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大人を自由にする!プラトン恋愛名言~蝶々×米田郷之 往復書簡~ / 蝶々 × 米田郷之・著

ヴィーナス、アドニス、クピド (アンニーバレ・カラッチ 1590)

3通目 蝶々より、米田郷之様へ

恋されて恋するのは
恋愛ではなく友愛である。

 米田さん、こんにちは。
 怜悧れいりかつピュアピュアなお返事をありがとうございました。心あらわれました。
 我ながら、大人の男性になんて失礼な言い草! そしてあなた(=私)は、どんな海千山千なオカン風なの! というかんじですが、それでもあえて冒頭で言う。
 米田さん、ピュア~! 萌え~!
 先月はインフルエンザで寝込まれていらっしゃった、とのことですが、余計ガクッと調子狂っちゃうかしら。でも先月は、還暦バースデーでもあったのですね! プロフィールを拝見したら、鳥取ご出身男子っぽく(?)さりげなく書いてありました。おめでとうございます。やはり、どんなお誕生日とも違って、特別感慨深いものですか? 

♥ ♥ ♥

そして、本題のお返事です♪ 

「世界は蹴られるのを待っている」
 いまどき、なかなか恋だったり、心身が熱くドキドキ燃えるような経験や人生に一歩を踏みだす勇気やきっかけのつかめないみなさんへ、米田さんが引用してくださったフレーズです。素敵ですね♡
 ほんと、そう。なんでもやってみれば良い、傷は寝れば治る、読者の看護師さんも“死ぬ前に、人が最も後悔するのは、やったことではなく、やらなかったことについてみたいです”と言っていた!
 ――って男性にも女性にもすぐハッパかけてしまう私。まるでひげのザラザラした体育会系のおっちゃんみたいだな……と反省しました。
 米田さんのご指摘の通り、ネットの世界がもう一つの世界、として台頭、そして浸透してしまってから……世界の中で男や女であることの前に、<自分>というものの等身大や実感をつかむことさえ難しくなりつつある……そんな現代なんですよね。
 でも、私の中ではかつて一度も、ネットがもう一つの世界、までの存在にはなっていないかなぁ。。1.実生活や女性としての時間→2.伝達や方法論としてのネット、という明確な順列があります。それほど、面倒くさくても自分の身や時間やエネルギーをしっかりささげつつ、誰かとの恋愛やリアルな世界での実体験を重ねてきた、重ねている、ということは、人間の強固な個といしずえをつくるのかも。文明の利器がいつまでもうまく使いこなせない、単なる野生の女なのかもしれないですが。
 詩的で知的でフェミニンな米田さんと、野生かつソウルが現場監督風というか体育会の私。しかも、テーマはギリシャの深淵しんえんなる巨大知性のプラトン。これ、往復書簡として成立するのか、今急に心配になりましたが(笑)、じつはバランス的にたえなる良い組み合わせなのかもしれません。そう祈ります。 

 ナンパもね……。米田さんのような繊細な感性を持つ男性、もしかしたら大多数の男性にとっては、人生にそれこそ一回あるかないかのようなこと。それこそ崖を飛び降りるような気持ちで――しかも失敗したときのみずからの心を守るための少年風のエクスキューズも、どこかで用意しつつ――意を決するようなトライアルなのでしょうね?
 逆に言えば、たいていの女性も、声をかけてきた緊張感の度合いや相手の慣れ不慣れから、その真剣度ももちろんわかると思います。
 私は、若い頃からナンパやらスカウトやらされやすい(目をつけられやすい?
 スキの多い?)タイプなので、ナンパについてもさまざま思い出や思うところはありますが。 

 プラトンのいうところの、
恋されて恋するのは
恋愛ではなく友愛である。

 というのがちょうどピッタリで。ナンパ(だったり、相手側の一方的猛烈なアプローチにより)ほだされてつきあうのは、結局は、本物の恋ではないのかもしれませんね? 

 それでも、ナンパはやっぱり男性諸氏の勇気です。なので基本も、「女の子たち、あなたもオンナなら、頑張って声かけてきた男の人の気持ちくらいは、汲んであげてくださいな」という気分かなぁ。
 私も、特に30を過ぎたころからは、意を決した風に声をかけてきてくださった方には、(……おう)という気持ちがあるんですよ。
 何が(おう)なのかというと、(よう頑張ったな、気持ちは買います)という、また偉そうな現場監督のおっさん風の気分です。自分で言うのは悲しいですけど、えっとか、ギャッとか動揺するほどもはやウブでもないので、きちんとした雰囲気の方であれば、いち社会人女性として当然、お話しくらいします。先月も新幹線で声をかけてきたグリーン車のアラブ人と少しだけ話していました。とってもジェントルマンでしたよ♡ 

