双葉社web文芸マガジン[カラフル]

心がヘトヘトなあなたのためのオックスフォード式マインドフルネス(ルビー・ワックス)

Photo ©Steve Ullathorne

第2回
赤ちゃんと“ヘトヘト母さん”のための
マインドフルネス

【編集部より】  前回に引き続き、この記事は、書籍『心がヘトヘトなあなたのためのオックスフォード式マインドフルネス』(ルビー・ワックス著/上原裕美子訳)が刊行されるのを記念して、原書『A MINDFULNESS GUIDE FOR THE FRAZZLED』より、書籍に収録できなかった、育児疲れや産後うつなどで「FRAZZLED(心がヘトヘト)」な方のための章を抜粋、再編集したものです。なお、ところどころに著者の独白や回想が入ります。
 前回は子どもが比較的大きくなってからの話でした。今回は、生まれたばかりの頃について考えてみたいと思います。
 子どもができた直後の親は、喜びと愛情でいっぱいになって、すべてがハッピーに思えてきます(のちのちの苦労を乗り切るために必要な感情です)。お菓子作りなんか好きじゃなかったのに、やたらファンシーなカップケーキを焼きたくなったり、今まで見向きもしなかったピンク色が大好きなカラーになったり。
 ところが出産してしばらくすると、急に、その子を憎んでいる自分に気づく日がやってきます。身長50センチ足らずで、頭もハゲ散らかして、自分の望みを説明もできずに転がって叫んでるだけの生き物のために、超能力者みたいにすべて察知して対応することを要求されるなんて、耐えられない!――と。
【ちょっと私の回想を……】  うちの子が赤ん坊だった頃、私は子どもとふたりきりでいるとパニックを起こしていました。コンセントを食べていても気づかないんじゃないか? 買い物に出かけたら店に子どもを忘れてくるんじゃないか?そんなことばかり考えて、親としての自分がまったく信じられなかったんです。だから、とにかくお金を出して、手あたりしだいにプロの力に頼っていました。病院から看護師を引きずって帰ろうかと思ったくらい。
 そうこうしているうちに、だんだん、私自身の母親に母としての自覚がまったくなかったことが思い出されてきました。育児書も読まず、私をベッドに放り込んだまま、「ギャアギャアうるさい!」。そのときの私は泣くしかできなかったというのに。
 私が少し大きくなってからは、よく『グリム童話』を読んでくれたのですが、母がするお話に出てくるのは、ちゃんとスープを飲まないという理由で子どもを食ってしまう熊とか、そんなのばかり。だから私は今でも、自分のスープどころか、レストランにいる客全員のスープを飲み干さなければ許されないような衝動に駆られるのです。
 当の赤ちゃんのほうは、遺伝子で定められた青写真のもと、さまざまな発育の可能性をもって生まれてきます。でも、その発育プログラムは自動的に発動するわけではなく、外的な体験を通じてスイッチがオンになったりオフになったり。胎児が母体の中でしだいに人間になっていくように、生まれたあとも周囲の保護と刺激を受けながら、人間の形になっていきます。人や世界とのかかわりを通じて脳の神経が活動し、結合していくのです。遺伝子の集まりと外的な刺激、その両方によって人格が形作られていきます。
 そもそも人類は、進化という過酷な競馬場で走りつづけていくために、気が遠くなるほどの年月をかけて、今の姿を獲得しました。受精卵が着床すると、さっそく細胞分裂を繰り返し、その姿を作っていきます。細胞は行き先をちゃんと心得ていて、肘の細胞は肘の場所へ、足の爪の細胞は真っ直ぐ下へ。眉の細胞は脇の下に行かないように。
 細胞はこんなふうに、指示がなくても、何十億年もやってきたとおりに身体からだを作ります。でも受精から4週間経って、猛烈な勢いでニューロンが生成されはじめると、今度はその子が生きていく環境に合わせて、そこで必要となる神経を作っていくのです(神経形成ニューロジェネシスって、カッコいいロックバンドの名前みたいですよね)。
