双葉社web文芸マガジン[カラフル]

無心セラピー(辛酸なめ子)

第15回 星空ヒーリング 前半

 先日、空の星は歌を歌っているらしい、というイギリスの大学の研究が発表されて、その光景を思い浮かべて現実逃避しました。星空は心を落ち着かせて、癒やしてくれます。でも、東京には星空がない……。「東京には空がない」というのは高村光太郎の『智恵子抄』のセリフですが、便利さと引き換えに大切なものが失われています。都会ではよほど晴れていない限り、見える星は月と金星、火星、木星など近場の太陽系ファミリーの星ばかりです。
 出張に行って東京よりもたくさん星が見えた時の喜びは、イルミや花火の比ではありません。星を眺めていると、悩みは些細なことに思えてきます。心が浄化され、実際に遠くの星を見て視力が少し改善され、死にかけていた瞳も光を取り戻します。
 星空への欲求が高まっているのですが、このところふられてばかり。まず、火星が地球に近づいたという日の夜、六本木ヒルズの展望台で観測イベントがあることを知りました。きっとそんなに世に知られていないイベントだからふらっと行って入れるだろうと思っていたのですが、当日の夜現地に行ったら、展望台のチケット売り場の前に仕切りに沿って何重にも行列ができていました。見た感じ数時間待ちだったので断念。読みが甘かったです。
 そのあと、ペルセウス座流星群が来るというニュースを目にしました。東京では星が見えないと思い、千葉の開けた場所まで行ったのですが……曇りで見えませんでした。日本海側では見えたようですが……。
 星空への欲求が高まっていたある日、駅で満天の星空が印刷されたチラシを発見しました。JRの小海線の最も標高の高い野辺山駅で途中下車して、星空観測会をするという、特別仕様の「HIGH RAIL 星空」という列車の乗車券と一緒になった素敵な企画。しかもスケジュールを見ると日帰りできるというのも素晴らしいです。ぜひ申し込まなければという思いにかられて予約しました。JRの予約サイトがかなり難易度が高く、それが第一の関門でした。こんなに列車のページに行き着くのが大変なので、きっと空いているだろうと思ったのですが、第一希望の土曜日は既に埋まっていました。第二希望の日曜日をなんとか予約。
 その日から、毎日現地の天気をチェックする日々が続きました。今までこんなに天気を気にすることはなかった(台風以外で)かもしれません。小学校の運動会なんてむしろ雨で中止になってほしいくらいでしたし、遠足も延期でもどうでも良かったです。でも今回ばかりは、佐久平までの往復新幹線代含めて一万円はかかっています。お金が絡むと損したくない大人の皮算用。3日くらい前は、野辺山のある南牧村は晴れのち曇りでハラハラしましたが、前日には、夜は晴れという表示に変わって、これは大丈夫だと安心しましたが、天気のサイトによって曇りの表示もあるので予断を許さないです。
 どっちになるかわからないまま当日を迎えました。新幹線で佐久平に向かい、車窓を流れる景色を見る限りでは結構雲があるような……。山の天気は変わりやすいので、雲が消えることを祈ります。心の中で龍神を召還したりして、強い念を送りました。
 小淵沢に着いて、夕方の特別列車まで時間があったので周辺を観光。乗馬が盛んな土地らしく、森の中を馬に乗って歩いている人々がいたりして、素敵な高原ライフです。星野リゾート系列のアッパーな街があったりとか、一見普通の道の駅に見えてヴィーガンのパン屋が入っていたりと民度の高さが垣間みられます。
 ただそんな素敵な観光地でも心は晴れません。空を見上げてはため息。普段なら夏場、地方で雲が出ていたら、日焼けしないのでラッキー。と思うところですが、今回は少しでも雲が消えてほしい思いです。豊平神社という小さな社で、お祀りしている神様の一柱が天照大神。太陽の神様なのでぜひお参りしたいと思いましたが小銭がない……2円という中途半端なお金を賽銭箱に入れ、どうか晴れますように……とお祈りしました。
 すると、一瞬だけ空が明るくなったのです。もしかして雲が少し消えたのでしょうか。しかし2円しか入れなかったから効果は数十秒で終わり、また曇りになりました。神社の賽銭箱と空が、機械じかけでつながっているかのような不思議な体験でした。いっそお札を入れるべきだったかもしれません……。
 
(第16回へつづく)

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辛酸 なめ子Nameko Shinsan

東京都生まれ、埼玉県育ち。漫画家、コラムニスト。芸能界やスピリチュアル、オカルトなど多数のジャンルを独特な目線で描き人気を博す。『辛酸なめ子の現代社会学』『大人のコミュケーション術』『おしゃ修行』『魂活道場』など著書多数。

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