「社内失業しちゃったのは、自分のせいだったのかな……と思ってます。私、要領が悪いですし、仕事できなかったですから。タイミングの悪さとかもあったと思うんですけど、会社に入ってからは、ミスが連鎖したりして、物事がうまく進んだためしが一度もなかったです」
 と話すのは、田村律子さん(26歳・女性)。黒い髪が印象的で、読書が趣味という彼女は、都内のIT系デザインの会社に営業職として3年間籍を置き、先日退職届を出したばかりという。それにしても彼女自身が言うように、田村さんは“仕事ができない人”だったのだろうか。もし違うのなら、何が彼女をそこまで追いつめてしまったのだろうか。
「次に何の仕事をしたらいいか……。迷ってます。もし次の仕事でも同じように社内失業してしまったら、今度は誰のせいにもできない。自分の責任だ、やっぱり自分は仕事ができないんだ、っていうことになりますよね。だからすごく怖いんです」
 仕事が「できる」か「できない」かは、ビジネスマンにとって死活問題だ。出世や賃金に響くのはもちろん、周囲の評価や仕事に対する自信、モチベーションなどあらゆることに強く影響する。では、両者を分けるものは何なのだろう? 努力の差か、才能なのか、それとも頭の善し悪しか……。
 田村さんの場合は、新卒で入社した企業で、即社内失業してしまったことが原因で、仕事のノウハウやスキルを得られず、結果的に自信までも失ってしまった不運なケースだ。

 田村さんの実家は関東にあるが、私学の雄として名高い関西の私大に進んだという。その理由をたずねると「たまたま受かったからです」と笑った。
「大学は関西だったんですけど、働く場所はやっぱり東京が良くて。母方の親戚の家が東京にあるので、2ヵ月ぐらい家に泊めてもらって就活しました。何社ぐらい受けたかな……。あんまり憶えてないんですけど、2006年の春休みに始めて、6月には決まったから、期間は2ヵ月ぐらいですね。大変だったという印象はないです」
 厚生労働相・文部科学省が発表している「大学等卒業予定者の就職内定状況調査」によれば、2007年卒学生の内定率は、10月時点で68.1%。ほぼ7割だ。他の年度と比較して見ても内定率は高く、比較的仕事が決まりやすい状況だったようだ。
「もともとデザインに興味があったんですよ。だから、デザインに関われるお仕事がいいなと思っていました。だけどデザイナーになるには技術が必要ですよね。イラストレーターだとか、フォトショップだとか、難しいソフトを使いこなさなきゃいけない。私にはそういうスキルはなかった。その時にIT系のデザイン会社を見つけて、ここでなら営業職としてデザインに関われるって思ったんです。福利厚生も良かったんですよ。社員寮もあって、家賃、光熱費含めて月3万円ぐらい。お金たまるな、っていうのもありましたね」
 事業内容は、広告キャンペーンで使われるウェブページ制作の下請け。例えば新発売のお茶、ビールなどの飲料、服飾品、化粧品、DVD等を売るためのウェブページのデザインを手掛ける。田村さんが配属された営業部の主な仕事は、広告プランを作成する広告代理店まで出向き、制作担当者に営業をかけ、ページ制作の仕事を受注することだった。
 広告を掲載する媒体にはテレビ、雑誌、新聞など様々あるが、近年インターネット広告の需要が急速に伸びている。ほんの10年前までは1000億円にも満たない小さな媒体であったが、2004年にはラジオを、2007年には雑誌を、2009年には新聞広告費を抜き去り、7,069億円にまで成長。巨大な媒体に変貌した。田村さんが入社した2007年は、まさにインターネット広告急成長中のさなかだったわけだ。

