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FP(ファイナンシャル・プランナー)住職の丸もうけ人生相談(高橋 泰源)

第15回

 こんにちは。好きな画家はクリムト、FP住職の泰源です。
 では、例によって、ご相談をお聞きしましょう。

44.どうも最近、離れて暮らす息子と娘が結託して、私を高齢者施設に入れようとしているフシがあります。私はときどき物忘れをしますが、まだまだ元気で頭もしっかりしていて、ひとりで生活できるのに。子供たちはいったい何を考えているのでしょうか。また、私はどのように対処すればよろしいでしょうか。(80代・女性)

 これも最近「あるある」なご相談ですね。まず、「子供さんたちは何を考えているのか」について考えてみます。

「お母さん独り暮らしだし、こっちに呼んで一緒に暮らそうって言っても嫌だって前に言ってたし、何かあったら心配だから施設に入ってもらおう。施設だったら急に倒れても誰かが見つけてくれるし、安心だよ」

 こんなことを考えているのではないでしょうか。知らんけど。
 邪念を捨ててニュートラルな立場で上の3行を読んでいただけば、別に親御さんに対して悪意を持っているわけではないことが想像できると思います。

 では邪念を持って「何を考えているのか」を想像してみましょう。

「いつまでもひとりで暮らしていられて何かあったらあたしたち子供のせいになっちゃうじゃない、冗談じゃないわよ。それに最近だいぶ忘れっぽくなって判断能力も落ちてきてるから変な投資話に騙されて貯金おろされたらたまったもんじゃない。施設に入ってもらえば周りの人が注意してくれるからいいわよね」

 これはなかなかにきついですね。ただ、「ひとりにしておいたら心配だ」というお子さんたちのお気持ちは純粋にお母様を思っての言葉だと思います。

 では、高齢者施設にはどのようなものがあるのか。いろいろあって結構わかりにくいので、この機会に整理しておきます。
 
  1. 1)住宅型有料老人ホーム
    高齢者のための食事つき高級住宅。通常、介護サービスは付帯していないので、介護が必要になったら自分で在宅介護サービスをオーダーすることになります。自立度の高い方が多く入所するので、レクリエーションやイベントが頻繁に実施されます。反面、要介護度が高くなり、外部の介護サービスでは対応しきれない健康状態になると、退所を迫られるケースもあります。
  2. 2)介護付き有料老人ホーム
    介護スタッフが常駐している高齢者向け住宅。一定の条件を満たし、各都道府県から「特定施設入居者生活介護」の指定を受けたところが名乗れることになっています。外部の指定介護サービス事業者と連携してサービスを提供する方法を取る施設もあります。
  3. 3)サービス付き高齢者向け住宅
    高齢者向けの賃貸住宅で、日中、介護福祉士や看護師などの資格を持っている相談員が少なくともひとりは常駐し、「安否確認サービス」と「生活相談サービス(電球の交換とか宅配便の発送とか)」を提供することが義務付けられています。通常、介護サービスが提供されているわけではありません。介護サービスを受けたい場合は、別途サービス事業者と契約する必要があります。
  4. 4)ケアハウス
    60歳以上の高齢者が、食事や洗濯などの介護サービスを受けられる施設で、自治体や国の助成を受けているため、低所得者の費用負担が比較的軽い施設です。自宅での単身生活が不安で、家族の協力が難しい高齢者に利用される傾向があります。ほとんどの場合人気が高く、施設によっては入居待ちの時間が長くなることが多いです。
  5. 5)特別養護老人ホーム
    中・重度の要介護高齢者が身体介護や生活支援を受けて居住する施設で、公的な施設であり、民間の施設に比べると費用は安く設定されています。入居待ちが数か月から数年にわたる場合もあります。介護スタッフは24時間常駐しています。長期入所が前提であり、原則として終身にわたり介護を受けることができます。
  6. 6)介護老人保健施設
    要介護高齢者にリハビリ等を提供し在宅復帰を目指す施設です。在宅復帰を目指すための施設という性格が強く、一定期間で退去することが前提になっています。理学療法士や作業療法士などのリハビリ専門職が常駐し、個別の計画書に基づいた機能訓練が受けられます。公的な施設で、民間施設と比較すると利用料は安くなっています。

