爆笑鼎談 沖縄ホルモン迷走紀行 第1回






 「沖縄では豚は鳴き声以外は全部食べる」と言われる。
 たしかに、豚の三枚肉を皮つきのまま甘辛く煮込んだラフテーや、三枚肉の塩漬けしたスーチカー、ボイルした胃袋や大腸、小腸を具にした中身汁、豚の顔面の表皮肉をボイルしたチラガーなど、市場やスーパーにはいろいろな豚肉が並んでいて、牧志公設市場の肉売場に鎮座しているサングラスをかけた豚の頭部は観光県沖縄の顔にもなっている。
 大阪生まれ育ちのウチナンチュ二世の作家・仲村清司は沖縄に移住したあと、豚肉から遠ざかっていた。理由は子供の頃に祖父母から「丈夫になるために」これでもかと食べさせられた三枚肉の煮付けが、どうにも好きになれなかったからだ。その記憶が仲村を「肉」から遠ざけていた。
 そんな仲村は数年前、那覇で半移住生活を送るノンフィクションライターの藤井誠二と仕事を通じて知り合う。藤井は雑誌『漫画アクション』(双葉社)に足かけ4年半にわたりホルモンの食べ歩きコラムを書き続け、『三つ星人生ホルモン』.『一生に一度は喰いたいホルモン』(双葉社)の2冊にまとめ上梓するほどのホルモン好きだった。
 仲村はあるとき、藤井も自著の中で紹介している那覇・栄町にある、開店したばかりのホルモン焼き屋に藤井とともに入り、豚のホルモン料理のうまさに刮目、開眼するのである。子供の頃の「舌のトラウマ」が上書きされた瞬間だった。
 仲村と藤井の共通の友人で、3人の中でいちばん若い建築家の普久原朝充も、那覇生まれ、育ちであるため、とうぜん豚肉料理が日常食だった。彼も仲村と同様に三枚肉に食傷気味であったが、栄町の同じ店でホルモン料理等を食べて以来、病みつきになってしまった。
 そこから3人の沖縄でホルモンを食べる旅がはじまった。
 藤井は日本各地のホルモン料理を食べ歩きながら、「沖縄では豚の鳴き声以外は全部食べる」は言い過ぎではないかと訝しんでいたこともあり、沖縄で豚や牛等のホルモン料理をさがして、その仮説を検証したいという思いもあった。
 仲村は沖縄の「味」をメディアで紹介する仕事を数多く手がけ、沖縄に精通しているはずが、じつは「肉」についてはそれほど好きではなく、ホルモンについては無知に近かった。そんな忸怩たる思いを仲村は払拭したかった。
 普久原も「豚の鳴き声以外は全部食う」という沖縄では誰も疑ったこともなかったであろう、その「言い方」のルーツも含め、沖縄の食肉文化を学んでいきたいという情熱が芽生えた。
 3人は沖縄で「名店」もしくは「迷店」と呼ぶにふさわしい店でホルモンの凄みに惑溺していきながら、沖縄での食肉の歴史や文化を学んでいく。この連載では、その旅のレポートを皆さんにあますところなくお伝えしていきたい。

藤井 ぼくは那覇の安里というところに仕事場をかまえて7〜8年になりますが、徒歩10分ぐらいのところに栄町市場という公設市場を核にした繁華街があります。戦後最もはやく復興した繁華街の一つですが、初めて来た頃は20年ぐらい前です。アーケードのある市場の周囲におばあスナックが密集している街という、なんだかうらぶれたというか、場末感が漂う印象でした。「ちょんの間」と呼ばれる売春店も建ち並んでいて、戸口に女性が妖しい照明を浴びて佇んでいました。

普久原 戦前、この場所には「ひめゆり学徒隊」で有名な女学生たちが通う沖縄県立第一高等女学校があったんです。戦争で焼け野原になった後に、翁長助静さんによる都市計画で出来た街が栄町なんです。
 翁長助静さんというのは、先の沖縄県知事選で全国的にも名前が知れ渡った翁長雄志さんのお父さんですね。当初は、戦前の遊廓だった辻町のようにしたかったらしくて、公設市場の外周部の一区画には、料亭や旅館を誘致していたようですね。今もスナックが密集しているのはその名残りです。

