双葉社web文芸マガジン[カラフル]

なまものを生きる(少年アヤ)

©少年アヤ

第18回

○:月:○:日:○

 歯医者に通いまくったせいで、ますます貧窮している。つねに生活費のことが頭にあって、散歩をしていても景色が景色でなくなってしまう。ぜんぶお金。しかも小銭。
 なのに、やっぱり節約していない。これで最後にする、あるいはこれで最後かもしれないという思いで、ついサイゼリヤに入ってしまったり、余計なお菓子を買ってしまう。そしてそれらを、すこしも味わうことなく食べきってしまう。つまり相変わらずって感じだ。
 そういうとき、隣のテーブルにスーツを着た同年代の男の子がいたり、カゴいっぱいに生活をつめこんだ若いお母さんがいたりすると、やばい、やばい、と静かに慌てる。履き古したスニーカーで、なんとか踏みつけていたガラスの蓋が割れて、水がどくどくと溢れてくる感じ。そしてその水が、みるみる身体を浸していく感じ。水は白状しろ、と迫ってくる。さあ言えと迫ってくる。もう少しで息ができなくなる。
 はい、ぼくの暮らしに誇りなんてありません。

 歯医者の一件で、どうやら以前よりは、文章が書けるようになっていることがわかった。でも、まだこわい。どうしてもこわい。こんな頼りない道具ひとつで社会に戻っていくなんて、とてもできないし、すぐに失敗してつぶれる気がする。
 ありがたいことに、そろそろ戻ってきませんか、というお誘いは、なじみの編集者さんからいただいている。そのときは、わざわざ喫茶店かなにかに出向いていって、調子よく「まあぼちぼち?」とか言うのだけど、ほんとはむりむり、できないよって、別れた途端トイレに駆け込んで下痢してる。
 ずっとこのままではいられないこともわかっている。あるいは、すでにこの状態ではいけないことも。だけど、それがなんでなのかを、ちゃんと思い知ってから進まなければ、すぐここへ戻ってきてしまう気がするのだ。

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 うみくんに会った。とくに観たかったわけでもない新作映画を観ながら、しなくてもいい話をポツポツとした。
 うみくんは芝居関係の仕事をしているというけど、詳しいことは知らない。知りたいとも思わない。うみくんも、ぼくのことは、せいぜい虫歯のことぐらいしか知らない。だから一緒にいるあいだじゅう、お互いのプロフィールや人生に、お互いの存在が滲み出さないよう、痕跡が残らないよう、無意識に気を使っている。じゃあ、いまここにある時間はなんなのかっていうと、なんでもない。長い人生の、ある一日ですらない。瞬間にも含まれない。すべてはカッコのなかのできごとだ。
(ぼく/うみくん)
 こういう感じ。でもやっぱり、なくてはならない時間なのだ。
 
 今週は特に金欠なので、ごはんは済ませてあることにしたのだけど、どうしてもお腹が鳴ってしまう。すると、それを察したうみくんが「ピザでもとりましょうか。おれもお腹減ってるし」と言ってくれた。「いいね」と答えながら、内心ハラハラしてしまう。
「どれたべたいですか」
「なんでもいいよ」
 せっかく気を使ってもらっているのに、お願いだから安いやつにしてくれ、とか思う。
「これとかいいんじゃない?」
 さもおすすめみたくいちばん安いのを指差すと、「地味じゃないですか?」と一蹴され、またたく間に一番高くてゴージャスなやつを頼む流れになってしまった。ついでにポテトやナゲットも。勘弁してほしい。でもたしかにおいしそう。
 うみくんが電話をしている隙に財布の中身を確認すると、三千円入っていた。滞納しているガス代を払うためにもってきたお金だ。
 たのむからこないで、と必死に祈ったのに、ピザはあっという間にやってきた。お金はなんとか足りそうだったけれど、ガス代が払えるかどうか不安で仕方ない。
 受け取ったピザをほくほく顔でテーブルに運ぶうみくんに、ちょっと多めにお金を渡し、内心うぐううと呻きながら、早速ピザをかじる。
 全然おいしくない。あったかいのに冷えていて、かつてピザとして名を馳せていたなにかって感じだ。デリバリーのピザっていつもこうだ。咀嚼するたびに、心のなかでなにかが萎んでいく。
 しかしポテトは、ポテトというだけでおいしく感じられた。ナゲットのほうは台所のスポンジみたいな味がするけれど、あるだけでうきうきする。なんでかって、余計だからだよなあ。いまの自分には、ピザのさらに一段うえの贅沢品かもしれない。
 そう思って、ポテトとナゲットばかり重点的にたべていたら、すぐにお腹がいっぱいになった。うみくんはうみくんでジンジャーエールを飲みすぎたらしく、結局半分以上のピザが残ってしまった。
「こんなに残すなんて、もうおじさんだねー」なんて笑いあいながら、内心おだやかではなかった。払った金額にたいして、自分はどれくらいたべることができたのだろう。ピザひときれあたりいくらだろう。暗算が致命的にできないので、はっきりした金額を割り出せない。おかげで、それからなにを話していてもピザのことが頭から離れず、つい「ピザがね」と口から出そうになる。
 うみくんは泊まって行ってほしいと言ってくれたけど、あまりに頭がピザなので、日付をまたぐころ帰ることにした。まさか残ったピザを分けてほしい(それもたべたいからではなく、損をしたくないという一心で)とは言いだせず、妙にもじもじ(ピザピザかも)していたら、「あ。これ持って帰ります?」と言って、余ったピザのほとんどを持たせてくれた。めちゃくちゃよろこんでしまった。帰り道は足取り軽く、手にぶらさがったピザがうれしかった。

