おとな酒 第二部 第25回





 火鉢なんてめんどくさい、ジャマくさい、という人には、もっとすごいモノがある。持ち運びのできる小型燗銅壺だ。
 この銅壺は火鉢を必要としない。炭の燃焼室が内蔵されており、コンパクトで把手もついている。専用タンポもセットになっているアウトドア用酒燗器。よくぞこんなモノまで作ったもんだ、日本人エラい。
 昔の人はこの燗銅壺を持って花見に出かけたのだろう。桜の下で燗をつけて酒を飲む。風流このうえなく、花冷えの寒さにも対抗できる。すばらしい酒道具だ。
 でも、実はコイツは扱いがなかなかむずかしい。火鉢の中に置くタイプと違い、炭の量が少ないので火が消えやすい。熱量も小さいから水を湯にするのもたいへんだ。炭火や水も、入れたままで持ち歩けるほど密閉性はないので、別に運ぶか現場でどうにかするしかない。昔だったらともかく、現代ではこれを屋外で使用するのはちょっと厄介だ。
 そこで家呑みで使う。家の中でならガスですぐ炭火も熾せるし、湯も沸かせる。アウトドア用酒燗器を卓上酒燗器として楽しむのだ。初めから湯を入れ、炭火は保温のために消えぬ程度に少し。横に細かく砕いた炭を置いておき、適宜足していけばいい。どんなに少量でも、炭を使って燗をつけるというのはぜいたくで優雅な気分になる。燗銅壺は最高の卓上酒燗器だ。かたづけも楽だし。

 さて、マニアックなものも含めていろいろ酒器を紹介してきたが、最後にひとつ、家での一人呑みにぜひ欲しい重要なアイテムがある。それは「盆」。
 いくら良い徳利、盃があろうと、テーブルの上にポツンポツンと置いていたらそれこそ台無し。テーブルという荒野の中に、酒器たちのおうちを作ってやらねばならない。
 なにしろテーブルは普段、飯を食べたりお茶を飲んだり物を置き散らかしたり居眠りしてよだれを垂らしたりする俗な場所だ。そこに酒だけの聖なる空間を作り出すのが盆である。盆を置き、そこに徳利と盃を乗せる。それだけでそこに「結界」が生じるのだ。酒器たちのおうちにして酒の結界、一般人にはわからぬ盆の使い方である。
 盆はどんなものを使うかというと、やはり木製漆塗り。朱だと華やか、黒だと落ち着いた気分で飲める。酒呑みに特に珍重されているのが根来盆(ねごろぼん)だ。黒漆の上に朱漆を重ねており、長年の使用で表面が磨耗して、朱のところどころに下地の黒が浮かんでいるのが渋くてイカす、とされている。古いと数百年前のものもあり、値も数十万はする。しかし一般に出回っている根来盆は近世のものか、表面を磨いてそれらしく見せた現代ものだ。それでも盆としては高値だが。
 そこまで凝らなくても普通の塗りの盆が一つあれば酒器が映える。特に磁器は表面が同じようにつややかな上に主色が白。朱や黒の漆のコントラストがよく、より美しく見える。また、色をつけずに木肌をそのまま出した素朴な盆は陶器の酒器に合う。木と土そのままなのだから合わないはずがない。もちろん組み合わせは決まりごとではなく自由だ。飲む人の感覚、気分によっていろいろ試せばいい。
 お気に入りの盆にお気に入りの徳利と盃、あとは肴をちょびっと乗せたお気に入りの小皿。それだけで一人酒宴の会場はできる。他の何ぴとも侵すことのできぬ結界だ。居間で酒宴を開いていて、もし家人にジャマだからアッチ行けといわれても、結界ごと移動すればよい。盆は携帯できる宴会場なのだ。


※次回の配信は11月10日の予定です。


 

山科けいすけ
(やましな・けいすけ)

漫画家。1957年東京都生まれ。
1983年、「週刊ヤングジャンプ」にてデビュー。
1994年、『C級さらりーまん講座』で第40回文藝春秋漫画賞受賞。
2011年、『C級さらりーまん講座』『パパはなんだかわからない』などサラリーマンを描いた一連の作品で第15回手塚治虫文化賞短編賞を受賞。










≪前
トップに戻る