藤井 ぼくが『漫画アクション』(双葉社)でホルモン屋の連載コラムを書いていた4年間半の間に、沖縄の店も3軒取り上げました。松山にある『松そば』、美栄橋にある『我那覇焼肉店』、そして栄町に当時オープンしたばかりの『アラコヤ』です。『アラコヤ』を最初にメディアで取り上げたのはぼくなんです。
 この間、栄町の『チルアウト』という新しくできたタイ料理屋で飲んでいたら、隣に座っていた女性から「藤井さんですか?」って聞かれたんですが、なんと『アラコヤ』の主・松川英樹さんのお母さんでした。『アクション』に4〜5回に分けて書いたのですが、書店をまわって全部買い占めたそうです。
 ぼくの宣伝力のせいじゃないけど、『アラコヤ』はあっと言う間に予約しなきゃ入れない有名店になっちゃいました。入り口に立ち飲みカウンターがあり、それと連続して椅子があるカウンターが奥へと続いて、テーブル席も入れると35〜36人は入ります。それがいつも埋まるようになっちゃった。


仲村 満席で入れない人が店の前で立ち往生している姿をよく見かけるね。こういうとき面白いのは、客というのは入れないことがわかっていても必ず「3人なんだけど」って、ホール担当の人に聞くのね。満席だから当然入店できないんだけど、すぐにはあきらめない。もしかして飲み終えて席を立つ人がいるんじゃないかと期待するんだね。だから、きっちり15秒くらいは店内を眺めている。
 で、そういうとき、もし僕がカウンターの客だったらわざと視線を合わせて、「予約なしだと。とうしろうめが、来年来やがれ!」って、急速に江戸っ子弁でカウンターからバーロー光線を送る。

普久原 なにもそこまで尊大に振舞わなくても…。(笑)

仲村 このときの優越感がたまんないね。あの、『アラコヤ』で席を確保できたという「あの」をかみしたいヨロコビ。「おれ、『アラコヤ』で飲んでるだけどさあ」って、誰かに報告したくなるぐらい。だから、藤井さんも焼き上がったばかりのホルモンの写真をよく送ってくるけど、その気持ち、わかります。それが連日満席の『アラコヤ』だったらなおさら。といいつつ、あんまり有名になりすぎて、最近は紹介した藤井さん自身が入れなくなってきたけど。

藤井 ええ、書いた自分が自分で自分の首を絞めてしまいました(笑)。



仲村 栄町はいま、市場の場内や『おでん東大』のある場外周辺、そして交番通りと三つの繁華街がせめぎ合っていますが、以前の交番通りは、いわゆるおばあスナックと山羊料理ぐらいしかなく、特飲街の雰囲気を残した酒場街でした。なので、どちらかというとオジサンの街。でも、『アラコヤ』が登場して以来、食べるところが増え、交番通りがいちばん賑やかになりましたね。現在はすっかり若者の街です。

藤井 栄町はこの数年で廃業したおばあスナックをおしゃれにリノベーションして、若い世代の料理人がどんどん出店をし始めた。『アラコヤ』はそのトップランナーの一つですね。ウチナンチュとかシマナイチャー関係なく、若い料理人たちのネットワークが形成されつつあって活気が出てきていました。
 栄町は家賃が安いこともあり、それまでに沖縄になかった料理店が早いペースで生まれてました。ぼくが月に一度沖縄に行って栄町にメシを喰いに行くと、新しい店が数軒できてるという具合です。そのあたりのことは栄町の『炭火焼鳥・二万八千石』の主・新崎栄作さんが、下川裕治さんの『週末沖縄でちょっとゆるり』(朝日文庫)に書いてますね。栄作さんは栄町の新世代の店主たちの兄貴格です。
 栄作さんに会ったのは、やはり新興勢力のトップランナーの一つである『ルフージュ』の主・大城忍さんに紹介されたんです。元中華のシェフだった大城さんが手がける『ルフージュ』もよく行きますが、あそこもいつ行っても満員になっちゃった。ちなみに『チルアウト』は『ルフージュ』で働いていた黄テホさんが出した店です。そうやって栄町に県内・県外から新しい料理人のDNAがひろがっている。すばらしいことです。