 そういう自分も、10代20代の若い頃は、相手によって完全ムシ! キモイ! 視界にも入れない刑! の怒りを含んだ(ひどいですね)100%拒絶か、相手のしつこさ、老獪ろうかいさに一本とられて、結果的にお話だけはしてしまう、の、どちらかでした。
 奇抜でキモチワルイ例では、19か20の頃、名古屋駅ですれ違ったおじさんに「お話ししてください、ね、ね、この通り」と改札前でいきなり土下座どげざされ、脱兎だつとのごとく逃げようとしたら動けずコケて……えっと足元を見たら、なんと足首をガッシリとつかまれていた! ということもありました。社会人になってからは、恵比寿の路上で土下座され、正直迷っていたけれど、その晩それで私が折れ、本当におつきあいを始めることになった男性もいました。 

 ある種の男は、どーしてもこの女をどーにかしなければ! と思ったら、土下座でも何でもする。それって、今の時代でも変わらないと思うんだけどなぁ。。。。
 それが、単純で猛烈な男の性欲エンジン! の場合と、この人をここでのがしたら、自分の人生後悔する、色あせてしまう! という本能的な衝動による場合、大きく2パターンに分かれるとは思うのですが。
 これって、何も私だけが本能的で情熱的? な世界に生きてきたわけではなく、世のご結婚されてたり大恋愛されてるカップルも、多かれ少なかれ、あるいは期間限定でも、そういう作用が必ず働いてるんじゃないですか? お互いに。
 じゃないと、そうそう、お互い普通にルーティンで生きてる男女の間に、ドラマや大恋愛って誕生しないですよね。
 どんな普通だったり理性的に見える男女にとっても、〈ここだけは、逃したらマズイ!〉という、本能的な衝動やら天啓てんけいみたいなものに突き動かされる瞬間や何らかのドラマはある。あったから、今、こうして結ばれてる、というか。
「私はずっと縁遠いから!」だったり「もう恋愛なんてコリゴリ!」という女性たちも、自分の中のどこかに、そういう余地やイメージは残しておいたほうがいいと思うんですよねえ。
 米田さんのご結婚も、実はそういう何かがあったから、なのでは? 

 そして、女は愛されて結婚するのが幸せ、とは言われるものの、
恋されて恋するのは
恋愛ではなく友愛である。

 は、やはり真実なので、それはやがて、ほだされた方をどこか憂鬱ゆううつにさせてしまう……という、おまけつきのような。 

 一方で、「本能的な衝動や天啓? そんなものない!」と、いい歳して真顔で言ってる人は、どうなんでしょう。恋愛に腰がひけっぱなしのヘタレ組の嘆きや正当化ワードなどに、脳内チューニングあわせすぎでは? それで、恋愛エンジン低め安定のまま、固定してきちゃったんじゃないですか?
 って私はやっぱり思ってしまうのですけどね。
 それで実際、恋愛したり恋愛機能を使っていないから、それはびるしにぶる一方。さらには、ネットやら同性の世界で、勝手で一方的な思い込みや妄想を膨らませたり、ゆがんだ自分像をつくりあげすぎて……時折、恋愛市場や現場に出てみると、現実はやっぱり厳しい。素敵な男女がいない!(自分が望むように自分を評価したり扱わない)と嘆いている。
 私から言わせれば、素敵な男女やお似合いの相手って誰しもいつもいるもの、なんだけどなぁ。。。
 どれだけヴァーチャル世界が発達しようが、本能は誰しも幸せになりたい。女性として男性としてできれば満たされ、落ち着きたい。そして、みんなできれば1クリックで、自分的な運命の相手(?)へ、効率的にいきたい。
 でも恋愛ってそもそもそういうものだったっけ…………。 

 さて、どうするんでしょうね。
 近年の私は、母親になってしまったせいか「運命は動かすもの。世界は、あなたの投げかけたように、いつも(おおむね)ふさわしい回答をくれる。花の命も永遠じゃない。悔いだけはないように!」と思っているかな。。 

♥ ♥ ♥

 そんな世の中での、不倫ブーム。
 米田さん、こんな公開書簡で私にも聞きますか? ありがとうございます(?)。 

 私は20代半ばの頃、不倫状態から恋愛スタートした彼と、8年くらい一緒にいたんです。入籍していないだけで新居も買ってもらって同居していたし、親たちにも紹介しあっていたし、実質は結婚していたようなかんじ、ですね。純粋で頭がよくて体がとっても頑丈がんじようで(尊敬していた)素敵な方でしたよ。別れてもうずいぶんたちますが、私の出産後も連絡をくれたり。
 でもね、当時彼は私とつきあうため、家を出られ大変な思いをされ離婚したのですが、私も例の(おう)で受けてはいたつもりだったのですが……結局、彼とどうしても結婚することはできなかったんです。
 蝶々、としての仕事が面白おもしろくなり、外へ外へ興味が向き、自立したい年頃だったので、タイミングが違ったのか。何が違ったのか。
 もともと、結婚そのものに憧れたことがないのもあり、どうしても、誰に説得されても、そういう気持ちにはならなかった。私的には、彼を大事に思い愛していることと、その関係を入籍で引きとる(?)こととは、どこか、何かが違ったんですよね。 

