双葉社web文芸マガジン[カラフル]

無心セラピー / 辛酸なめ子・著

第3回 空海からのインスタ離れ 前半

 お寺に行って仏像を見たり、仏教美術に触れると心が落ち着きます。私がたまに行っている抜け駆け開運術は、博物館や美術館で開催される仏像の展示に行き、そっと手を合わせて拝む、というもの。美術品として鑑賞している人々の中、拝む人間がいたら仏像も願いを聞き届けてくれそうです。お賽銭が入れられないのが心苦しいですが……。
 東京国立博物館で開催されていた、「特別展 仁和寺と御室派のみほとけ」展示も、真言密教にちなんだ仏像や書、絵巻物などの名宝が集められ、聖域のような空間でした。
 仏様によって得意なスキルがあり、孔雀明王には孔雀がヘビを食べるように一切の災厄を払う力があり、観自在菩薩の化身、襄麌利毒女(じょうぐりどくじょ)はヘビの毒を消すことができて、荼枳尼天は人の死を半年前に知る、など。属性を読んでいるとテンションが上がります。かつて仏様や神様は戦隊もののヒーローのように人気を博していたのかもしれません。
 そんな霊験あらたかな名宝の中で、ひときわ霊妙な気を放っていたのが「国宝 三十帖冊子」でした。九世紀、平安時代の重要な書。空海が中国で書き写して持ち歩いたという崇高な書です。嵐に遭遇し、命の危険にさらされながら遣唐使として唐に渡った空海。経典などを写して持ち帰ったものが、展示されていた「三十帖冊子」になります。ところどころ、空海筆だとはっきりしている箇所には、そう表記されていました。最近タイポロジーを少し勉強したので、畏れ多くも筆跡を見させていただきますと、ダイナミックで柔軟性があり、頭の良さ、気力、想像力、心の広さなどあらゆる長所が表れた素晴らしい字だと拝察いたしました。「真言師洗浴灌頂印」「本尊瑜伽心一境」といった、ヨガにも通じる秘技っぽい単語が出てきて高揚します。
 この、空海の書を眺めていて、反省したことがあります。命がけで唐に渡り密教の経典を書き写した空海。それは後世の日本人を救うという崇高な使命にかられてのことでしょう。それと引き換え、現代人ときたら……。遣唐使の時代と比べて安全に気軽に旅行できるようになりました。海外や国内など旅行に行くと、自分の優越感や承認欲求を満たすため、素敵な写真を撮影してSNSにアップ。衆生を救うため、写真もない時代に必死に手書きで複写した空海の苦労や心がけに比べると意識が低すぎます。このままSNSの承認欲求に囚われていたら、魂的に成長できないかもしれない、と危機感を覚えました。空海の書に啓発され、しばらくインスタをやめることを決意。「衆生の解脱せざるは、ただ名利を貧るによる」と、空海も格言を残しています。もちろん、おいしい店やいい景色を人に知らせたい、というポジティブな動機のみでSNSをやっている方はそれで良いのだと思います。でも自分の場合はどうだったかと思い返すと、最初は、知り合いに楽しんでもらえれば、という思いで珍場面写真を投稿していましたが、いつしか自己顕示欲が芽生えてきました。フォローしているおしゃれピープルに張り合うように、パーティ写真やファッションショー、コスメ、おしゃれカフェの写真をアップ。そして、投稿した後は気になって、「いいね!」がついているか頻繁にチェック。そうすると、友人の◯◯さんは△△さんにはいつも「いいね!」を押しているのに、なぜ私はスルーされるんだろう、とか細かいことが気になってきます。(おしゃれセレブは、同じくらいおしゃれなセレブにしかいいね!を付けない、という見えない階層の存在を知りました) または、急に数年前の写真に次々と「いいね!」を押されたりすると、その行為は「威嚇ファボ」と呼ばれているのを知って、それもまた気になったり……。
 いっぽう「いいね!」はドーパミン神経を活性化し、脳の報酬中枢が反応。その快感にとらわれると依存症になってしまいます。また、SNS用に忙しく撮影したりしますが、海外の大学の研究では「写真撮影による記憶の損傷効果」も言われています。スマホで撮影すると、カメラが記憶してくれることを期待して、自分では覚えなくなってしまうそうです。たしかにそのことは痛感していました。スマホとデジカメを交互に取り出したりして、周りを見る余裕がないのです。アルバムの過去の写真を見ると、あれっこんな所に行ったっけ……と思うことも多いです。この服を買っていたのを忘れていた、と自分のワードローブを思い出す効果もありますが……。とりあえず、自分の心とエネルギーと時間を取り戻すため、しばらくインスタから距離を置いてみます。弘法大師様にサポートしていただけたら幸いです。
 
(第4回へつづく)

辛酸 なめ子Nameko Shinsan

東京都生まれ、埼玉県育ち。漫画家、コラムニスト。芸能界やスピリチュアル、オカルトなど多数のジャンルを独特な目線で描き人気を博す。『辛酸なめ子の現代社会学』『大人のコミュケーション術』『おしゃ修行』『魂活道場』など著書多数。

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