双葉社web文芸マガジン[カラフル]

なまものを生きる / 少年アヤ・著

©少年アヤ

第7回

○:月:○:日:○

 久々に会った友人に、こないだ駅前で自撮りしてたでしょ、と言われる。

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 と思ったら、今度はその友人の旦那さんに、ちょうど自撮りしていたタイミングで出くわしてしまった。

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 「おかま」の自称をやめて、家を出ると同時に、ぼくは身体のあちこちについていた贅肉を20キロ近く落とした。当時は「やせたらかわいいかも」くらいの気持ちでダイエットに励んでいたけれど、ほんとのところは、とにかく自分の肉体から、余計なものをいっさいがっさい拭い去りたくて仕方がなかったのだと思う。
 しかし勢いのまま必要なぶんの脂肪までえぐり取ってしまったらしく、一時期は干からびたみたいにやせていた。また、二ヶ月くらいでズドンと落としたせいで、のちのちひどい代償を払うことにもなった。
 けれどあのとき得たものは、その後の人生を生きていくために、とても大切なものだったと思ってる。
 
 ぼくが身に纏っていた脂肪は、自分をくるしめるために、からあげクンやケンタッキーばかり詰めこむようにたべてつけたものだった。ある意味で「おかま」という着ぐるみの象徴、あるいはそのものだったのかもしれない。
 だから思いきり痩せてみたとき、ぼくはぼく自身の肉体を、着ぐるみから、そ社会から、そして自分自信から取り返したという気持ちでいっぱいだった。
 毎朝、鏡を見るたびうれしい。ああ自分だなあ、自分がここにいるなあと思う。しかも超かわいい。
 そう思えること自体、ぼくはうれしくてたまらなかった。感動的ですらあった。
 そうだ、自分は自分のものだ。だからかわいいって言うよ。思うよ。写真も撮るよ。なにがわるい、文句あっか。

 そうしてぼくは自撮りにのめり込み、ツイッターやブログに投稿しまくり、挙げ句の果てに缶バッジや生写真まで製作し、友人知人に配るようになっていった。ほぼみんなに「どうしたの?」と言われ(当たり前だ)、ツイッターでは山村だったら滅びるくらいの人数が離れていった。
 けど後悔はしていない。だって、自分をかわいいと思える、大切だと思えることのよろこびで、あのときのぼくは天にも昇れそうなほど舞いあがっていたし、そういう自分が、限界まで飛んでみた先にある景色や感覚を、なまみの身体で味わってみたかったんだもの。
 それにしても、あの缶バッジみんな捨てただろうな。

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 そういう話を、今日はいずよの前でも力説してしまった。いずよは窓越しに「CR新海物語」の巨大ポスターを背負いながら、うんうんと話を聞いてくれた。白熱するあまり鼻水が垂れそうになっていると、いずよはうんうんと頷きながらさっとティッシュを貸してくれた。ティッシュはいずよんちの匂いがした。
 しかし話しながら、たかだか自撮りのことを、自分の顔面を愛するというだけのことを、こんなにもくどくど喋るなんて負けだよな、とか思った。
 もっとハッピーに、ただたのしいからやってるだけだよ、ってとこに行けたらきっと気持ちいいんだろうけれど、いまのぼくではまだ足りない。から、やっぱりくどくど話してしまう。

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 プチ整形を試してみたのは、やっぱり自撮りをひけらかしていたころだった。調子に乗ったぼくは、自撮り写真という虚像に、おのれを近づけて、もっとかわいくなろうとしたのだ。
 いまにして思えば、急にすっぱだかになったことが不安で、なにかあたらしい着ぐるみを求めていたのかもしれない。
 インターネットで検索してすぐに出てきた、ヒアルロン酸注入が初回数千円だというそのクリニックは、新宿の薄汚い雑居ビルのなかにあった。まっしろで統一されたインテリアと、どこからか漂ってくるヒーリングミュージックとアロマの香りが平穏すぎて不穏だった。
 緊張しながら診察室に入っていくと、冷めた目をした医者の「ん」という指示と共にごろりと診察台に寝転ばされ、「あの、千葉雄大くんになりたいんです」と訴える間もなく、あごにヒアルロン酸を打たれた。
 ただでさえ痛いのに、ヒアルロン酸は打ってすぐに形を整えなくてはいけないらしく、じんじんするあごを粘土のようギュウギュウつままれ、あまりの痛さに「ふぎ」と鼻息が漏れた。医者も看護師も失笑している。