 たとえば現代の西欧社会で生まれるなら、鼻で吹き矢を吹くスキルや、クジラの皮をはぐ技術は必要ないので、そうした能力を発展させるためのニューロンは弱くなります。使わない細胞が刈り込まれて間引きされていく、このプロセスは、「神経ダーウィニズム」と呼ばれています。赤ちゃんは最初はどんな音でも発音できるのに、繰り返し聞かされる言語の言葉や音に慣れて、その母語に使う音だけを発するようになっていくのも、そういうこと。
 舌を鳴らす音を毎日聞かせていたら、20歳頃には南アフリカのコサ語(※訳注 世界で一番発音が難しいと言われる)が喋れるようになるかもしれませんが、一般的にはいつも使う音に絞ることになります。母国語以外を喋るための神経は結合させないので、大人になってから外国語を学習しても、ネイティブみたいな正確な発音をすることは不可能になります。
 要するに、親や保護者はここでとっても大事な仕事をしているのです。子どもが必要とする神経の形成を手助けしています。そのためにいくつか心がけてほしいヒントがあります。
①注意を払うことを大事にする
 赤ちゃんは注意を集中する方法を身につけています。目の前のモノに集中し、その名前、色、形が把握できるまで、ほかのことに気をそらさずにじっと見つめています。クルマを指して「クーマ」「クーマ」と言うときも、そこに全力で注意を集中しているのです。
 あなたがまともな母親なら、子どもを揺さぶって「また間違えてる!」なんて言ったりせず、「あれはクルマよ」と教えて、「クルマ」と正しく言えたときに大喜びでほめちぎってください。言葉を正しく覚えてほめられるたび、赤ちゃんの脳内でドーパミン(※注1)が放出されて、また新しい言葉を覚えようという意欲がわきます。
 残念ながらその後、身の回りのさまざまな選択肢に気が散るせいで、人は集中の仕方を忘れてしまうのです。気持ちについても同じことが起きます。赤ちゃんは動物と同じで、しあわせなときも悲しいときも、怖いときも怒っているときも、そのときの自分の気持ちを感じる力をもっています。ところが大人になるにつれ、たいてい感情に蓋をする力を身につけて、そうした感情をもつことに罪悪感を抱いたり、人前でポロリしないように念入りにパンツの中に隠したりするようになるのです。
  • 注1:やる気や快感、多幸感を生み出す神経伝達物質の一種。
②母子のシンクロ状態を作る
 座る、仰向けになる、適当に横になるなど、どんな体勢でもいいので、身体が椅子や床に接している部分に注意を向けてみてください。うるさくしゃべっている頭の中の声から意識を離して、今感じている身体感覚に集中します。それから呼吸に意識を移します。1から10まで数えるといいでしょう。次に赤ちゃんをやさしく抱き上げて、心臓と心臓が近くなるように抱きます。自分の呼吸が子どもの心臓に吹き込まれ、子どもの呼吸が自分の心臓に吹き込まれると想像してください。互いの鼓動がシンクロしたら、それに注意を集中します。最後に赤ちゃんを少し身体から離して、目を見ましょう。こちらの感情を投影せず、ただそのまま、赤ちゃんの目を見つめます。
 それからやさしく揺すります。親が喋る意味のない赤ちゃん言葉は、赤ちゃんをおだやかな気持ちにする効果があります。やさしい声で呼びかけ、反応を見てみましょう。赤ちゃんは、ママからこんなふうに声をかけられるのが大好きです。声の調子は、顔の表情と同じくらい大切なのです。
 このエクササイズはフォトジェニックな美しい親子のシーンになりますが、メリットはそれだけじゃありません。親が子どもを抱いたり揺らしたりすると、自然と親子の鼓動がシンクロするのです。赤ちゃんは、母の瞳孔が縮小しているのを見て、副交感神経が活性化している(おだやかな気持ちになっている)のを感じとります。そして子どもの体内でエンドルフィン(※注1)が放出し、快感の反応となります。
 反対に、母親が子どもに怖い顔を見せたり、乱暴にかかえたり、「やめなさい!」とキツく叫ぶだけだったりすると、子どもの体内でも大量にコルチゾール(※注2)が分泌ぶんぴつ 、交感神経が活性化します。私は両親から「ダメだ」「やめなさい」と言われてばかりでした。だから今でも、寝ているときでさえ、心身が戦闘状態になっているんだと思います。
  • 注1:神経伝達物質の一種。痛みや苦しみ、ストレスを鎮める作用や、多幸感を高める作用がある