 要するにいろいろ選択肢はあって、ある程度「選べる」わけです。要介護度によっても状況は変わりますが、社交性のあるお話し好きの女性であれば、案外馴染んで楽しい生活が待っているかもしれません。もちろん施設によって、ある程度の当たりはずれや相性はありましょうが、私が時折慰問にお邪魔するサービス付き高齢者向け住宅に入所されている皆様は、どなたも明るい表情をされています。新たなロマンスも生まれるかもしれません。
 実は私も長らく親を看ましたので実感と自信を持って申し上げますが、ある程度高齢になった親をひとりで家に置いておくことは本当に心配なのです。リビングで親の定位置となっているソファの正面に小さなカメラを置いてLAN接続し、出先からスマホで時折その様子をチェックすることも試みましたが、この方法には「画面に映っている人が寝ているのか死んでいるのかわからない」という致命的な欠点があることに気付き、それ以来、「夜の予定はちょっとだけ顔出して帰る」という不義理を繰り返しておりました。

 ですから一応性善説に立って、「自宅が一番」などと決めてかからずに、複数の施設を見学するなどして情報収集からはじめてみてはいかがでしょうか。その一方で費用負担とか保証人とかの取り決めはお子さんたちとしっかりやっておいてください。
 その結果、思わしい施設がなかったり、費用負担の面で折り合わなかったりしたら、独り暮らしを続けながら「判断能力に問題が出てきた場合の後見人」を定めて、お金の出し入れや手続き等を委任することを検討してみてください。

 具体的には、任意後見契約(判断能力が不十分になった後に支援を開始させるための、任意後見契約に関する法律に基づく契約)の検討をお勧めします。おおよその流れは以下の通りです。
 
  1. 1)信頼できる人(家族、友人、弁護士、司法書士等の専門家)と任意後見契約を締結
  2. 2)少し認知症の症状が見られるようになったら家庭裁判所に申し立て
  3. 3)家庭裁判所が選任した任意後見監督人が任意後見人の仕事をチェック
  4. 4)任意後見人が任意後見契約で定められた仕事を行う

 そして、その仕事とは、
<財産管理>
・自宅等の不動産の管理
・預貯金、有価証券の管理
・年金の管理
・税金や公共料金の支払い
・本人が行うべき法律行為(遺産分割協議や賃貸借契約など)
<身上監護>
・入院手続き、医療費の支払い
・生活費の送金
・要介護認定の申請などの手続き
・介護サービスの契約手続き
・施設入所手続き、介護費用の支払い

 といったところです。日用品の購入や部屋の掃除、オムツの取り換えなどの介護行為は任意後見人の仕事ではありませんので、必要に応じて別途訪問介護のヘルパーさんなどを利用することも考えてください。

 任意後見人へ支払う月額の報酬は決まっていませんが、ご家族になってもらうようでしたら無償ということもありますし、司法書士などの専門職でしたら月額3万円程度に設定される例が多いようです(制度の利用を促進する観点から、後見人の業務量に比例する報酬体系とする等の見直しが今後進む予定です)。なお、主に独り暮らしのお年寄りに言葉巧みに近づいて法律等の専門家であることをひけらかし、また任意後見制度という公的な仕組みを利用することで安心させて契約を結ばせ、財産をだまし取るようなトラブルも報告されています。心配な方は自治体の福祉局、弁護士会、司法書士会等にご相談ください。

 任意後見人の選び方のポイントは、別のご相談の時に改めてお答えします。

#貧しき者は、財をもて礼とし、老いたる者は、力をもて礼とす。己が分を知りて、及ばざる時はすみやかに止むを、智といふべし。許さざらんは、人の誤りなり。分を知らずして強いて励むは、己が誤りなり。貧しくして分を知らざれば盗み、力おとろへて分を知らざればやまいを受く  (徒然草つれづれぐさ

