双葉社web文芸マガジン[カラフル]

心がヘトヘトなあなたのためのオックスフォード式マインドフルネス / ルビー・ワックス・著

Photo ©Steve Ullathorne

第4回
思春期の親と子のための
マインドフルネス

【編集部より】  前回に引き続き、この記事は、書籍『心がヘトヘトなあなたのためのオックスフォード式マインドフルネス』(ルビー・ワックス著/上原裕美子訳)が刊行されるのを記念して、原書『A MINDFULNESS GUIDE FOR THE FRAZZLED』より、書籍に収録できなかった、育児疲れや産後うつなどで「FRAZZLED(心がヘトヘト)」な方、さらに思春期の子どものための章を抜粋、再編集したものです。なお、ところどころに著者の独白や回想が入ります。
 感情を爆発させてる子どもに、親が叫び返したら、子どもはさらにわめいてますます怒り狂うだけです。親であるあなたが感情を制御できるなら、子どもが同じように気持ちを抑えられる可能性も高くなります。親が手を貸して、親子がそれぞれのコルチゾールの暴走に向き合うことで、子どもの前頭前皮質が育つのです。まず最初にすべき努力として、要点をはっきりさせたいなら、親自身が口やかましい声でわめかずに、口調を意図的に抑えられるようになってください。
【ちょっと私の回想を……】  頭をパカッと開けて、親の記憶を切り取ってしまえたらいいのに。私の脳内では今でもオーストリアなまりの金切り声が鳴り響いています。そのせいで身体中の臓器が、つねに空襲警報に備えている感じ。私のやることなすこと、両親は絶対に気に入りませんでした。少しも歩み寄れず、私は今でも人として彼らのことが理解できずにいます。
 両親が老いてからはほとんど会いませんでしたし、結局最後まで冷戦状態でした。私だけじゃなく、彼らにとっても、それは人生の損失だったのではないかと思っています。1回でもいいから、自分たちも悪かったかもしれない、と言ってくれていたならば、すべて許せていたかもしれないのに。
① 親自身がマインドフルになる
 親であるあなたがマインドフルでいられるなら、子どもをマインドフルネスに導くのはだいぶ容易になります。親が子を心理的にねじ伏せようとヒステリックにわめくなら、子どもも負けじとやり返してくるだけ。かといって、子どもが反撃せずに受け止めてしまうのも、さらに問題。怒りを抑えつけているか、心を閉ざしてしまっているということなのですから。
 親は「あんたの言ってることは全然わからない」と苛立って投げ出したりせず、子どもが理解できる言葉で話し、子どもの目で状況を見なければなりません。思春期の子がリスクに挑戦したがるのも、自立したがるのも、親より友達を重視するのも、すべて自然な発育の一部なのだということを、親は認めなければなりません。
 わざとらしい笑顔を向けたりしないでください。内心と裏腹な表情をすれば、子どもはそれを感じとります。「インチキ」を探し出すことにかけては、思春期の子はプロの探偵も顔負けなのです(『ライ麦畑でつかまえて』のホールデンみたいに)。
② 親の失敗を認める
 親のあなたが怒りを爆発させたときは、盛大にまき上げた泥が落ち着いてきた頃に、悪かったと口に出しましょう。親だって至らないところがあると認めてください。そんなこと子どもは知ってますが、自分から認めてみせることに意味があります。どっちが悪いか、延々となすりつけあうのは不毛です。親の怒りが子どもの怒りに油を注ぐだけで、なんの解決にもなりません。
③ 共感する
 部活で選手になれなかったとか、好きな子にフラれたとか、そんな理由で子どもが傷ついて帰宅したときは、話を聞きましょう。アドバイスはせず、ただ痛みに共感します。親であるあなただって、フラれたときの痛みは覚えてるでしょう? 似たような思い出を打ち明けてください。
 親も今の自分のように苦しい思いをしたのだ、という話を思春期の子は喜びます。親の体験が悲惨であればあるほど、嬉しくなっちゃうことでしょう。親は話の通じない宇宙人ではなく、同じ人間なのだと理解します。親のほうが子どもを理解しようとすれば、子どもも、親を理解しようと努めます。教え諭したりせず、善悪を決めつけたりせず(この頃の子は、決めつけを死ぬほど嫌います)、子どもの話を聞きたがる姿勢を示して、オープンかつ柔軟に会話をしてください。子どもは心を開き、本心を話してくれるかもしれません。
