双葉社web文芸マガジン[カラフル]

無心セラピー(辛酸なめ子)

第10回 仏教系ヒーリング 後半

 人々がレジャーに明け暮れる連休。私は内省的に、日帰りで金沢に行き鈴木大拙館を見学したり、都内のチベットの砂曼荼羅イベントに行ったり、お坊さんの催しに出かけたりしてインナージャーニーの日々でした。
 毎年のように向源という、若いお坊さんの宗派を越えたイベントに行っております。今年は目黒で開催されました。六本木のスタジオで、芸能人のユーチューブ動画をあげつらうというカルマを積んだ仕事のあと、浄化されたくてお寺へ。夕方だったのでほとんど終わりかけでしたが、仏像のパネルから手と顔を出せるという仏像体験コーナーを滑り込みでできました。不動明王のパネルでポージング。仏教を広めようと若い世代もがんばっているようです。
 その隣に「お坊さんと話そう」というコーナーがあって、無料で人生相談できるみたいなので参加させていただくことに。浄土真宗のお坊さんと対面。
「無心になるにはどうしたらいいでしょう」とさっそく伺いました。
「何か作業を一生懸命したら雑念が消えませんか」と聞かれたので
「はい。仕事中は精神は安定しています。でも普段は、例えば駅が混んでいたり人とぶつかったりするとイライラしてしまうんです」と、些細な悩みを相談。
「物事がうまくいく時、いかない時、いろいろあると思う。その時どう抑制するかですよね。成功は嬉しいと思います。でも失敗したら失敗を経験したと思うんです」
「はい……」
年下っぽいお坊さんですが、いきなり深いお言葉。
「例えば王さんと長嶋さんがいます。長嶋さんはあまり苦労せず天才的なセンスでのぼりつめた方。だから指導に向いていないんです。人の苦労がわからないから指導がわからない。でも、王さんは努力の人だから、低迷したソフトバンクをあそこまで引き上げられたんです。指導力があったんです。失敗したことのない人間は冷たいです。人は受けた痛みじゃないとわかってあげられません。経験は人生の幅になります。昔の人は苦労は買ってでもしろと言ってました」
 駅でイライラするという矮小な話が、球界の偉人の話に……。野球のことはよくわからないですが、畏れ多いです。そして数分に一回格言が出てくるお坊さんのトーク力に感じ入りました。
「他人を許していくことは痛みを知ることにつながります。人間はこういうことをしたら悲しい、辛い、と経験することで人の痛みがわかります。失敗を糧にしていくことでその失敗は成功になります」
 たしかに、先日も電車で押してきたおじいさんに一言申したら、逆ギレされて怒鳴られた経験がありましたが、同じくモンスターおじいさんに困っている人の気持ちは理解できそうです。人間の幅と捉えれば良いんですね。
「人間なのでイライラします。そのイライラを咀嚼して経験にするんです。自分がなぜイライラしているのか考えることで自分の足りない面が見えてくる」
「人間関係でも苦手な人は突き詰めたら自分に同じ要素があったりしますよね」
「嫌いな人がいて、なぜ嫌いなのか自分の中で見つめることで劣等感が見えてきます。自分の本当の姿がわかります。自分に対してなにか教えてくれる存在でもあります」
嫌いな人にも感謝する、そんな達観した教えが。おじいさんのことも心の中で許せそうです。
「物事の原因は自分にしかないと思うんです。人の責任にすると攻撃対象は相手になる。原因は外に作らず、全ての原因は自分の中にあると感じて物事を見ていきます。相手に見たところで、解決になりません」
確かにお坊さんのおっしゃる通り、苦手な人や嫌な人のことを延々と考えて、どうしてあの人はああなんだろうと思い巡らせても答えは出ないし自分の人相が悪くなるだけです。
「今日行列でイライラしたら、明日は音楽を聴いたり本を読んだり解決するための行動をすれば良いのです。次回は同じ失敗をしないように。失敗を経験することで次は成功できます」
と、具体的にアドバイスしてくださいました。
「もっと無心になりたいのなら座禅もおすすめですよ。宗派は違いますが。雑念をせき止めることができます。例えばコップにジュースが入っているとします。その中にお茶を入れてもおいしくないですよね。頭の中をまず空にしないとお茶は入れられない。それが座禅なんです」
「何度か座禅やったことがありますが、あ、今無心になってるかも、とか考えてしまったりします」
「今無になってる、と意識した瞬間、無じゃないですね。言葉になったら方便になる」と、お坊さんにプチ説教されると嬉しいです。無料でここまでサービスしていただけるとは。
「ちなみに、お坊さんはすぐ無心になれるんですよね?」と聞いてみたら
「いや、雑念がどんどん出てきました。無心になんかなれなかったです」と即答。お坊さんに無理なら素人はできなくて当たり前です。
 と、安堵したところで、一回最後まで書いた原稿を間違って全部消してしまうハプニングが! さすがに思考停止でしばらく無になりました。でも失敗から学んで、二回目の原稿で少し内容を深められたようです。実際に失敗から学べる体験ができてよかったかもしれません。
(第11回へつづく)

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辛酸 なめ子Nameko Shinsan

東京都生まれ、埼玉県育ち。漫画家、コラムニスト。芸能界やスピリチュアル、オカルトなど多数のジャンルを独特な目線で描き人気を博す。『辛酸なめ子の現代社会学』『大人のコミュケーション術』『おしゃ修行』『魂活道場』など著書多数。

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