 徒然草? 仏教関係あるんか? と思われる方もおられましょうが、兼好法師けんこうほうし、れっきとした僧侶です。

 貧しい者は、財力を礼節だと勘違いをし、老いた者は、体力を礼節だと勘違いしやすい。自分の能力を知って、できない時にはすみやかにあきらめるのが知恵である。そういった諦めを許さないのは、人がおちいりやすい誤りである。分をわきまえずに無理やりに頑張るのは、自分の誤りというべきことである。
 貧しくて分を知らなければ盗みを働き、力が衰えているのに分を知らなければ病気になってしまう。

 何でも自分でできるお年寄りは昨今珍しくありませんが、残念ながら、「何でもできる状態」は永続するわけではありません。気力・体力の維持に務めながらも、ご自身の身体能力・認知能力を定期的・客観的にチェックして、大事な財産やご友人・ご家族との関係を損なうことのないよう、ご留意ください。

*おとといのお昼は何を食べたかを思い出せたらまだ大丈夫


45.アパートの同じ階、隣の隣に幼稚園児とその両親らしき3人家族が住んでいるのですが、どうも父親がときどき子供を虐待しているようなのです。悲鳴や泣き声が聞こえることもあります。よその家庭の問題とはいいながらも、このご時世、知らんぷりをしてやり過ごすのもよろしくない気がします。どうしたらよいでしょうか。(20代・女性)

 最も深刻なご相談が来てしまいましたね。昨今、痛ましい事件が数々報道されており、胸が痛みます。ましてやご近所ともなれば、落ち着かない日々をお過ごしかと思います。

 問題が問題なので、最初から連絡先を紹介します。厚生労働省のサイトから貼っておきます。

 虐待かもと思ったら、お住まいの市町村、児童相談所までご相談ください。
 児童相談所全国共通ダイヤル「189(いちはやく)」へかけると、お住まいの地域の児童相談所につながります。
 児童相談所への連絡は、全国共通ダイヤル「189」もしくは下記の一覧の連絡先をご利用下さい。また、相談に関する秘密は守られます。


 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kodomo/kodomo_kosodate/dv/index.html

 同省の調査によれば、平成28年度における児童相談所(児相)の児童虐待相談対応件数は、122,575件で平成11年度に比べて約10.5倍。心理的虐待の割合が最も多く(51.5%)、次いで身体的虐待の割合が多いそうです(26.0%)。相談経路は多いほうから順に、警察等(45%)、近隣知人(14%)、家族(8%)、学校等(7%)となっている、のだそうです。

 一昔前に比べて児相の認知は進んでいますし、「児相の対応件数が増えている=虐待が増えている」というわけではないと思いますが、いずれにせよ、ゆゆしき事態であることには違いありません。
 最悪の事態を招いてから後悔しても遅いのです。空振からぶりでも取り越し苦労でも思い過ごしでもよいので、明らかに様子がおかしいようなら、上記への連絡をお勧めします。

 反対に、「児相に連絡しないほうがいい」もしくは「連絡すべきでない」と考えるとしたら、その論拠はいかなるものでしょうか。
「よその家庭の問題なんだから深入りすべきじゃない」
「子供が危険ないたずらでもして、親が本気で叱っているのかもしれない」
 こういった意見も確かに一定の説得力は持っている気もしますよね。例えば自分が子供を叱っている時にご近所から口を挟まれたらどう思うか、と考えると、遠慮したくなる気持ちもわかります。

 しかしながら、です。 

随所ずいしよしゆとなれば、立つところみなしんなり (臨済録りんざいろく

「どのようなところにあっても主体的に考えることにより、その場その場が真実になる」というほどの意味です。
 いつでも主人公であれ。禅の教えですね。人の目を気にしたり、他人の評価を気にしたり、KY呼ばわりされることを恐れたり、ツイートが炎上することを危惧したりして、自分の意見を公表し、自分の価値基準にしたがって行動することを躊躇ためらってしまう。もちろん「波風立てない人生を目指します」という生き方もそれはそれでありでしょうから何も申しません。
 しかしながら今回の案件は、もしかしたらひとりの子供さんの生命に関わるかもしれない事例なのです。周囲にどう思われるかなど二の次。取り越し苦労だったら笑い話ですみます。深刻な事態だったら笑えるわけありませんよね。あくまで主体的に考え、行動してください。児相が本当に頼りになる存在なのか、役割を果たしているのか、という別の問題もありますが、これはもう、行政に期待するしかないですね。児相の動きが鈍くらちが明かないようなら警察にも連絡するとか、別の方法も考えていただければ。

