おしゃ修行 第35回





 今やダサイタマという言葉もほぼ死語になり、ファッションビルやショッピングモールができて埼玉のおしゃれ偏差値もアップしていることと拝察します。先日川口市に用事があったので、川口のスーパー銭湯に立ち寄りました。すると、そこではスウェットの上下セットアップが流行っていて、しかもトップスのパーカを腰に巻くという独自の流行が……。スウェットもヤシの木柄とかパンチが効いていて、もはやこなれ感の境地でした。埼玉ファッション、結構きています。
 しかし数十年前、浦和の実家に暮らしていた時は、おしゃれな人なんてそうそう見かけませんでした。街中、適当な格好(柄on柄とか)をしている人だらけなのが子ども心にもイヤでした。そういう自分もスヌーピーのTシャツとか幼い格好をしていて、小学校高学年の時に中学受験のため東京の塾に行くと、東京の女子小学生が垢抜けた格好をしていて、それだけで圧倒され精神的に負けそうでした。中にはブラが透けている早熟な子もいました。勉強以前に敗北感が……。当時は東京の区にも格差があることを知らず、二十三区全てが都会だと思っていました。
 はじめて東京のおしゃれタウンに行ったのは中一の時。通っていた都内の女子校では試験のあとに街に繰り出すのが習わしで、グループからハブられないように遠い原宿までついて行きました。竹下通りには、なぜか店員とじゃんけんして勝った人だけ入れるという謎の雑貨屋があったと記憶しています。やはり都会はハードルが高い、とその時痛感しました。竹下通りで友だちとお揃いの安っぽいアクセサリーなど購入し、満足して帰りました。そのあとバンドブームなどが発生し、原宿にライブを観に通ったりしていたので、なんとなく原宿界隈には慣れてきたのですが、それでもまだハードルが高い街が。原宿はまだしも表参道なんてモードな人だらけで緊張するし、自由が丘なんて見えない高圧線があって近づけない気がしていました。中目黒なんて十代の頃は存在すら知らなかったです。
 しかしそれから四半世紀の時が経ち、東京生活も十五年以上の大人になった今、冷静におしゃれタウンを視察したいです。実はそんなに畏れるに足らないということがわかるかもしれません。これから行く人に向けて攻略法も考えたいです。
 まずは自由が丘。おしゃれなインテリアショップや雑貨屋が多い街で、経済的に豊かな家族連れが住んでいるイメージです。まず、油断できないのが道路。結構交通量が多くて、油断すると車にひかれそうになります。でもキョロキョロしていると田舎者っぽいし、と変なプライドがよぎって、何度か当たりそうになったことも。通りを渡ったところに、TODAYS SPECIALとかIDEEとか素敵な店があるので、いつも命がけです。しかし冷静になって周りを見るとスリッパが多すぎます。ちょっと歩くと、10mおきくらいにスリッパが売られているのです。カーテン屋さん、家具屋さん、雑貨屋さんといった多くの店で店頭にスリッパを並べて積極的に販売。自由が丘だからといって高級スリッパとは限らず、安くて千円から数千円と、普通の価格です。自由が丘というアッパーな街に対し、つい気後れしていましたが、「スリッパの街」と思えば気負う必要はありません。スリッパを買いに自由が丘に行く、というくらいの気分で……。ちなみに、自由が丘に集う人は、そこまでおしゃれではないことに気付きました。フェミニンで保守的、高級な街の住民らしく、ちょいダサお嬢様っぽいファッションが多いです。えんじ色、赤を差し色に使う人が多い印象でした。自由が丘らしいと思ったのは、レースがあしらわれた赤いレザージャケットに白いレースのスカートの女子です。自由が丘のお店は11月くらいからクリスマス(それもノエルとかいうこじゃれた呼び名で)同調圧力が強いので、潜在的に赤系を選びたくなるのでしょうか。とりあえず、住民の幸福度が高そうな街なので、行くとその波動に染まれそうです。


 

辛酸なめ子
(しんさん・なめこ)

漫画家、コラムニスト。1974年東京都生まれ、埼玉県育ち。芸能界やスピリチュアル、オカルトなど多数のジャンルを独特な目線で描き人気を博す。著書に『女子の国はいつも内戦 (14歳の世渡り術) 』(河出書房新社)『皇室へのソボクな疑問』(竹田恒泰氏と共著/扶桑社)『アイドル処世術』(コアマガジン)『諸行無常のワイドショー』(ぶんか社)など多数。










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