 親が正しかったとしても、絶対に、「ほら言ったでしょ」とか「なんで最初から母さんの言うことを聞かないのよ」などと言ってはいけません。言いすぎになるセリフはぐっと我慢してください。親としてそれができるなら、勲章に値するくらいです(私はその段階に来てませんけど。言いすぎることばかりです……)。
④ 譲歩する
 譲歩は、実は大きなカギなんです。使ったお皿は洗ってほしいとか、せめて1カ月に1回はズボンをは穿き替えてほしいとか望むなら、自室を爆撃跡地みたいに散らかしてるのは目をつぶったほうがいいかもしれません。そのほうが親自身の生活が楽になりますし、子どもも、大人になって必要となる交渉のテクニックを身につけていくでしょう。譲歩し、取引をしてください。台所の片づけをするなら、同じ時間だけネットサーフィンをしても何も言わないとか(うちの子たちは、私にあらゆる掃除や片づけを任せっぱなし。ママは清掃員でも奴隷でもない、と口を酸っぱくして言いましたが、わかってないようです)。
⑤ 話し合う
 親子でまともにぶつかりそうになったら、どちらかが別の戦略を考えなくちゃいけません。大人のほうが前頭前皮質が発達してるんですし、より自制心があるのですから(あるはずよね、理想的には)、それは親の役目です。これまでの私の経験から言うと、大声で叫んだり、皮肉を言ったり、脅したり、部屋からすごい勢いで出ていったりしても、紛争解決にはなりません。
 とにかく「気づく」こと。話はそこからです。激怒という卵がかえったなら、孵化ふかしたてのうちに、そのことに気づけるようにしてください――巨大なティラノサウルスになって暴れはじめる前に。
 親が怒りを暴走させると、子どもも当然同じようにするので、話し合いどころか血を見ることになりかねません。延々と相手を批判し合って、結局どちらも勝てないだけです。爆発すればその場はスカッとしますが、最終的には親子関係にひどいダメージがおよびます。コルチゾールの洪水に押し流されるのは健康にも悪影響です。短い喧嘩けんかで、自分と子どもの両方に毒を盛ってしまうことになります。
 親であるあなたが、噴火する前に激怒を自覚できたら、「話はわかったけど、少し考えさせて。数分後にもう一度話し合うから」と言ってもいいでしょう。穏やかにその場を離れ、深呼吸をして、壁にこぶしで(もしくは息子の頭で)穴をあけたい衝動を抑えます(抑えられるだけでも私は尊敬します)。
 数分経っても子どもの怒りは鎮まっていないかもしれませんが、双方の頭を冷やすためには、親のほうがいったん引くしかないのです。戻っても、同じ口論や原因を蒸し返さないよう気をつけて。また爆発して中傷合戦になるだけです。人間は原始的な本能に駆られやすいことを思い出してください。
⑥ 子どもに教わる
 大人だって子どもから人生の技を学ぶことができます。刹那せつなを楽しむこと、慣習を捨てて新しいものを見つけること、スリルを追いかけていくこと、交友範囲を広げること……。
 ロックフェスに案外と高齢の参加者が多いように、大人のほうがそうした楽しみ方に歩み寄ったっていいじゃありませんか。たまには若者と一緒に出かけましょう。老いた者同士で昔話に明け暮れるより、ずっと面白い体験ができるかもしれません。
⑦ 喧嘩は選ぶ
 戦う場面は選びましょう。年がら年じゅう小言を言っていたら、子どもは馬耳東風ばじどうふうになるだけ。本当に許容不可能な行動をしたときだけ爆弾を落とすようにしていれば、子どもは親が真剣だと察し、ちゃんと話を聞こうとするでしょう。命令をするなら、皮肉やあざけりや非難をこめないこと。本人が脳内で充分に自分を責めているのですから。罰を与えるなら、罪に見合ったものにすること。辱めて侮辱してはいけません。
⑧ 発散する手段を作る
 子どもがドーパミンに駆られて、よくないことや危険なことにのめりこみそうになっていると気づいたなら、サンドバッグやテニスラケットを買い与えてみてください。なんでもいいから、害の少ない形で衝動を発散できるものを。できれば、煮えたぎったドーパミンを冷ます方法を本人が独自に考案できるようにしましょう。
