双葉社web文芸マガジン[カラフル]

無心セラピー(辛酸なめ子)

第8回 幼女の無心さを取り戻す 後半

 春の訪れとともに友人から手渡された「入園式のお知らせ」。4歳になる御令息が保育園に入られるそうで、全く親族でもない私を誘ってくれたのです。
「嬉しいけど、行っても大丈夫ですか?」
「大丈夫です。遠いからどうかなと思ったんだけど、私の心の声が誘ったほうがいいって言ってるから……」
 スピリチュアルな友人Yさんの直感ならまちがいなさそうです。その日、電車を乗り継いで一時間半、房総半島の園に向かいました。土地勘がない場所で乗り換えの難易度が高かったのですが、大切なセレモニーに遅れたら大変です。私も直感に従って乗り換えたら、電車の遅延をうまく避けることができて、待ち合わせに間に合いました。
 駅で友人ファミリーの車に乗せてもらい園に到着。ややフォーマルな格好をしたお父さんお母さんと、制服姿のお子さんたちが列を作り、校舎の前で記念撮影しています。
 心優しいYさんに「一緒に写りましょう」と言ってもらいましたがさすがにそれは……。十何年後かに息子さんがアルバムを見て「この人一体誰?」といぶかしがりそうな予感です。ここは私は撮影係に徹しました。
 建物に入ると、たくさんの先生に出迎えていただき「おめでとうございます」と笑顔で声をかけられました。家庭的な幸せとはほぼ無縁で生きてきましたが、この多幸感あふれる空間にいるだけでもポジティブヴァイブスを吸収できそうです。
 それにしても最近の保育園はおしゃれです。庭には南国調の木が植わっていて、壁や柱も黄色やピンクなど明るい色が使われています。クラスの名前もペンギン組、イルカ組、アシカ組とかかわいいです。教室をのぞいたら、ロッカーに算数セットみたいな箱があってテンション上がりました。小学校に入って算数セットをもらった時の喜びがフラッシュバックします。磁石が入った花形のおはじきとか、色とりどりの計算棒とか本当に楽しかったです。あの頃に戻ってやり直したい……。アナログな算数セットが一番情操教育に良かった気がします。それが今やスマホで陰謀やゴシップをあさるように。夢や希望に満ちあふれた園児たちの姿を見ると自責の念がこみ上げます。
 会場の広いホールに入り、後ろの席で入園式を観覧。椅子に書かれた園児の名前を見ると「だいき」「たかや」「りえ」「ふみ」と、一時のキラキラネームの流行は落ち着いているかのようです。先生たちはさすがプロなので、「○○ちゃんのお兄ちゃんも来てるね」と参加者の家族も把握しているようです。たぶん薄々異分子がいることを気付きはじめているような……。気配を消して、無害そうな微笑みを浮かべて座っていました。
 「始めの言葉」に続き、「君が代演奏」で始まった式。「国旗並びに園旗に注目!」全員起立で旗を見上げます。教育現場ってこんな愛国心みなぎるものでしたっけ……。5回くらい予行演習していそうな先生方の統制が取れた動きにも感じ入りました。
 続いて理事長挨拶、そして園長挨拶が。自立の心、たくましい心、優しい心を育てる三つの柱をかかげているそうです。子どもたちは先生の話し中でも自由におしゃべりしたり、母親を呼んだりしています。泣いている子をお母さんがあやそうとして、でも泣き止まないで困っていたら、後ろからお父さんがさっと子どもを受け取って、後方へ。そのさりげないイクメンぶりに、他人事ながら感動しました。
「今までおうちのお父さんお母さんに甘えてなんでもやってもらっていたけど、これからは自分で起きて時間に遅れないようにするんだよ」と、先生。
「はーい!」
 すばらしい返事です。他人事ながら、もし自分に子どもがいたらと想像し、感動しました。ただ、中には鼻をほじって食べてる男児もいましたが……。ちなみに鼻くそを食べる行為で虫歯や呼吸器感染症などの予防になるという学者の説が。子どもは潜在的にそのことを知っているのかもしれません。私が何十年も虫歯に悩んでいたのは、そもそも鼻くそを食べていなかったからかも、と男児の行動に教えられました。
 園児の名前を呼び、ひとりひとり「はい!」と元気に返事。こんな大きな声とても出ませんが、私も幼稚園のときは無邪気に返事をしていたのかもしれません。大人になって世間体や人目を気にするようになってしまいました。
「これからたくさんのお友達を作って一緒に楽しくすごしていきましょうね」
 園長さんの言葉が胸にしみます。幼少時は周りの人をジャッジせず、誰とでも仲良くなれました。今は、この人裏があるんじゃないかとか、ネガティブそうとか、波動低そうとか、人のことを内心決めつけて、心が開けません。
 入園式に参加することで様々な気付きがありました。大人の思い込みとか計算高さ、疑いなどをまとっていたことに……。リセットして、今日は自分のインナーチャイルドも一緒に入園したことにしたいです。とか言って、そのあと近場の木更津のアウトレットモールで大人買いしてしまいました……。
(第9回へつづく)

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辛酸 なめ子Nameko Shinsan

東京都生まれ、埼玉県育ち。漫画家、コラムニスト。芸能界やスピリチュアル、オカルトなど多数のジャンルを独特な目線で描き人気を博す。『辛酸なめ子の現代社会学』『大人のコミュケーション術』『おしゃ修行』『魂活道場』など著書多数。

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