花火の音だけ聞きながら 第28回





 ソニーのゲーム機、プレイステーション4につけて、バーチャルリアリティ(VR)ゲームをするため、プレステVRを買いました。これを機に世界中でVRが広まり、今年は「VR元年」になるのでは、と言われています。誰が言ってるかというと、例によってマスコミが言ってるんですが。
 私がなぜプレステVRを買ったかというと、いち早く「VR元年」を味わいたかったわけではない。いや、味わいたくないわけではないです。たぶん味わいたかったんでしょうね。これでも一時期は、狂ったようにゲームをやっていたバカヤロ―です。毎日毎日4時間から6時間はやりました。場合によっては8時間とか。私のいとこはもっとバカヤローで、ドラクエをやり過ぎて目が見えなくなったそうです。そんなことあるもんか、と言うかもしれませんが、ほんとだそうです。しばらく休んでると、うっすらと光が見えて来たので、その足で眼科に行くと、「しばらくゲームは休みなさい」と言われたとか。
 私は私で、42歳の頃、軽い脳梗塞をやりました。それをゲームのやり過ぎとばかりも言えないでしょうが、毎晩毎晩、暗くした部屋で、100インチのプロジェクターに向かい、1ゲーム毎にタバコをバカバカ吸っては、4時間とか6時間とか。そんな暮らしが体にいいわけありません。仕事は仕事で忙しかったんですが、他に脳梗塞の原因が思いつかない。ゲームをやり過ぎて脳梗塞をやったというと、私の方がいとこよりも大バカヤローなのは間違いないでしょう。
 それにしても、日本中の人がゲームばかりやっていた時があったと思います。もちろん、まったくやらなかった人やゲーム嫌いの人もいるでしょうが、私は「逃げるは恥だが役に立つ」ではなく、「逃げぬは馬鹿だが為になる」というタイプの男なので、真っ向勝負を挑みました。最近、この欄でよく「人工天国」とか「人工地獄」とか言ってますが、ゲームこそ「人工天国」であり、「人工地獄」が戦争なのは間違いありません。
 コンピュータと一対一というのは、まさに「天国」です。これがマルチプレイになり、他の人間が入って来ると、あっという間に「地獄」がはじまります。ネット社会になってみたら、みなさんにも思い当たるフシがあるでしょう。そして、ネット社会が、現実社会のVRであることは間違いないし、その現実社会さえ言語によるVRであるのは間違いない。つまり、我々は言語を作った時から、VRに向かって突き進んで来たと言えます。結局、我々はVRしたいのです。またはVRするしか能がないのかもしれない。芸術や映画や文学や音楽が、現実世界のアナロジー、またはメタファー、でなければコピーであるように。
 それで、プレステVRはどうかと言うと、いやはや、これは楽しいです。思ってたよりはるかに楽しい。あまり楽しいので、もうやりたくないと言ってしまうと、わかる人にはわかるし、わかんない人にはわからないかもしれませんが、つまり、これはハマったら、ヤバいことになる類いのものです。
 私がプレイしたのは、VRお試しゲームのようなソフトですが、プレステをスイッチオンし、ヘッドマウントをつけると、そこにはもうひとつの「現実」が広がっています。上を見れば、上があるし、下を見れば下があるし、右を見れば右が見えて、左を見れば左が見える。後ろはと見れば、首が回る程度には後ろも見えます。これで脳はいとも簡単にダマされてしまう。ダマされたあと、グルグル回され、ビュンビュン飛ばされ、ドーンと落ちて行くので、気持ち悪くなります。「VR酔い」というヤツです。だいたい今でも、タクシーの中でメールなんか打とうものなら、アッという間に気持ち悪くなるヤツなので、VRをやったら、間違いなく酔うだろうとは思っていましたが、後頭部の左下がなんだかいつまでも気持ち悪いです。
 しかし、酔うからやりたくないのではなくて、すでにこの世界の住人になるだけの体力がないからと言った方がいい。年寄りがやると確実に体力が吸い取られるというか、精気を吸われてしまう。一番長くプレイしていた嫁さんなんて、いつのまにかシワシワになり、肌がカサカサし、一夜にして5歳ぐらいフケてしまいました。恐るべし、VRです。
 それでもこれは買いです。または、買わなければならない。「バイオハザードVR」が出たら、また確実にヘッドマウントを被ってしまうでしょう。それにこれからの世界は、いろんな技術がVRに向かって行くはず。娯楽から医学から戦争さえも。
 ゲームが「人工天国」で、戦争は「人工地獄」と言いましたが、かつての湾岸戦争の映像やドローン爆撃機などを見ると、戦争がゲーム化し、「人工地獄」は確実に「人工天国」へと接近しつつあります。これはヤバいです。ゲームの中では人の死など、リアリティを失ってから久しいし、そんなもの最初からなかったとも言えます。あたかも永遠の命を獲得したからこそ、ゲームは「天国」だったのですが、武器を作る人間も、だからこそゲームに近づいたのだとしたら、これはまったくの陰謀です。CIAの陰謀です。いやいや、軍産複合体の陰謀です。それにしても、娯楽を考える人間も、人殺しを考える人間も、同じことを考えるとは、ほんとに才能ないんですね、人間って。