《親と子のマインドフルネス:子どものためのヒント》
 思春期の子にマインドフルネスを教えるなんて、たやすいことじゃありません。親の指示には反発されるのがオチ。この頃の子どもにとって、親なんて恥ずかしくて接したくない存在なのです。マインドフルネスなんてダサいし、役立つようにも見えないし、なんでそんなものやる必要があるのかと思うことでしょう。
 でも、自己制御の力を高めれば、友達からも好かれ、頭が焼けつくような思いをしなくても試験でよい成績がとれるようになり、口ごもったり冷や汗をかいたりせずに異性とも話ができるようになります。とりあえず、そのことだけ話してみてください。本人が知りたがらない限り、自己制御力をつける方法がマインドフルネスであることは、口に出す必要はありません。この時点では、どうしようもない気持ちや衝動は自分で対処できること、思考の状態に気づけるならストレスを軽くできることを、マインドフルネスにつながるタネとして話しておけばいいのです。
 反抗期が本格的に始まってしまえば、なおさらマインドフルネスなんて実践させられるとは思えないかもしれません。脳が強烈な暴れ馬になっていて、マインドフルネスを理解できるかどうかも怪しいところ。スマホから目を離さず、24時間ツイッターかフェイスブック漬けで、頭を鎮めるテクニックを学ぶなんて時間のムダ……そんな彼らでも、次のようなヒントくらいなら耳を貸してくれるかもしれません。
名づけて、手なづける
 身体が熱くなったら熱を測って体温を知るように、カッとなったときは、暴れ出しそうな気持ちにラベルづけ(名前をつける)をすることを教えてください。親に言わなくてもいいので、紙に書き出すだけでも、心の中で思い浮かべるだけでもOKです。たいていの子どもは気持ちを表現する語彙ごいが少ないので――うちの子に様子を尋ねると、答えは「まあまあ」か「サイテー」のどっちかです――ボキャブラリーを増やす機会になるかもしれません。気持ちを表す言葉は5000個くらいあるのですから、少しはレパートリーを広げられるかも。
 カーッと熱くなってる気持ちに単純な一言でラベルづけをしているあいだは、怒りの理由を堂々巡りで考えるのをストップできます。ラベルづけができるというのは、気づいているという意味です。中身を解釈する必要はありません。
 それから、気持ちが暴れているとき、その感情から頭を切り離して身体感覚にスイッチすることも教えてください。激しい気持ちをもつこと自体は問題ないことも。それは人間の一部であって、誰にでもあるものだからです――親をぶん殴りたい気持ちだって、多くの人が一度や二度は体験してるんですから(思っても実行に移さないことを学ぶのが大事)。
 ラベルづけのバリエーションとして、厚紙を使うパターンもあります。厚紙を2枚、丸く切り抜いて、ピザのように放射線を書きます。その1切れずつに感情の名前を書きこんでみてください――怒り、退屈、寂しい、ワクワクなど。思いつく限り書き込んだら、2枚を冷蔵庫にでも貼っておきます。1枚は子ども用で、そのときの気持ちにぴったりのところにマグネットをくっつけます。もう1枚は親用で、あなたの気持ちを表すところにマグネットをくっつけます。親子でそれぞれ心の空模様をチェックするという発想です。
 親が気持ちを明らかにしていれば、子どもはそれを理解して、じゃあどうしようかと考えることもできるでしょう。親は、子どものマグネットが「激怒」にあるときは地雷を踏まないように注意して、「嬉しい」にあるときはケーキでも用意するといいかもしれません。
脳の仕組みを教える
 扁桃体へんとうたいが体内電波をジャックしてコルチゾールとアドレナリンが爆発したらどうなるか、脳のイラストを使って子どもに説明してください。噴火が起きたら誰でもなかなか止められないものなのだ、とわかるように。脳幹が勝手に暴走しやすいせいで、誰でも(思春期だけでなく)おろかで衝動的な行動をしてしまうのだ、と。
 また子どもには、前頭前皮質のはたらきと、子どもの前頭前皮質がまだ発達途中だということも説明しましょう。同じ年頃なら誰でもそうなのであって、自分だけがおかしいのではないとはっきり言ってあげてください。