  • 注2:副腎皮質ホルモンの一種で、ストレスを受けると分泌量が増える。そして、コルチゾールの分泌が増えると睡眠不足や、記憶を司る脳の部位「海馬かいば」の委縮を招く。
③ミラー・ニューロンのはたらきを活用する
 母子のシンクロ(一部の科学者はナンセンスだと否定していますが)を支えている要素が、「ミラー・ニューロン」と呼ばれる神経細胞です。脳のあちこちに見られる細胞で、身体の動きと認知をリンクさせるはたらきがあり、そのため人は他人の考えを「真似まねする」ことがあるのだと言われています。この章の内容に沿って説明すると、親がなんらかの感情を示した表情をすると、それを見た赤ちゃんの脳内で自動的に、類似したニューロンが発火し、同じ表情を作るのです。簡単に言えば、親が笑えば子も笑う、というわけ。
 毎日、昼でも夜でも、人間はつねにお互いの感情を合わせ鏡として、気持ちのフィードバックをしていると考えてみてください。「今の機嫌は?」と聞かれたら、目の前にいる友達の顔を見て、その表情を答えればいいのかも。
 とにかく、親が笑うと、赤ちゃんは楽しい気持ちになります。親が腹立たしそうな顔をしていると、赤ちゃんも心が乱れます。脳は顔の筋肉とダイレクトにつながっていて、化学物質の放出も、ニューロンの結合も、神経によって顔の表情と直接的にリンクするのです。脳内で愛情ホルモンのオキシトシンが出ると、口角が上がり、目がキラキラして、笑顔が作られます。母親がいつでも怖い顔で子どもを見ていたら、脳内でこのプロセスは生じません。
子どもにマインドフルネスを教えよう
 4歳くらいを境に、「赤ちゃん」は「子ども」へと魔法のような変貌をとげます。「ピーナツバターは空から降ってくるの?」とか、「赤ちゃんはママの鼻から出てきたの?」とか、いろんな質問をするようになるでしょう。私は専門家じゃありませんから、この手の質問にはいつも「そうよ」と答えていました。そのせいで、うちの子たちは26歳を過ぎてもサンタクロースを信じてる節があるんですが。
 ともかく、子どもが赤ちゃんではなくなったら、脳のイラストを見せてみるといいと思います。早すぎることはありません。脳はどんな形で、どんなはたらきをしているか。誰の頭にもだいたい同じ機能が備わっていると伝えましょう。脳には扁桃体(※注1)というものがあり、そこが危険を察知して、いじめっ子に遭遇したときに、その子に殴りかかるか、それとも悲鳴を上げるか、どっちかの緊急信号を出すことも。
 みんな頭の中に同じ装置があると理解すれば、自分だけそうなるんだと思って卑下したり罪悪感を抱いたりせずにすみます。感情が爆発しそうなときは、「今、僕の扁桃体が熱くなってるんだな」と納得できるかもしれません。人間は感情や心配事に振り回されるものだと知っていれば、しっかり勉強したのに試験であわててしまっても、「まずは落ち着かなきゃ」と考えることができるでしょう。
 自分が「爬虫類脳(※注2)」になってると気づけるなら、気づいたことで自動的に、脳の理性的な司令官である前頭前皮質(※注3)がはたらきます。親はバービー人形やトランスフォーマーのフィギュアを使って、脳のさまざまなはたらきをお芝居で説明するといいかもしれません。超人ハルクのフィギュアがあれば、「爬虫類脳」のせいで暴れ出し、「人間脳(※注4)」に戻って冷静になる様子を一番わかりやすく説明できるでしょう。
 この年頃の子どもは、「なんでも自分でできる」と言いたがるかもしれませんが、この頃は親の存在をそばで感じている必要があります(13歳くらいになれば、「親なんてウザい」と言い出すでしょうけど)。親は、いわば神として、すべての安全と安心を提供する立場です。だからこそ重要なのは、少し前にも書いたとおり、あなたがしょわされてきた荷物を子どもに押しつけないこと。
 子どもの脳はまだ発達の途中です。たとえ親から見てまったく意味不明な行動だとしても、本人が自分の行動をきちんと理解できるようになっていかなくてはなりません。そのためには親の助けが必要です。
 臨床心理学者のピーター・フォギナーは、他人の気持ちを考える力を「メンタライゼーション」と呼んでいます。自分自身の行動を意識し、理解することで、他人の行動、動機、意図に思いを馳せることができるようになります。子どもをもつ親は、ぜひこの「メンタライゼーション」を活用してください。
