双葉社web文芸マガジン[カラフル]

無心セラピー(辛酸なめ子)

第26回 心が無になるインド 後半

 インドでは無心にならないとやっていけません。「中心にいれば大丈夫」とヨグマタさんはおっしゃいますが、衆生の民としてはどうしても心が反応してしまいます。
 インド時間のことを書きましたが、3時間かかるという予測が5時間、7時間と増えていくのが油断できませんでした。州境に検問所があるらしく、常に渋滞しています。乗っていたのはバスだったのですが、トラックの間をすり抜けたり、ドライビングテクニックはかなりのものでした。しかもインドルールなのか、道を間違えると逆走するのに驚かされました。二車線×2のそれぞれ逆方向に走っているのを、車線内で戻ってしまうのです。あれっ、なんで隣の車線と同じ方向に走っているんだろう……ということが何度かありました。日本人的には生きた心地がしないですが、インドではとくにパニックにもならず、同じ車線の車も受け入れていました。そもそも信号自体がありません。高速でもいきなり人が渡っていたり……。クラクションを鳴らしまくって自分の意志を伝える感じですが、その音が脱力感があって、楽しい気持ちになってきます。
 とはいえ7,8時間に及ぶ長時間のドライブになると、途中トイレに行きたくなるのが自然現象。ただ気のきいたSAみたいなのはほとんどなくて、だいたいお店の裏に日本の海の家のトイレの5倍くらい汚れたトイレがあり(ドロドロかビショビショ)、紙もなかったりしますが、それを利用するのはまだ良い方。インドのトイレは「青空」が多いです。朝から渋滞で7時間くらいバスに乗っていて「トイレ休憩です」とガイドさんがおっしゃいました。「あの壁の後ろなら見えないですよ」と、何か建築中のレンガの壁の裏側で用を足すことを勧められました。まだがまんできると思ったら「このあと街に入るともっと渋滞していつ到着するかわかりません。絶対行ったほうが良いですよ」と真顔に薦められて、今回も青空トイレを利用。原始的な本能が呼び覚まされそうな感覚があり、それはそれで貴重な体験でした。エゴが外れて自然と一体になった感覚が。ただ遠くからこっちを見ているインド人の少年が……。水洗トイレが完璧に整えられている日本に生まれたことを感謝したいです。ちなみにインドでは5億2400万人もが野外でトイレをせざるを得ない状況で女性が危険に晒されています。旅行中、1,2回体験するくらいなら良いですが、毎日だと厳しいのでさすがに対策を処した方が良いと思います。
 青空トイレには紙も水もないので、除菌ウェットティッシュやビニール袋が必須です。とにかく荷物がどんどん多くなっていくのがインド旅行。トイレットロールや、アメニティがホテルになかったりするのでタオルやスリッパ、パジャマ、歯ブラシなど一式。それから意外に重宝したのはのど飴です。デリーの空港に着いたら空が深いホコリで真っ白なのに驚きました。インドの新聞にはPMと書かれていました。最初知らなくて、異国の霧だと思って胸いっぱい吸い込んでしまいました。さらに土埃もすごいので滞在していると喉がやられてきます。日本の種類豊富なのど飴があると助かります。
 でも裏を返せば、地面が大地そのものということで、インド人がタフなのは地球のエネルギーを吸収しているからかもしれません。日本はインフラを整えるのと引き換えに何か力の源泉を失ってしまったようです。力の源と言えば、インド人が過酷な環境でも幸せなのは、神や聖者を信じているからなのでしょう。聖者のイベントに何が何でも参加する姿を見て感じました。
 インドでは最初のショックを越えると、何もかもどうでもよくなって楽しくなってきます。インド人の楽天的なところがうつったのか、今まで常にスマホの充電は90%以上ないと落ち着かなかったのに、50%切っても大丈夫になりました、という些細な変化で恐縮です。
(第27回へつづく)

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辛酸 なめ子Nameko Shinsan

東京都生まれ、埼玉県育ち。漫画家、コラムニスト。芸能界やスピリチュアル、オカルトなど多数のジャンルを独特な目線で描き人気を博す。『辛酸なめ子の現代社会学』『大人のコミュケーション術』『おしゃ修行』『魂活道場』など著書多数。

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