ストレスには自力で対処できると知る
 われを失いそうなときには、なるべくハッピーな気持ちになるもの(出来事や人でも)を思い浮かべる、というテクニックがあります。仲間と一緒にいることを思い浮かべてもいいですし、親友の写真、旅行の写真、飼い猫の写真を見るのでもいいかも(うちの娘はアシカの赤ちゃんが大好きで、写真を見るとすぐに目をうるうるさせます)。
 何か安全なものを蹴飛ばしてもいいですし、友達に電話したり、ジョギングをしたり、楽器を思い切り演奏したりするのもいいでしょう(ドラムはストレス解消になるでしょうね。自宅でやるのは困りますけど)。
 このエクササイズは感情を無理に抑えるためのものではありません。脳のはたらきを学んで、荒れ狂う感情に自分が対処できると理解することで、思春期に経験する不安やストレスに向き合えるようになるのが狙いです。試験の結果が返ってくる、外見や能力に自信がなくなる、他人から下に見られる、仲間外れにされる、いじめられる、笑われる、セックスやドラッグや飲酒のことで困った場面に遭遇する、空気が読めない、浮いてしまう、孤独で不安になる、親や先生からのプレッシャーを感じる、ニキビができる、将来が心配……思春期はさまざまなトラブルや悩みにぶつかるものだからです。
 荒れ狂う気持ちを自分で制御できればどうなるか、それを想像するだけでも、その効果はすでに始まっています。うまくいけばそのうち、「扁桃体が今ヤバい」とか「コルチゾールがだいぶ出てる」と考えられるようになるかも。感情をそのまま表に出すのではなく、自分の感情を観察できるようになるでしょう。大事なのは、感情に意識を向け、心の空模様を感じとれることです。気持ちを自力で制御できると実感するためにも、本人が独自のテクニックを思いつけるのが理想的です。
思春期の脳で起きること
 ここでは劇的に変化する主な領域だけを説明します。
●扁桃体
 ホルモンの変化だけでなく、脳内では全面改装が行なわれます。感情のマザーボードである扁桃体の成長は、女の子のほうが少し早く始まりますが、やがて男の子も追いついて、思春期は男女ともに二重人格みたいに心理状態が激しく揺れ動くようになります。脳幹(爬虫類はちゅうるい脳)から送られるディープな衝動や信号を解釈する大脳辺縁系が、制御できない感情で大洪水になっているので、コンピューターが過負荷でクラッシュするのと同じように、情動のメルトダウンが起きるのです。
 親が感情的に叱りつけようものなら、子どもの怒りはさらに炎上し、第三次世界大戦の勃発。親がしっかり自分と子どもに注意を払い、おだやかさを失わず、子どもの身になって考えることで、本人が怒りの鎮め方を学べるようにしなくてはなりません。
●前頭前皮質
 衝動を抑える前頭前皮質という領域は、この段階では発育途中なので、能力を完全には発揮できません。きちんとした意思決定ができるときもありますが、制御がきかず、感情の猛獣みたいになるときもあります。「母さんはずるい」とわめき、部屋に入ってドアをたたきつけ、ヘビメタを大音量で流しながら枕をびりびりに引き裂いてるときは、脳がそんな状態だと理解してください。心配はいりません。これも、脳が自立していく通常のプロセスなのですから。思春期の前頭前皮質はほかの領域とのリンクを作りはじめています。その結びつきを通じて、自己意識や共感や、行動する前に考える力などがようやく作られていくのです。
●脳幹(爬虫類脳)
 10代初期のあいだは、脳の原始的な領域がかなり活発に活動しています。そのため、アッチアチの感情が水面下から沸騰してきて、火山みたいに突然噴火し、そこらじゅうに溶岩をまきちらすことがあるのです。前頭前皮質が工事中なので、その噴火を抑えておくことができません。共感する力もまだポンコツだから、他人がどう感じるか考えようとしません。親をゴミみたいに扱うのもそのせいです。本当に親に腹を立ててるわけじゃなく、たまたまそこにいるからという理由で、怒りをぶつけてる可能性が高いでしょう。「サンドイッチ食べる?」と声をかけただけでも、子どもの頭の中では「ズボンプレッサーとマヨネーズの区別もつかないバカ」と言われたことになってるかもしれません。
