双葉社web文芸マガジン[カラフル]

無心セラピー(辛酸なめ子)

第33回 運動で無心を目指す 前半

 「このままいくと歩けなくなるかもしれない……」と手相占い師さんに宣告されたのが数ヶ月前。足腰が弱くなっているのを実感していましたが、そろそろ何とかしなければという思いから、パーソナルストレッチジムに通いだしました。今までは軽くヨガの太陽礼拝を毎朝2セットするくらいでほとんど運動習慣はなかったです。子どものころから運動が苦手で通知表は1か2。運動ができる子ほど勢力が強い土地柄の小学校ではヒエラルキーが低かったです。生まれながらのインドア派で、スポーツ選手にインタビューした時は「もっと太陽に当たった方が良いですよ」とアドバイスされたこともありました。運動好きな人は、よく運動している間はネガティブな思いは一切浮かばないとかおっしゃいます。たしかにパソコンの前で固まった姿勢で長時間いると、負の電磁波を帯電しそうです。無心になるには適度な運動が必要かもしれません。将来的に腰がやばいと言われたこともあり、また、オリンピックファーストでスポーツが脚光を浴びて文化系は肩身が狭くなりそうな気配を感じていたので、これを機に老体に鞭打って体を動かしてみることにしました。
 ストレッチには月二回くらい通っています。意識高い系のパーソナルストレッチジムなので、「マットに横になってください。体が歪んでますね!」と上から見下ろされていきなり指摘されるという羞恥プレイのようなシーンから始まったり、とにかくこちらは無防備な体勢で、言われるがままに体を動かしてもらいます。固まった関節をほぐしてもらったり、腕を引っ張ってもらったりしたあとは、拷問具のようなマシーンに誘導されます。こちらがストレッチジム各店舗ごとに置いてあるものが違うのですが、ポールをつかむとギリギリのラインまで後ろに引っ張られ、肩甲骨が物理的に開かれるマシーンと、片足を乗せて股関節を開くマシーン、そして私的に一番キツいのは、股を開かせる開脚マシーンです。貞操観念から常にしっかり股を閉じていたせいでしょうか。私の開脚のできなさはかなり重度でがんばっても60度くらいしか開かないのを、このマシーンで物理的に開脚させられ、痛みと恥ずかしさで悶絶しました。「痛いです……」と訴えるも「もうちょっとがんばりましょう」とさらに開かされ……。プロスポーツ選手はこのマシーンを自宅に置いていたりするとか。運動苦手な身からすると、物好きすぎです。それこそ何かのプレイに使っていそうです。
 ストレッチに励んでいたある日、BSフジ「東京会議」の仕事でマラソンに出場するというミッションが来ました。素人なのでストレッチがマラソンに役に立つかわからないですが、やらないよりはやった方が良いです。さらに低酸素ルームでのトレーニング、というのも導入いたしました。トレーナーの方によると高度1500m以上で運動すると心肺機能が高まり、体の巡りも良くなるそうです。低酸素ルームではだいたい高度2500mの環境を再現しているとか。低酸素でも大丈夫か緊張しながら部屋に入りましたが、言われてみれば空気が薄いかも、というくらいで体感はほとんど変わりません。その部屋にはウォーキングマシーンが置かれていました。まず、指に器具をはめて血中酸素飽和度を測ります。96%でギリギリ正常値でした。トレーナーさんがウォーキングマシーンを時速4キロ、傾斜6度に設定してくださり、そのまま20分ほど歩き続けました。意外と辛くなかったです。その最中、また血中酸素飽和度を測ったら、89%。「プロのアスリートが2500mの高地で自分を追い込んだくらいの値ですよ。普通なら倒れています」と言われて、想像してしまい、一瞬クラッとしました。しかしウォーキングしただけで、そのくらいの負荷がかけられるとは、運動している気分に浸り、高度に比例して意識が高まっていきました。低酸素ルームで20分ウォーキングしたことが、マラソンの準備になっているのかどうかわかりませんが、しばらく周りの人に「低酸素ルームでトレーニングした」と吹聴して周りました。運動でハイになったというか、小学校の時からの運動できる人ばかり威張っていた空気に少しリベンジできたようです。
 
(第34回へつづく)

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辛酸 なめ子Nameko Shinsan

東京都生まれ、埼玉県育ち。漫画家、コラムニスト。芸能界やスピリチュアル、オカルトなど多数のジャンルを独特な目線で描き人気を博す。『辛酸なめ子の現代社会学』『大人のコミュケーション術』『おしゃ修行』『魂活道場』など著書多数。

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