 社員は60名ほど。同期は田村さんを含め6名。半分はウェブデザイナー、半分は営業職としての配属になった。
「入社してから、3ヵ月間の研修期間がありました。実は、その時に営業会議に出席するのを忘れて、お弁当を食べてたことがあったんですよ。私って、なんでも要領が悪いんです。デザイナーから上がってくるホームページデザインのラフをクライアントに提出するときに、営業の方で不要な部分を切ったり、レイアウトし直したりしてお客さんが見やすいように調整するんですね。そういうちょっとした作業がすごく遅くて、ヘタクソで怒られたり……。研修中にそういう小さな失敗を何度かしちゃったんです」
 この程度の失敗は学生気分が抜けきらない新人に付き物だし、何年後かには笑い話になっていそうなものだ。しかし、この研修期間での失敗や手際の悪さが、田村さんの会社員生活に陰を落とすことになる。
「それで、目をつけられたんだと思います。研修が終わって、営業部に本配属になりました。2人いた営業の同期は、1つ上の先輩の下につけられました。でも私だけ40代の課長の下に付くことになったんです」
 その課長というのが、実は社内での評判が悪い“問題課長“。しかも課長とは名ばかりで、部下は田村さんが配属されるまで一人もいなかったんだそうだ。
「女子社員からはとにかく『キモい』って嫌われてましたね。なんていうか自信家で、オタクみたいな感じだからですかね。髪も長くてサラサラしてるけど、顔は俳優の斉藤洋介さんにそっくりなんです。とにかく個性的な人。面白い人ではあるんですけど、社内では煙たがられてました。
 課長の下に配属される前から、色々な悪い噂を聞かされるんですよ。『あの人は仕事してない』とか『カラ残業してる』とか『意味わかんない奴』とか……。ある時、女の先輩とカラオケに行ったんですけど『アンタ、あの課長の下につけられたってことは、どういうことか分かってるんでしょうね?』って言われたりして……。でも、そんな課長の下に付けられたということは、それだけ、私の研修での印象が良くなかったんだと思うんですよね……」
 先輩の発言は、まるで「アンタは会社に期待されてないからね」とでも言わんばかりだ。不安を募らせていたものの、いよいよ社内朝礼で辞令を渡され、正式に課長の部署へと配属になる。結局は課長が原因となり、田村さんは社内失業してしまうのであるが、このときはまだ知るよしもない。
「実はうちの会社って、付く先輩が決まった時点で、その新入社員が担当する仕事が大体決まるんです。広告代理店に営業に行くといっても、ガンガン新規開拓をするわけじゃありません。仕事の発注は、大体いつも決まったお客さんから決まった量がくるんですね。だから付いた先輩がどれだけお客さんを抱えてるか、どれだけ自分に引継ぎしてくれるかで、自分の仕事量とか、売上がだいたい決まっちゃう」
 このように、ほぼ決まった取引先を定期的に訪問し、仕事を受注する営業形態は一般的に「ルート営業」と呼ばれる。既存の顧客を競合に奪われないよう現状維持しつつ、信頼関係を構築していくことが主な仕事だ。田村さんが配属された部署は、このルート営業を主な業務としていた。
 ところが……。
 

「課長は、お客さんをほぼ持っていない人だったんですよ。すごく仲良くしている広告代理店のお客さんが一人だけいて、その人のところに課長と私の二人で、月曜日から金曜日まで毎日行ってるような状態でした。汐留にある大きな広告代理店なんですけど。
 大きな案件をいくつも抱えているお客さんだったので、その方が忙しい時は挨拶だけして帰ります。相手に余裕があるときは、煙草スペースで2〜3時間お喋りしてましたね。
 仕事の話もしてましたけど、なんでもない雑談が多かったですね。課長は、釣りが趣味で、噂では釣った魚の魚拓が部屋にずらーっと並んでるらしいんです。そういう趣味の話とか、アニメの話とか、カラオケに行った話とかをふたりで話していて。私はついていけなくて、隅っこの方で小さくなってました」
 どうも課長とお客さんは趣味の話で意気投合していたようだ。それが縁で仕事を受注できていたのだろう。しかし既存の顧客を回ることで売上をあげるルート営業にもかかわらず、お客さんが一人しかいない……つまり課長自身、仕事をほとんど持たない「窓際族」だったのである。そんな状態では田村さんに引き継ぐ仕事などあろうはずもない。ルート営業にも関わらず顧客引き継ぎが全くなかったというこの点が、田村さんが社内失業してしまった原因の1つだ。
「そのお客さんとの談笑が終わると、今度は色々な部署のお客さんにご挨拶に回ります。何をするのかっていうと、本当に顔見せ程度にお話するだけです。課長と私が二人で行って、『最近どうですかー』とか、『こんにちはー』って言うぐらい。そこの汐留のビルってほんとに広いんです。48階まであるんですよ。12階に行って、4階に行って、28階に行って、また12階に戻るみたいな。それでも何人かに会えればいい方で、一人にも会えない日もありました」
 そんな日々が1年ほど続いたという。

 上司が部下を実際の営業活動に連れていくことを“同行営業”という。営業のノウハウは座学では伝わりにくいため、営業現場での新人教育は、まず部下を同行させることで行う場合が多い。実際の商談の様子を見せたり、折衝のテクニックを学ばせる。そのなかで徐々に大体の仕事の全体的な流れや、社会人としての対人マナーを教えていくわけだ。
 つまり“同行”は新人教育において、最初の一歩でつまづかせないための極めて重要な行為なのだ。
「そんな感じだから、営業もすぐ終わっちゃう。でも会社に戻ると、同僚は営業で外に出ちゃっているので、職場にいるのは部長と、課長と私だけ。すごく目立つし、デスクに30分も座ってると『なんでお前座ってるんだよ。外行けよ。営業なんだから』って部長からプレッシャーかけられるんです。しかも部長が来ると、課長はぴゅーんとタバコ吸いに喫煙所に行っちゃう」
 田村さん自身、こんな状態が続くことに不安を感じていたと言う。部長からはあれこれ文句を付けられるが、課長は何もしない。これでは、下についている田村さんも会社で座っているしかない。
「社内はシーンと音が聞こえるぐらい静かで、気まずかったです」
 課長は“同行”させているものの、明らかに教育しようという意図は感じられない。現場で営業トークをさせてみて問題点を挙げるなり、自分が営業している様子を見せて勉強させるなり、やれることは沢山あるはずだ。しかし教育どころか、営業はただ雑談につきあわせるだけ。会社に戻ったところでフィードバックされるはずもなく、それどころか何の指示もない。完全に放置されてしまったわけだ。この教育の不足が、社内失業原因の2点目である。

