双葉社web文芸マガジン[カラフル]

無心セラピー(辛酸なめ子)

第12回 暑さを乗り切る方法 後編

 以前、占星術家の先生に「盆踊りは脳波がシータ波になる」と聞いたことがあります。
瞑想状態と同じシータ波が出るならぜひ盆踊りしたい、と思っておりました。でも友人や知人と夏祭りに行った先で踊るのは恥ずかしいので、ひとりで知らない場所でサクッと踊れれば、と思っていたのです。
 そんな時、地下鉄で「郡上おどり」のポスターを目にしました。岐阜県の郡上八幡で踊られている伝統的な踊りを、おしゃれタウン外苑前で年に一度踊れるという催し。大昔、一瞬参加した記憶もあり、誰でもウェルカムな祭りだったような気がします。
 ぜひ踊りに参加したいと思い、仕事を早めに切り上げて五時前に会場の秩父宮ラグビー場へ。駅から出たらすごい人でコンビニで飲み物を買おうとしても店内に折り返しの長い列が。全員盆踊りに参加するのかと思ったら、近くの球場で野球の試合があるみたいでした。
 郡上おどりの会場もそれなりににぎわっています。イベント開始前に、既にやぐらの周りで自主的に踊る人々が。わりと炎天下ですが、着ぐるみも踊っていて自殺行為です。そのくらい、踊らずにはいられない中毒性があるのでしょうか。
 盆踊りに参加するには最初の勢いが肝心です。輪に加わらず見ているだけの人、踊っている人の間には見えない境界があり、時間が経つほどに見えない溝ができて参加しづらくなります。私もいままで、遠巻きに覇気のない顔でずっと眺めている側でした。今回は最初から積極的に参戦したいです。
 その時私は郡上おどりのことをちゃんと把握していませんでした。東京音頭と炭坑節ならなんとかついていけるかな、という感覚でした。でも、お囃子の演奏と歌が始まると、曲名の説明もなくイントロだけで、参加者は同じ振り付けで踊りだしたのです。郡上おどりは私が知っている◯◯音頭的な盆踊りとは全く別の郡上おどりという1ジャンルだったのです。でも、五、六重の輪の中心に近いところに行ってしまったので出られません。観念し、うまい人の振り付けをまねすることに。私以外全員うまいというか、完璧に踊れています。日本舞踊の素養があるのが年配の女性は指先も優雅。郡上おどりは下駄の音を響かせるのがポイントのようで、八割方の人が下駄でした。
 最初の踊りは、前にちょっと進んで真ん中を向く、という繰り返しでしばらくしたら再現できました。ゆったりしたリズムに乗り、同じ動作を繰り返すのは心地よいです。二曲目も、またイントロだけで全員踊りだしました。手のふりがついて少し複雑に。しかしステップが難しいです。右と左反対になってしまいがちでした。この場では初心者に教えてくれる人もいないので、自分で身につけないとなりません。3曲目は、さらに難しくて5項目くらい覚える部分があったので断念。でも4曲目、5曲目が入れそうな気がしてまた踊りました。40分位踊り続けたでしょうか。いったん踊りだすと止まらないのが盆踊りです。本場の郡上ではなんと徹夜で踊り続ける3日間があるとか。近くにいた老夫婦が徹夜は無理だけど午前2時から朝8時まで踊り続けると言っていて驚愕。その夫の方は足にテーピングを巻いていました。そこまで人を引きつけるとは、実際に特別な脳波が出るにちがいありません。日本史で習った江戸時代の「ええじゃないか」の大衆乱舞を思い出します。踊っている間は無心に近くて日常の悩みを忘れられます。スマホをチェックすることもありません。あと、お囃子が鳴っている間は食べ物の屋台にほとんど人がいなくて、参加者はストイックに飲まず食わずで踊り続けていました。
 その後、コンテストもあったのですがコンテスト参加者以外もふつうにそのまま踊っていました。そして休み時間になると、それぞれのグループになって談笑。「ここは水田から足を持ち上げるように」と、踊りの意味について語り合う男女もいました。
 気づいたら他にひとりで来ている人はほとんどいません。

誰一人知る人がいない盆踊り (句)

自分が霊になったかのようで心が無に近づきました。ひとりで来てひとりで帰る祭も結構いいものです。

(第13回へつづく)

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辛酸 なめ子Nameko Shinsan

東京都生まれ、埼玉県育ち。漫画家、コラムニスト。芸能界やスピリチュアル、オカルトなど多数のジャンルを独特な目線で描き人気を博す。『辛酸なめ子の現代社会学』『大人のコミュケーション術』『おしゃ修行』『魂活道場』など著書多数。

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