 親が子どもにみつけば、子どもは親に噛みつくでしょう。親が思いやりをもち、意見を押しつけず、本心から好奇心を示して子どもの言うことに耳を傾けるなら、子どもの脳はその体験を吸収します。思い出してください――体験が脳の構造を作るのです。親の接し方が、その子の現在と未来の人格を作っていきます。
 親から見て許容できないことをしたときは(階段の前で妹を突きとばそうとしたとか)、まずは親である自分自身の反応を意識してみましょう。激怒して、それをそのまま表に出していたら、子どもは身構えるだけ。厳しいけれど温情のある態度を親が示していれば、子どもの正直な気持ちを引き出すこともできるのです。
  • 注1:脳の「大脳辺縁系」の一部で、情動を司る小さなアーモンド状の神経細胞の集まり
  • 注2:原始的な機能を司る「脳幹」のこと。つまり、「食べたい」「眠りたい」などの本能が優勢な状態。
  • 注3:知性や創造性、認知機能、感情などヒトとしての最重要の機能を司る脳の部位
  • 注4:大脳新皮質のこと。理性や思考、論理などを司る。
【再び、ちょっと私の回想を……】  小さい頃、家族旅行で行ったジャマイカで、私は1匹のトカゲに夢中になりました。アルビンと名づけて、天井や壁や床を飛びまわる様子をワクワクして眺めていました。でも、母は私の大事な友達をトイレに流したのです。なんの警告もなく、便器にポチャン、と。今でも忘れられないのですから、トラウマになってるんだと思います。
 しかも、話はそこで終わりません。私は2匹目のトカゲをつかまえて、アルビン2号と名づけました。母の目を盗んでスーツケースに入れ、その子をシカゴの自宅に連れ帰ることにしたのです。洋服のあいだに入れておけば呼吸できるから大丈夫だと思って。ところが、税関でスーツケースを開けられたとき、そこにいたのは手足を広げたまま固くなったアルビン2号。母は、私がどれだけアルビンたちを大事にしていたか知ろうともせず、私をこっぴどく叱りつけました。
 ピーター・フォナギーによると、親が自分自身の思考を理解しながら、子どもの思考を汲みとってやれるならば、その親には「内省機能(リフレクティブ・ファンクショニング)」があるのだそうです。内省する力をもった親は、子どものことを、独自の考えをもつ存在だと理解していて、子どもに、優れたソーシャルスキルと、自分の感情を制御する力をつけさせることができます。
 子育てに関する名言で、私にとってすごく役立ったのは「正す(コレクション)よりも結ぶ(コネクション)」という言葉でした。困ったときこそ子どもとのきずなを結び直そう、という意味です。でも、正直言って、いつでも自分自身と子どもをおもんぱかる親でいるなんて、簡単ではありませんよね。子どもには子どもの考えがあるとわかっていても、ヘアドライヤーの中にトーストを突っ込む怪物の言葉に辛抱強く耳を傾け、その考えを感じとるなんて、ほとんどの親にとっては夢物語。フォナギーが言う「内省的な育児」は理想論に思えるかもしれませんが、こんなエクササイズを試してみてください。
好奇心を示しつつ、根掘り葉掘りは聞かない
 わが子がスーツケースにトカゲを隠すような状況に直面したら、ちょっとだけマインドフルネスの瞑想をしましょう。気持ちが落ち着いてから、おだやかな口調で、トカゲのどこがそんなに好きなのか尋ねてみてください。「だったら100匹とってきていいわよ」と言わねばならない、という意味ではありません。ただ、結論を言いわたす前に、少なくとも子どもの視点を認めます。
「トカゲが死んだくらいで赤ちゃんみたいに泣くんじゃありません。誰だっていつか死ぬんだから」
 などと切り捨てないで、こんなふうに言ってみましょう。
「トカゲくんは、スーツケースでつぶされるより、外で友達と一緒に木から木へジャンプしてたほうがしあわせだったかもしれないよ。どう思うかな?」
 こんな言い方ならば、子どもにとっても腹落ちしやすくなります。また、親が子の気持ちを聞きたがっている姿勢を見せると、子どもの体内では快感のエンドルフィンが放出します。その状態であれば、親の意見に対して身構えたりしません。次に挙げる点を振り返って考えてみてください。