「一番つらかったのは、毎朝の朝礼ですね。どこに行ったとか、営業の成果だとかを発表しなきゃいけないんですけど、なんせ発表するものが何もないですから……。最初の頃は課長もかばってくれたんですけど、どんどん冷たくなって助けてくれなくなりました。部長からは毎日のように『営業は仕事をとってきてなんぼなんだからな。サボってんじゃねーのか?』って言われたり……。辛かったですね」
 上記の発言からも感じられるが、この部長にも問題がある。ルート営業でほとんど仕事のない課長に同行させていたら、仕事を取ってこれないのは当たり前。それでいて具体的な指示はなく、やり方を変えさせるなり、他の営業に付けるなりの代替案も示さずに、入社3ヵ月の新入社員に任せっぱなしにしておいて「サボってんじゃねーのか?」とはあんまりだ。そもそも部長は、課長に仕事がないことを把握していたのだろうか?
「うちの部長は、一日中机に座って居眠りしてました。誰かの嫌がらせで、デスクにクロレッツの包み紙を置かれたりするぐらい。『何か書いてるなー』と思って覗き込むと、紙にただ丸をいっぱい書いてたりだとか。部長職って、社内ではある程度の地位にいるんだし、普通は安定してそうじゃないですか。でもうちの部長は、他の部長と権力闘争というか、揚げ足取りだとか潰し合いをしてたみたいですね。私が直接聞いたんじゃないんですけど、先輩と部長が二人で話してる時に『俺はもうだめかもしれない……』って愚痴ってたと聞きました。
 そんな状況なのに、『仕事が取れない奴は人間じゃない』だとか『俺は年だからこれで良いんだ。若い頃やってたから今はやらなくていい』みたいなことを言うんですよ。
 この会社にずっといても、将来的にはこういう人になっちゃうんじゃないか、って思うと未来が見えない感じはありましたね……」

 部長は「もうだめかもしれない……」と愚痴るだけで自分のことに必死。部下にかまっていられなかったようだ。田村さんの会社では、勤続年数が数年の若手と、50代、60代の中高年が多く、30代、40代の中堅がほとんどいなかったという。つまり若手は入社しても成長する前に転職してしまっていたわけで、人材が育ちにくい(あるいは人材を育てる気が薄い)環境だったのだろう。上司がこのような状態では仕方が無いのかもしれない。
 ルート営業で仕事のない課長に付けさせられ、会社にいても何の指示も与えられない。「会社にいるときは本当にヒマだった」という田村さんは仕方なく、様々な方法で会社での時間を潰すようになる。
「よく友達のブログを読んでましたね。専務だとか上司が背後にきたら、ブラウザをパっと消してましたが。
 会社のパソコンで、1日に何回も何回もmixiにアクセスするんですよ。mixiって「最終ログインは○時間以内」って表示されちゃうので、どのくらいアクセスしてるかが友達にわかっちゃうんですよ。私のは常に「最終ログインは5分以内」って出てたと思います。恥ずかしくて、社内の人とは絶対マイミクになりたくなかった」
「上司がダメでも、彼女自身の努力でなんとかならなかったの?」という声もあるだろう。しかし思い出して欲しい。右も左もわからない新卒にとって、初めての上司は比較対象のいない、いわば“絶対的”な存在。「この上司がダメ」なのか「そもそも会社とはこういうもの」なのか、区別などなかなかつけられない(上司が変わることで「今までのやり方って効率が悪かったんだな」と改めて気付いて驚く、というようなことが、みなさんにも経験がないだろうか)。
 ましてや田村さんは、上に課長と部長しかいなかった。先輩や同僚に相談しにくい状態での上司との関係悪化は、誰でも避けたいところだ。「おかしいな」「もっと色々教えて欲しい」と思っても、強く言えるタイプの人でなければ、そのままズルズル行ってしまってもおかしくはない。
 そして、社内失業状態のまま一年目を終えた田村さんを襲ったのが、広告業界にも大きな影を落としたリーマン・ショックだった。
(後編に続く)

*人物の名前は仮名です
*取材させていただける社内失業中の方を募集しています。また「今は違うけど一時期そうだった」「社内失業というほどではないけど、スキルアップにならない雑用ばかり……」「私じゃないけど、知り合いが正社員なのに暇してるよ」など、どんな情報もお寄せください。
 詳細は増田不三雄のブログ『社内失業と呼ばれて』へアクセスしてください。


 


増田不三雄(ますだ・ふみお) 1980年生まれ。家族は嫁一人、犬一匹。大学卒業後、正社員として都内の企業に就職。しかし、ひょんなことから社内での仕事を失い、毎日職場で暇を持て余す「社内失業」の状態に。将来への不安とスキルアップにならない雑務を積み重ねながら会社員生活を送る。日々の主な業務は、郵便の宛て名書きとファイル整理。


著書ブログ
「社内失業と呼ばれて」








 
 
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