊行しろ、放浪しろと。山頭火や芭蕉、もしくは山下清のような、何かに極端に特化した才能の持ち主は別にして、さすがに現代において「放浪」はカッコよすぎ、もしくは家族に心配かけすぎ。かといってSNSで「松島なう」とか「中尊寺わず」とか発信し続けるならそれはもはや「放浪」じゃねえし、むしろ「行脚」だし、と思います。そうではなく、家族が巣立って部屋が余っていたり、通勤に便利なように都心に近い場所に位置していたり、住まいが老後の生活にジャストフィットしていないように思えたら、売るなり賃貸に出すなりして、ご自身は身の丈にあった場所や住まいへの住み替えをご検討されては、と思います。
 それにより生活がシンプル化され、ご自身を見つめる時間が増え、濃密で実りある老後につながるのではないでしょうか。

*借りてたら壁に画鋲も打てないが買ったら買ったで傷つけられず

 ではまた2週間後にお会いしましょう。  
(第3回へつづく)

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高橋 泰源Taigen Takahashi

密教系寺院の住職、1級ファイナンシャル・プランニング技能士、CFP ®認定者。大学在学中に僧侶資格を取得。専門分野は宗教法人の税務・資産運用。宗教法人経営者としては「寺院の真摯な運営」、宗教者としては「人々の心身の安寧」を志向し、埋葬と瞑想と妄想の日々を送っている。

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