双葉社web文芸マガジン[カラフル]

無心セラピー(辛酸なめ子)

第32回 香りで心を整える 後半

 西洋のアロマにも心惹かれますが、日本の伝統の香道にも興味があります。ちょうど銀座の、老舗のお香の店「松栄堂」さんがリニューアルオープンしたというので行ってきました。京都で創業し300年もの歴史があるそうです。
 店内にはお線香やお香、匂い袋などが並び、しめやかでやんごとなき香りが漂っていました。絵巻物の世界が浮かびます。
 店内の一画に、お香の原料となっているものを実際にフラスコから吸引できるコーナーがありました。クローブが丁字、フランキンセンスが乳香、パチュリーがかっ香、サンダルウッドが白檀など漢字で表現されていて新鮮です。
「お香には健康の効果があるんですか?」とお店の方に伺うと「とくに効能はうたっていないです。人によって体質が違いますので……」と、お香の世界は奥ゆかしいです。原料で調べればそれぞれ効能は出てきますが、お香を試してみた感触として、やはり「源氏物語」の時代と同じく、魔よけとして使えるように思いました。火を付けて煙を発生させることでも邪気を浄化してくれそうです。中でもパワーが強そうな白檀ベースのお香とチャッカマンを購入。
 後日、松永堂で行われた、「香木の香りを楽しむミニサロン」に参加してみました。参加者は女性10名で、着物姿の上級者っぽい方もいます。「聞香」(もんこう)という、香木のかすかな香りを楽しむ所作を体験できるそうです。その香りのもとになるのは、沈水香木。講師の先生は「木が病気になったり折れたりトラブルが起こると、そこに樹脂が集まります。腐ったり雑菌が入らないようにする働きなのですが、その樹脂が良い香りの元となります」と教えてくださいました。その樹脂部分が、樹木が枯れていくとともに熟成したのが沈水香木、「沈香」だそうです。怪我だったり老化だったり、人間に置き換えるとネガティブな体験ですが、樹木の場合は、それが素晴らしい香りの元になるになんて……。もしかしたら私たち人間も、気付いていないだけで、辛い体験を乗り越えることで心のどこかに素晴らしい宝が蓄積されていっているのかもしれません。そう思えただけでも来てよかったです。
「聞香」は、香木を乗せた香炉を持って、香りを静かに聞くように味わうという雅な趣向でした。左手で持って右手を上からかぶせて、指のすきまから吸引。吐く息は顔をそむけて香木にかからないようにします。四種類の沈香の香りをくり返し、香炉を回しながら聞香していきました。ある香りを吸ったら、宮中で琴を弾いている和装の女性が思い浮かんだり、別の香りでは初恋のときめきを感じている平安貴族の娘のビジョンが浮かんだり、いにしえの日本にタイムスリップしたようでした。温かく優しい香りを感じていたら、心地よい眠気が……。これも浄化作用でしょうか。
 講師の先生によると、香水に慣れた外国人は、かすかな香りの違いを感じ取るのが難しくて、日本人は繊細な香りをつかまえるのがうまいそうでした。鋭い嗅覚で、香りだけでなく周りの状況だったり、人間の本性もかぎ分けているのかもしれません。
 三十分ほど、香木を回しながら香りを堪能していたら、鼻から浄化されていって自分自身も成仏できそうな気がしてきました。疲れた時やストレスを感じた時は、お香の崇高な香りと熱で心を癒していきたいです。お香のお店ではそんな効能は公言していませんが、もちろん除霊にも……。埼玉県で暗い湖を眺めていたら、その日の夜霊に襲われる悪夢にうなされたので、翌日はお香でいぶして退散していただきました。
(第31回へつづく)

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辛酸 なめ子Nameko Shinsan

東京都生まれ、埼玉県育ち。漫画家、コラムニスト。芸能界やスピリチュアル、オカルトなど多数のジャンルを独特な目線で描き人気を博す。『辛酸なめ子の現代社会学』『大人のコミュケーション術』『おしゃ修行』『魂活道場』など著書多数。

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