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大人を自由にする!プラトン恋愛名言~蝶々×米田郷之 往復書簡~ / 蝶々 × 米田郷之・著

ヴィーナス、アドニス、クピド (アンニーバレ・カラッチ 1590)

5通目 蝶々より米田さんへ

人間の最も基本的な分類として、
「知を愛する人」
「勝利を愛する人」
「利得を愛する人」
という三つの種類がある。

 米田さん。ヤーサス!っていきなりギリシャはミコノス島より♡
 身軽な女の蝶々です。
 妊娠直前に訪れて以来、3年ぶりのギリシャ。
 米田さんも訪れたことありますか? 私、好きなんですよね。
 いまだ街中のそこかしこに、自然に根づき息づいているかのように思えるギリシャ神話の世界はもちろんのこと。宗教、建築、そしてプラトンやソクラテスを生み出した哲学など、西洋の歴史の原点・源流ともいえる国だけあり、ヨーロッパ各地の中でも、うんと素朴かつ様々が骨太な国だなぁ、と感じるのです。
 エーゲ海の太陽を浴びたこちらのトマトや果物のみならず、何かがギュッと濃厚なんですよね。歩いているだけで、ドカン・ドカンきて楽しい♡
 伊勢いせが象徴するやわらかできめ細やかな日本の神々の世界とは、対極にあるようでいて、芯のところにあるものや国の成り立ちとしては、不思議と似てる気もするんです。  

 そしてそうそう!
 数日前のアテネでは、かつてプラトンが何十年もここで教えた、といわれるアカデメイアの跡地を訪れ、うっとりタイム・トリップしていました(子供は現地のシッターさんに、国立公園に連れてってもらって)。
 緑しげり、春の野の花たちが咲き乱れ、白や黄色の蝶々が舞う、いつか夢で見たような、どこか懐かしいような……真に美しい場所だったんです。
「うわー、ここは米田さんにも来てほしい!」そう思いましたよ~。  

 かの地は、ぐるりを見渡しても、看板も説明もない、オープン・スペースのTHE野原。点在する遺跡のような礎石そせきたちが、わずかにその痕跡こんせきをとどめるに過ぎない場所。でも、きっと、古来の学徒たちも、ここにめいめいに腰を掛け、プラトンのたましいの講義に胸をときめかせ、己の生きる道と照らし合わせながら熱く議論を交わしたんだろうなぁ。
 ああ、こんな学校で、命がけで学問を体現している師から学んだら、さぞや、万物ばんぶつや命の真理にもアクセスしやすいだろう! と身もだえせずにいられませんでした。
 何を身もだえしたかって………米田さんならお察しいただけると思いますが、私のまだまだ短い浅薄せんぱくな人生においても、小さなころから常に感じ持っていた(なんだそりゃ?)という疑問や納得のいかなさに密接にリンクし、その解答の一端に触れたような気がしたから。簡単に言えば(本物の学びって、こういうことじゃないの?)ということかな。
 恋愛だったり生きることについても、もちろん同様で。青の時代の米田さんにきっと負けず劣らず、私も(それって何?本物?)という疑問を持ちながら生きているので、世間でいう型にはなかなか自分をはめられないでいるのかもしれません。  

 プラトンのアカデメイア、それほど、後世の人間による思惑おもわくや手入れがほとんどなく、それゆえ、いまだ何かの情熱や想いの気配が濃密に漂っているような……不思議で素敵な、ちょっと異次元のような場所だったんですよ♡  

 ソクラテスやアリストテレスのアカデメイアとは違い(こちらは、3年前の初ギリシャで訪れました)、ガイドブックにも掲載されておらず、交通機関を使ってもなかなかたどり着きづらい場所なので、私は現地に住む知人女性の車で出向いたのですが。
 先に礎石に腰をかけ、女性の方がたばこを吸いつつ自由な感じでキスしたりいちゃいちゃしている地元の若者カップルと(おっ、わかってるね!)ってな感じで軽く目くばせしあい、私たちも、少し離れた石に腰掛けました。
 そして、鳥たちのさえずりや春の緑や花々の良い香りにいやされつつ、なんとなく、とても自然に、互いの人生と恋愛と結婚と子供、現代の生態系も人々の脳も狂った社会(私にはそう思える)について話しあいはじめたんです。
「………ねえ、ところで今何時?」子を人様に預けてる私の方が、珍しく先に正気に戻り尋ねると、「えっ、キャッ!」彼女がスマホを確かめてびっくり。気がつけば2時間経っていました。あっという間でした。
 とはいえ、私たちは女であり、同時に母親という生き物なので。「プラトンもいいけどさ~愛し愛され、命をつないではぐくみ、家族を愛すること。それが最高の命の使い方だよね。現代社会やネットに調子あわせて、狂ってられないわよね☆」という、ザックリとした結論に自然になってしまうこと。
 そして、さ、いこいこ、部屋では子供と家族が待ってるわ~! と2人の女は、慌てて帰路についたのです。
 ――ここで、男性だったり独身女性だったりすると、そのまま<プラトン的哲学とは何か?>、<この現代社会の中、本当に生きることとは!?>などなど、好きなだけ思索にふけったりできそうですよね。しっぽりしたバーとかホテルの部屋なんかで、ギリシャワインとか飲んじゃいながら。私もずっと世界各地でそんなことばっかりしていたんですけど。今思えば、意味があるようで大して意味のない(笑)、贅沢なだけの時間。そこではよく、かぎりなく誤解にも似た恋も生まれやすいけれど~もう全部、あらかた忘れちゃったかも。女と子供は、健やかなほど、ものすごく今を生きているもの。  