●海馬
 こうした神経の活動はエネルギーを食います。だから思春期の子は〝1日37時間〟くらい眠るのです。ようやく起きても頭が集中できないのは、海馬も成長し切っていないから。そのため長期記憶をたくわえることが得意ではありません。同じことを何度も何度も言って聞かせても、何度も何度も忘れるのは、そういうわけです。
●化学物質
 自己制御の力が育ってない思春期の脳は、感情に押し流されているときに、善玉の化学物質――危機的な場面でも落ち着きを保つオキシトシンなど――に切り替えることができません。しあわせを感じる化学物質エンドルフィンは、アドレナリンを鎮めて、ストレスレベルを下げ、マイナス思考をなだめることができるのですが、それをうまく生成することもできずにいます。
●その他の主な化学物質
コルチゾール  大人がストレスを感じたり、おびえたり、激怒したりしてるときと同じように、思春期の脳はコルチゾールの洪水で溺れています。10代後半の3割以上が、睡眠障害や摂食障害になってしまいます。きちんと眠れなくなったり、試験が心配でたまらなくなったり、不安が強くなったり、過食や拒食に走ったり……こうした問題にはマインドフルネスが助けになります。
セロトニン  セロトニンは思春期の衝動的行動をなだめ、睡眠パターンを安定させます。
ドーパミン  やる気をもつにはドーパミンが必要ですが、その量のバランスが悪いと、なんらかの依存症やうつ状態、もしくは身体的な機能に支障が生じることもあります。ドーパミンは依存性が高いのです。これが衝動的な行動を後押しするせいで、最悪のシナリオを想定できず、その場限りのスリルがすべてになってしまうことがあります(もしかしたら、親が子をきつく叱るのは、もはや体験できなくなった刹那的な生き方が心の底ではうらやましいからなのかもしれませんね)。
思春期に起きるその他のこと
① 自立心の芽生え
 動物の赤ちゃんが生まれた直後からよちよち歩きだし、親のそばを離れて飛んだり跳ねたりするように、思春期の子どもは自由と自立を求めて、親の庇護ひごから脱走を図るようになります。これは人生の厳しい山谷を歩ける力をつけるために必要なことです。親に別れを宣言して、自分で世界を探検し、見たことのないものを探し、リスキーなことに挑戦し、仲間とのきずなを育み、嫌いなやつとぶつかり……そうしたプロセスを経て、思春期のお得意のフレーズ「そんなのは不公平じゃないか!」が、世の常であることを悟っていきます。
 脳検査をすれば確認できますが、この時期に大脳新皮質が厚みを増し、それによって自己意識が伸びて、自我が作られていくのです。そうなると、親なんか眼中に入れたくなくなるので、かつては全能の神の立場だった親は、靴底にくっついたガムと同程度に降格されます。
② 社会的結びつきの形成――仲間が大事
 脳内の報酬回路から受け取るオキシトシンの力で、子どもは仲間との関係を何より重視するようになります。人気者になりたい、悪い仲間に認められたい、そのためならピアスだってタトゥーだって入れたいと思うようになります。仲間に拒絶されると自分の存在が揺るがされたと感じるので、パーティに招かれないのは膀胱炎ぼうこうえんになるよりつらいことなのです。
 この時期の男の子が母親に対して、女の子が父親に対して冷たい態度をとるのは、そうする必要があるからです。幼い頃は親とべったりなんですから、親離れの時期を経験しないと、将来はママもしくはパパと結婚するような子になってしまいます(ギリシャ悲劇のオイディプスのように)。親より友達が大事になるのも、将来ママとパパがこの世を去ったとき、自分の面倒を見てくれる存在が必要だからです。
③ 創造的思考の芽生え
 ある時点から、思春期の子は親を退屈で古臭い人間だと見るようになります。自分はもっと画期的な発想をしよう、新しいことを思いつこう、親のようにならないためになんだってしようという気持ちに駆られます(結局は親と同じようになるとしても、この頃は、もっと高い位置を狙うのです)。言われたとおりにしていた小さな頃と違って、自己主張してなんでも挑戦したがります。
