双葉社web文芸マガジン[カラフル]

無心セラピー / 辛酸なめ子・著

第5回 インスタやスマホから距離を置いて
ピースフルに 前半

(このままだと人類はヤバい……)、そう感じたできごとがありました。表参道のカフェで友人と待ち合わせした時のこと。内装がとてもかわいくてインスタ映えするお店だったのですが、行ったら満席でした。2階に行ったら怠惰でまったりとした空気が流れていて、見るとすでにドリンクを飲み終わったお客さんばかりでしたが一向に席を立つ気配がありません。私と友人の後ろにも数人の席待ち人が並んでいるのですが……。そのまま数十分、立って待ち続けていました。そのうち、目の前の席の女子3人が、延々と自撮りを繰り広げていたのです。彼女たちは「あ、並んでる」と待っている人に気付きながらも、20分くらいは自撮りに興じていたでしょうか。ソロショットだったり、ツーショットだったり、3人だったりあらゆる組み合わせで、しかも背景が店内なので、その度に写り込みそうになって顔をそむけたり後ろを向いたりしなければならず大変でした。
 「また撮ってる……」とうんざりした友人と体をよけ続けました。写真を撮影し、何がおかしいのか笑い合い、SNSにアップする、という行為を十何回も繰り返していたのです。はたで見ていると、諸行無常というか、虚無感を覚えました。一見地味な女子たちでしたが、インスタの中ではおしゃれな空間で華やかに盛られて写っているのでしょう。そして即時誰かが「いいね!」を押してくれることで、快感が得られるのです。この行為の先には何があるのでしょう。カフェで自撮りし続けてただ笑っている、インスタベーション(数年前謹製した言葉)の虜になっている女子たちを見て、現代人は退化している、という危機感を覚えました。
 業界人の知人男性に、SNSの危険について話したら、「まだツイッターは書き込む時に熟考するし、炎上で鍛えられる。インスタは気持ち良さだけしかない」と言っていました。有名人になるとコメント欄に批判を書き込まれる人もたまにいますが、普通は他のSNSに比べて炎上しにくいです。炎上が精神の鍛錬になる、というのは個人的には遠慮したいですが、インスタはたしかに生ぬるい心地よさに満ちています。刺激的で、即快感につながる麻薬のよう。表参道のカフェに漂う、甘くて閉塞的なまったりとした空気は、インスタの中の空気を象徴していたのかもしれません。ちょっと阿片窟を連想。
 インスタはキラキラした世界で、ツイッターはたまった思いを吐き出せる場所、と使い分けしている人も多いようです。知人女性は、何かに悩むとツイッターのサブアカウントを作ってそこに書き込むと言っていました。「モテない焦りを書いていました。今はもうパスワードも忘れて、そのまま放置しています」そうやって、打ち捨てられた掃き溜めツイッターのサブアカがネットの海を漂っているのでしょう。
 対照的な存在であるインスタですが、光のあるところには闇が色濃くなり、見る人の心の暗部を刺激してしまう危険性も。
 セレブのインスタを眺めていると、90%は自慢で構成されているように思えます。少しだけ美容や健康に関する役立ち情報がありますが(ステマ絡みもありつつ)、多くは、素敵なカフェでのランチとか、バカンス、同じくらい美人の友だちとのカフェタイム、おしゃれなインテリアの部屋、パーティやプレゼント、美しいネイルや服など人生の最高の瞬間ばかりがフィードを埋め尽くしています。ちょっと前に話題になった、スティーブ・ジョブズの超美人の娘さん、イヴのインスタ。素敵な暮らしぶりで、写真に「この美しい人生に感謝してもしきれない」といった英語のコメントが書き添えられていました。たしかこの写真を見たのが都内が大雪の日、極寒の中やっとたどりついたカレー屋は暖房が効いていなくて、凍えながら、という状況でした。その時に、他人のキラキラしたインスタを見ると、マッチ売りの少女みたいな気分になることに気付きました。人の素晴らしい人生に比べて何も持っていない私……。そして落ち込んでツイッターやまとめサイトなどに逃げ込む場合と、対抗心が刺激されて負けないくらい華やかな写真をアップする、そんなタイプにわかれるように思います。
 とにかく、この自慢と嫉妬と承認欲求のループに囚われていると、来世もまたやり直しというか、心の成長が望めないと思い、しばらく距離を置くことにした次第です。もし、ポジティブで有効な使い方を見いだしたら、また戻ってくるかもしれません……。……。
(第6回へつづく)

辛酸 なめ子Nameko Shinsan

東京都生まれ、埼玉県育ち。漫画家、コラムニスト。芸能界やスピリチュアル、オカルトなど多数のジャンルを独特な目線で描き人気を博す。『辛酸なめ子の現代社会学』『大人のコミュケーション術』『おしゃ修行』『魂活道場』など著書多数。

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