双葉社web文芸マガジン[カラフル]

無心セラピー(辛酸なめ子)

第34回 運動で無心を目指す 後半

 運動が嫌いな私が、はじめてマラソン大会に出場させていただくことになりました。もちろん一番短い5kmコースです。南魚沼グルメマラソンは、自然豊かな田園風景の中で走り、最後に魚沼産コシヒカリ食べ放題という素晴らしい大会。人気のマラソン大会で第10回目になります。基本、走りたくないという思いがありますが、最後コシヒカリが待っていると思えば、モチベーションが少し上がります。
 この大会では、ソウルオリンピックに日本代表で出られた浅井えり子さんがゲストランナーとして走られます。スポーツマンだからかフレンドリーで明るい方でアドバイスしてくださいました。「水はこまめに飲んで常に体を潤しておいた方が良いですよ。カラカラになってからでは吸収しません」など。頻尿を心配する男性参加者には、「5キロでも結構汗をかくからトイレは気にしないでいいですよ」とおっしゃっていました。水を飲みたくなければ、口に含んで潤すだけでも良いそうです。開始時刻に近付くにつれてだんだん晴れて暑くなってきたので水分補給はマストです。
 会場に浅井さんの本が置いてあったので、走る前に拝読。すると目に飛び込んで来たのは「コンディショニングとしてのLSD」「完全休養よりもLSDを」という文字。えっLSD? ドーピングを超えていますが大丈夫でしょうか。ドキドキしなが本を読むと「LSDとは、Long(=長く)Slow(=ゆっくり)Distance(=距離を踏む)の略称で、ゆっくりとしたペースで長い距離を走るトレーニングです」と明記されていました。フォームを修正し、マラソン向きの体を作ることができるトレーニング法だそうです。大変失礼しました。一瞬リゼルグ酸ジエチルアミドの略称かと思ってしまいました。でもこのLSDという表記にハマってしまい「佐々木監督とLSDの出会い」「LSDが身体になじんだころから脂肪が落ち始めてきました」「ひたすらLSDをやっていました」といった文に内心盛り上がりまくり。(元陸上部の人に話したら、不純な思いを叱られました) このLSDの妄想で体力をかなり消費してしまったようです。
 スタートは9時すぎ。日差しが強くなってきて、体力を消耗させます。ランナーの同調圧力に従い、黒い着圧スパッツ(コンプレッションウェア)を身につけていたのですが、素人にはそれが下半身を締め付けて逆に苦しいです。スパッツはタイムが上がる効果があるそうですが、タイムとか全く気にしていないので肉体的な負担を軽くすれば良かったです。
 走り始めて最初から既に疲れていました。スパッツのせいにするのがど素人ですが、脚が上がりにくいです。歩きたい欲求と戦いながらのろのろ走り、もう1キロは行っただろうと思ったら、まだ5.600mでショックでした。人間は本当に走る必要があるのか? と自問自答を繰り広げ、無になるどころではありません。しかもその後、前の人が悲鳴を上げて、何かと思ったら蛇の死体が……。さらに田んぼには謎の白い卵がいくつも落ちていて、もしかしたら蛇の卵かもしれないと思ってゾクゾクしました。その動揺でまた走る速度が落ちてしまいました。
 南魚沼の参加者は優しくて、走り抜きながらも「がんばってください!」とか励ましてくれました。こちらもお返しに「がんばって……くだ…さい……」と言おうとするのですが息も絶え絶えです。2km超えたところに給水所があり、スポーツドリンクを飲めてありがたかったです。というか飲んでいる間はちょっと歩けました。その後二箇所の給水所でもしっかり水分補給し、歩いてまた走り、というのをくり返しました。コースが素晴らしくて最後は風光明媚な庭園の中を気持ちよく走り、ゴールへ。タイムは46分46秒と、かなりビリの方(女子616人の中の564位)でしたが途中で倒れずに完走できて良かったです。そしてこれからしばらくは「マラソン大会に出た」と、会話の中でアピールしそうです。マラソン大会出場という事実は一生使えます。と、最後まで無心とはほど遠くなってしまいました……。
(第35回へつづく)

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辛酸 なめ子Nameko Shinsan

東京都生まれ、埼玉県育ち。漫画家、コラムニスト。芸能界やスピリチュアル、オカルトなど多数のジャンルを独特な目線で描き人気を博す。『辛酸なめ子の現代社会学』『大人のコミュケーション術』『おしゃ修行』『魂活道場』など著書多数。

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