 ところで、仏教的に、親が子を虐待する心理、これはどのように読み解けばいいのでしょうか。

 お釈迦さまは、親の大恩を十種に分けて教えています。
 
  1. #1)懐胎守護かいたいしゆごの恩(身ごもってから出産まで胎児をまもる)
  2. 2)臨生受苦りんしようじゆくの恩(激しい痛みに耐えて子を産む)
  3. 3)生子忘憂しようしぼうゆうの恩(生まれた子を見て憂いを忘れる)
  4. 4)乳哺養育にゆうほよういくの恩(授乳して子を育てる)
  5. 5)廻乾就湿えかんじゆうしつの恩(乾いた床に子を寝かせ、湿った床に自分が寝る)
  6. 6)洗潅不浄せんかんふじようの恩(汚れた下着をきれいに洗う)
  7. 7)嚥苦吐甘えんくとかんの恩(苦いものは飲み込み甘いものは吐いて子に与える)
  8. 8)為造悪業いぞうあくごうの恩(子のためには悪事を働くことも辞さない)
  9. 9)遠行憶念おんぎようおくねんの恩(遠くの子を心配する)
  10. 10)究竟憐愍くきようれんみんの恩(終生、子を思い続ける)
父母恩重経ぶもおんじゆうきよう

 これらの恩があるからこそ、子は親を敬い、親が老いたら子は親の面倒を看る、というサイクルが確立し、「家族」という概念が長い間壊れずに存在してきたのです。
 しかし、昨今の親は(もちろんごく一部の親ではありましょうが)、このようなふるまいとは程遠い行状ぎようじようを繰り返しています。昔から子供に手を上げる親は珍しくなかったのですが、死に至らしめることはさすがに滅多になかったはずです。そこにはおのずから加減というものが存在し、その根底には親子ならではの信頼関係もあったのでしょう。
「なんでこんな世の中になったのか」を理論で解明することは困難ですが、結局のところ、

人が人を思いやらなくても、なんとか生きていける世の中になっちゃった。

 ことが大きいのではないかと思います。世の中が便利になり、たいていのものやサービスはそれなりの価格で簡単に手に入るようになりました。それ自体はたいへん結構なことではありますが、その代償として我々は「人と向き合って話し、思いを伝え合って、支え合い助け合うことにより周囲とうまくやっていくスキル」みたいなものをどこかに落っことしてしまったのではないかと。そして、それを拾わないまま歳を取り、そのスキルは退化してとうとう欠損してしまった。
 結果、相手が(命まで含め)どうなるかわからないで攻撃を繰り返す人間が増殖した、といったところでしょうか。

 個人的には「対人コミュニケーション」や「他者を思いやる心を育てる教育」などは学校の教室で「さあ今日はこれを学びまーす」などと号令を掛けられて教師から教えられるものではなく、部活、職場、その他のあらゆる人付き合いの現場で自然に身に付けていくものだと思っています。ですから、そのような常識や良識を欠いた人が一定の割合出てくるのはいたしかたないと割り切ることも必要かもしれません。我々宗教者も、「聞く耳を持っている方」に説法をするのは専門ですが、「聞く気のない方」にお話しをするのはかなり苦労します。その意味でも、今回の事例は、ご自身で解決を試みるよりも、「何かあったら、ためらわず児相に連絡しよう」と、アドバイスさせていただきたいと思います。

*逃げないで今その声を聞いたのは世界であなたひとりかもしれない

46.社会人2年目ですが、会社の飲み会がイヤで仕方ありません。職場の人間との付き合いは職場内にとどめるべきで、アフター5まで拘束されるのはおかしいと思います。僕は学生時代からの気の合う仲間と過ごすか、さっさと家に帰ってゲームやDVDで息抜きしたいんです。そういう考えって間違ってますか?(20代・男性)