普久原 栄町はここ数年でめざましいほどに変わりましたね。それまでの他の商店街などと比べても、周回遅れの化石のような印象の街だったのですが……。そういえば『アラコヤ』に初めて入ったとき、藤井さんはテッポウの塩煮込みを食べて納得した直後に取材を申し込んでましたよね。決断の早さに驚きましたよ。

藤井 あの店のテッポウの塩煮込みと、串を打ったテッポウをタレで焼いてもらったのを食べたときは美味さにびっくりした。テッポウ塩煮込みは脂をたっぷりと残したぷりぷり、トロトロの直腸が口の中でとろけそうで、塩味もちょうどいい。韓国料理のサムゲタンの鳥皮を食べているような食感で、直腸の独特のくさみと旨みがガツンときた。スープも飲み干せます。

普久原 確かに、テッポウの塩煮込みは美味しかったですね。今は客が多過ぎて対応が難しいらしくメニューから消えているみたいですけど、また復活して欲しいですね。
 日によっては韓国風にして辛いチゲ風の味付けにすることもありますね。食べたいときはあらかじめ言っておく必要があるぐらい人気メニューになってしまった。常連になると松川さんがこっそり「今日できますよ」と耳打ちしてくれます。そういうのもいいですね。


*次回『アラコヤ』〈後編〉 に続きます。お楽しみに!



 

仲村清司・写真
仲村清司
(なかむら・きよし)
作家、沖縄大学客員教授。1958年、大阪市生まれのウチナーンチュ二世。1996年、那覇市に移住。肉より魚派だったが、ホルモン食に詳しい藤井誠二氏の影響を受け、肉の内臓派に転向。著書に『本音の沖縄問題』(講談社現代新書)、『本音で語る沖縄史』(新潮社)、『島猫と歩く那覇スージぐゎー』(双葉社)、『沖縄学』『ほんとうは怖い沖縄』(新潮文庫)、『沖縄うまいもん図鑑』(双葉文庫)、共著に『これが沖縄の生きる道』(亜紀書房)、『沖縄のハ・テ・ナ!?』(双葉文庫)など多数。現在、「沖縄の昭和食」の研究に没頭中。

『島猫と歩く那覇スージぐゎー』
島猫と歩く那覇スージぐゎー


『沖縄うまいもん図鑑』
沖縄うまいもん図鑑




藤井誠二・写真
藤井誠二
(ふじい・せいじ)
ノンフィクションライター。1965年、愛知県生まれ。7年ほど前から沖縄と東京の往復生活をおくっている。『人を殺してみたかった』、『体罰はなぜなくならないのか』、『アフター・ザ・クライム』など著書や対談本多数。「漫画アクション」に4年半にわたって連載したホルモン食べ歩きコラムは(双葉社)の2冊にまとめた。沖縄に関する作品は、沖縄の壊滅しつつある売買春街の戦後史と内実を描いたノンフィクション作品『沖縄アンダーグラウンド』(仮題)を近々刊行する。

『三ツ星人生ホルモン』
三ツ星人生ホルモン


『一生に一度は喰いたいホルモン』
一生に一度は喰いたいホルモン




普久原 朝充・写真
普久原 朝充
(ふくはら・ときみつ)
建築士。1979年、沖縄県那覇市生まれ。アトリエNOA、クロトンなどの県内の設計事務所を転々としつつ、設計・監理などの実務に従事している。街歩き、読書、写真などの趣味の延長で、戦後の沖縄の都市の変遷などを調べている。最近、仲村と藤井との付き合いの中でホルモンを食べはじめるようになったことから、沖縄の伝統的な豚食文化に疑問を持ち、あらためて沖縄の食文化を学び直している。











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