・スーツケースにトカゲを発見したとき、親であるあなたは何を考え、どんな気持ちになりましたか?
・否定的な反応をどう抑えましたか?
・親が反応を変えたら、子どもの反応はどう変わりましたか?
・トカゲについてどう思う?(少し好きになった?)
【実践編①】感情に対処するエクササイズ
 子どもが感情を爆発させたとき、何がなんでも円満に収めようとする必要はありません。
 人間は色とりどりの感情を抱くものなのですから、それをたくさん体験させましょう。子どもが暴言を吐けば親だって傷つきますが、だからといって、感情そのものを抑え込むべきではありません。だから、すぐさまなだめて終わらせようとしないで。のちの人生でものごとがうまくいかなかったときに、粘り強く折れない心をもつためにも、子ども自身に自己制御の力を身につけさせなくてはなりません。
 【もう一度、ちょっと回想……】  息子のマックスがまだ小さかった頃、公園で開かれていたパーティに行ったことがあります。息子がトランポリンによじのぼろうとすると、先にいた子が意地悪をするのです。うちのかわいい息子をいじめるなんて! マックス本人は、意地悪されてることがわかってないのか、気にしてない様子。なのに私は一気に激怒モードになって、トランポリンによじのぼり、いじめっ子にやり返そうとしたのです。マックスは唖然 としていました(ほんとにやってたら大事になってたでしょうけど、私はそのとき妊娠8カ月で、トランポリンの上でバランスがとれず、あっけなく倒れてしまいました)。
 このときの私が親として間違っていたのはわかっています。でも、これだけは言わせてください。私は自分の感情が存在しないふりだけはしませんでした。いつも気持ちを閉じ込めて、たとえ心の中は嵐が吹き荒れていても、おだやかに微笑している親もいるのでしょう。でも、そういうときの子どもはなんとなく雲行きが怪しいのを感じとりつつも、向き合あって解消する機会を与えられないので、大人になってから、親と同じ作り笑いをするようになります。怒りを押し隠して蓋をするようになります。
 一番いいのは、子どもに害がおよばない方法で、親の感情をしっかり表現すること。子どもはそれを見て、感情と向き合うコツを身につけていきます。
感情と向きあう
 子どもがネガティブな感情を爆発させているときは、まずは親自身が、それを受けてどう感じているか意識してみましょう。感情を抑えつけたり否定したりせず、頭の中の理屈ではなく身体に感じる感覚に意識を集中します(詳細は私の書いた『心がヘトヘトなあなたのためのオックスフォード式マインドフルネス』の第5章・マインドフルネス6週間コース「感情のマインドフルネス」を参考にしてください)。
 重要なのはネガティブな気持ちを消すことではなく、ただの身体的現象として扱うことです。身体の感覚はあれこれ分析する必要はありません。
 親の気持ちが落ち着いてきたら、子どもの激しい感情に引きずられずに話を聞ける状態になっています。自分の身に置き換えて、たとえば「それはつらかったね。母さんが同じ目に遭ったら本当に悲しくなると思う」と言ってやることができるでしょう。「かわいそうに、ママがいるから心配ありませんよ」とベタベタ甘やかして済まそうとせず、子どもが感じる気持ちに理解を示してみせることがポイントです。
【実践編②】お話を通じたエクササイズ
 子どもは、お話を聞く体験を通じて、自分と世界というものの感覚をつかんでいきます。古今東西で語られる物語は、登場人物の名前が違うだけで、実はいくつか共通する「類型(アーキタイプ)」に沿っており、テーマにも普遍性があります。よい人間と悪い人間を区別する倫理的な指針を打ち出していて、たいていは善人が善人であるという理由で勝利することになっています(グリム童話は不条理な話が多いですけど)。
 そして、どの国の物語にも、筋書きをひねるために(ついでに主人公の衣装チェンジをするために)、守ってくれる妖精みたいな存在が出てきます。こうした物語で人生のシミュレーションをしながら、子どもは「自分」というものに対する認識を深めていきます。
 物語を語る生き物は人間だけです。ほかの動物に「お話しして」と言ってみても、モーとかなんとか鳴くだけで、背を向けてしまうでしょう。