47.管理職2年目ですが、会社の飲み会が苦手です。趣味も性格も合わず、年齢も異なる連中と飲んでも話が合いません。それでいて、管理職だからというだけで余計に出さなくてはならないなんて……。同じ1万円出すなら、女性のいる店に行って愚痴を聞いてもらうほうがよほどストレス解消になります。仕事の指示は社内ですれば十分ですし、コミュニケーションも取っているつもりです。私の考えはおかしいでしょうか。(40代・男性)

 この二つが、同じ部署の人からのご相談なら結構笑えますね。誰のために飲み会やってるのかと。
 まあそれはそれとして、私も勤め人時代、上司から新人まで参加する部署の宴会が大の苦手でした。私の場合、酒が苦手なことに加えて、どうでもいい,他愛ない話が人とできず(さすがに今ではなんとかできるようになりましたが)、趣味嗜好、具体的には好きな野球チーム(クラウンから南海)、好きなレスラー(ケンドー・カシン)、好きなアーチスト(PANTA&HAL)、好きな映画(『青春の殺人者』)など、ことごとく周囲と相いれないので(そりゃそうですよね)、何を話せばよいのか、毎回気が重かったです。「明菜がマッチにカツ丼投げつけたんだって」というレベルの話にどう反応したらよいのかわからず(今でもわかりませんが)、血液型当てクイズなんかが始まった日には吐き気とめまいが同時に襲ってきました。
 そんな中でパソコン通信のニフティサーブやmixiなどのネット系コミュニティをのぞいてマニアックな嗜好にも同好の士がいることを知り、そちら系のオフ会に傾倒して(中略)約20年、今に至ります。会社で管理職を務めていた時は、何もやらないのもどうかと思い、歓送迎会と忘年会くらいは主催してましたが、1軒目であっさりお開きにしてました。

 ということで、仕事中に十分コミュニケーションが取れていると思うなら、あるいはそう心掛けているなら、無理に主催することも、無理に参加することもなかろうと思います。さすがに新人の立場で歓迎会に参加しないわけにはいかないでしょうから、やむを得ない時は参加して、周囲と話を合わせていればよい。これも仕事のうち、と割り切って。

 とは言いつつも。

#譬えば、高原の陸地には蓮華れんげしようせず、卑湿ひしつ淤泥おでいすなわの華を生ずるがごと
維摩経ゆいまきよう


 はすは、汚い泥の中から茎を伸ばし、大きな花を咲かせます。しかしながら、地下茎を地中にめぐらせなくてはならないために、硬い土壌においては、花を咲かせるどころか、生えることさえもできないのです。
 我々も煩悩ぼんのうの中に生きているからこそ、悟りを開くことができる。現代社会においては天賦てんぷの才を持つよほどの芸術家でもない限り、周囲との調和の中で結果を出すことを求められます。

 そしてその「周囲」は、相談者さんたちが苦手としている「他愛ない話で盛り上がれる人たち」なのです。たぶん。そこを「泥沼」とたとえるなら、その中に積極的に入って、足を取られ、もがく中で、新しいビジネスのヒントが浮かんだり、周りの人の思わぬ長所が見つかったり、今後の働き方、組織の中での身の処し方に関するなにがしかの光明が見えるかもしれません。
 もしかしたらあなた自身が泥沼なことに気付く、かもしれませんが、それもまた長い人生の中では必要な振り返りかもしれません。この機会に、周囲との交流の中で自分を見つめてみるのもよいのではないでしょうか。

*当事者が好きな話題はそのほかの人にはどうでもいい話です

 では今回はこのへんで。また15日後にお会いしましょう。
(第16回へつづく)

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高橋 泰源Taigen Takahashi

密教系寺院の住職、1級ファイナンシャル・プランニング技能士、CFP ®認定者。大学在学中に僧侶資格を取得。専門分野は宗教法人の税務・資産運用。宗教法人経営者としては「寺院の真摯な運営」、宗教者としては「人々の心身の安寧」を志向し、埋葬と瞑想と妄想の日々を送っている。

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