♥ ♥ ♥

 で。
 プラトン格言をテーマにさせてもらってる連載にて、身もふたもない言い方ですが……女(特に母)の本能と哲学は、やはり食い合わせがよろしくないんじゃないか? と私、再実感したのです。
 もちろん、こちらで再読していると、よりしみいるように入ってくるプラトンのメッセージや言いたいことは、わかるんです。私なりの理解や受け止め方とはいえ、私のプシュケー(魂)としてはわかるような気がする。
 でも、私が現実、プラトンの妻ならば(!)、「あなた。魂を磨くのは確かに美しく素晴らしいこと。ぜひ目指して生きたいね。だけど、子供っていつもおなかをすかせているし、洋服も下着もお部屋もどんどん汚して大きくなるの。人間の真理や知を探求し論ずるあなたも、おかーさんに食べさせてもらって世話してもらって大きくなった。それを忘れては、どんな高尚こうしような学問も、地球では起動し浸透してゆかないでしょ。なぜかわかる? 魂を支え具現化させてきた土台を忘れているからよ、だから、にっちもさっちもいかなくなって、イデア論をこしらえなきゃならなくなるわけよ!」
 と、どこかでキレて冷静に水をぶっかけ、すぐに離婚されてしまいそう(笑)。
 ちょっと、米田さんの青の時代に、男性の繊細さや事情が理解できずに地雷を踏んでしまった元彼女のようですね。  

人間の最も基本的な分類として、
「知を愛する人」
「勝利を愛する人」
「利得を愛する人」
という三つの種類がある。
 

 とプラトンは言いますが。米田さんは共感あります?
 私は、ないんです。
 だから、その前に、男と女という大前提の違いを入れてほしい! と、氏のアカデメイアの痕跡にて思ったんです。
 だって女は女である限り、いずれのことも、そこまで愛しきれない気がするので。少なくとも野生の私は、いつもその時一番大切だと感じる目の前の愛が大事なんですよねえ………たぶん、これまでもこれからも、いつも。  

 そこには、その愛を保護したり存続させたいための多少の理性はあったとしても、知というほどの知も、勝ちたい気持ちも、得したい気持ちも、やはり見当たらない。
 もちろん、そんなことで頭がいっぱいの女性ばかりでも、地球での社会生活が回っていかないような気もするので、近しい人でも遠い人でも、男の人や誰かほかの女の人が、知や勝利や利得を愛することには、異議を唱える気はないんですけどね。  

♥ ♥ ♥

 それにしても。
 男と女は、本当に違いますよね。体のしくみも生理も、やはり考え方も。
 そして、私は違う方が、こと恋愛においてはいい。違わないとまずエロス(性的欲求のみならず、恋心を含め)が発動しないから、と思う派です。  

 ところで、前回の米田さんのお便りでも、じつに3回くらい思いましたよ、「男子コラー!」と。私の中のひげの現場カントクが(笑)。
 きっと今日もつるりと美肌男子の米田さんはお気づきでないと思うので、超無粋ぶすいですが、誌上でご指摘させていただいても良い?  

 ① 「蝶々さんが大人で、僕が子供」って、何。
 そんなわけないじゃん。
 私は、あきらかに社会に添ってないタイプの作家で、米田さんは、違和感を覚えながらもちゃんと筋を通してきてらっしゃる大人なのに。まとめ方ずるい! 知能犯だぞ、コラー! 

 ② 「家族が目にするかもしれない場所で!」って、何。
 何の連載だと思って引き受けられたんですか。古今東西、男の方がイザというとき腹くくりきれないんですよね。男子コラー!  

 ③ 「膝枕ひざまくら恋愛」って。
 落としどころがオトナ男子すぎて、それで連載終わっちゃう勢いのワードじゃないすか。『センセイのかばん』と『失楽園』、どちらに心惹かれましたか? きっとどちらも………? 男子コラー!  

