双葉社web文芸マガジン[カラフル]

無心セラピー(辛酸なめ子)

第25回 心が無になるインド 前半

 インドの洗礼を受けたのは3年前。気温が40度~50度の中、熱中症になって、全てがヒンディー語表記で何もわからない病院に一泊入院したり、滞在していたあたりが急な暴風雨に襲われテントが浸水したり……。インドはトイレの数が少なく、野外の木陰で用を足すようにツアーガイドさんに勧められ、いたした時は不思議な開放感を得ました。結果的に人間力を鍛えられる国。インドは合う人合わない人の差が激しくて、ツアーの途中で帰ってしまう人もいると聞きます。しかし何年か経てばその時大変だったことも忘れ、むしろ他の国ではこんな刺激的な体験はできない、とすら思えてきます。
 そして2回目のインドです。クンブメーラという、3年に一度のインドの聖者の祭典があり、前回と同じくそちらに参加しました。日本人の女性の聖者、ヨグマタさんとインド人の聖者、パイロットババさんのテントに泊まるツアーです。レジャー的な旅行というよりも、魂を高めるための修行のような旅です。そして、無心になっていくための旅でした。旅行前の心のウキウキ感はなく、何が起こっても受け止めようという静かな覚悟がありました。
 飛行機が遅れて2時間ほど機内で待機し、最初泊まったホテルはなかなかお湯が出ず、壁が薄くて隣の部屋から激しい嘔吐咳(内臓が出るんじゃないかと思うほど)や、謎の笑い声が聞こえたりして安眠が阻害され、ふと開いたインドの新聞には身元不明の遺体写真コーナーがあってギョッとしましたが、そんなのは序の口です。
 クンブメーラの会場に行くバスは激しい渋滞で到着まで8時間以上かかりました。ヴァラナシを出てアラハバードに到着したのは22時すぎで、だんだん諦めの境地になっていきます。インド時間というものを体感。
 車窓からの景色は、千年も変わっていないのではと思うくらい、素朴な庶民の生活が流れていきます。牛や羊を飼っている家、カゴを編んでいる女性、たらいで洗濯する女性、路上で野菜や魚を売る男性、レンガを積んで家を建てている男性、農作業に勤しむ女性、照明がないからか焚き火する人々など、外から暮らしが丸見えなのですが、子供達と目が合うと人なつっこい笑顔で手を振ってくれたりして癒されます。ただ写真を撮ったら誰も私を見ていなかったりしましたが……。延々とバスに揺られて会場へ。
 クンブメーラ自体、想像を絶する規模で、三社祭と祇園祭とディズニーランドのパレードとフジロックを足して百倍したようなイベント。今年はアラハバードの川沿いの広大な土地に聖者のテントが並んでいました。何もない聖地に、この祭典のためだけに数ヶ月、聖者のテントを設営し、終わったら全て片付けてしまうという、砂曼荼羅のような諸行無常イベント。なので敷地内の交通手段は歩きがメイン。インド人は頭に荷物を乗せて歩き続けていました。もしツアーからはぐれて迷ったら人生詰むことまちがいなしです。
 ヨグマタさんのテントでは、ありがたいことに日本人のために立派な2階建ての宿泊設備を、この期間のためだけに設営してくださっていました。6人部屋ですが、皆さん人間ができている方々なので特に問題もなく……。むしろ自分が、洗面所を使うタイミングはいつがいいかとか、心の狭い算段をしていました。
 会場でヨグマタさんのお話を聞く機会があり、「インドは時間通りにいかないのでキリキリしないでね。深呼吸してゆったりして」「心を揺らさず、真ん中にいるように」というお話が心にしみました。
 インドでは聖者がスターのように信奉を集めています。 4日目は聖者がチャリアットというひな壇形の神輿に乗ってパレードするという一大イベントがあり、参列することに。朝3時半という早朝に出発しましたが、インド時間で列が途中で止まり、聖者が乗られるチャリアットが大渋滞で、列が動き出したのは8時半でした。時間など存在しないのでは、という気になってきます。聖者たちがガンジス川で沐浴し、そのあと一般人も沐浴するのですが、この日は特別な日で、沐浴すると天国に行けると信じられています。そのためインド人が殺気立っていて、群衆にもみくちゃにされ圧死寸前でした。聖地で死んだら絶対に天国に行けそうですが……。倒れた木の柵とのしかかる人々の間に挟まった時は命の危険を感じました。インド人の何が何でも天国に行きたい気持ちが伝わってきましたが、実際にあの世にいきそうでした。しかし聖者ヨグマタさんのご加護で、誰一人圧死せず、沐浴場へ。そこも異様な混み具合で、人々に押されながら川になだれ込む、という危険ポイント。しかも急に深くなるそうで……。安全を期して足だけの沐浴にしました。本当は頭まで浸かるのが良いそうですが……。
 修行は続き、その後延々何時間もテントまで歩き続けました。午前3時半に出発し、戻ってこられたのは! 午後2時半。しかし不思議な充実感がありました。通常なら家にこもってネットを見ていたりする時間ですが、川べりを延々と歩き続け、Wi-Fiが通じにくいというのもあって、ネット依存からもちょっと脱せたようです。(ただ時々皇室ニュースだけチェックしてしまいましたが)物欲を刺激するものもなく、ツアー中はベジタリアンの食事で、いろいろな煩悩から抜けられそうです。帰国した後リバウンドが怖いですが……。
 
(第26回へつづく)

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辛酸 なめ子Nameko Shinsan

東京都生まれ、埼玉県育ち。漫画家、コラムニスト。芸能界やスピリチュアル、オカルトなど多数のジャンルを独特な目線で描き人気を博す。『辛酸なめ子の現代社会学』『大人のコミュケーション術』『おしゃ修行』『魂活道場』など著書多数。

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