 お話の読み聞かせはすでにしていると思いますが(してないなら、ぜひ)、ときどき趣向を変えて、子どものほうがお話をする試みも取り入れてみてください。本人がその気になったときだけでかまいません。子ども自身の体験を、お話として語ってもらいましょう。どんなストーリーになっても、親はそれをきちんと聞き、内容と子どもの態度に注意を集中してください。飽きてきて続けたくなさそうだったら、そこでやめてもOKです。たいていの場合、親が熱心に聞きたがる姿勢を見せると、子どもも喜んで語りたがります。親が好奇心と思いやりをもって話を聞いていれば、ますます一生懸命に話そうとするでしょう。
【実践編③】自己制御の力を育てるエクササイズ
 自己制御の力を育てるエクササイズの説明に入る前に、説明しておきたいことがあります。楽しみを先延ばしできる子に育てる重要性についてです。望みはいつでもすぐに叶うと期待して生きていると、むしろ失望することが多くなるからです。
 幼い頃に楽しみを先延ばしできる力があるかどうか、それがのちに学歴やキャリアの成否に響いてくることは、「マシュマロテスト」と言われる有名な実験で明らかになっています。この実験では、4歳の子どもをひとりずつ部屋に入れ、その部屋のテーブルにマシュマロを1個置きます。
「5分後に戻ってくるからね。それまでマシュマロは食べちゃいけないよ。食べるのを我慢できていたら、マシュマロをもうひとつあげるからね」
 研究者はそう告げて部屋を離れます。ある実験では一部の子どもにマシュマロを我慢するコツとして「マシュマロの形や、色や、大きさをじっくり観察してごらん」と指示しました。
 すると、マシュマロの形に集中した子どもは、味のことを考えていた子どもよりも、食べずにいることに成功していました。
 これはまさにマインドフルネスの練習です。味について想像していると、「食べたい食べたい」という欲求が頭の中でリフレインして、「どんな味がするだろう」と未来についての思考にとらわれてしまいます。でも、今、目の前にあるものに注意を集中していると、思考の堂々巡りになりません。
 マシュマロ実験で自制心を発揮できていた子どもは、我慢できなかった子どもよりも、前頭前皮質がよく発達していました(前頭前皮質が発達すると自己制御の力が強まり、注意を集中し、衝動ではなく論理的に思考する力が高くなります。これについての詳細は本書第3章をご覧ください)。そして、もっとも自制心が強かった4歳児は、中学生や高校生になった時点で、衝動に流されやすい同級生よりもよい成績を出していました。成績だけでなく、生活全般で集中力に優れていました。
 あれをしなさい、これをしてはダメ、と親が細かく指示を出しつづけても、子どもに自制心を学ばせることはできません。むしろストレスになってマシュマロを袋ごとがっつくようになるでしょう。遊びを利用して工夫をこらし、欲求を我慢する方法を学べるよう導くのが賢明です。ただし、あからさまに誘導せず、本人が自分の力で感情を制御していると思えるようにすること。親はその場に控えていて、トラブルになりそうなときに子どもを抑えるだけにしましょう。
 発達中の前頭前皮質を鍛える最適な遊びは、「サイモン・セッズ」と「動いたら負けゲーム」です。「サイモン・セッズ」は、誰かひとりが命令をして、みんなでその指示どおりの仕草をします。合図にあわせて指示に従うというのは、自制心をはたらかせるよい練習です。また、音楽がとまったらぴたっと動きをとめる「動いたら負け」でも、上手に自分を抑えることで、認知制御をつかさどる前頭前野のはたらきが鍛えられます。衝動を我慢できる子どもに一等賞をあげましょう。
《スノードーム》で自分のイライラを観察させる
 子どもにスノードームをプレゼントします。念のため説明しますと、スノードームというのは透明のガラスボールで、中に小さな人形やおもちゃが据えつけられていて、観光名所の景色や、幻想的な光景などを表現しているオブジェです。ドームを持って振ると、内側で雪がキラキラ舞い上がります(入ってる人形さんたちはびっくりするでしょうけど)。振らずにそっと持っていると、雪は底に降り積もって落ち着きます。
 子どもにこれを持たせて、振ってから落ち着くまでを観察させてみましょう。気持ちが乱れているときに、自分の心の表れとして、スノードームを利用することを提案してみます。すごく怒っていたり、すごくイライラしているのなら、激しく振ってみます。それから振るのをやめて、ドームの中の様子にじっと注意を集中します。深刻にせず、おもしろい遊びとして、ガラスの中でフワフワ舞い落ちる雪の気持ちになってみよう、と促してみてください。
 ほかにも、こんな質問を投げかけてみましょう。