 なので、話題のキョンキョンの会見も……基本、彼女にも話題にも、もともとそんなに興味があるわけじゃないんですが(しかも相手の男性に関しては、男というよりねえさんのパシリに見えてしまい、とても見てられない~すみません!)、わかるような気がする部分、もあるんです。
 まず、キョンキョンは、一部の方々が揶揄やゆ半分で憶測おくそくされるように、別に相手の男性と結婚したくて公表し、相手の奥さんにプレッシャーをかけているわけじゃなかろうよ、ということ。精神的にもご経験的にも、そんな普通の女の子的な価値観だったり心の居場所にはいないと思うなぁ、と。こんなところで、知らないモノカキ(=私)にも好き放題言われちゃって、有名人って大変だね、という変な同情心がまずひとつ。
 そして、なんでわざわざ公表しちゃったのかなあ。。というのは、謎ですね。
 私は、ヤンキー風(ちょっと中2的な正義感による)なけじめをつけたかっただけなのでは? と感じたのですが。彼女の流儀でのスジ通しをした。それが、相手方のご家族の立場やご心情だったり世間のスジとは全然違うので、一部物議をかもしてしまった、というような。
 不倫そのものは、もちろん、みなさんご自由に、だと思います。
 恋に落ちる心は、誰しも止められるものでもないし。幸か不幸か、それが両想いとなり、両者納得の上ならば。恋愛と同じように、不倫もこの世界にはいつもどこかで繰り返されてきたことですものね。真に文句を言えるのは、ご家族の方だけ。
 でも私自身は、人生に絶対はないとはいえ、二度と不倫だったり、不倫から始まるような恋は、自分の人生においてしない、と思うんです。 

恋されて恋するのは
恋愛ではなく友愛である。
 

 再び、プラトンの言葉じゃないですけれど。
 あれは、確かに人間愛だったり、互いの業さえからむような関係だった気がするのですが、恋のようで恋ではなかったのでは? と今となっては思うんです。ごめんね当時の彼。年上の方でしたが、出会ったころから、なぜだか、自分がかつて(どこかの時代で)捨ててしまった子みたいな気もしていたり……離れて時間がたつほどに、もっと複雑で深い何かだったような気がするんですよね。
 お互いものすごく真剣に命かけてた時間で、人生の中で避けて通れなかった人間関係だった、とは思うのですが。 

 だいぶ前ですが、忘れもしない、ある超お金持ちの知り合いがNYのすし屋さんで言いました。
「蝶々ちゃん、現実やしがらみから切り離されて恋愛だけに没頭できる〈不倫〉という形が、この世で一番純粋な恋だと思いませんか?」
「………思わねー!」
 私は即答でした。このおやじ、何を夢見がちな少年のご都合主義的なことを抜かしておるんじゃ! NYまで追っかけてきて! そんな寝ぼけた話に真顔でパンツ脱いでくれるのは、相当現実の日々に欲求不満か、真のリアリティだか何かが足りない女だと思うわ、と思いました。
 私の中の〈恋の定義〉が、純度が高すぎるのかもしれないですけどね。真の意味で貪欲どんよくなだけかも。チョイチョイな不倫では、きっと満足しきれないなぁ。
 米田さんはそんなことない? 残りの人生、どんな恋や不倫なら、飛び込まれてみたいですか?


蝶々Chocho

作家・エッセイスト。コピーライター兼銀座ホステス時代に綴っていたブログが人気を呼び、2002年『銀座小悪魔日記』(宙出版)でデビュー。『小悪魔な女になる方法』(大和出版)がベストセラーとなり、幅広い世代の女性から絶大な支持を得る。単なるモテ指南とは一線を画した、真に幸福で自由な人生を送るためのテクニックを、聖俗両面から愛をもって発信中。著書多数。
公式ブログ;chochoママしぼり
http://blog.goo.ne.jp/chochochan
会員サイト;chocho女神クラブ
https://chocho-u.com/megamiclub2018

 

米田郷之Satoshi Yoneda

1958年鳥取県出身。慶応義塾大学法学部法律学科卒業後、出版社に勤務。以降、ずっと編集の仕事に携わるも、原稿を依頼されることが増え、音楽雑誌を中心に署名記事・評論を多数執筆。2017年、蝶々さんにお会いした少し後に取締役を退任。2018年2月に還暦を迎え、今後のことは未定。

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