 いったいなにが起きたんだろう……とぼんやりしながら帰宅し、鏡を覗くと、ぼくのあごはぱっと見てわかるほど腫れあがっており、おまけに歪んでいた。なんだか絵本のコブとりじいさんみたいだ。
 友人たちはそんなぼくを見て大笑いし、ひとりは椅子ごとひっくり返ってビールをこぼし、海外にいた妹にはテレビ電話でけちょんけちょんに貶された。

 数日でひどい腫れは引き、あごの隆起はたったの2ミリほどに落ち着いたけれど、2ミリくらいではだれも気づいてくれないし、なのに歪みは妙に目立つ。
 一刻も早くヒアルロン酸が体内に吸収されるよう、あごを積極的に直射日光に当てる日々がはじまった。体質もあってか、一ヶ月ほどですぐに跡形もなくなったけど、それはそれでどうなんだろう。

 あれから、クリニックにはいっさい近づかなくなったし、整形を試そうとも思わなくなった。そもそも痛いのがこわいのと、びんぼうになったのと、ある人から「きみが千葉雄大になるには2000万かかる。だけど似ない」と断言されたこともでかい。
 ちなみにいまはわりとリラックスして、自分の容姿を受けいれている。無理なダイエットはしないし、極端な暴食もしない。そしてたまに自撮りをしては、よりによって友人夫妻に次々と目撃されたりしている。

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 昼過ぎからもんちゃん、ののちゃんと三人で散歩した。マックをむしゃむしゃ食べながら、近所の路地や商店街をうろうろ歩いて、満開になったクチナシの匂いを並んで嗅いだ。びんぼうじゃないと、平日の昼間から花の匂いなんて嗅げない。
「そういえばののちゃん、こないだ言ってた気になる人ってどうなったの」
 もんちゃんがもんちゃんらしい、のそのそした口調で言った。背の高いののちゃんは顔を真っ赤にして、子どもみたく「シーッ」とか言う。
「だめだめ、アヤちゃんにはまだ内緒なんだから」
「ひひひ、そりゃあ大変だ」 
 もんちゃんは意地悪っぽく笑った。
「なになに、ののちゃん恋してんの」
 ぼくがからかうように言うと、ののちゃんはますます真っ赤になった。
「やだやだ、えーでもなんていうか、まあ恋って感じだよう」
「へーそうなの。どんな人?」
 ののちゃんはモジモジ答えた。
「……うんとね、声優なんだけどね」
 それからののちゃんは、ファンだという声優の話を延々した。なんでも、毎週末ごとに開催されているイベントに通いだしたら、月々2万くらい払って治療していた肌荒れが一瞬で治り、うっかり会社のトイレを詰まらせるほどの快便になったらしい。
「ふうん、恋ってすごいね」
 ぼくはそれだけ言って、しゃべりつづけるののちゃんの口だけをじっと見た。すぐに「どこ見てんだ」と叱られた。

 すっかり歩き疲れると、ぼくたちはサイゼリヤに入って安いワインを飲んだ。もんちゃんはお酒飲めないからジュース。
 そしてぽつぽつ届くピザやチキンを頬張りながら、さっき商店街で買ったポケモンのカードを引きあった。袋で小分けになっていて、なにが出てくるかわからないやつ。たぶん20年くらい前のものだ。
 一枚ごとにジャンケンをして、勝った人から順番に引いていくルールにしたのだけど、だんだんとそれぞれのリズムみたいなものが見えてくる。
 ののちゃんはへらへらしながら、「あれー?またいいやつ当たっちゃった」と、レアなキラキラカードをどんどん引いていき、もんちゃんは、ほしいものだけを堅実にコツコツ引いていく。ぼくはジャンケンには強いんだけど、引くものはいもむしのやつとかハズレばっかりで、だけど落ちこむ間もなくまたジャンケンに勝つ。
「やだー、人生じゃん」
 ふたりはあまりピンときていなかったけど、ぼくにはそう思えてならなかった。
 ぼくたち三人は、自分はこういう人間です、ということをあまりはっきり言えないタイプだ。あらゆる単位の場所で、うまくやれたためしがない。
 だけど手で引いたもの、選んだものに、こうも自分らしさが宿るなんて。たとえ目隠しされていたって、自分らしさから逃げられないなんて。
 あまりにぼくのカードが地味なので(パウワウとかイシツブテとかばっか)、ふたりがかわいそうに思って、かわいかったり、キラキラしてたりするカードをすこしわけてくれた。こういうのもぼくらしいといえる。ののちゃん、さっき声優の話スルーしてごめんね。
 サイゼの窓から見る月が赤い。