・振ってたときは、どんな気持ちだった?
・振るのをやめて、雪を観察してるときは、どんな気持ち?
・雪がやんだら、自分の気持ちはどうなった?


 子どもがこの遊びを気に入って、雪と一緒に気持ちもおさまったと答えたならば、今後も心が高ぶったときにスノードームに頼ることを提案してみてください。試験の前でも、友達にムカついたときも、先生にずるをされたと感じたときにも、秘密兵器であるスノードームを手に取って、好きなだけ振って、雪と一緒に気持ちを落ち着けるのです。神経が高ぶっているときに、自らそのことに気づき、自分や他人を責めたりせず、自力で平静な状態に戻れると心得ているための訓練になります。つまり、自己制御の練習です。
 幼い頃にこれを学んでいれば、大人になってから「爬虫類脳」が暴走したときにも、自覚できるようになるでしょう。怒りの犯人捜しをせずに、ただなまの感情そのものに注意を向けていられるならば、その感情が固定ではなくだんだん鎮まっていくと理解できますし、実際にいつでもそうなります。
 もしかしたら、50歳になるまでスノードームを手放せない大人になるかもしれませんが、薬物で楽になろうとする大人よりよっぽどマシです。
《フクロウごっこ》でマインドフルネスの練習を
 オランダ人セラピスト、エリーン・スネルが出版した『親と子どものためのマインドフルネス』(サンガ出版)は、子どもにマインドフルネスを教える方法を紹介したすばらしい本です。さまざまなエクササイズが紹介されていて、DVDもついています。その本に出てくる「カエルごっこ」を参考に、私は「フクロウごっこ」というエクササイズを考えてみました。エリーンが笑って許してくれるといいんですが。
 まず、木の枝にとまっているフクロウさんは何をしてるか、子どもに想像させましょう。
「えーと、フクロウさんはじっとしてて、動かすのは頭と目だけ。用心深くて、なんでも知ってる」
 そんな答えが返ってきたら、今度は、その「フクロウになったつもり」を想像させます。枝にじっととまって、動いたり飛んでいったりせず、あたりを観察して、周囲で起きること全部に気づいています。実際にフクロウはとても賢い動物で、あらゆることを敏感に察知していると説明してもいいでしょう。
 フクロウになった子どもに、息を吸って羽根がふんわりふくらむ様子、息を吐いてまたしぼむ様子を意識するよう促してみます。目もフクロウみたいに動かします。しばらくしたら、目を閉じるよう声をかけてください。今度は周囲で聞こえてくる音と、自分の内側で聞こえる音に、耳を澄まします。ちょっとした物音にも、そして静寂にも、ただじっと耳を傾けます。次は匂いです。目を閉じたまま、何かの匂いを感じるか尋ねてみましょう。
 匂いにしばし意識を向けたあとは、呼吸がさっきよりゆっくりになっているかどうか、聞いてみてください。呼吸と一緒に気持ちも落ち着いてきたか、本人に考えさせてみます。落ち着いてなくても問題ありません。気持ちがどうなっているか注意を向ける練習、身体がどう感じているか気づく練習になっているからです。
 心がソワソワしたり、不安になったり、プレッシャーを感じたりするときに、この「フクロウごっこ」をやってみたらいいかもしれないよ――と話してみてください。フクロウになったつもりで、じっと座って、羽根がふくらんだり縮んだりするのを感じてみるのです。テストを受けるときや、いじめっ子に遭遇したときや、誰かにいやなことを言われたときにも、こうして気持ちを落ち着けて集中力を発揮できると心得ていれば、それが助けになります。
 怖い気持ちは誰でも感じるものだということを、ぜひ伝えてください。不安じゃないふりをしたり、反対に不安ばかりをつのらせたりするのではなく、ただその気持ちに気づいて、フクロウみたいにしっかり見つめていられれば、それでいいのです。
 夜ベッドに入ってから、心配事、計画、期待、もしくは「こうすればよかった、ああすればよかった」という後悔で頭がいっぱいになって寝つけないときにも、フクロウごっこが役立ちます。フクロウが寝る様子を想像するよう促してみましょう。きっと目を閉じて、頭の中の考えを右から左へ追い出してしまうことでしょう。呼吸にあわせて羽根がふくらんだり縮んだりすることだけを想像します。