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 目が覚めると、テーブルのうえに昨夜のピザが置かれていて、おおー、ピザと思いながら手に取ったら、トロトロだったチーズが硬くなって、パンも乾ききっていた。ちょっとかじってみると、ほんのりチーズの匂いのするプラスチックって感じで、とてもたべられるものではなかった。
 途端に、あれだけ鼻息を荒くして、損とか得で頭をいっぱいにしていた自分がはずかしくなる。もしこれをうみくんが持たせてくれなかったら、きっと二ヶ月は忘れないで、ちまちま損したぶんを回収しようとしただろう。こんなもののために。価値も意味も、すぐに漂白されてしまうもののために。 
 もし、ピザをめぐる一連が神さまの試練だとしたら、やさしさを全うしたうみくんの枕元には、出来たてのピザが湯気を立てていたりするのかな。おまけにポテトも。

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 ガスが止まった。電気のときも、水のときも同じように思うけれど、ライフラインの止まってしまった部屋ってきもい。それまで流れていたものが、ぷつりと途絶えていて、ぱっと見ではわからないんだけど、自分だけは知っている感じ。まっしろい壁紙のしたで、生活がみるみる腐っていく感じ。
 きもい。むずむずする。
 なのに、うっかりシャワーを浴びようとしたりして、永遠にあたたかくはならない水を、背中にかなしく浴びてしまう。罰みたいな気がした。
 身体が芯から冷え切ったので、慌てて銭湯に向かう。ガス代1400円は払えないけど、銭湯代460円はなんとか払えるから、ばからしいけど行くしかないのだ。
 平日昼間の銭湯にはおじいさんいしかいない。シャワー台ではみんなやたらとつよく身体をこすっているけれど、皮膚がずるりと剥けそうでこわい。
 ぼくのとなりのおじいさんは、まだ泡の残る背中で、食い入るように鏡を見ていた。まるでテレビでも見るみたいに、ぽかんと口を開けたまま、自分の顔を見ているのだ。
 たのしいのかな、と思ってやってみたら、ピザのせいでガスが止まっていることとか、うみくんのこととか、ここ数日のいやな出来事が全部顔に出ていた。なんか、これってほんとに自分だろうか。にわかには信じ難かった。でも現実だ。
 湯船に浸かりながら、びんぼうだから、こうなってしまっただけだろうか。それともびんぼうが、こういういやしい自分をあぶり出したにすぎないんだろうか。あるは複合型かもしれない。
 おじいさんは、まだ自分の顔を見ていた。風邪ひきますよ、と言いたいけど言えない。だって80年とか90年の人生を、鏡のなかに見ていたのかもしれないから。