 大人になって、また決められた箱の中に納まってしまう時期が来るまで、そんな手探りが続きます。親を越えなきゃならない、ますます複雑になる世界で生き延びるために独創的な解決策を発明しなきゃならない――という焦りがあるのです。思春期の子はそう思っていますが、黒電話がiPhoneに取って代わられ、コードつき掃除機が音声起動の自動掃除機に取って代わられたように、どの世代も同じ気持ちにかられて世代交代を繰り返してきました。
 時代を問わず、若者は「親が世界をめちゃくちゃにしたんだ」と考えます。親世代の失敗の尻ぬぐいをして、親の身勝手さや強欲さを責めることが、自分たちの役目なのだと思っています。世界が危機的状況にあるのも、北極の氷が溶けているのも、雇用が足りていないのも、経済状況が悪いのも、全部親が悪いんだ、と(こうした点については、たしかに彼らが全面的に正しいですが)。
④ 危険なことをやりたがる
 思春期の子にとって、最大のリスクは、リスクに挑戦しないことです。老人がテレビの前で居眠りしてるあいだに、若い世代が外に飛び出し無謀な活動をするからこそ、人類は進歩してきました。思春期の脳は猛烈な勢いでドーパミンを生成するので、快感を得られるためなら、どんなに危険なことにもチャレンジしたがります。友達が見ている前では、なおさらリスキーなことをやりたがります。
 でも、車で誰かの家のリビングに突っ込むとか、妊娠しちゃって相手は思い出せもしないとか、そんな行動はもちろん許容されるものではありません。実のところ、15歳から19歳の死亡率は、10歳から14歳の死亡率の6倍なんだそうです。
【最後に、ちょっと私の回想を……】  私は17歳のとき、友達と一緒にヒッチハイクで27時間かけてメキシコに行きました。変わった名前のお祭りがあると聞いたからです。メキシコに着いたら、タコス屋の干からびかけたみたいなじいさまが、ひしゃく一杯のメスカル酒をくれました。今思えば、あれはたぶんメスカリン(幻覚剤)の有機版だったんです。
 一口飲み干したら、目が覚めたのは3日後。道端で眠りこけていて、顔にひづめの跡がついていました。もちろんお祭りは終わったあとです。友達に見捨てられてしまったので、結局ひとりでバスに乗って、メスカル酒が大好きな地元の人たちと一緒にメキシコ南端のジャングルへ向かうことにしました。ヒッピーのコミュニティがあると聞いていたので、行ってみたいと思って。
 罰ゲームみたいに3輪のバスに4日間揺られ、ようやくたどりついたコミュニティに、私は1カ月ほど住み着いてました。そのあいだ両親は、当時の私が入っていた寮にひっきりなしに電話をかけて、娘はどこかと聞いてたそうです。ルームメイトは1カ月間、ルビーはシャワー中だと言いつづけてくれました。そんなに清潔好きな人間なんていないと気づいた両親が大騒ぎをしたので、私は帰国途中であえなく御用となったのでした。
( 了 )

ルビー・ワックスRuby Wax著者

1953年アメリカ生まれ。カリフォルニア大学バークレー校で心理学と演劇を学び、中退し渡英。ロイヤル・シェイクスピア劇団で舞台女優として活躍したのち、テレビやラジオで多彩な才能を発揮する。うつ病を経験したことをきっかけに、オックスフォード大学でマインドフルネス認知療法を学び、修士号を取得した。現在は、エンターテイナーとしての活動に加えて、メンタルヘルスに関する執筆・講演活動、企業向けのリーダーシップおよびマネジメント・ワークショップなどを精力的に行なっている。サリー大学メンタルヘルス・ナーシングコースの客員教授。著書は本書のほかに、同じくメンタルヘルスをテーマとしたSane New World(2014)とHow to Be Human: The Manual(2018)がある。

 

上原 裕美子Yumiko Uehara訳者

翻訳者。訳書は『壊れた世界で“グッドライフ”を探して』(NHK出版)、『「無知」の技法』(日本実業出版)、『後悔せずにからっぽで死ね』(サンマーク出版)、『わが子と歩む道 「障害」をもつ子どもの親になるということ』(オープンナレッジ)など、多数。

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