「おやすみ、フクロウさん」
「おやすみ、フクロウママ」

 そんな会話をかわして、あなたもベッドに入ってフクロウになりましょう。
(第3回へつづく)

ルビー・ワックスRuby Wax著者

1953年アメリカ生まれ。カリフォルニア大学バークレー校で心理学と演劇を学び、中退し渡英。ロイヤル・シェイクスピア劇団で舞台女優として活躍したのち、テレビやラジオで多彩な才能を発揮する。うつ病を経験したことをきっかけに、オックスフォード大学でマインドフルネス認知療法を学び、修士号を取得した。現在は、エンターテイナーとしての活動に加えて、メンタルヘルスに関する執筆・講演活動、企業向けのリーダーシップおよびマネジメント・ワークショップなどを精力的に行なっている。サリー大学メンタルヘルス・ナーシングコースの客員教授。著書は本書のほかに、同じくメンタルヘルスをテーマとしたSane New World(2014)とHow to Be Human: The Manual(2018)がある。

 

上原 裕美子Yumiko Uehara訳者

翻訳者。訳書は『壊れた世界で“グッドライフ”を探して』(NHK出版)、『「無知」の技法』(日本実業出版)、『後悔せずにからっぽで死ね』(サンマーク出版)、『わが子と歩む道 「障害」をもつ子どもの親になるということ』(オープンナレッジ)など、多数。

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