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 考えごとをするために、ロンリーにまたがってできるだけ遠くを目指した。でかい川沿いをずっと走っていたら、景色がどんどん寂れていき、鶏舎の強烈な臭いや、どこかでなにかを燃している気配が漂ってきた。とてもなつかしい気持ちになる。しんでしまった祖父が、ボロボロのジャージを着て、首にタオルを巻いて、そこらへんに立っていそうな雰囲気だ。いや、立っていてほしいと願っている。
 道は途中で行き止まりになり、それでも川に沿って進んでいきたかったぼくは、芝生や丘のうえをロンリーをかついで進んでいった。おまえこんなに重かったの。景色が綺麗だったので、そこで持ってきたおにぎりをたべる。丘をくだってしばらく行くと、ふたたび細い道に出てほっとした。
 夕暮れどきになると、太陽はねむたげなオレンジ色になり、どこからか寄ってきた薄い羽衣のような雲にそっとつつまれて、だんだんと前方に沈んでいった。夜のとばりが、太陽を起こすまい起こすまいとするように、音もひかりもなく降りてくる。
 あたりがすっかり暗くなってから、なにかすごくありがたいものを見たような気分になって、しみじみと泣けてきた。
 ただうつくしかっただけじゃない。雲や闇、月や星、目にうつるすべてに、太陽がたいせつにされていたことがうれしかった。まるで立派な神さまか、ちいさな赤ちゃんみたいに。
 橋のうえで休憩しながら、バッハにラインをする。
「気づいちゃった。神さまって、もしかしたら太陽かもしれないよ」
 バッハはけろっと答えた。
「えー。あんた知らなかったの」
 えー。なんで知ってるんだろう。

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 部屋の壁を、なんか黒い虫が這いまわっている。ゴキブリより動きが早くて、ちっとも捕まってくれない。
 昨日の帰り道、日が落ちた川沿いの道が大変なことになっていた。大量のごつごつした虫たちが、うかれてはしゃぐ子供のように道を飛び交い、口にも目にも服にもポッケにも容赦なく入りこんでくるのだ。外灯の下でふと見たら、着ていたパーカーにびっちりと虫がくっついていて、ヤーーッと聞いたことのない声が出ると同時に、「これじゃあパーティーにいけないよ??!」と口走ってしまった。もちろんパーティーにいく予定はない。そんな自分にびっくりして、おかしくて笑った口にまた虫が飛びこんでくる。
 川沿いでない道は入り組んでいて、体力を消耗することがわかりきっていたので、さけびだしたいこころをつぶして、一心不乱にペダルを漕ぐしかなかった。生存のために脳がテンションをあげようとしているのか、さっきの悲鳴やパーティーうんぬんに引き続き、ふだんの自分とはちがう声や、トンチンカンなセリフが次々と浮かんでくる。走りながら混乱してしまうんだけど、一方で久々に脳の仕事というものを体感して、しみじみと感動していた。こころはともかく、身体はいつだって自分を守ろうとするものなのだ。
 そしてほうほうのていで帰宅して、倒れるように寝て、目が覚めたらベッドを虫が這いまわっていたのだ。寝ぼけていたので、なにが起きたかわからず、その背中を目で追っているうちに、じわじわ昨夜のことを思いだしていった。もしかして、ほかにもいるのでは、と壁に目をやったら、すくなくとも2匹はいた。慌ててまくった布団のなかにもいるよ。
 虫を殺虫剤でやっつけるのって苦手だ。やつらの姿形がきらいなぼくにとって、生きていようがしんでいようが、気持ち悪いことに変わりはない。むしろ部屋でしなれたら、自分で処分をしなきゃいけなくなる。虫の死骸なんて、ゴミ袋のなかにあるのも、トイレに流すのもいやだ。ゴミ袋の場合は、翌日が回収日でもない限りしばらく部屋に置いておくはめになるし、トイレの場合は、虫が悶絶しながら吸い込まれていった穴に、人体で最も無防備な尻という場所を向き合わせるのがこわい。むかし母がベランダでつまみあげた毛虫を、何匹もトイレに流していた光景がトラウマになっているのだ。「お尻に入っちゃうかもしれないよ」とか言いながら、母はたのしそうだった。
 どうしようか迷ったけれど、窓を開けていても一向に出ていく気配がなかったので、ひとつひとつ捕まえることにした。トイレットペーパーを手に巻きつけて、ふわっと掴んでは窓の外にペーパーごと放り投げる。もちろんペーパーはあとから回収するつもりだ。
 しかし熱中しすぎたせいか、あと一匹というところで力加減をあやまり、手の中で「サクッ」っという音がして気絶しそうになった。もう立ち直れないかもしれない。ガス、まだ止まってるし。

(第19回につづく)

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少年アヤShonen Aya

1989年生まれ。エッセイスト。ブログ「尼のような子」が絶大な人気を得て、エッセイ集『尼のような子』(祥伝社)を刊行し話題に。著書に『少年アヤちゃん焦心日記』(河出書房新社)、『果てしのない世界め』(平凡社)。

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