 核爆弾や原発を見るまでもなく、科学技術は暴走するという属性がある。この前、世界中で年間125万人が交通事故で死ぬと言いましたが、クルマだからみんな許容しているんでしょう。しかし、電子レンジだったらどうですか。電子レンジのマイクロ波で1年で125万人が死んでいるとしたら、世界中で禁止するのでは。便利だからやっぱり禁止しなかったりして。あははは。いや、あはははじゃないですが。
 この前、アシスタントのクルマに乗っていたら、「自動運転で、誰もハンドル握ってないクルマの助手席に乗れますか?」と聞かれたんですが、私は「そんなのすぐ慣れるだろ」と言いました。クルマを運転する人なんて、はじめて公道に出た時の恐怖感さえもう忘れてるはず。そっちの方がよっぽど怖かっただろうと思うのは、運転しないヤツの妄想でしょうか。ましてや飛行機だったら?
 世界にはもう売るものがないのです。だからこそ情報とか、ITとか、便利とか、なんの実体もないものを売り始めたわけで、それによって世界経済たらいうものをなんとか回しているのが現状です。その結果として、カネでカネを買うというVR経済が、ますます格差を広げて行ったとしても、VRはこれからどこに向かうのか。
 この前、日本現代詩人会と宮城県詩人会主催のイベントに呼ばれて、性懲りもなくトークショーとかやってしまったのですが、その席でトーク相手のKくんが用意したレジュメの中に、詩人ノヴァーリスの、「見えるものは見えないものにさわっている。聞こえるものは聞こえないものにさわっている。それならば、考えられるものは考えられないものにさわっているはずだ」という言葉がありました。
 これは「作品」というものを創る、あらゆる人に言える言葉だと思います。まったく詩人というのは怖いことを言う人たちです。
 科学者に「見えないもの」を問うと、「ないものは答えられない」と言うし、哲学者に問うても、「語りえぬことの前では沈黙するしかない」とか言うのに、詩人は勇敢というか、果敢というか、恐れを知りません。結局、言葉と格闘する人たちだからでしょうか。
 見えるものが見えないものにさわり、聞こえるものが聞こえないものにさわり、考えられるものが考えられないものにさわっているとしたら、未だ見えないものや、聞こえないものや、考えられないものとは、いったいなんなのか。
 言葉というものが生まれる以前の人類には、意識なんてなかったと言います。意識のない人間など想像も出来ませんが、もし、意識のない人間が、自分の中に衝動以外のものを感じたら、それは神様の声だと思ったはず。と、人類学者というか歴史学者は言います。つまり、かつて神様はいたのです。我々の頭の中に。それが言葉を作った時から、神様はいなくなってしまった。神様の言葉だと思っていたものは、自分の言葉になり、意識になったというわけです。
 見えないものをどんどん手繰って行ったら、聞こえないものをどんどん手繰って行けば、考えられないものをどんどん手繰って行くと、果たしてなにたどり着くのでしょう。それは「完璧な作品」でもなく、「究極の美」などでもなく、神様以外にないのではないか。
 ではVRはどうなのか。VRのその先は、人工知能に続いているはず。そして、誰がなんと言おうと、人工知能は人工神様を見ているだろう。コンピュータが生まれた時から、その筋道は予感されていたはずだし、予感していたからこそ私はコンピュータに熱狂したのですが。
 言葉を生んだことにより神様を失くし、失くした神様を未だに探して続けているのが人類というわけです。まったく、人類というのは才能がないんだかあるんだか、さっぱりわかりません。


 

いがらしみきお

1955年、宮城県生まれ。仙台在住。1979年、漫画家デビュー。『ネ暗トピア』『さばおり劇場』などの過激なギャグで圧倒的な支持を得て、83年日本漫画家協会賞優秀賞を受賞。86年から開始された『ぼのぼの』は、ベストセラーとなる。ほかの著作に『忍ペンまん丸』、『Sink』、『かむろば村へ』、『I(アイ)』など。

■受賞暦
1983年:
第12回日本漫画家協会賞優秀賞 (『あんたが悪いっ』)
1988年:
第12回講談社漫画賞 (青年一般部門 『ぼのぼの』)
1998年:
第43回小学館漫画賞 (児童向部門 『忍ペンまん丸』)
2009年:
平成21年度宮城県芸術選奨
2011年:
カルチャー誌『フリースタイルVol.17』の「このマンガを読め!THE BEST OF MANGA 2012」に『 I (アイ)』が第一位に選出











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