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 芝公園でバッハとだらだらおしゃべりをしていたら、遠くで散歩をしていたチワワがてててとまっすぐに歩いてきて、バッハの膝にちょんと手を乗せた。飼い主のお兄さんによると、名前はリンゴというらしい。
 リンゴはお姫さまみたいな顔をして、バッハの膝で甘えていた。ぼくに対しては、手先の匂いを注意深く嗅いだだけですぐ離れていった。
 ぼくは動物にあまり好かれない。たぶん好かれたいと思っているせいで、こころが裸じゃないから。そして好かれないとちょっとムッとしたりするから。動物ってそういうの全部わかるみたい。子どももそう。
 バッハはすごい。こないだもべつの公園でマックを食べていたら、いつの間にか膝に知らないダックスフントが乗っていたり、赤ちゃんにもやたらと好かれる。知らない観光客も寄ってきて、気づいたら友達になっていたりする。
 はだかで関わる、素敵に生きるってことを、バッハはいつも教えてくれる。

「こいつこないだまで妻に溺愛されてたのに、赤ちゃんできてから全然かまってもらえなくなっちゃって。だから最近すねてんですよ」
 お兄さんはそう言って、バッハの腕をなめるのに熱中しているリンゴのおしりをつんと指ではじいた。
 リンゴはかまわずバッハをなめている。貪るみたいになめている。
「まあ結局、赤ちゃんがいちばん大事ですからね、みんな」
 赤ちゃんが二番手なんてたしかにどうかしてる。
 でも、いいのかな。なんか平気なのかな。
 ぼくはうろたえて、「でも、犬ってそういうのわかっちゃいますよね」と言った。リラックスした空気のなかに、ちょっと説教くさく響いてしまう。
 しかも、お兄さんが「??」という感じでうまくキャッチしてくれなかったので、ついもう一回言ってしまった。「犬ってそういうのわかっちゃいますよね」
 バッハはもっとフラットに、腕をなめるリンゴと、お兄さんの話を受け止めている。
 そのあとアパートに向かって走りながらもやもやしつづけ、天現寺橋の交差点のあたりでふと、自分がリンゴを不幸だと決めつけていたことに気がついた。

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 明け方寒かったので、パーカーを着て、毛布と布団をセットして寝たら、起きたとき尋常じゃない悪寒につつまれていた。風邪をひいたのかと思い、そのままベッドのなかで震えていたら、だんだん身体がしびれてきた。
 なんかおかしいぞ、と起き上がり、窓を開けると、5月とは思えないほどの猛暑だった。けれど、水を飲む気力も湧かない感じ。
 熱中症かもしんない。
 あわてて水分をとったけれど、冷えピタも解熱剤もポカリもない。外に出て行くなんてむり。
 頭がクラクラして、視界が揺れている。鳥の声もすごく遠くに感じる。ひょうたん島みたいだったら薬局に寄れるのに。

 夕方になってようやく悪寒がなくなり、ぼくは商店街に繰り出して、身体を癒すのに必要ないろいろを、できるだけ安く揃えた。なんだか、油断すると目の焦点が合わなくなる。
 すべて買い揃えて安心したのか、ラーメン屋さんから漂ってくるスープの匂いにすごくそそられた。そういえば今日、まだなにもたべてないんだった。
 ぼくは開店したてのラーメン屋にとびこみ、ジャージャー麺をたのんだ。しかしやってきた途端、肉味噌の臭いにウッとなり、麺を吸いながらおなじぶんだけ吐き出しそうになった。ズズッと吸ってズズッと吐く。気性の荒い店主が、青白い顔のぼくをイライラした目で見ている。そしてそのイライラを妻にぶつけている。力は弱いほうにばかり流れていく。

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 熱で朦朧としているときって、脳がぼやけた万華鏡みたくなる。ちいさな三角がとつぜんおおきくなって、しかもやわらかそうで、そのことがやたらこわい、みたいな。それで飛び起きて、べつのことを考えようとして、ジャージャー麺がつらかったこと、傷つかないようふんばっていたラーメン屋のおばさんの横顔を思い出して、それはそれでわあーーとなる。頭も現実もやだ。こころを一昨日のサイゼリヤに飛ばす。プリン。パウワウ。アーボ。コロン。

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 自転車で川崎を走っていたら、路上に亀の甲羅がぽつんとあって、迷子だろうかと見てみたら、ほんとに甲羅だけになっていた。わわわ。やば。
 あまり考えるのをやめた。

(第8回につづく)

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少年アヤShonen Aya

1989年生まれ。エッセイスト。ブログ「尼のような子」が絶大な人気を得て、エッセイ集『尼のような子』(祥伝社)を刊行し話題に。著書に『少年アヤちゃん焦心日記』(河出書房新社)、『果てしのない世界め』(平凡社)。

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