双葉社web文芸マガジン[カラフル]

無心セラピー(辛酸なめ子)

第4回 空海からのインスタ離れ 後半

 空海ファンとして、真言宗の名宝の展示に行っただけでは満足できず「お坊さんカフェ
『阿字観体験』」という関連イベントを知って申し込んでみました。「阿字観」、バンド名っぽいですが、配布された資料によると「阿字観とは真言密教に伝わる瞑想法で、初心者向けでありながら奥義」だそうです。瞑想によってインスタからの解脱が進むかもしれません。
 会場に行くと、ストイックそうな女性参加者たちが十数名、若いお坊さんを囲んで座っていました。まずは姿勢についてご指導いただきました。
 座り方は、背すじはやや伸ばし、脱力する。右足を左ももの上に乗せる 半跏座。少しだけ眼を開け、まばたきをしない半眼で、目線は鼻柱へ。(仏像っぽい表情です) 左の手のひらを仰向け、その上に右手を重ねる。そして細く長く息を吐く。自分に聞こえる程度にかすかに「あー」と言います。
「力まないのが重要。まぶたに力が入らないようにしてください。前頭葉が考え事をしていると前のめりの姿勢になりがちです。終わった時にスッキリしているのが良い瞑想。うまくいってないと、うたたねしそびれた感があります」
などといった具体的な体感を教わりました。
 「あ」という言葉には、無数の意味があるそうです。「すべてのものは実体を持たない」「すべての根源」「すべてのものは生まれるでも滅するでもない」など。宇宙的で幽玄な音です。
 阿字観瞑想入門編として、ヨガマットの上に座って実践する時間がありました。座って、息を整え、深い呼吸を三回。それから、息を吐くとき、かすかな声で「あー」と言います。自分に聞こえる程度の音量で、長く発声。「自分が能動的に声を出している感覚が薄れて、自ずと響いているような阿の音に意識を重ねてゆきます」と資料には高度なことが書かれていました。しばらくして心が静まってきたら、声を出すのをやめて、無音の「阿」を感じる、とのこと。
 照明を落とした部屋で、目を閉じて座っているお坊さんの瞑想姿がかっこよくて痺れました。お坊さんが最もオーラを放つ瞬間かもしれません。つい邪心がよぎって瞑想になかなか入れませんが、呼吸を整えたのち「あ」の音を発してみました。すると、自分の声のキモさに萎えまくりました。「あーー」と長く発声することができず、「ああ……ぁぁぁ…」と低くくぐもった途切れがちの声しか出ません。人のことを内心すぐキモいとかジャッジしていたカルマが返ってきたのでしょうか。誰よりもキモいのは自分だと感じ、解脱を目指すどころかマイナスからのスタートです。初心に戻れた貴重な体験でした。
 そして質疑応答タイムでは、参加者の仏教意識が高い女性たちが次々と難しい質問をお坊さんに投げかけていました。「怨霊というのは、本来仏だったことを思い出せない存在ですか?」という質問には「怨霊が来られたら怨霊でもいいよ、って言ってあげたいです」と、お坊さん。「怨霊は本来救われたいと思っているのでしょうか?」とさらに追求する女性。お坊さんは「すべてはあるべきところにある」とスケールの大きい結論を展開していてさすがでした。「全ては擬人化じゃないですか? 仏の世界もそうですよね」という質問には、お坊さんは言葉を選びながら「仏の教えは遠くになく、心の中にあります」などと答えて、最後は慈悲の心の大切さを説いていました。刺激的なやりとりで、スマホを開くのも忘れた時間でした。空海が導いてくださっているのでしょうか……。
(第5回へつづく)

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辛酸 なめ子Nameko Shinsan

東京都生まれ、埼玉県育ち。漫画家、コラムニスト。芸能界やスピリチュアル、オカルトなど多数のジャンルを独特な目線で描き人気を博す。『辛酸なめ子の現代社会学』『大人のコミュケーション術』『おしゃ修行』『魂活道場』など著書多数。

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