 ――とりあえず、大きなつっこみは以上です。
 米田さんは、一見知的でフェミニンに見えて、やっぱり男らしい方なんだな、と回を重ねるごとに感じております。ほめています。
 女はきっと男より、より現実と本能を生きざるをえない生物なんでしょう。「男子コラー!」はプラトンに対しても出てきちゃうくらいだから。

♥ ♥ ♥

人間の最も基本的な分類として、
「知を愛する人」
「勝利を愛する人」
「利得を愛する人」
という三つの種類がある。
 

 これも、今の政界やTVを見てると納得できるんですけどね。師のソクラテスとともに、生涯にわたり糾弾きゆうだん(?)していた、金や名誉に走っているように見える人々の世界においては。
 世の中的には、さまざまを背負い偉い人設定なのかもしれませんが、私の価値観においても、プシュケーの稚拙ちせつな人々に見えちゃう。
 これって、きっと米田さんが、若き社会人の頃、「ああはなりたくない」と感じられた思いに近いかもしれませんね。
 私もずっと似たようなことを感じながら、生きているところはあるかもしれない。
 もう細かくはいろいろ挙げたくないけれど、私は社会人になった時、まずガッカリしたんです。多くの女子たちがそうであるように、私にとっては、地方の造船会社の経営者だった父親が、自分の中の大人の男性モデルで。社会人になったら、そういう大人の男に囲まれて仕事するんだわ~楽しみ♡と漠然と思っていたんです。だから、実際社会に出てみて、さまざまな大人男性たちに触れ、(うわ、せこっ!)(小さすぎる!)蝶々22歳は全身でそう思っていました。大げさでなく1つのカルチャーショックだった。
 もちろん、現実的には何もできない新入社員、先輩方や上司には世話になりっぱなしでしたし、素敵だなぁ、この人の言うことはわかるわ……って大人の方々もいらっしゃいましたけど(だいたい、社長とか部長とか偉い人だったな)。  


 でも私は身軽で気軽な(?)女なので、「だったら、そこの土俵には添いすぎない。自分が本当に欲しいもの以外は、持たないでいいように、生きる」と目標を明確に定めて生きてこられたのかもしれません。それでよかったのって、自分にも他人にも、嘘をつかないでいいこと、自由でいつまでたっても気軽に生きられること、くらいだけど………私は年々気に入っているのです。自分の在り方や人生を。(日本って良いとこですが、そう言い切ると、鼻白はなじろむような人は多いですね。我慢人口が多いのでしょうか?)  

 だから、
「そういえば、ちょうど時期的に4月から新社会人の方もいらっしゃるかも。世の中には大人と称してはいてもろくでもない人も多いです、でも、反対に大人らしい大人の人もいます。あっちにさえ行かなければ、こっちの人が絶対助けてくれる。だから、諦めないで、孤独な戦いを乗りきっていってほしいと願います」

 ――という、米田さんのエール、とっても感動しましたよ!
 そうだそうだ。本当だ!(ちなみに、ギリシャの国旗のしまは、独立戦争の時の<自由か死か>のスローガンの音節を表しているそうです♪)  

 オトナの男性、そして社会の中でキチっと義理も筋も通しながら、汚れることなくそう生きてこられた米田さんだからこその深みと、若い人たちへの本当の優しさを感じ、いいなぁ、米田哲学だなぁ、と思いました。  

 そんな素敵な大人男子の米田さん。つるっと爽やかなふりをして、じつは男子ロマンを心に秘める米田さん。
 この先もきっと、思わぬ形の恋に落ちられたり、共にいることでしみじみと癒されつつ、でもさりげなくこれまでの人生がぐるり総括そうかつされ、価値観の換骨奪胎かんこつだつたいがされるような恋愛………をされるのかもしれませんね。
 私が最近思うのは、この世のすべては、やはり原因があっての結果であり。恋も、年齢でも設定でもなく、やっぱり各自のプシュケーやその状態がふさわしいものを呼び、具現化するものなんだよなぁ、ということで。
 米田さんも、恋においても、この先はまだまだありそうですね!
 って、ご家族がうっかり目にしちゃうかもしれない場所で、太鼓判を押してみようかな♡ふふ。


蝶々Chocho

作家・エッセイスト。コピーライター兼銀座ホステス時代に綴っていたブログが人気を呼び、2002年『銀座小悪魔日記』(宙出版)でデビュー。『小悪魔な女になる方法』(大和出版)がベストセラーとなり、幅広い世代の女性から絶大な支持を得る。単なるモテ指南とは一線を画した、真に幸福で自由な人生を送るためのテクニックを、聖俗両面から愛をもって発信中。著書多数。
公式ブログ;chochoママしぼり
http://blog.goo.ne.jp/chochochan
会員サイト;chocho女神クラブ
https://chocho-u.com/megamiclub2018

 

米田郷之Satoshi Yoneda

1958年鳥取県出身。慶応義塾大学法学部法律学科卒業後、出版社に勤務。以降、ずっと編集の仕事に携わるも、原稿を依頼されることが増え、音楽雑誌を中心に署名記事・評論を多数執筆。2017年、蝶々さんにお会いした少し後に取締役を退任。2018年2月に還暦を迎え、今後のことは未定。

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